第13話
私はまぶたを開け、泣きはらした瞳で声の方を見た。
そこには、ヘイデールに負けないほど背の高い、黒髪の美青年が立っていた。月明かりに照らされた彼の美貌は、妖しげな色気すら放っているようであり、私は数瞬、見惚れてしまう。
この人、誰だっけ……?
かすかに、どこかで会った記憶があるが、一度でも話したことがあるのなら、これほど美しい男性の名を忘れたりはしないだろう。しばらく考えたが、どうしても彼の名前を思い出すことができなかった私は、失礼ながら、素直に尋ねることにした。
「あの、あなたは……?」
黒髪の美青年は、たおやかに微笑み、恭しく礼をして、答える。
「名乗るのは今回が初めてでございますね。私、旦那様からヘイデール様のお世話を任されております、執事のジェランドと申します」
執事……
ああ、そうか。
ヘイデールと会う際に、時々、見かけたことのある人だ。
当然と言えば当然だが、ヘイデールはデートの際、私と二人きりになることを望み、このジェランドさんを、いつもすぐに追い払っていたので、こうして自己紹介してもらうのは、彼の言う通り初めてである。
冷え切っていた私の胸に、暖かな希望が湧いた。
ヘイデールの執事が来たということは、つまり、ヘイデールが私のことを心配して、様子を見てくるようにと、ジェランドさんをよこしたということなのではないだろうか。
私は立ち上がり、ジェランドさんに縋り付くようにして、尋ねる。
「あの、ジェランドさん。あなたはその、ヘイデールの指示で、私の様子を見に、ここまで来てくれたんですか?」
その問いに、ジェランドさんの端正な顔が曇ったのが、夜の薄暗さの中でも、ハッキリ分かった。彼は数秒間黙っていたが、答えないわけにはいかないと言った感じで、小さく息を吐き、整った唇をゆっくりと開く。
「……私の独断です。ヘイデール様は、今もアリエット様に付き添っておられますので」
「そう……ですか」
思ったほど、ショックはなかった。
たぶん、心の底では、ジェランドさんに問う前から、そうだと分かっていたからだ。だって、本当に私のことを心配しているのなら、執事をよこしたりしないで、自分で来るに決まってるもの。
それにしても、ヘイデールがまだアリエットに付き添っているとは。……もしかして、転んだのは演技だとばかり思っていたが、アリエットは本当に大怪我をしてしまったのだろうか? そうだとしたら、彼女を引っ張った私にも責任があるので、少し心配になる。
そんな私の憂慮を感じ取ったように、ジェランドさんは首を左右に振り、言う。
「心配ありませんよ。馬車でヘイデール様とアリエット様を診療所にお連れした私も、診察の際、一緒にいましたが、アリエット様にはかすり傷一つありませんでした」
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