第52話

 俺より少し賢そうでありながら、その目は死んでるかのようにくすんでいた。かつて、俺が吹楚先輩に言われたことを思い出す。


「よく頑張ったな。アカネ、銅次。後は俺に――銀壱に任せておけ」


「なっ!!」


 俺によく似た男は自らを兄貴だと名乗った。

 確かに俺達は双子で、自分たちでも過去の写真を見るとどっちか分からなくなるほど似てはいた。

 だが、兄貴は俺と違って50年間の時間を過ごしていた。だから、相応の年齢を積み重ねており――老人の姿をしていた筈。

 なんで……若返っているのだ?


 俺の疑問に答えるように、兄貴の隣にもう一人、姿を見せた。

 赤の制服から除く花柄と軽妙な口調。


「な~に、驚いてんだよ。赤の群衆クラスタには、年を操る人間がいることは知ってるだろ?」


らん!」


「お、自分の名前覚えてくれてたんだ~。嬉しいねぇ」


 狩生かりう らん。自らをスパイと称する男だ。

 銀から赤に送られたスパイ。

 何故、そんな男が兄貴と共にいる? 兄貴が若返ったことに赤の群衆クラスタが関係しているのか?


 らんがこの場所に現れたことは、生里に取っても想定外なのか。


「なんのつもりだ……らん?」


 抱き着いていたアカネを蹴飛ばし、仲間である赤の制服を睨む。


「下っ端風情のお前が、俺に逆らうとはいい度胸してるじゃねぇか。俺は思い通りにいかないことが一番嫌いだって知ってるよなぁ?」


 生里の二つ目の能力は、眼力だけでも発動するのか。

 兄貴の隣で膝を付くらん

 つまり、らんは一度、生里と戦った経験があるということか。


「あー、良く知ってるぜ。だから、この男を連れてきたんだからな」


 重さに震える鸞の横。兄貴はゆっくりと歩き出す。

 兄貴は生里と戦ったことはないため、二つ目の力が発動することはない。けど、生里には一つ目の『蛾』の力があるではないか!


「兄貴、逃げろ!!」


 兄貴は【魔能力】を持っていない。

 俺の悲鳴にも近い声を、兄貴は無視したのか。

 生里の前で立ち止まり睨む。


「……アカネから離れろ」


「俺に喧嘩売るとはいい度胸じゃねぇか」


 にらみ合う二人を煽るようにらんがウィンクする。


「じゃ、銀壱さん。好きなだけ復讐しちゃってよ」


 そして、生里によって生み出される負荷に抗うことを辞めたのか。天を仰ぎ大の字に背を付ける。

 まさか、鸞を赤の群衆クラスタに差し向けた相手は兄貴だったのか?


「ああ……。俺は自らの命と犠牲に【魔能力】を手に入れたんだからなぁ!!」


 兄貴は自らの力を俺に示すように、生里の身体を蹴りつけた。強化された『蛾』の肉体が、吹き飛び宙を舞う。


「命を犠牲に【魔能力】を……。魔族の野郎――なんでこんな雑魚に!!」


 羽を開き空に留まる生里。

 その口ぶりから、赤の群衆クラスタでは魔族が日常的に行っているようだ。

 若さと命を犠牲に得る力。

 赤の管轄では何が行われているのだろうか?


「いや、今はそれよりも! 兄貴……命を犠牲にって何してるんだよ!!」


「銅次。お前にだけ戦わせて悪かったな。でも、俺は生里にお前達が甚振られていることを知り、力を手にする方法を知った。それで黙ってることなんてお前にできるのか?」


 同じ立場だったら、俺でも同じことをしただろうと兄貴は言う。

 確かにそうかもしれないけど、でも、泥臭いことはいつだって俺の役目なはず。兄貴は優秀で皆の憧れだったではないか!

