【書籍試し読み版】異世界ウォーキング ~エレージア王国編~

あるくひと/カドカワBOOKS公式

プロローグ

「それじゃソラ君。今日はこれを頼むよ」


 顔馴染かおなじみの依頼者から渡されたのは、登山にでも行けそうなくらい大きなバックパックが一つ。誇張なく言うと、幅は俺の体の倍以上もあり、さらにはバックパックに載せるように追加で荷物が縛られている。まるで限界にでも挑戦しているようだ。

 ショルダーストラップを持つとズッシリと重い。見た目を裏切らない重量物が詰まっているようだ。

 背負えば見た目通りの負荷が肩に、体にかかる。この世界の人の平均的な体力は分からないが、以前これと同じような大きな物を運ぶ時に、大の大人が数人で苦労していたのを見たことがあるから、今の俺の体力は一般の大人よりも多いのだろう……違うな、それ以上か。

 それでも気を抜けば思わずよろけてしまいそうなほど重いが。


「おぉ、マジか」

「あれを持ち上げるのか!?」

「なんてこった……」


 持ち上げると依頼人から感嘆の声が上がる。ごとの対象になっていたのか、その後ろでは従業員らしき人たちが喜んでいたり、悔しそうにしていたりする。賭けをするためにあえて荷物を増やしているなんてことはないよね?


「それじゃ行ってきます」


 声を掛け、一歩踏み出す。

 すると今まで重くのしかかってきた重さが嘘のように消えて、丸まっていた背中がピンとなる。

 スキル「ウォーキング」の効果「どんなに歩いても疲れない」が発動した。これこそが異世界に召喚された俺が持っていた唯一無二のスキルだ。もっとも俺を召喚した奴らには不評だったが。

 その姿を見て周囲から再び感嘆の声が上がるが、立ち止まることなく先を急ぐ。



 歩き出すと、白い物体がフワフワと近付いてきた。

 正体不明のそれは、聞いた話を信じるなら精霊。色は雪のように真っ白で、見た目は丸々としていて毛がモコモコしている。

 本来精霊は普通の人には見えないらしいが、何故なぜか俺は見ることが出来ている。そして何故か俺の後をついてくる。理由は依然として謎だが、害はないから放っておいている。

 嘘です。時々チラ見してその様子を眺めながらいやされています。ペットを飼ったことはないが、きっとペットを飼う人たちはこんな気分ではないだろうかと思っている。気分屋で、時々姿を消してはいなくなるところは、猫に似ているのかな? 見た目はアンゴラうさぎっぽい感じだけど。


「それじゃ今日も一緒に行くか?」


 俺のささやき声に、楽しそうに周囲を飛び回りながらついてきた。



 ギルドで受けた複数の配達依頼の荷物は、背負子しよいこにまとめて持っているから、一件回るごとに徐々に重さが緩和されていく。荷物が減っていくからね。もっともスキルの恩恵で歩いている時は重さを感じないから苦にならないけど。

 他人からは重い荷物を持って大変そうに見えるけど、俺自身は余裕がある。周囲の物珍しい景色に目を向けることだって出来るし、何よりスキルの隠し効果である「一歩歩くごとに経験値1取得」もあるから、配達で歩けば歩くほど楽しみが増える。

 だってウォーキングスキルのレベルが上がるとスキルポイントが獲得出来、そのポイントを使って新しいスキル……【鑑定】【生活魔法】【気配察知】【剣術】などを覚えることが出来たのだから。さらにステータスも上昇するから、歩けば歩くほど勝手に強くなっていく。

 この世界は地球と違い自動車や電車なんていう便利な交通手段がない。乗り物と言えば馬車だ。

 だからこそどれだけ歩いても疲れないというのは物凄ものすごい価値がある、と俺は思っている。



 途中で寄った道具屋で荷物を受け取り歩き出す。昼時ということで次の届け先への通り道である、屋台の立ち並ぶ通りを目指した。通称屋台街。勝手に俺が命名しているだけだから非公式の名前だ。向こうの世界の人が見たら、きっと何の祭りだと言うに違いない。

 大きな荷物を持っての歩行は本来なら邪魔になるが、何故か道行く人が俺を避けて先を譲ってくれる。


「今日のスープは一味違うぜ。一杯どうよ」

「ソラちゃん、そっちのスープよりウチのスープの方がいいよ。まけとくよ!」


 ライバル店同士が互いをののしっているけど、いつもの光景だ。それにこの二人、こんなんでも夫婦で、初めて聞いた時は驚いた。一緒にやればいいのにと思ったら、譲れないものが二人の間にはあるようで別々に屋台を出しているそうだ。


のどは渇いてないか? 冷えた果実水があるぞ!」

「ソラ君。今日は野菜と肉のいため物が安いよ〜」


 道の両脇に並ぶ屋台の店主たちから声を掛けられるが、手を振って応えるだけ。好意的な声がそこかしこから飛んでくるが、今日は何を食べるかを既に決めている。

 目的の店舗前には既に精霊が待機していた。いつの間に。別に俺がここで買うというのを知っているわけではなく、何日か前からここの前で立ち止まっては作っている料理を眺めていた。興味津々のようだ。


「おっちゃん、新作のくし二本よろしく」


 俺の言葉に精霊の表情が明るくなったような気がする。少し垂れ気味だった耳がピンと立った。


「おう、ソラじゃねえか。相変わらずデッカイもん背負ってんな」


 近付くと肉の香ばしい匂いがお腹を刺激する。

 支払いの準備のため立ち止まり、小銭入れからお金を取り出そうとして違和感を覚えた。


「ん? どうした」


 動きを止めた俺に心配そうに声を掛ける屋台の店主、グレイに何でもないと言ってお金を渡す。

 串焼きを受け取りながら、視界の片隅でステータスを確認する。

 その違和感は、立ち止まった時に感じた荷物の重さ。体に感じる負荷が和らいだと思ったら、案の定、スキル「ウォーキング」のレベルが上がって、ステータスが増えていた。順調な成長に、自然と笑みがこぼれる。



