第2話 プロローグ 〜世界の観測者〜


 それは20代後半くらいの女性だった。


 フードの無い白いローブのような服装。

 銀色の長い髪、勝ち気な金色の瞳、口元には薄い笑みを浮かべている。


 一目、顔を見るだけで誰もが緊張するであろう、美女だ。


 誰だ、この人?


「すまんのう」


 笑みを浮かべた女は頭を掻きながら邂逅一番に言った。


「はぁ、何で謝るんですか?」


「なぁーに、これも運命よ。大丈夫じゃ!」


 綺麗な外国人かと思ったけど、日本語は流暢だし、語尾に『じゃ』って、……どういうこと?


「すみません。ちょっと意味が分からない、と言うかここは何処なんですか?」


「うっ、ここか? それ聞いちゃう? うーん、言っていいものか……」


 女は一瞬焦った後、何か誤魔化そうとしているような雰囲気だ。

 そんな女を見詰めていると諦めたのか――。


「いや、実はのう。異世界転移の練習をしておったのじゃが、間違えてお主を捲き込んでしまったのじゃッ!」


 女はテヘペロみたいな態度をとる。

 異世界転移だと――。そんなの現実世界にある訳が無いだろう!


「へー、異世界転移ですか?最高ですね。前から一度はやってみたいと思っていたんですよ」


 まぁただ、何となく話を合わせてみた。


「おっ!なんじゃー、ビビって損したわ!怒られると思ったが、感謝されるとはな!?わっははははははッ!」


 仰け反って大笑いしている。凄く綺麗なのになんか残念だぞ!


「それで今の状況はあなたがやった、ということなんですか?」


「当然じゃ!凄いじゃろ?わしっ!んっ?」


 うきうきで、のりのりである。

 俺は辺りを見渡す。


「はぁ、まぁ凄いですけど……、不思議な空間ですね。真っ白で何もない」


 視線のピントを、遠くに合わせても、近くに合わせても全て白い。真っ暗な部屋にる感覚と似ているかもしれない。


「うむ。お主にはそう見えるか。わしには無数の世界が見えておる」


「へぇー そうなんですか。……じゃ、そろそろ帰りたいんですけど?」


「いや、帰ることはできん!」


「えっ? いや、帰りたいんですけど?」


「帰ることはできんと言っとろうがッ!」


 何故か怒鳴られた!監禁罪で訴えてやるからなッ!


「うむ、そうじゃな、まずはこうなってしまった経緯から話さねばならんか」


 そう言って女は真面目な顔をした。


「聞かせてもらえますか?」


「うむ。わしは世界の観測者なのじゃがの。……この世界の始まりと同時に存在しておる」


 なるほど、壮大な話だな!コノヤローッ!


「と言うことは、神様なんですか?」


「神か……、違うな。お主らの世界の神とは類似せん。ただの観測者なのじゃ。多岐にわたる次元、世界をただ観ているだけの存在。世界が在るから観測者がおるし、観測者がおるから世界が在るとも言えるのう」


 女は真剣な表情で語る。


「設定は理解しました。それで何で俺はここに転移させられ、帰れないんですか?」


「うむ。わしのような観測者は他にもおってな。基本的に世界に干渉するのは禁止されておる。――が、中にはルールを守らない悪い観測者もおるのじゃ」


 世界に干渉してはいけないルールを破る、悪い観測者がいるのか……。


「あっ!お前のことか!?」


「わっはははははッ!顔が恐いぞ。なにマジギレしとるんじゃw

 まぁまぁ落ち着けわしではない。

 でな、その悪い観測者が、悪が蔓延る魔の世界から別の世界へ魔人を転移させたのじゃ」


「それじゃ、その世界は大変なことになりますよね?」


 魔人って言ったらファンタジーじゃ、世界を崩壊される存在だ。


「うむ。わしもそう思った!それでの、わしは直接、世界に干渉できぬのでの。別の世界からその魔神を倒す勇者を転移させようとしたのじゃッ!」


「えっ!ええええええッ!?つうことは、俺に勇者になれってことですか!?勇者って憧れるけど、無理ですよ!無理無理!憧れるけどもッ!」


 だってラノベとかだとチートでハーレムだもんな、勇者。


「えっ、いや、まぁ、あの……そう言う訳ではない」


「えっ。あぁ……、違うんですか?」


「そんながっかりするなよ……。

 それでの。わしも転移の研究を始めたのじゃが、これが難しくてのう。様々な条件やタイミングが全て一致して特定の世界から特定の世界に転移させられることがわかったのじゃが。……研究に夢中になって気付いたら500年経っておったのじゃ」


「500年ですか……」


 スケールが違い過ぎてピンとこないよ。


「そしたらの。その魔人もう死んでおって……」


「はぁ、それじゃ何で俺は転移させられたんですか?」


「うむ。ほら、せっかく500年も研究して、やっとできるようになったのじゃから、やってみたくなるじゃろぅ?普通?」


「いや、勘弁してくださいよ」


「まぁわしもな、生物を転移させるのは、さすがに不味いと思ったのじゃ。よく外来種が生態系を壊すって、問題になるじゃろぅ?昆虫とか魚とか」


「ああ。まぁ、そうですね……」


「それでの、試しに空き缶でも転させてみようと思って、転移空間を開いたのじゃが、失敗してもうたわ」


 ……まじかよ。完全にコイツのせいじゃないか。


「転移空間にはパスワードを設定できるじゃがな。転移空間の前で『ai amu dame ningen』と言うと、それがパスワードになって言った者が転移できるのじゃ。

 じゃが、そんなの夢々教えない限り誰も分からんじゃろ?……パスワードの設定を間違えちゃったかのう」


 あっ!俺……『アイ アム ダメ ニンゲン』って言っちゃったぁあああああああ!


