第10話 絶望
「いかがかしら、聖女様?」
クリステリア王女が聞くと、近藤さんは自身のステータスを表示して確認する。
ステータス表示魔法……羨ましい。あの魔法、自己鑑定ができる魔法で、国王に認められた貴族であれば本来誰でも使える紋章魔法の一種。
国王にステータスが筒抜けになる代わり、自分のステータスを閲覧できる。
私は貴族の血を引くけれど立場は使用人——平民に等しい。
国王が“貴族”として認めたわけではないから、ステータス表示魔法は与えられなかった。
ステータスが見れれば自分のスキルや能力を把握できる。
その情報をもとに、自分の方向性を把握して活かすのだ。
たとえば、魔法が得意なら魔法使いを目指すとか。
リオハルトは『天性スキル』【召喚】を持っているから、魔法の才能があるのかな……なんて、考えたりもした。
この子の才能、方向性がわかればいいのに、なんて思ったりもした。
……『天性スキル』を奪われた今、私とこの子は……もう、この国で安全に生きていくことはできないだろう。
斜め前で笑いながら私たちを見る、あの父の目。
どんな目に遭わせてやろうかと考えている、被虐に満ちた目だ。
やはりだめだ、この国にはいられない。
怖い。
「ありました! 【召喚】の魔法スキル! すごーい! 本当にわたしの『特異スキル』で人のスキルが奪えるんですね!」
「自慢できるスキルではありませんわ」
「むっ」
なんとなく近藤さんとクリステリア王女は相性が悪そう。
巻き込まれたくないなぁ。
「トイニェスティン侯爵の娘、その息子リオハルト、大義であった。侯爵よ、娘と孫をしかと頼むぞ。リオハルトは将来我が国の筆頭魔法使いとなるやもしれん。その子には“ステータス表示”の魔法スキルを与えよう」
「ふ、ふぇ、ふぁぁ! ふぎゃぁぁぁっ!」
「ま、まあ! リオハルト……!」
なんというタイミングで目を覚まして泣き出すの!?
慌てて揺らすけれど、全然泣き止む気配がない。
どうしよう、感じからしてオムツ!
「お、お父様、お城の方にオムツに使える布をいただけないか聞いてください! なにも持ってこれなかったのです!」
「ぐぬ……! ……う、うむむ、仕方ない」
「すみません、部屋を……排泄のようなので、馬小屋で構いませんので!」
「あ、あちらへ!」
泣き止まない。
でも、いいタイミングで抜け出すことができたわ。
兵士の方に馬小屋の近くに案内してもらい、後宮から大急ぎでオムツを持ってきてもらう。
布を赤ちゃんサイズに縫った、前世からは考えられないほど簡素なものだけれど、これがこの世界のオムツ。
汚れたオムツを藁に巻く。
あたりを見回すと、誰も赤子の世話に関わりたくないのか案内してくれた兵士すらいない。
驚きだわ、いくらなんでも部外者に見張りもつけないなんて……。
私が城の中で迷ったらどうする気なのかしら。
でも、この機を逃す手はない。
逃げなければ。
「おい、終わったか!」
「きゃ!」
お馬さんに乗って、と馬小屋の馬に近づくけれど、そもそも私は馬に乗ったことがない。
馬に乗るには鞍や手綱が必要のはずだけど、馬小屋の馬にはそういう道具は一切ついていなかった。
このままで乗れるものかと思案していると、後ろから父の声。
にやりと、私の顔を見ると邪悪な笑みを浮かべる。
逃げ損なった……。
「ククク……これでもうお前らは用済みだ、アンジェリカ。散々邪魔ばかりしおって」
「そ、そんなつもりは……!」
「黙れ! 結果としてそうなっているだろう! 育ててやった恩を忘れて、まったく親不孝な娘だ!」
「そ……っ」
なにを言っても、お父様には聞き入れてもらえない。
私はそれを、ずっと、知ってたのに。
「あっ」
「!」
父の後ろから、郁夫が顔を覗かせた。
父の声で気づいてくれたのか、父に追い詰められる私を目を丸くして見ている。
もう、郁夫には——なにも期待しないつもりだったけれど……。
「た……助けて……助けてください!」
「黙れ!! ……勇者殿、どうかされましたか」
「あ、いや、その……」
どういう理由で郁夫がここに来たのかはわからない。
でも、私にとって一縷の望みだ。
不本意ではある。
二度と関わりたくない。
前世私を裏切ったことも、やっぱり許せない。
今世の私の身はどうでもいいから、せめてリオハルトだけは……!
