第16話

 私の話が全て終わると、ジェランドさんは、深い憂慮を込めた溜息をもらした。


「……恐らく、レオノーラ様が心配されていることは、事実でしょう。近頃、アリエット様は、何かと理由をつけて、ヘイデール様を呼び出しているのです。その頻度は、ヘイデール様とレオノーラ様の逢瀬より、多いくらいです」


 やっぱり……


 アリエットは、表では『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』などと言いながら、着々とヘイデールとの関係を積み上げていたのか。何の罪悪感もなく、平然と嘘を吐くアリエットに、嫌悪感より恐怖心を強く感じてしまう。


「この際ですし、無礼を承知でハッキリ言いますが、あのアリエット様からは、何か普通ではない、奇妙な違和感のようなものを感じます」

「奇妙な違和感?」


 聞き返した私に、ジェランドさんは頷いた。


「妹が、姉の婚約者を好きになってしまう……ということは、そう多くはないでしょうが、まあ、あり得る話だと思います。男女間の愛情は、時に理性や常識の壁を打ち破るものですからね」


「そう……かもしれないですね」


「しかし、アリエット様がヘイデール様に向けている感情は、いわゆる愛や好意とは、まったく違うものに見えて仕方ないのです」


「どういう意味ですか?」


「私の見た限りでは、アリエット様は、ヘイデール様ご自身には、露ほどの関心もありません。ヘイデール様と過ごす時間も、少しも楽しいとは思っていないでしょう。生来の『聞き上手』の才能で、会話自体は盛り上がっていますが、楽しそうなヘイデール様には見えない角度で、アリエット様はよくあくびをかいていますから」


 アリエットは、誰に対してもそんな感じだ。


 アリエットと話している相手は、高揚し、大喜びで語り続けるが、アリエット自身は、誰と何を話していても退屈そうなのである。わざわざヘイデールを呼び出しているのだから、アリエットにとって、彼だけは特別な存在なのかもしれないと思ったが、まったくそんなことはないらしい。


 じゃあ、なんでアリエットは、ヘイデールに執着するのかしら?


 ……その答えは、もう分かっている。


 ヘイデールが、私の婚約者だからだ。

 私が、この世で最も愛している男性だからだ。

 アリエットは、『私が大切にしているもの』を、奪いたくて奪いたくてたまらないのだ。


 どうして、そんなことを?


 もしかして、まだ物心がつく前の幼い頃、私は自分でも気づかないうちに、アリエットに何か酷いことをして、アリエットは、その復讐をしようとでもしているのだろうか?

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