第12話

 苦しみの30分から解放された俺は、部屋を出てリビングへ向かう。

 地獄とも言うべき時間を乗り越えたのは、苛立ちの表情を浮かべる少女だった。椅子に座るでもなく、住居を支える柱に背を付けたアカネは、つま先をトントンと動かす。


「遅いわよ。約束の時間から30分過ぎてるじゃない。折角、時間を操る力を手に入れたんだから、遅刻は普通しないわよね?」


「……俺もそう思ってたんだけど、人の欲って怖いよね」


「遅れてきたのに何を悟ったようなことを言ってるのよ。いいから、探しに行くわよ」


「え、俺、まだご飯……食べてないんだけど……」


 小さな抵抗も虚しく朝食を食べることなく俺は、アカネに腕を引かれて家を後にした。

 天気は快晴。冬の終わりも近いからか日差しが暖かい。

 空腹も動いてたら少し紛れてきた。

 隣を歩くアカネに聞く。


「それで、どうやって探すんだ?」


「……それはとにかく足を使ってに決まってるじゃないの。いい探偵は足を動かすのよ」


 ニヤリと、それこそ犯人を追い詰めた探偵が如く得意気になるアカネ。


「……まじかよ」


 こうなると、本当にここは50年後の未来なのか分からなくなる。まあ、それを言ったらここが日本なのかどうかも疑わしいんだけど。

 ファンタジーな世界を歩く。


 半日近く歩いた俺は、逆に足を使って歩き回って良かったと思うようになっていた。なぜなら、50年後の世界について少し知ることが出来たから。


「……にしても、以外に人々は普通の生活してるんだよね」


 店は開いてるし畑で野菜を育てる人もいた。

 広場では子供たちは楽しそうに遊び、学校のようなモノもある。

 それはそうか。

 こんな世界でも人々の中には、50年の経験があるんだから。


 日が暮れ始めた世界で、川の流れに目を向ける。この場所はかつて、祖母の家があった場所だった。今となっては只の平地と貸しているが、隣を流れる小川だけは時の流れを感じさせなかった。

 平地に腰を降ろす俺に、立ったままのアカネは言う。


「まあね。でも、それは管理する群衆クラスタの特色によるわよ」


「ここでもまた、群衆クラスタが関係しているんだね」


「ええ。青、白、銀は比較的、平和ね。黒の管轄に配属された人間は悲惨よ」


 一般人は住む場所さえも自分で決められない。人口がバランスよくなるように、何年かに一度、衣替えならぬ街替えがあるようだ。

 魔族による絶対王政をアカネは知るのだろうか。

 顔を顰めて頭を抱えた。


「因みに私たちが銀の管轄で過ごせてるのは生里ちちの身分が高いからよ」


 顰めた顔が更に歪む。父親である生里なまりのことなど思い出したくもないのだろう。「パン」と手を叩いて話題を切り替えた。


「さてと。ついでだから、あんたも力の使い方を学びなさい。【魔能力】を持つ人間は身体能力も強化されてるの。こんなふうにね!」


 アカネは実際の動きを俺に見せるように、足に力を込めた。そして、「ぴょん」と軽い動作で近くにあった建物の屋根に着地する。


「おおお!!」


「何をそんなに驚いてるの。あんたも出来るからやってみなさい」


 離れた屋根から手を振るアカネ。


 手に入れた力でどこまで出来るのか。それを試すのってなんかヒーローっぽくないんじゃないのか? 蜘蛛に力を貰った海外のヒーローもこんなことやってた気がする。元雄も、俺の場合は、力をくれたのは蜘蛛じゃなくて魔族なんだけども。


「えい!」


 俺は足に力を込めて「ぴょん」と跳んだ。


「うわあああ!」


 自分が思っていたより高く空へ跳ねた。

 50年後の世界が眼下に広がる。道や区画は殆んど変わらないと言っても、やはり、ここが『愛日』だとは思えなかった。


 眼下の景色に見惚れながらも、なんとか俺はアカネのいる屋根に着地した。


「おとととと」


 着地の衝撃をうまく逃がせずにふら付く。

 隣に立つアカネはそんな俺を見ることなく、とある一点を見つめていた。


「どうしたの?」


「いえ……。その、アレ……って、ついこないだまで無かった気がするのよ」


 アカネが指差すのはとある建物だった。ファンタジーの世界で異質を放つ現代世界のビル。

 看板には絵本えほんと書かれていた。


絵本えほん……。絵本えもとか!?」


 一瞬、そんなことを期待するが、そんな簡単な話があるわけない。

 それに仮にそうだったとしても、表札をデカデカと掲げることになる。いくら、なんでもこんな世界で、そこまで馬鹿げたことはしないだろう。


「でも、試しに行ってみましょうよ」


 アカネは言いながら屋根の上を駆けて行く。

 必要最小限な力で跳ぶ。それはまるで跳躍というよりもスキップしているかのようだ。


「【魔能力】以外にも使いこなさなきゃいけない力があるんだな……」


 アカネの姿を見ながら俺は、密かに、本当に密かに条件を付けて止めてくれたイムさんに感謝した。

 今のまま挑んだら、確かに勝てなかっただろうな……。


「反省できるのが、俺の良い所だ」


 自分で自分を褒めた俺は絵本えほんと書かれたビルへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る