破壊の魔獣

くろぶちサビイ

破壊の魔獣

 私は普段はそんなにゲームをやるほうではないが、最近、あるゲームを始めた。

 そのゲームは、自分がある惑星の創造主で、その惑星に動物を繫栄させるという設定の、いわゆる育成ゲームである。

 創造主はその惑星の地表に、ある時にはお日様を照らし、またある時には雨を降らせ、植物のタネをまき、その星を動物(架空のものだ)が育つような環境に保ってやると、どこからか可愛らしい動物が出現する。

 それらの動物にあった環境条件を保ってやると個体数が増えて、やがて群れができて、知能を持つ動物なら村や国に発展して…、というゲームである。

 今、私の星には4種類の動物が生存している。まだ1体しか出現が確認できていないものもあれば、6体いるものもある。

 そして、これらは条件が良ければどんどん増えていくはずなのだが、その動物の種類によってすぐに群れを作るものと、単体で行動するもの、温かい環境が好きなものと寒い環境が好きなものと、いろいろだからそれに合わせてやらないといけない。

 でも、この世界の創造主である私が彼らを直接操作することはできない。

 私にできるのは、惑星の気象を操ることと、自生する草花を決めることだけである。

 この時も、選んだ草花に気象条件が整わないと、すぐに枯れてしまったり、逆に育ちすぎてお化けのような大型植物になってしまったりする。

 枯れ木だらけの森は生命体たちを飢えさせるし、うっそうとし過ぎた森は生命体たちには危険な場所らしくて、森が広がるのに追われるようにして、そこを出ていく。なかなか複雑なのだ。

 でも、全体的には、のんびりしたぼのぼの系のゲームである。登場する動物たちも可愛い外見をしている。

 私は、朝起きたら、私の惑星の今日の天気をどうするかを考える。昼食を食べたら動物の増減をチェックして、2~3時間後に自生する草花のバランスを見る。

 気長にやるのがこのゲームのコツなのだと思う。


 数日後、新しい動物が現れた。

 体形はカバかイノシシで、薄紫にピンクのゼブラ柄をしており、山吹色のフサフサの尻尾をしている、かわいいのか不細工なのかよく分からないヘンテコリンな外見の奴だ。

 結構強い種類の動物のようで、寒い土地も暖かい土地も、縦横無尽に走り回っている。こんなに行動範囲が広い動物は、他にいないかもしれない。

 これに「イノカバ」という名前を付けた。現れた生命体に名前を付けるのも、創造主の役割である。


 以前からいた「プチゾウ」という生命体が、「チビフワ」という生命体に襲撃を行うようになった。

 両方とも、今の段階では、10体程度の群れを作って生活しているのだが、土地の取り合いが起こっているらしい。

 ここでどちらか片方に肩入れしてやるのも、一つの選択肢らしいが、私はできたら両者に仲良く共存して欲しかった。

 しかし、具体的にはどうしていいか分からない。二つの種族の間に森を作って、土地を分けてしまえばいいのかもしれない。

 でも、森はすぐには育たない。プチゾウとチビフワは、衝突寸前である。

 すると、そこにイノカバが走って来て、両者の間に陣取ると、パオオオンと雄叫びを上げた。

 プチゾウとチビフワは両方とも一目散に逃げて、それぞれの住みかにたてこもった。

 私はすかさず、プチゾウとチビフワの縄張りの間に、すぐに大きくなることが分かっている植物のタネをまいた。

 森を作って、二種類の動物を分断したのだ。

 イノカバは、何事もなかったかのように、その辺でくつろいでいる。

 なんといいタイミングでイノカバが現れてくれたものだ。


 その後も動物たちの争いは続いた。

 昨日は「ミミナガ」と「ハナクロ」の間に、今日は「チコリーパグ」と「ピッグホース」の間に戦争が起こりそうになったが、再びイノカバがやって来て、両者はその場から逃げ去り、戦争は回避された。

 私はイノカバに感謝した。

 二度も動物間の争いを止めてくれるなんて、私にとっての救世主、ヒーローだ!