 俺に笑いかけた兄貴は、再び視線を生里に戻す。


「俺は俺に命じる。この世で一番、憎い相手を倒す!! ――めいいのちを持って、【魔能力】を解放する――!!」


 その言葉の直後。

 俺の身体がグンっと引き寄せられた。磁石に引き寄せられる鉄のように、見えぬ力で引っ張られる。

 その先は兄貴だ。

 どうやら、動けぬ俺を生里の元から遠ざけてくれたようだ。


「……っ!?」


 だが兄貴は、宙を浮かぶ俺が手元に来るタイミングで、その拳が振り落とした。

 地面に打ち付けられた俺の顔を、生里がしたように何度も踏みつける。


「なっ……!? あ、兄貴?」


 痛みと混乱。

 兄貴は何をしているのだ? 攻撃すべきは俺ではなく生里だろう?


「ちょっと、お父さん?」


 兄貴の暴挙を止めようと、負荷が緩められていたアカネが動くが――、


「折角、面白れぇことになったんだ。こっちは、こっちで楽しもうぜ?」


 生里が負荷を与えたのか。

 踏み出した足が大きく沈み跪く。


「兄弟喧嘩を肴に娘を愉しむなんて、最高だなぁ」


 喜ぶ生里の声に、


「良いプレゼントだっただろ、生里先輩?」


 らんが天を見上げたまま、大きく息を吐いた。


「どういうことだ?」


「あー、忘れちゃったんすか? 今日は、俺が生里先輩と会った記念日なんすよ? だから、面白い物みせてあげよーと準備したんすよ。だから、これ、解いて貰えないっすかね?」


「そうだったのか? だったら、最初から言えばいいじゃないか?」


「サプライズってのは、徹底しないと意味がないんですよ、俺の憧れの生里先輩!」


 らんの負荷を解除したのか。

 砂を払いながら立ち上がる。

 そんな……。


らんは俺達のスパイじゃないのか?」


 俺達を助けるために兄貴をこの場に連れてきてくれたのではないか?

 俺の言葉に答えたのは本人ではなく――生里だった。


「そんなことあるわけないだろうが! こいつは赤の群衆クラスタの頂点に立つ魔族から、最も信頼されている男だ。そして、俺の右腕でもある」


「なっ……!?」


「ただし、どこかしこに俺はスパイだって嘯くのが玉に傷なんだけどなぁ」


「酷いなぁ。だって、ほら……あの顔。これ見ちゃったら癖になるでしょ?」


 らんは俺を指さして笑う。

 助けに来た期待に裏切られ、最も信頼する兄弟に足蹴にされる。絶望にも近い感情はどれだけ押し殺しても、とてつもない力で押し返してくる。


「いやー、それにしても、まさか本当に自分の弟が一番憎いとはな。好きな女が自分ではなく、弟を選んだことがそんなに悔しいかねぇ」


 らんの言葉に兄貴の怒りが強くなる。

 手を使わずに引き寄せられる俺は、見えない力に操られたかのように浮かぶ。


 兄貴の目が俺を見る。

 向けられるは憎悪。


「兄貴、辞めてくれよ!!」


「無駄無駄。一度、自分に命じちゃった以上――目的を達するまで言葉は通じない。後は、好きに楽しんでくれよ、生里先輩」


 この場を荒らしたらんは、ポケットに手を入れ背を向ける。

 兄貴が自分に命じたことは一番憎い相手を殺すこと。

 でも、それは、


「なんで……」


 なんで、俺なんだ。


 俺達は互いに協力しあえる、一番、信頼できる関係じゃないのか? 

 双子として生まれた俺達は、互いに足を引っ張るような関係じゃ――ない。


「そう思っていたのは俺だけだったのか?」


 兄貴にとって、俺は足を引っ張る邪魔者で殺したくなる存在だったのか。

 悲しみに自然と涙が出る。

 浮かぶ俺の頭に手を伸ばす兄貴。


「お前が、お前がこの時代に来たのが、間違い・・・だったんだ」


 感情の籠らぬ声で言った。


間違い・・・は俺が正す……!!」

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