一人ぼっちでも寂しくないから

六条菜々子

他人なんて敵だから

『友達できたんか?』

「いや、まだだけど」


 住んでいたところを離れて、半年ほどが経っていた。中学の頃の知り合いからメールが来て、久しぶりに話そうということになった。電話で聞く声は、なんだかとても懐かしい。

 他人という存在を嫌っているわたしにとって、友達なんてものが作れるはずはなく。


『…もしかして、周りに話せる人おらんのか?』

「ん、まあ」

『相変わらずやなあ。放課後とかどうしてんの』

「図書室にいる」

『一人で?』

「そう」


 電話越しにため息が聞こえてきた。


『寂しくないん?』

「……そうだね。別に困ってはないよ」



 一人が好きだった。誰からの干渉も受けず、文字の波に溺れていくのが心地よかった。だから、わたしは常に文庫本を持ち歩いていたし、放課後になると図書室に直行していた。閉室時間までの空気もなんともいえない感情も、すべてが好きだった。

 けれど、それをよしとしない人がいた。


「なに読んどるんや?」

「……」


 わたしはそれが自分に向けられた言葉だとは思ってなく、結果的に無視していた。


「なあ?」

「ふぇ?」


 本と自分の顔の間に、自分のものではない手が出現し、わたしの口から出したことのないような声が漏れてしまった。


「なに読んどるんやって言っとるやろ」

「えっと、あの」

「ん?」

「“ボーダーライン”だよ」

「名前は聞いたことあるなあ」


 突然現れたのは、同じクラスの垂井たるいくんだった。話しかけられる理由が思い当たらないので、早くどこかへ行ってほしい。


「なんでいつも一人でおるん」

「…なんでって言われても困る」

「このままやったらだめやよ」


 だめ?


「だって、一人でいたほうが楽だから」

「楽しいか?」

「うん」

「そうか」


 そう言うと、垂井くんは立ち上がった。


「明日もここにおるん?」

「毎日いる」


 うなずくと、彼は離れていき図書室を出て行った。


 それからというもの、垂井くんは放課後を図書室で過ごすようになった。わたしの向かい側の席で。

 なにを考えているのか、わたしと一緒にいてなにかメリットがあるのか、そんなことを考えながら過ごす日々がしばらく続いた。なんだかよく分からない空気をまといながら、いつまで続くのかと思っていた。

 始まるのも終わるのも突然だった。


「あれ、今日はいないのかな」


 空虚感。当たり前だと思っていたことが、当たり前でなくなる瞬間だった。

 話すことはほとんどなかったけれど、そこにいないというだけでこんなにも寂しいと思ってしまうなんて。

 いつもは閉室時間ぎりぎりまでいるけれど、その日は読書をする気分になれなかった。こんなことは初めてで、わたしはかなり戸惑っていた。


 図書室を出て下駄箱のほうへ向かっていると、後ろから誰かが走ってくる音がした。なにかの部活かなにかだと思って気に留めずにいると、足音が止まり肩のあたりに手の感触を感じた。


「!?」

「あ、すまん。驚かせて」

「垂井くん?」


 どこから走ってきたんだろう。かなり息が荒い。そして、必死な目をしていた。


羽島はしま、俺のところにこないか」

「はい?」


 名前を呼んできて、なにを言っているんだろう。そもそも、わたしの名前知ってたんだ。


「文芸部、作った」

「は?」

「本を読むのが好きなんだろ? せっかくだから部活にしようぜ」

「そんな勝手…!」

「一人にはさせないから、安心だろ?」


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一人ぼっちでも寂しくないから 六条菜々子 @minamocya

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