第32話

 二回目の公式戦の日がやってきた。

 闘技場に足を踏み入れると、そこは真っ新な地面になっていた。

 一週間前に人が死んだとは思えないほど綺麗だ。碓氷さんの死がなかったかのように……。


 そんな闘技場にやってきたのは、一週間前と同じメンバー。

 俺、絵本えもと、素子さんの三人だった。互いに無言のまま、対戦相手が来るのを待っていたのだが、ふと、何かを思い出したかのように素子さんが言った。


「一週間、特訓をサボるなんて駄目なの」


 特訓に顔を出さなかった俺への忠告。

 この一週間。

 俺はただ、『特訓』に顔を出さなかったのではない。一週間を時間貯蓄に回していたのだ。その結果、俺の視界に浮かぶ数字は、


 99:99:99


 一週間を時間換算すれば、99時間より多いのは子供でも分かる。

 となると、どうやら俺が貯蓄できる時間は99時間が最高らしい。つまり、俺は一週間の殆んどを無駄にしてしまったことになる。

 でも――それでも構わない。

 俺は俺に出来ることをやるだけだ。


 俺を咎めた素子もとこさんと絵本えもとに真っ直ぐ向き合う。


「もし、二人が――」


 俺は自分の決意を告げようとした。

 だが、おれが最後まで言葉にするより早く、天の声が割って入った。


「おーっと。ここで赤の群衆クラスタの到着だ~!」


「……」


 天の声を聞いた俺達は、自然に闘技場の反対側に視線を向ける。そこからゆっくりと歩いてくるのは 二十人ほどの赤の群衆だった。

 赤は年功序列。

 生里の姿を知ったからこそ、その意味をよくよく理解した。若い肉体と死線を潜り抜けてきた経験値。その二つを持っているからこそ――下の人間に認められている。


「赤の群衆クラスタか……」


 厄介な相手だと考えながらも俺の目は自然と、生里なまりを探していた。

 イムさん曰く、一度負けた相手には二度と負けないと称される。つまりは、俺が次に生里と戦えば勝てないことになる。

 勿論、負けるつもりはないが、注意することに越したことはない。

 ……生里はいないようだ。

 少しだけ安堵すると、天の声が再び響いた。


「よーし、それじゃあ、今回のルールを発表するぜ!?」


 相も変わらず陽気な声。この場所で人が死のうが陽気さは変わらなかったのだ。きっと、何が起きてもこの声が沈むことはないのだろうな……。

 俺は姿の見えぬ声の主に静かに怒る。

 俺の怒りは届かずに、陽気なまま対戦のルールを告げた。


「今回は、『ハント戦』だ!」


「……『ハント戦』?」


 ハントとは狩るということだ。

 モンスターを狩るゲームシリーズが何年も続けて新作を出しているから、英語が苦手な俺でも意味は知っている。

 あのゲームタイトルは、今でも続いているのだろうか?


「余計なことは考えるな」


 今、必要なのは『ハント戦』がどういうルールなのか。内容次第では俺の決意を実行に移さねばならなくなる。


「……ルール、教えてくれませんかね?」


 俺は素子もとこさんに歩み寄った。

 前回、俺がちゃんとルールを確認しなかったから、碓氷さんは……助からなかった。

 もし、事前に把握していれば、助かる方法を見つけられたかも知れなかったのに……。

 素子さんは俺の問いに対して、


「『ハント戦』は私も初めて聞いたの」


 と、制服のポケットから巻物を取り出す。


「それは……、能力が記載された紙ですよね?」


 イムさんから貰った自分の能力が書かれた巻物だった。

 そんなものを取り出してどうするのだろう?


 紐をほどいて書かれた内容を読んでいく素子さん。

 全て読み終えたのか、「分かったの……」と『ハント戦』について教えてくれた。


「『ハント戦』は決められた対象を狩ることで、ポイントが手に入るらしいの。最終的にポイントを多く取った方が勝ちになるみたい」


「なるほど……。それで、決められた対象って言うのは?」


 絵本えもとが静かに相槌を打つ。


「えっと……」


 再び巻物に目を落とした素子もとこさん。知りたい内容を見つけた彼女は、これまでの説明と変わらぬ口調で狩るべき対象を口にした。


「今回は『能力を持たない人間』なの」

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