第7話
境界を確認した俺は自宅へ戻ってきていた。
リビングのテーブル。
そこでアカネが魔族のゲームについてより詳しく教えてくれるというのだ。
「いい? 魔族によって、七色の
赤・青・緑・黄・白・黒・銀。
どこから持ってきたのだろうか。アカネが七色の折り紙をテーブルの上に広げる。こんな時でも、折り紙を見るのが懐かしいと思ってしまう俺はおかしいのだろうか?
でも、余計なことを考えていないと頭が爆発してしまいそうだ。
「彼らが頂点となって人間に力を与える」
それぞれ色のついた折り紙の下に、一回り小さな折り紙を裏返して並べていく。どうやら、これが人間らしい。
「与えられた【魔能力】がどんな特性を持つか、それは誰にも分からない。それもまた、魔族にとっては楽しみの一つになってるのだけど」
白の折り紙を裏返して色付けていく。人間が魔族の色に染まっていく――。
「因みに私の【魔能力】は【痛み分け】。まあ、簡単に言えば治癒って所かしらね」
【魔能力】だなんて、口先だけじゃ信じられなかっただろうが、その効果を俺は身をもって知っている。そっと俺は右手に振れる。火傷のようにヒリヒリと痛んだ手は、何事もなかったかのように元に戻っている。
魔族から与えられた人智を超えた能力――。
でも、待てよ?
相手があえて力をくれるならば――。
「でも、その力を魔族から貰ってるなら、逆に利用して支配してる奴らを倒せばいいんじゃないかな?」
力を貰えるならば、自由に使えばいい。魔族が勝手に決めた
僕達の世代はそうやって育ってきたではないか。争いではなく協力を。お手てを繋いで皆で仲良く一等賞だ。
「ええ、そんなことは最初にやってるわよ。そして、抵抗した人間は殺されたわ。私の母のようにね……」
「母って、吹楚先輩が!?」
まさか、吹楚さんは魔族に殺されたのか?
しかし、僕の驚きは彼女の言葉で更に深まる。
「吹楚……? 誰よ、それは」
彼女は自分の母の名前を知らなかった。
母の名前を知らないなんてそんなこと――在っていいものか。母の存在を知りながら、名を知らぬアカネ。
「私は母の名も、顔も知らない。知ってるのは母が死んだ。その事実だけよ」
アカネの表情が一気に暗くなる。憎しみ、恨み、寂しさ、悲しさ。ありとあらゆる負の感情が身体の中で混ざり、表情に浮かぶ。けど、これはほんの上澄みで、心の内ではもっとドロドロとしたものが渦巻いているのだろう。
「母は知らなくても、父だけは知ってるわ。私の父は、
「生里!?」
アカネの負が更に深くなる。
人間を裏切り魔族に身を売った男の名。それは、俺もよく知る男の名前だった。クラスで俺を追放すると宣言した時の顔は、俺は50年経っても忘れないだろう。
しかし、言われてみれば目尻辺りが似ている気もする。確かに生里は吹楚先輩を狙っていた。まさか、狙い通りに結婚して子を作っていたとは……。
「そうか。吹楚先輩は生里と結婚したのか……」
「してないわよ」
「は?」
いや、子供がいるのであれば、結婚した以外に考えられないではないか。
だが、俺は次にアカネの言った言葉で、この時代は俺が思っている以上に腐敗しているのだと知る。
「魔族から力を与えられ、適応率が高かった人間は【貴族】としてあらゆる特権を与えられるって知ってるわよね? その決まりの中には、好きなだけ子を作っていいと云う決まりがあるのよ」
「なんだよそれ……」
そんなのまるで、家畜ではないか。【貴族】は何十人と身体を交わり、子を作っても許される。俺の時代では罪にでも問われる内容が――認められていた。
「だから私は、何十人もいる生里の血筋の一人よ。その中でも出来が悪くて捨てられたんだけどね……」
今まで、強気な表情を崩さなかったアカネの声が、初めて弱くなった。
母は死に、父に捨てられた。
混ざっていた感情は悲しみが強くなる。
彼女の気持ちは俺には到底図ることはできない。
でも、はっきりと感じていることもある。
それは――。
「許せない」
心の奥から湧き上がるのは怒り。自分が追放されても感じ得なかった感情が俺の心に確かに生まれた。
いや、違うな。
感じてたけど、俺は目を逸らしていたんだ。もうすぐクラス替えだからと言い訳をして。でも、今回ばかりは目を逸らせなかった。
俺も痛みを知ったから。
俺の言葉にアカネは叫んだ。
「私だってそうよ。でも、許せないからって何かしても無駄。魔族どころか私たちじゃ、
「……」
生里も【魔能力】を手に入れ、【貴族】として生きている。それも優れた使い手として。
なら――。
「……どうすれば、魔族から力を貰える?」
今の状態で勝てないならば、力を手にすればいい。
吹楚先輩が出来なかったことを俺がやる。きっと、そのために俺は時を超えてきたんだ。
「まさか、あなた、力を貰う気?」
「当たり前だろ! こんな話を聞かされて、黙ってられないさ」
「私はあなたにそういうことをさせないために、教えて上げてるのよ! この世界で魔族に逆らうことは命を無駄にすることと同義なの! 逆らわずに隠れてた方がマシな生活を遅れるのよ!」
「そんなこと知らない」
俺はこの時代に来たばかりだ。
だから、魔族の恐ろしさも知らないし、隠れてた方が良い生活が送れるなんて経験もない。俺はただ、気に入らない同級生を倒したい。
ただ、それだけだ。
それに――。
「こんなんじゃ、気持ちよく昼寝ができないじゃん。知ってる? 『愛日』の日差しは優しいんだぜ?」
僕は精一杯格好をつけて笑った。
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