 悶絶しそうだ。選りに選って、何故あんなこと言ったのか。


「はぁはぁ、なるほど……、分かりました」


「どうした?顔色が悪いぞ?」


「い、いえ。だ、大丈夫です。たぶん……。

 それで、これからどうなるんですか?」


「ここにおることもできるし、転移先を設定しておるから、そこに転移することもできるぞ!」


 ここにずっといるのは無理だ。重力は無いし、真っ白な世界に正直恐怖に近い感情が湧いている。


「因に転移先はどんな世界なんですか?」


「そうじゃのう。文明だとお主らの世界で言うところの500年くらい昔と同じかのう」


「日本だと戦国時代くらいですか。うわぁ〜、それじゃ家電製品もないし、衛生面とか大丈夫なのか?」


「ただ、お主らの世界とは違って、魔法文明が発展しておるから、生活や文化は違うがな。それと、戦争もあるし、貧富の差もはげしい」


 戦争か。目の前で人が死んだりするのだろか……。


 魔法には興味があるけれど、争いのない現代日本で育ったボンクラな俺が、そんな処で生きていけるのだろうか?……なかり不安だ。


「正直ここにずっといるのも嫌ですし、その転移先にも行きたくないです」


「うーむ。……そもそも転移の研究をしたのは、悪い観測者せいじゃからな、こうなってしまったのもヤツのせいじゃな」


 いや、お前のせいだろ!コンチクショー!


「はぁー」


 ため息が出る。




 ふと顔を上げると、人が増えていた。


「リブ~、珍しくあなたが、たくさんお喋りをしているから来てみたら、わたくしの悪口ですの?」


 蒼い髪を腰まで伸ばした美女が呆れた顔をしていた。


「リッ、リザ!」


 この語尾に『じゃ』の人はリブさんって名前なのか。で、新しく来た人はリザさん。


「いやー、そんなことはないぞ」


「あら?わたくしのことを悪い観測者って言ってたんじゃありませんの?」


「いつから聴いてたんじゃ!?」


「申し遅れました。わたくしはリザ。世界の観測者ですわ」


 リザさんはローブの端を軽く摘まみ、とても様になるお辞儀をした。


「俺は三波丈司です」


「素敵なお名前ですわね。ジョージ様とお呼びして良いでしょうか?」


「えっ、えぇ構いませんよ」


 リザさんは俺に微笑みかける。


「わたくし人間と話すのは、久しぶりですわ。感動です。……それであなた。これはどういうことですの?」


 リザさんはリブさんを睨む。


「ふん。お主に話すことなど、何もないわ」


「あの。俺が説明しますよ」


「えっ!?お主、裏切るのか!?」


「いや、裏切りとかじゃないですけど」


 リブさんよりもリザさんの方がしっかりした人に見える。

 リザさんに説明して、意見を聞いた方が良いと思った。


「やめてくれ!わし弱味を握られるぞ」


 俺は焦るリブさん無視して、リザさんに説明を始める。


「それで、かくかくしかじかで~」





「それで、言っちゃったのですね!?」

「なぬ!言っちゃってたのか!?」


「はい……、言っちゃいました」


 パスワードを口にしたことまで話した。


「はぁー、何で転移なんて……。ルール違反ですわよ」


「リザだって、やったではないか」


 両方の人差し指を合わせ、口を尖らせるリブさん。


「もう!あれは事故だって、何度説明したら分かっていただけますの。それに500年って?転移のやり方なんて調べればすぐにわかりますのに」


 リザさんはローブの隙間からスマホを取り出し、画面を弾き始めた。


 驚いた。何故スマホを持っている?


「なっ!スマホ、だと!?」


 しかし一番驚いていたのはリブさんだった。


「あら、あなたと会うのは500年ぶりでしたわね。この前機種変したんですのよ。これ最新機種ですの」


 そう言ってスマホを見せびらかすリザさん。


 悔しそうにするリブさんをよく見ると、手に何かを握っている。


「リブさん。それってもしかして……ッ!?」


 俺がそう言うと、リザさんも気付いたようだ。

 思わず自分も取り出してしまったのだろうか?


「あなたまだガラケーを使っていましたの!?」


 リブさんはガラケーを握りしめていた。


「ぐぬぬぬぬぬぬ! だってスマホって、難しそうなんじゃもの」


 しゅんとするリブさん。



「ほら、ごらんなさいな。こうやって検索すると」


「おお!凄いのう」


 肩を並べてスマホを見つめる二人の美女。仲が良い。


 もう何か色々とツッコみたいけど、話が長くなりそうなので、本題に戻す。


「それで、これからどうなるんですか?俺」



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