 イノカバは「ピンクベリー」という植物の実が好物らしいので、私は草原いっぱいにピンクベリーの種をばらまいてやった。


 SNSで、あのゲームに関する、気になるつぶやきを見た。

「薄紫とピンクのゼブラ柄の動物に要注意。自分はあれのせいでひどい目にあった」

「ストーリーに複数のパターンがあると思うから断定はできないけど、あれは悪魔だ」

 薄紫とピンクのゼブラ柄ということは、多分、イノカバのことだろう。

 でも、“ストーリーに複数のパターンがある”んだもんね。私のイノカバは、そんなに悪い動物じゃないと思う。

 今日も「ピグマ」の仲間割れの中に飛び込んできて、ケンカをしていたピグマがあたりにバラけたら、颯爽とどこかに走り去った。

 以来、ピグマ達はケンカをやめたようだ。

 平和を愛する私は、イノカバへのお礼に、好物のピンクベリーの森に恵みの雨を降らせた。


 ピンクベリーを食べて絶好調のイノカバは、いろんな所を自由気ままに走り回ったり昼寝をしたりしているが、特に害にはなっていない。

 だが、イノカバに関するSNSへの書き込みは増えていた。

「あれ、最悪だよ」

「好物のピンクベリーは食べさせないように工夫したほうがいいね。ワサビバナを食べると体調が悪くなるみたいだから、ワサビバナをいっぱい植えるといいかもしれない」

 ええっ、そんなことしたらかわいそうじゃん。

「四方を山に囲まれたところに閉じ込めちゃった」

「アレを出現させないようにする方法ってないの?」

「1匹以上は出現しないみたいだから、早い段階で手を打ったほうがいい」

 イノカバ受難である。

 そんなに悪い動物かなあ。他の動物の争いを仲裁する、とっても良い奴のような気がするけど。

 前にも誰かが言っていたが、ゲームのストーリーは何パターンもある。私のイノカバは、無害のものに違いない。

 いいや、無害どころか、むしろ役に立っている。動物の間で争いが起こると仲裁に駆けつけるなんて本当に偉い。

 もしかして、私のイノカバが希少なのだろうか。それならそれで保護してやるべきだろう。

 本当に偶然だけど、私は運が良いのかもしれない。

 他の人達はイノカバに困ってるけど、私のイノカバは良い奴だもんね。私の惑星の救世主と言っていいくらいに。

 私だけのイノカバ。大切にしなければならないと、この時は思っていた。


 しかし、程なくして、私はSNSに書き込まれたことの意味を理解する。

 ある時、イノカバがその辺を駆け回っていた。初めのうちはあまり気にしなかったが、いつものようなのんびりした走り方ではない。

 イノカバの姿も、いつもとなんとなく違うような気がする。よく見ると、頭に角と、口にはキバが生えていた。

「あっ!」

 イノカバが猛スピードで突進してきて、ハナクロの巣が作られている木をなぎ倒した。

 ハナクロは成す術もなく逃げまどっている。

「イノカバ...、平和主義者じゃなかったの…?」

 私には見ていることしかできなかった。

 イノカバは、次に地面に穴を掘ってその中で暮らしている「ミーアモグ」の巣穴を破壊した。

 イノカバが穴を掘る姿を、私は初めて見た。ミ-アモグ達は別の出口から避難した。

 しかし、イノカバはどんどん穴を掘り進めていく。

 いきなり画面が切り替わった。

 ゲームの舞台である惑星の全体像が映し出される。

 惑星全体が、小刻みに震えていた。そして、惑星の地表にポコポコと何かが顔を出したり引っ込んだりしている。イノカバだ!

 やがて、イノカバが開けた穴からマグマが吹き出し、惑星は爆発して消滅した。

 宇宙空間を飛び去っていくイノカバの後ろ姿の次に現れた、ゲームオーバーの文字…。

「………」

 しばし、私は呆然としていた。

 イノカバとは…、一体何だったのだろう。救世主の如くに思っていたが、実は全然違ったらしい。

「はは…。こんなこともあるよね…」

 それに、私だけの希少なパターンの動物ではなかった訳だ。

 私は何とも言えない気持ちのまま、ゲームの画面を閉じた。

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