第20話
「そんな……」
「あははっ……姉さんったら、私が彼に、ちょっとちょっかいをかけただけで、『私とヘイデールの間に入ろうとするのはやめて』って、いじめられっ子の必死の抵抗みたいな感じで抗議してきたんだもん。気づいてた? 姉さん、あの時、涙目になってたのよ? ふっ、ふふっ、今思い出しても、自然と頬が緩んじゃうわ」
「…………」
「それで私、本気になっちゃった。もっと、ぐっちゃぐちゃに姉さんとヘイデールさんの関係をかき乱して、彼を奪ったら、姉さん、どんな顔するんだろうって思ったら、我慢できなくなったのよ」
「それじゃ、本当に、私に対する嫌がらせの為だけに、ヘイデールを奪おうとしているって言うの……?」
「嫌がらせとは、ちょっと違うんだけどなぁ。私、別に姉さんに意地悪したいわけじゃないから。私はただ、また、姉さんの可愛い顔が見たいのよ。必死になって私に抗議してきたときとか、今日、ヘイデールさんに突き飛ばされて泣いちゃったときみたいな顔をね、ふふっ」
この子、まともじゃない。
どうかしてる。
私の心に、普通の人とは違う異質な存在に対する恐怖心がふつふつと湧き出した。しかし、それと同時に、ハッキリと私への害意を口にしたアリエットに対し、こらえきれない怒りが膨れ上がり、それは爆弾のように破裂した。
爆炎にも似た激情に身を任せ、私はアリエットの頬を平手でたたいた。
ぱぁんっ。
乾いた大きな音が、部屋全体に木霊する。
人の顔を叩いたのは、生まれて初めてだった。
その、思った以上の音と衝撃に、自分で驚いてしまう。
手のひらの、指の付け根のあたりが痛い。
誰かを叩くと、手って、こんなに痛くなるのね……
ぶった方がこんなに痛いなら、ぶたれた方は、もっと痛いだろう。
怒りの炎が急激にしぼんでしまった私は、叩いた手でそのままアリエットの頬に触れ、謝った。
「ごめんなさいアリエット、私……ひぃっ!?」
私の謝罪の言葉は、突然ひきつった悲鳴に変わる。
アリエットが、頬に触れたままの私の指に、舌を這わせたからだ。
その熱さと、ぬらりとした感触に、ぞわぞわと背筋が震え、私は慌てて手を引っ込めようとした。しかし、手首をアリエットに掴まれ、ほんの数センチすら動かすことができない。
体格が違うので当然と言えば当然なのだが、凄い握力だ。アリエットは、ほとんど私の指をしゃぶるようにしながら、ニタリと笑い、甘く囁く。
「姉さんにぶたれたのなんて初めて……ねえ、これからどうするの? 反対の頬もぶつ? それとも、お腹を殴る? 首を絞めてくれたっていいわよ。ふふ、ふふふ、戸棚の中にナイフがあるから、姉さんさえよければ、それで刺すっていうのもなかなか悪くないわね。ほら、どうする? 早く決めてよ。ねえ、ねえったら」
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