出会いはスローモーション ~でもだからってそれはないっ!!
藤瀬京祥
森村さくらに告ぐ
それは入学式が終わった直後、式が行なわれた体育館から教室に移動する途中でのことである。
教師たちの誘導に従って進む新入生たちの行列は長く、そして随分と混雑していた。
その中にいたさくらは、突然うしろから突き飛ばされたのである。
それが
「そんな変なタイミングじゃない。
そのあとよ、あと!」
少しムキになるさくらの話によると、やはり同じ中学の出身なのだろうか。
入学式だというのにすでに知り合いらしい男子生徒数人が、長く混雑し合う行列の随分後ろのほうから、ふざけるように生徒たちを掻き分けて走って来たのだという。
体育館からの退場は1組からクラスごとに行なわれたから、8組の佐竹たちが2組のさくらを突き飛ばしたということは、随分後ろから人混みを掻き分けて走ってきたことになる。
迷惑な話だ。
「言っておくけど、突き飛ばしたのは佐竹君じゃないから」
やはりムキになって訂正するさくらに、聞き手の
ぶつかったのは別の男子生徒だが、そのすぐあとを走って来た佐竹が、転倒しそうになったさくらに気づいて助けてくれたのだという。
「大丈夫? ごめんなぁ……って声を掛けてくれて、すごい格好良かったんだから!」
「あの混雑の中でふざけて走るとか、普通高校生にもなったらしないんじゃない?」
当時のことを思い出しながら話すさくらはすっかり自分の世界に入ってしまい、「こどもっぽくない?」 と呆れる琴乃の言葉など全く聞こえていない。
誰が一番早く教室に着けるかの競争なんて、それこそ小学校で卒業だろうと呆れるが、さくらは聞く耳を持たず、当時の思い出に浸り、嬉しそうに話し続ける。
「腕とかすごく優しく捕まえてくれて、わたしがちゃんと立つまで支えてくれてたの。
もう王子様よ、王子様!」
「さすがに高校生にもなって王子様はなしにしようよ」
「そう? じゃあ現代風に言い直すわ」
(そうじゃない)
声に出すのも間に合わない速さで突っ込みを入れる琴乃だが、さくらは 「そうねぇ」 と真剣に考える。
「じゃあヒーローよ」
「はぁ?」
溜息のように言葉を漏らした琴乃は、だらしなく口を開けたまま。
けれどさくらは気にすることなく話し続ける。
「あの瞬間、佐竹君はわたしのヒーローになったの。
わたしだけのヒーローよ」
「いやいやいや、あいつ彼氏いるじゃん。
さくらだけのものじゃないから」
同級生とはいえクラスの違う佐竹勇一は、最近、佐竹から告白して付き合うようになったさくらの彼氏。
だが二刀流を自称する彼はバイセクシュアルで、さくらという彼女の他に、校内に彼氏がいるらしい。
しかもそのことをさくらに 「浮気は男としかしない」 と公言しているトンデモ野郎。
入学式でのその出会いからすっかり佐竹に心奪われていたさくらは、念願叶ってすっかり恋愛フィルターで目が曇ってしまっており、それが 「二股」 を意味することに気づいていない。
しかも佐竹は、自分がバイセクシャルであるかどうかまだ戸惑っている。
だから男とも付き合ってそれを確かめたいなどと言い、さくらはそんな佐竹の気持ちにより添うつもりで認めているというか、許しているというか。
だがその本心には、やはり佐竹が好きなのは自分だという、自負のような想いがあるのだろう。
その証拠が 「わたしだけのヒーローよ」 発言だ。
少なくとも琴乃にはそう感じられた。
佐竹の姿を校内で見掛けるたび、嬉しそうにしていたさくらを知っている琴乃は、友人として二人の交際を祝福したいところ。
だがそんな事情を知っては素直に喜べるはずもない。
だがさすがに難がありすぎる。
二股の公言
だからといって 「別れろ」 などと面と向かって言うことも出来ず。
一人、頭を悩ませていた。
「倒れるわたしを見て、とっさに佐竹君が手を伸ばしてくれるの。
それがすごいスローモーションで見えて、すごく格好よかったの。
映画のワンシーンみたいな?
この人のこと好きって、直感で思った。
あの時の佐竹君、琴乃にも見せたかった」
「直感はビビッとくるものじゃないの?
しかもヒーローって、どこの戦隊ものよ?」
レベル的に王子様と変わらないのではないかと冷ややかな琴乃だが、さくらは少し口を尖らせるようにムキになる。
「わたしのピンチには必ず助けに来てくれるんだから、ヒーローで合ってるじゃない」
「それもどうなの?
だってこのあいだ、買い物に付き合ってっていったら彼氏とのデートが先約って断られたんでしょ?」
「それは仕方ないじゃない。
急に充電器が壊れたんだもん」
もっと早くわかっていたら自分を優先してくれたと主張するさくらだが、琴乃は 「どうだろう?」 と懐疑的だ。
「あいつ、なんか最近
「それさ、ひょっとして彼氏って律弥君のことかな? と思ったんだけど、違うの?」
性別と身長、体格、それに天パとストレートヘアという違い以外そっくりな、二卵性の双生児である。
さすがにそんなことを言われると思っていなかった琴乃は、即座に 「それはない」 と否定する。
同級生だが、1組の律弥と8組の佐竹に接点はほとんど無いはず。
トラブルの心当たりもないと言う琴乃だが、探るような目で 「本当に?」 と、今度はさくらが懐疑的になる。
だが佐竹の本命は自分だと信じて疑っていないらしいさくらは、あまり彼氏の素性には興味が無いらしい。
すぐに話題を戻してくる。
「ね、ね、琴乃のヒーローって誰?」
「わたしの?」
そう問われて琴乃の脳裏に浮かんだのは、幼なじみの
今でこそ学年女子で一番背の高い琴乃だが、幼稚園の頃は律弥共々体が小さく、苛められることがよくあった。
そういう時、いつも二人を助けてくれたのが幼なじみの文彦だった。
当時の文彦は特に背が高いわけでもなければ体格がいいというわけでもない、平々凡々な幼稚園児。
でもいつも双子が苛められていると、どこからともなく現われて助けてくれたのだ。
少し昔を懐かしむようにそのことを話して聞かせると、なぜかさくらには 「え、ちょっと琴乃ぉ~」 と呆れられる。
「そりゃ木嶋君も背とか高いし、顔もいいけどさ。
でも高校生になって幼なじみとか、幼稚園の頃の話とか……そんなんだから彼氏が出来ないんだよぉ~」
(はぁ~?)
そしてなぜか謎のマウントを取られ腹を立てる。
だがここは、恋愛フィルターに目のくらんだお花畑モードが原因だと言い聞かせ、ぐっと怒りを堪える。
「兄弟とか幼なじみとか言ってないで、もっと周り見なよ。
他にも格好いい男子いるじゃん。
ちゃんと見てる?」
(あんたこそ早く目を覚ましなよ!)
友人の幸せを願うあまり、見えていない現実を突きつける勇気は無い。
でも取られる謎のマウントに腹が立つ。
どうやってさくらを傷つけずに佐竹と離すかに苦心する琴乃は、そんな悩みなど露知らずと思わざるを得ないさくらのマウントに……
(あぁ、モヤるっ!!)
ー了ー
出会いはスローモーション ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu
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