第5話
翌朝。
俺はかつてないほど、乱雑に起こされた。
「遅い! いつまで寝てるのかしら? 私も暇じゃないんだから、さっさと起きてよね!」
アカネが布団を剥ぎ取り、バサバサと俺の頭上で揺らす。
埃が舞う中でも俺の意識は完全に覚醒はしなかった。だって、こっちは何十年も時間を超えたとか言われてるんだぜ? 簡単に割り切って目覚めの良い朝なんて迎えられるはずもない。
それに……。
俺は枕もとに置かれた時計を見る。
現在の時刻は6時。
こんなに早く起きるのは小学生以来だ。
「う、うう……。後、一時間だけ寝かしてぇ」
「駄目よ! 私は7時には出掛けたいの。そこにあんたも連れてくように父さんから言われてるんだから!」
アカネは自分の腕に巻かれた時計を眺める。
「ほら、もう、あと二時間しかないじゃないの……?」
強めに起こすアカネの口調が徐々に弱くなっていく。一時間前だからと起こしに来たのだが、よくよく時計を見ればまだ、二時間の猶予があるではないか。
アカネは、「あれ、私の時計壊れてたのかしら? ごめんなさい。また、起こしにくるわ」と、首を傾げながら部屋を去っていった。
一時間後。
「二回目なんだから、早く起きなさいよ!」
再び深い眠りに落ちていた俺を同じように、アカネが布団を引っ手繰る。
「うう……。もう後、二時間。二時間寝かしてくれぇ」
「さっきよりも要求時間が増えてるじゃない! いいから、起きなさい!」
「そんな……」
俺は再びスマホで時刻を確認する。デジタル数字が示す時刻は4時。起きる時間よりも二時間早かった。
「……うん?」
あれ、俺、さっき時計見た時は6時じゃなかったか? 疑問で目が覚めた俺はガバッと身体を起こし、アカネに聞いた。
「今、何時!?」
「え、今の時刻は……」
布団から手を放したアカネは腕時計で時刻を確認する。
「4時……だけど。あれ? 私はなんであなたを起こしてるのかしら?」
現在の時刻を見たアカネが困惑していた。起床時間よりも前に俺を起こそうとしているのか、本当に分からないようだった。
そんな彼女の横に、ぼんやりと奇妙な数字が浮かぶ。
−6:00:00
「マイナス……6時間? なんだ、この数字」
「なにかしら?」
「え、アカネさんの横に数字が浮かんでるの見えないっすか?」
「見えないわね。ムカつく寝ぐせの男くらいしか」
「そうですか……。俺が寝ぼけてるってことなのか?」
あまりの眠さで幻覚でも見てるのだろうか。俺は布団を掴んで横になる。まだ、俺の熱が残っている布団は直ぐに俺を夢の中へ誘ってくれることだろう。
「何無視してるのよ」
そんな俺をアカネが布団の上から突く。もう、まだ4時なんだから、起こさなくてもいいじゃない。
俺がアカネに心の中で文句を言った時だった。
俺の心臓を何かが掴み、苦しみを直接与える。
「が、がああああ!」
「ちょっと、どうしたの!?」
く、苦しい。
地獄とこの世を往来するような息苦しさが続く。酸素を脳が求めるが、入ってくる空気は微量。パクパクと生を求めて口を動かす。
「お父さんを呼んでくるから、ちょっと待ってて!」
アカネが銀壱を呼びに俺の部屋から出た。
一人になると途端に苦しさが増していく。まるで、水を勢いよく顔に掛けられてるかのようだ。呼吸が出来ない訳じゃない。出来るからこそ、はっきりとした意識の中で苦しさが活かされる。
何分、時間が過ぎただろうか。
ようやく銀壱が現れた。
俺の身体に触り異常がないか確かめる。
「……脈拍に異常はない。銅次、聞こえるか?」
兄貴の言葉に俺はなんとか頷く。だが、それが精一杯だ。
話す余裕もなかった。
その苦しみは――六時間続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます