第26話
逢引――
古風な言葉だが、心の中で、噛みしめるように反芻すると、胸が熱くなる。もちろん、私とジェランドさんはそういう関係ではないが、傍から見たら、恋人同士に見えるのだろうか。
嬉しさと恥じらいをごまかすように、私はさらに一口コーヒーを飲む。
コーヒーの適度な苦みが、少々のぼせあがっていた頭を冷静にしたのか、私は、ジェランドさんと二人で会って、ずっと相談したいと思っていたことがあったのを、今更ながら思い出した。
それはもちろん、婚約者ヘイデールとの、今後の関係についてだ。
知らない人に聞かれていては、話しにくい内容でもあるので、今になって、自然に姿を隠してくれた喫茶店のマスターの気遣いをありがたく思う。私は、ぽつ、ぽつと、思いのたけを言葉にして、吐露し始めた。
……アリエットを妄信し、私に疑いばかりをぶつけてくるヘイデールに対し、愛情を失いつつあること。そして、私から大切なものを奪うことに異常な執着を見せるアリエットのこと。果ては、今後私は、どう生きるべきかということについてまで、私は図々しくも、ジェランドさんに相談した。
本来なら、ヘイデールに仕える執事であるジェランドさんが、私の相談に乗る義務などない。でもジェランドさんは、あの自然公園での夜のように、静かに、そして真剣に、じっくりと私の話を聞いてくれた。
私は、彼の優しさと真摯さに甘えている――
悩みをぶちまけながら、自分でもそう気づいたが、心の中にある思いを全て打ち明けるのを、止めることはできなかった。みっともないとは思ったが、目の前の、美しく、優しく、そして頼もしい男性に、私が抱える色々な不安や葛藤を、受け止めてほしかった。
やがて、私の話が終わると、ジェランドさんは少しだけぬるくなってしまったであろうコーヒーを一口含み、それから、艶やかな唇を開いた。
「レオノーラ様の深い悩み、とても良く分かりました。……あまり持って回った言い方をすると、ますますあなたを悩ませてしまうでしょうから、単刀直入に申し上げます。ヘイデール様との婚約は、破棄されたほうがよろしいでしょう」
それは、驚くべき言葉だった。
いや、私は心のどこかで、ほぼ完全に信頼を失いつつあるヘイデールとの婚約を破棄したいと思っていたし、誰かが背中を押してくれるのを待っていた。
しかし、ヘイデールの執事であるジェランドさんから、『婚約を破棄すべき』という言葉を聞くと、やはり驚いてしまう。……そして、彼にそんなことを言わせてしまった自分を恥じた。ジェランドさんだって、自分が仕える相手に関することで、こんな発言をするのは心苦しいはずだ。
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