おかかごはん

花月夜れん

ナオキとゆき

 あまりに忙しすぎて倒れたオレはおかしな夢を見ているのだろうか。


「あ、おはよう。ナオキ」


 直樹ナオキはオレの名前だ。だけど、オレは君を知らない。


 春、バタバタとして忙しくて自分の身体の限界に気がつくのに遅れたオレは布団の中で倒れていた。

 まだ少し寒いから、布団はふかふかの方だ。ぐるりとくるまって、たぶん熱がでているであろう自分の身体を温める。明日には下がっていて欲しい。これでは動けそうにないけれど、冷蔵庫には何も入ってない。買い物は明日行くつもりだったから。

 カーテンを通過して眩しい光が部屋の中に入ってくる。窓、鍵をしめわすれていたのかふわりとカーテンが風で揺れた。


「あかる……」


 まだ、熱は下がっていないな。身体が言うことを聞かない。

 ヤバいな。スマホどこだ。

 会社に連絡いれなきゃ。あとは、うぅ、目がまわる。

 伸ばした手をぱさりと下ろす。しんどすぎて、頭が回らない。


「あ、おはよう。ナオキ」


 ……。いや、誰だ?


「熱はどう?」


 ……、だから、誰?!

 不法侵入? 泥棒? オレの知ってるヤツではない。

 両親は遠い遠い九州在住。ここまでくるのに十時間以上かかる。この状況は知らせていない。


「泥棒?」

「どろぼう? あ、違います。違います! 私、隣に住んでる伊藤ゆきいとうゆきです」


 オーケー、ユキさん。なら、不法侵入だな?


「覚えてないんですか?」


 オレの不審者を見る目に不満を持たれたのか、彼女は少し、いやだいぶ嫌な顔をした。

 覚えてないも何も、昨日はオレぶっ倒れて……。


「とにかく、なにかとってほしいなら言ってくれたらとるから」

「それなら、スマホをとって欲しい」


 会社に電話したあと通報して……。


「はい、これでしょ。あと、これ」


 オレのスマホとともにご飯の上に大量の鰹節がかかったものが目の前に置かれた。


「朝ごはん」


 声だけ残して、ユキは消えた。


「何だよ、何が……」


 鰹節がかかったご飯。なんかすごい見覚えある。なんだっけ。


「もしもし……」


 オレは会社に電話した。


 ◇


 両隣の表札を見る。

【内藤】と【田中】。どういうことだ。

 昼過ぎに熱は下がった。文句を言ってやろうと思ったのに、誰だったんだ。

 ただただ、そばにいてくれたのだろうか。布団に自分ではない温かさが残っていた。

 これも知ってる。


 ◇


 久しぶりに、前の職場の時住んでいた場所にやってきた。

【伊藤】

 あった。だけどこの部屋に住むのは。


 カチャリ


「あれ、久しぶりです。ナオキさん」

「お久しぶりです。あの、ユキは?」


 出てきた女性に挨拶すると、彼女は首をふった。


「見なくなった。あの日からずーっと待ってたんだけどね」


 ◇


「忙しいからって、手を貸しにきたのか?」


 引っ張り出した写真データを印刷して棚に飾る。写真の前にアイツが好きだった鰹節をたっぷりのせたご飯を置いた。猫用はもう持ってないから、オレの使ってるヤツだけど。


「ユキ。ありがとう」


 白い野良猫。たまに、鰹節を食べに来ていた。引っ越しの日、一緒にくるかと誘ったが、彼女はこなかった。


「お前、一緒にきてるのか?」


 にゃぁん

 そんな声が聞こえた気がした。

 明日はもう仕事に行けそうだ。

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おかかごはん 花月夜れん @kumizurenka

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