 受け取った串焼きを持って食事の出来そうな場所を探した。精霊は今にも肉串に飛び付きそうな感じだが必死に我慢している。さすがに屋台街の近くは人通りが激しいから、一度横道に入って人気ひとけのないところに。背の低い住宅が立ち並ぶ一角に、腰を下ろせそうな場所があったから今日はそこで食事を摂ることにした。

 この辺りの家は煉瓦れんが造りで平屋が多い。一般的な造りの住宅で、木造の家の多かった地元とどうしても見比べてしまう。今でこそ慣れてきたが、中世ヨーロッパを彷彿ほうふつさせる街並みは、異世界を歩いているような気分にさせる。実際に異世界なんだけど。



 一本は俺の、もう一本は精霊の分だ。精霊が串焼きを食べると、料理が突然消えたようになるから、人前で食べるわけにはいかない。

 以前訪れた村では精霊様の降臨だとお祭り騒ぎになった。あの村で料理の味を覚えたのか色々な屋台でつまみ食いをするものだから、一時騒ぎになった。怒声や叫び声に驚いた精霊は逃げるように姿をくらまし、再び戻ってきたのはその数日後だった。

 その数日間に何があったかは謎だが、戻ってきてからは勝手に料理を食べるようなことはなくなった。本当、何があったんだろう?

 そんなことを考えていたからか、気付いたら食べ終わっていた。肉串一本がお昼。言葉だけだと少ないように思うけど大きさが違うから。子供のこぶしほどの大きさの肉が四つ刺さっていてボリューム満点。あの厚み、あの大きさで柔らかく焼く腕はさすがの一言。屋台で売るのがもったいないと思うほどの味だ。タレも長年ぎ足して使っているようで、深みがあるし侮れない。今回はそれにプラスして隠し味の調味料を使っているとかで……鑑定したら普通に何を使っているかは分かってしまったが、そこは企業秘密だよね。



 食休みを挟んで午後の配達へと戻る。立ち上がると満足そうに休んでいた精霊が顔を上げ目が合った。少し眠そうにまぶたが下がっているが、フラフラと浮かび上がり、やがてフードの中にイン。定位置とばかりにすっぽりと収まる。こちらからは触れないのに、どうなっているか不思議だ。

 科学では解明出来ない謎! みたいな感じか? さすが異世界といったところだが、いつか解明してそのモコモコに触れて堪能したいとは思っている。



 配達中、よく利用する南門の前を通れば、旅装をした冒険者や商人らしき者の姿が。彼らは門の受付を済ませて入場したら、そのうちの何人かが近くに控える魔術師風の恰好かつこうをした人たちのもとに近付き小銭を支払っている。

 何をしているかというと、生活魔法の「洗浄」で汗や服に付いた汚れをとっているのだろう。魔法を使える人の中で一番使用者が多いのが生活魔法だが、それでも総人口に比べたら魔法を使える人の数は少ない。そのため自前で使える仲間がいない人たちは、ああしてお金を払って洗浄してもらっている。


 一応風呂ふろもあるが、やはり利用出来るのはお金を持っている人たちになる。貴族や大商人が宿泊するような宿になら付いているが、そんな宿に一泊するお金でどれだけの日数を生活することが出来るやら。風呂好きというわけではないが、それでも何十日も入らないと恋しくなるがさすがに手が届かない。今宿泊している宿にはもちろん風呂なんてものはないし。

 俺はスキルの恩恵でほとんど汗をかくことがないが、それでも道を歩けば衣服は汚れていく。

 当初困った俺は、スキルポイントで生活魔法も覚えることが出来ると知って飛びついた。

 そのため彼らのお世話になったことはない。安いとはいえ、一日一回利用すればちりも積もればで結構な出費になっただろう。生活魔法を使えると知った冒険者仲間から、よく鍛練後に洗浄を頼まれて感謝されるが、使えば使うほどスキルの熟練度が上がるから、俺としても利点がある。

 本当にスキル「ウォーキング」様々だ。

 他にも素人の俺でも剣が使えるようになった剣術や、冒険に役立つ収納魔法を使うことが出来るようになる空間魔法もスキルポイントで覚えた。将来的にはポーションを自作するための錬金術や、街の外に出た時にも美味おいしいものが食べられるように料理のスキルなんかも覚えたいと思っている。



 その日の配達は、結局予定よりも早く終了した。たぶんレベルアップで歩く速度が上がったからだろう。一人で移動する時は自分のペースで歩けるからいい。後はギルドに報告したら完了だ。

 空を見上げれば太陽の位置はまだ高い。基本的に日が暮れるまでに宿に戻るようにしているが、それでも時間はまだまだありそうだ。追加で配達依頼を受けるか悩むところだ。



「ソラ?」


 悩んでいたら不意に声を掛けられた。

 振り返るとそこには二人の少女が立っている。少女と言っても歳は俺と大差ないんだけど。

 俺は手を上げて応えると、二人のもとに向かって歩いていく。

 その時、二人の後方にそびつ王都の象徴である王城が視界に入った。

 今でこそ知り合いも増え、スキルのお陰でそれなりに上手うまくやっていけている。

 それでも召喚された当初は大変だった。

 あの城を見ていると、その時のことが鮮明によみがえってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る