第19話

 生里なまりが現れたのは絵本えもとが建てたビルの近くだった。建物の屋根を足場に利用して宙を駆ける。絵本えほんと看板が掲げられたビルの屋上に着地した。

 屋上のへりに立ち、地上にいる男たちを見下ろす。

 赤い制服を着た3人の男。

 その中に生里が――居た。


 だが、生里を見つけた俺は思わず声を漏らしてしまった。


「嘘……だろ?」


 何故ならば、生里の姿は俺と同じく殆んど年を取っていなかったのだから。生里は俺や兄貴と同い年だ。つまり、この時代では50年の時を過ごしているはず。にも関わらず、地面に立つ生里は十代にしか見えぬ若さを誇っていた。 


「なんで、あいつは年を取ってないんだよ……」


 理不尽な容姿の差に不満を隠し切れない。

 そんな俺にアカネが答えた。


「赤の群衆クラスタには、年齢を操る【魔能力】を持つ人間がいるらしいの。寿命はそのままに、身体の若さだけを保てる力。そのお陰で赤の群衆クラスタが、一番の勢力を誇ってるってわけ」


「そんな能力まであるのかよ……」


 身体の衰えは全ての人間が平等に迎える。だからこそ、俺の時代の日本は少子高齢化と叫んでいたが、もし、全員が若さを保てばそれは関係なくなる。

 高齢も関係なく――戦力となる。


「ふざけんなよ。俺が生里アイツを!!」


 好き放題やって若さまで手に入れているのか。生里は全てを手に入れているからこそ――吹楚先輩を捨てたのか。

 そう思うと俺は今すぐに生里を倒したくなる。


 地面に飛び降りようと足に力を込めた俺をアカネが止めた。


「ちょっと待って。貯蓄はあるの? 闇雲に挑んだってアイツには勝てないわよ」


「大丈夫だ。戦える程度にはある!」


 俺の視界に浮かぶ数字は、


 5:00:00


 五時間あれば、加速できる時間は約5分。

 本音を言えばもう少し欲しいが、倒したい相手が目の前にいるのだ。

 そんな贅沢は言ってられない。


 今度こそ、俺は生里を倒そうとするが――赤の群衆クラスタである生里達が取った行動に自然と俺の動きは止まっていた。


「なに……してんだよ」


 生里の後ろに立っていた赤の群衆クラスタの二人が、地面に手を付けて額を擦りつける。そして、生里に向かって大きな声で、


「銀の群衆クラスタに舐められるような真似してすいませんでしたぁ!」


 と、何度も何度も頭を地面に打ち付ける。

 地面に転がる石で額を切ったのか、血が滲み顔の横を伝っていく。それはまるで血の涙のようだ。


 そんな仲間に対し、生里なまりは凄惨な笑みを浮かべると仲間の頭を踏みつけた。

 敷き詰められた煉瓦と頭蓋骨がぶつかり、俺達の立つ屋上まで「ゴンッ」と鈍い音が聞こえてきた。


「仲間じゃないのかよ……。あいつら、なにしてんだよ」


 容赦なく仲間の頭を踏みつけていく。何度も地面に頭を打ち付けられ、意識が曖昧になっているのだろうか、小さな声で「すいませんでしたぁ」と繰り返し続ける。

 

 それでも生里は足を止めることなく仲間の頭を踏み続ける。


「……お前は! ここで! 人を攫うこともできず! 何が邪魔したのかも解明しないまま! 逃げ帰ったのか!」


 赤の群衆クラスタは、この場所で人攫いを失敗した。他の管轄での失敗を生里は攻めているのか。

 だから、現場である絵本えもとのビル付近を選んだ。

 俺達に赤の群衆クラスタの強さを見せつけるために。


「そんなことで、仲間をあんな目に合わせていいわけないだろ!」


 俺は我慢できずに、ビルの屋上から生里の元へと飛び降りた。

 生里の前に着地した俺は、ゆっくりと視線を向ける。


 ――実に50年ぶりの再開だ。


 生里は突如として現れた俺を怪訝そうに見る。人を馬鹿にしたような視線は変わっていない。あの頃のままだ。

 生里は何一つ変わっていない。


「久しぶりだな、生里なまり 継之丞つぎのすけ


 俺は生里の名を呼んだ。


 だが、俺は自分の認識が甘かったとすぐに知ることになる。生里に取って俺は記憶にすら残らない人間だったということを――。


「久ぶりって、俺とお前はあったことあったか? 気安く俺の名前を呼んでんじゃねぇよ」


「……」


 生里は俺の顔を見ても――何も思い出さないのか。

 そんな生里の態度が何よりも屈辱的だった。耐えきれなくなった俺は自らの名を名乗る。


金時かねときって名を覚えているか?」


 苗字を名乗れば、俺だけじゃなく兄貴も含まれる。

 この際、俺のことはどうでもいい。

 兄貴と吹楚先輩のことを覚えていてくれれば――。


「金時……? 誰だ、ソレ?」


「なっ……!! お前……」


 兄貴のことも覚えていないのか?

 それはつまり、吹楚先輩のことも覚えていないということではないか?


 俺と同じ疑問を持ったアカネが、隣に飛び降りる。

 吹楚先輩によく似た顔で、我が子を捨てた生里父親を睨んだ。その視線にどんな感情が込められているのか、俺には想像も出来なかった。


 娘の顔を見た生里は、「ニタァ」とネバつくような気味の悪い笑みを浮かべる。


「なんだ、お前……。いい女だな。俺の女にしてやろうか?」


「……っ!!」


 生里は、自分の娘の顔すらも知らなかった。

 自分の子を作った母の顔も忘れていた。


「うわあああ!」


 その答えにアカネも辿り着いたのだろう。

 全ての感情を吐き出すように叫ぶと、勢いよく生里に駆けだした。

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