叫ぶ私に父が怒鳴りつけて、郁夫へ笑顔を向ける。
だめだ、諦めるわけにはいかない!
リオハルトだけでも!
「お願いします、勇者様! リオハルトだけでも後宮で引き取ってください! 私はどうなっても……殺されても構いません! お願いします! お願いします! 助けて!」
「え、あ……あの、その……」
「申し訳ございません、勇者様。娘は孫の『天性スキル』が聖女様に渡ったことで不安から錯乱しておるようでして」
「え……で、でも」
「勇者様……! お願いします、お願いします……お願い——お、お願い、この子を、助けて! お願い! 郁夫! この子は晴翔の生まれ変わりなの!」
馬小屋の前で、リオハルトを抱いたまま膝をついて頭を下げた。
お願い、郁夫。
この子を助けて。
あなたの血はもう入っていないけれど、リオハルトは前世の私とあなたの息子、晴翔の生まれ変わり。
「えっ」
「信じてくれなくてもいい! でも本当なの! 私の前世の名前は
「っ!?」
「!?」
もう、頼れるものが……縋るものが郁夫しかいない。
これは賭けだ。
しかも、負ける可能性の方が遥かに高い。
けれど諦めるわけにはいかない。
リオハルトを、今度こそ守る!
そのためなら頭のおかしい女にでもなんでもなる。
私を裏切ったあなたに縋ることだって厭わない。
「お願い! リオハルトを助けて!」
「勇者様、お部屋へお戻りください。娘と孫はこれから私と家へ帰りますので」
「あ……あの、こ、殺されるとか、助けてとか……そのー……」
「ははは、そんなはずはありますまい。どこの世界に我が子と孫を殺そうとする親がおるのですか? 勇者様の世界はそのようなことが?」「い、いやー……まあ、そ、そうですよね?」
「郁夫!」
「……っ」
私の訴えを、目を背けて聞き流す。
あなたは、あなたは……!
「助けて……っ」
前世で裏切ったこと、私は今も許せない。
その気持ちが、あなたに伝わったのだろうか?
許せないのは、私の心が狭いせい?
そのせいで私はリオハルトを守れないの?
郁夫の不倫を許せたなら、あなたはリオハルトを助けてくれる?
「お願い、不倫してたことも、怒ってないから……だから……リオハルトだけは助けて」
心の中では許せない気持ちの方が勝ってる。
それでもリオハルトだけは。
「……あ、あの……お、オムツ……」
「む?」
「お、俺、元の世界で少しだけ自分の子のオムツとか、替えたことあったから……そのー……ぬ、濡れタオルあった方が助かって……それで、その、これ、ぬ、濡らしてきたタオル……使うかなぁ、って……」
ゆっくり、顔を上げた。
へらへら笑う郁夫。
それを、こともあろうに父の手に渡す。
リオハルトを抱く私ではなく、父へ。
私の言葉は?
あなたはどうして私たちを見ようとしないの?
そんな人だったの?
そんな……こんなに、お願いしても……無駄、なの……?
「郁夫……」
「そ、それじゃあ、あの、
「……郁夫……」
膝をついたまま視界が真っ暗になった。
彼は私とリオハルトを見ない。見なかった。
そうなのね。
あなたはこんなにも……私たちに興味がなかったのね。
どうでも、いい存在だったのね……。
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