ネコの手を借りる?

里岡依蕗

KAC20229




 今までは『猫の手も借りたい』みたいな諺は毛嫌いしていたが、最近はなかなか、そうもいかないようになってきた。特に今日は。

 他の店ではよくやってる値引きの日みたいなものを、今日からうちでも設けることになっている。絶対混むのは目に見えてる。嗚呼、頭痛い。


 嫌な予感ほどよく当たるもので、今日は開店と同時に、いつもよりも多いお客様が目当ての商品に向かっていく。そうなれば、当然レジも混む。列に並ぶお客様の数が少しずつ増えている。


 「午前中でこんなんじゃ、午後は思いやられるなぁ」

 減りに減った値引き商品である牛乳を、品出ししながら、隣にいる相棒のたけに声をかけた。

 「本当ですねぇ、品出しが追いつかないし、レジは混むし。いきなりそんな値下げしてどうしたんですかねぇ」

 『岳さん、岳さん、レジ応援お願いします! 』

 今日何回目かのレジ応援に、品出しをしていた手が止まる。

 「あ、じゃあ俺行きます! 」

 「すまんな、よろしく」

 出し始めてしばらくしたら途中で止められているので、あいつの場所だけ全く進んでいない。いっその事全部俺がやってしまおうか。

 「はぁ……まさに猫の手も借りたいって奴だな」

 まぁ、頼んでもどうしようもないんだがな……


 「お呼びですかぁ? 」

 「は? 」

 後ろを振り向くと、見慣れた助っ人が来てくれた。

 「ネコ……! はぁ、待ってたぞ! すまんな、今日はもう回りそうにないんだ」

 ベテランバイトのかね、通称ネコ。人手が足りない時は追加出勤で加勢しにきてくれる助っ人だ。

 「店長から昨日電話あったんで、まぁそうなるんだろうなと思ってましたよ。いやぁ、それにしても大繁盛ですね! まず、何からしたらいいですかぁ? 」

 「じゃあ、あいつ連れ帰ってきて、様子見ながら近くの物出して、レジやばくなったら、お前が入ってくれるか? 」

 「はぁい! 」

 嫌がる素振りもなく、兼子はレジに駆け出して行った。やる気に満ち溢れていて、大変よろしい。ただ、無理してないかだけが心配ではある。


 しばらくして、レジに駆り出されていた岳が戻ってきた。涼しい店内にいるはずなのに、びっしょり顔中汗をかいている。

 「いやぁ、ネコさん来てくれたんですね! よかったぁ」

 「お前、相変わらず汗すごいな……まぁ、いいや。ありがとうな、しばらくネコはレジ周りにいてもらうようにしたから、とにかく出してしまうぞ」

 「へいっ! 」


 それからは、兼子がレジを仕切ってくれたおかげで、品出しも出るだけ出し終えて、レジの混み具合も軽減された。

 ……ただ、俺には、問題が積み上がってしまった。思ったよりネコの手を借りすぎて、あいつの出勤限界を超えてしまいそうなのだ。


 休憩室に行くと、一仕事を終えて、一人ゆっくり休む兼子がいた。

 「ネコ、お前、明日から二日は休んでいいからな」

 「えーいいんですかぁ! やったぁ、ありがとうございますっ! 」

 毎回緊急な時に出勤してくれて、休みがズレてしまっている。俺がもっと動けば何とかなるはずだ。

 「……で、あれはないんですか? 」

 「は? 何が? 」

 おやつを欲しがる猫のように、鈴の音のような声で、目を丸くしながら、こちらの顔を覗き込んできた。相変わらず距離が近い……

 「ご褒美、ないんですか? まだ今日貰ってないですけど」

 「はぁ……今まだ勤務中だろ。後でな」

 「へへっ、はぁい」

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