おやすみ、ぼくらのチチェレンジャー。
中田もな
おやすみ、さくらちゃん
「いい加減にして!!」
――思いっ切り、ほっぺたを叩かれた。とってもとっても、痛かった。
「ぎゃーぎゃー喚くんじゃないって、いつも言ってるでしょ!! ああ、イライラする!!」
ごめんなさい、ごめんなさい……。お母さんの顔がこわくて、わたしは何度もあやまった。
「あんたのせいで、私は……!! 何もかも、上手くいかないのよ!!」
あんたなんか、いなければ良かった……。お母さんはそう言いながら、わたしのほっぺをもう一度、さっきよりも強く叩いた。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
「うるさい!! いいから、さっさと消えて!!」
わたしのお母さんは、帰ってくるのが遅い。わたしを見ると、いつも怒る。一緒に遊んでくれない。ご飯も作ってくれない。だけど、全部わたしが悪いんだって。わたしのせいで、お母さんは、悲しい思いをしてるんだって……。
「お母さん……。ごめんなさい……」
わたしは自分の小さなお部屋で、うさぎのぬいぐるみの「みみちゃん」と一緒に、ごめんなさいを繰り返した。わたしは、お母さんのことが好き。でも、お母さんは、わたしのことが好きじゃないの……。
「さくらちゃん」
……お部屋のまどから、優しい声がした。わたしがしくしく泣いてるときに、いつも一緒に遊んでくれる、優しいヒーローの声だった。
「パープル……?」
「そうだよ、パープルだよ。さくらちゃんが泣いてるから、急いでやって来たんだ」
ヒーロースーツみたいな、紫色のジャージ。かっこいいマントみたいな、赤色のタオル。ラベンダーパープルは、わたしのお母さんには見えない、わたしだけのヒーローだった。
「ぼくが来たから、もう大丈夫だよ。悲しくない、悲しくないよ」
わたしはパープルのことが大好き。いつも頭をなでてくれるし、楽しいお話をしてくれる。そして……。
「さくちゃん! ボクと一緒に遊ぼう!」
……パープルがやって来ると、うさぎのぬいぐるみの「みみちゃん」が、わたしと一緒に遊んでくれる。パープルの持つふしぎなパワーで、「みみちゃん」がしゃべったり動いたりするようになるの。
「……うん! 一緒に遊ぶ!」
わたしはとってもうれしくなって、「みみちゃん」と一緒にぴょんぴょんはねた。パープルが来てくれるだけで、わたしの悲しい気持ちなんて、あっという間になくなっちゃう。
「さくらちゃん、今日は何をしようか?」
「えっと、えっとね! わたし、お花のかんむりを作りたいの!」
パープルはにこにこ笑いながら、わたしの頭をなでてくれる。パープルはいつも優しい。大きな願いも小さな願いも、何でも叶えてくれるんだ。
「それじゃあ、お花畑で遊ぼうか」
パープルがお部屋の床をなぞると、何もなかったところから、きれいなお花が顔を出した。パープルがちょっと力を使うだけで、寒いさむいわたしのお部屋も、すてきなお花畑になっちゃうの。
「わぁーい! お花畑だー!」
わたしはパープルと「みみちゃん」と一緒に、きれいなお花を何本もつんで、かわいいお花のかんむりを作った。パープルにプレゼントしてあげたら、とっても喜んでくれた。
「ぼくの仲間に自慢しよう」って言ってた。
「ねぇねぇ、パープル! わたしも、パープルのお友だちに会いたい!」
わたしがそう言うと、パープルはにっこりと笑いながら、わたしの頭をそっとなでた。パープルは「チチェレンジャー」の一員で、かっこいいお友だちが沢山いるんだって。
「そうだね……。さくらちゃんも、いつかきっと、チチェレンジャーのみんなに会えるよ」
パープルはわたしの作ったかんむりを、大事そうに頭にのせた。わたしはそれが、とってもとってもうれしかった。
「さくらちゃん。今日は、元気がないね」
寒いさむいベランダで、わたしはパープルにぎゅっと抱きついた。「みみちゃん」と一緒に遊んでいたら、突然お母さんが帰ってきて、「あっちに行け」って言ってきた。「大事な客が来るから、あんたは邪魔」なんだって……。
「泣かないで、さくらちゃん。ぼくがもっと、ぎゅっとしてあげる」
パープルが来てくれるだけで、わたしはいつも、楽しい気分になるのに……。今日は全然、楽しくなかった。とってもとっても、悲しかった。
「ねぇ、パープル……。わたしのお母さんは、わたしのこと、きらいなの……」
パープルにぎゅっとくっつきながら、わたしはしくしくと泣いた。パープル優しい手つきで、わたしの頭をなでてくれた。
「きっと、わたし、いらない子なの……! だってお母さん、いつもいつも、わたしのこと怒るの……!」
とってもとっても、つかれた気分だった。お腹も空いたし、のども乾いた。それにとっても、悲しかった。
「……さくらちゃん」
パープルの声は、いつも優しかった。温かくて、心地良くて、お兄さんみたいだった。
「さくらちゃんは、ぼくと一緒に、楽しいところに行きたい?」
わたしが顔を上げると、パープルはにっこりと笑った。そして、「ぼくの仲間と一緒に、楽しいことをしよう」と言った。
「こんなところにずっといても、さくらちゃんはきっと、悲しい思いをするだけだよ。だからぼくと一緒に、チチェレンジャーのところに行こう。みんなもさくらちゃんのことを、楽しみに待っているよ」
楽しいところに、行きたかった。パープルや「みみちゃん」と一緒に、ずっとずっと、遊んでいたかった。
「……うん」
……うとうとしながら、わたしは言った。何だか、眠くなってきた。パープルの心が温かくて、だんだんと気持ちが遠くなっていった。
「おやすみ、さくらちゃん。目が覚めたら、みんなと一緒に遊ぼうね」
パープルはそう言って、わたしの頭を静かになでた。それがとってもうれしくて、わたしはそっと、目を閉じた。
おやすみ、ぼくらのチチェレンジャー。 中田もな @Nakata-Mona
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。