第30話 カフェ、オープンしました!
「あ」
音。
金属の奏でる、ゆったりとした音楽。
コルトが窓際のオルゴールを悪戯して鳴らしていたのだ。
さすがお猿さんだわ、賢い!
「そういえばルイは元の世界で音楽をやっていたのよね。リオがもう少し大きくなったら、この子にも楽器を教えてあげてほしいな」
「いいけど……」
音楽は心を豊かにするものね。
私はあまりにも過密学習で余裕を奪われていったけれど。
リオにも音楽に触れて、感受性を養ってほしいわ。
お父様のようにいつもカリカリしているような人にはならないでほしいし、前世の夫の某勇者のように人の心がわからない空気が読めない、わかっててわざと読まない、なんなら見捨てるまでするような、そんなクズにはならないでほしいもの。
「でも、俺才能ないよ? それでも、いい?」
「え? でも色々な楽器が使えるのでしょう?」
「使えるのと人に聴かせられるような……人の心に残る演奏ができるのは違うよ」
「……それは、まあ、そうかもしれないけれど……」
私もピアノを叩き込まれたから、それはわかる。
そうね、まあ、うん。
音楽を演奏するのと、嗜むのとでは違うわよね。
でも、そのどちらもリオには経験させてあげたいというか。
「自分が才能ないっていうのは、割とすぐわかったんだよね。一流の世界に触れれば触れるほど、俺って平凡だな、って」
「そんな……」
「だからなのかな、日本に戻ってきて、オルゴール教室に参加した時すごく楽しかったんだよ」
「……」
それは、多分彼の——話の続き。
海外を飛び回るほどに音楽に真摯に向き合い、音楽にだけは教育熱心だった彼の両親。
多分、自分たちの子どもならば自分たちが到達できなかった高みに昇ってくれるだろう——と、期待していたらしい。
息子である彼自身がそう感じるほどだったのなら、そうだったんだろうな。
我が子に期待を寄せるのは、親ならば仕方ないと思う。
けれど、ルイはそれが重かった。
両親すら到達できなかった高みばかり見せられ、「お前もいつかあそこに行くのだ」と指差されてその気になった時期を過ぎると、その高みのあまりの道のりに絶望してしまうのだと。
音楽自体は好きだから、という彼のその絶望は私の想像を絶するだろう。
好きなのに諦めねばならないなんて、切ないじゃない?
そんなルイの心を救ってくれたのがオルゴール。
ささやかな、初心者向けのオルゴール作り体験。
疲れ果て、虚無に苛まれていた心がオルゴールの優しい音色に癒された。
「この世界の——この国の人にも知ってほしいなって、思ったから」
「それでオルゴール店を始めたんだね」
「全然ウケないけどね」
「これから知ってもらえばいいのよ」
オルゴールのよさを、私も理解できる。
とても優しい音色。
聴いているだけで心が癒される。
自分の心が疲れていたのだと感じる。
「……うん、知ってもらえるといいな。オルゴールのよさ」
このお店にお客さんを呼んで、私が少しでもオルゴールのよさをこの国の人に知ってもらうきっかけになればいい。
うん、やっぱりカフェ、がんばろう!
***
メニューよし。
テーブルよし。
椅子、よし。
従業員よし。
目の届くところにベビーベッドとリオ、よし。
オルゴールよし。
食器、よし。
「うん、いよいよ開店です!」
ようやく、ようやく漕ぎ着けましたよ開店に!
前世からの憧れ。
田舎生まれの私が、本当に本当に、長い間憧れた夢。
まさか生まれ変わって叶うなんて……それも子どもを産んだあとで!
ここまで長かったな。
親から見捨てられた状態で生活して、子どもを産んだあとは世話係として使用人以下の扱い。
我が子の『特異スキル』を奪われた挙句、国から捨てられて敵国と教わってきたこの国に来て……そして夢を思い出してようやく。
……え、本当に長かったね?
「開店おめでとう」
「ありがとう、ルイ!」
「最初のお客さん来たよ」
「え? あ!」
「よう!」
最初のお客さんはアーキさんとマチトさん。
そしてお宿の従業員の皆さん!
「来たよー、ティータちゃん、リオちゃん、コルトちゃん!」
「リオちゃーん! 会いたかったー!」
「オムツ替えた? うちら替えてあげるよ!?」
「ミルクは!?」
「い、今寝てるので」
従業員のみなさん、真っ先にリオのお世話。
今寝たばかりなのであまりうるさくしないであげてください〜。
「おれはこのカフェオレってやつと、オムライスを頼む」
「アタシは紅茶とサンドイッチ!」
「はい。あ、コルト、お仕事お願い」
「キキ!」
初のお客様なのは私だけではない。
コルトにとっても初仕事。
人数が少なくて注文の品数も四品だけだから、自分で受けてしまうところだったわ。
コルトにもちゃんとお仕事をさせないと、雇った意味がないわ。
「キーキキ!」
「わあ、上手にできたわね!」
メニュー玉を注文表にちゃんと置いていくコルト。
カフェオレと紅茶、オムライスとサンドイッチのところに一つずつ玉が置いてある。
偉い!
ちゃんと使い方は覚えてるみたいね。
「上手にできた報酬よ」
「キキー!」
お仕事をちゃんとできたコルトへの報酬はカットバナナ。
一口サイズのカットバナナを、取れた注文につき一つずつ。
猩猩はとても賢いから、あまり与え過ぎると嘘の注文を入れるようになるから、と言われたので一センチ台。
二つもらって喜ぶコルトは、多分食べ過ぎなんだろうな。
アーキさんに「コルト、ちょっと太ったかい?」と心配されてしまった。
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