第4話

「さてと、本当ならここに俺達の家があるわけだ」


 吹楚先輩と分かれて三時間。夜道を一人で歩き回った結果、俺はあることに気が付いた。この世界の土地は俺が暮らしていた『愛日』とそっくりなのだと。

 建物の風貌こそ変われど、川や山の位置までは変わっていない。そのことに気付いた俺は試しに歩き回ると、煉瓦が敷き詰められた道路の位置も同じだった。

 だからこそ、俺は自分の家に帰って来られたわけだが。


「しかし、来たからどうしたという話だよな」


 俺の目の前にある家は、平屋のアパートではなく、魔女が暮らしているような不気味な小屋だった。俺が住んでいた家とはまるで違う。同じなのはボロいということだけ。

 家の前には、どうすればそんなおどろしい色が着くのかと心配になる植物が育っていた。


「……ええい! 仮に異世界だったとしても、誰かに話を聞かなければ始まらない!」


 人は窮地に立つと成長するというが、それは本当なのかもしれない。自分でも考えられぬ行動力で俺は玄関をノックした。

 コン、コン。

 しばらく待つが誰も出ない。


 もう一度、今度は強く叩いてみる。

 コン、コン、コン。

 玄関に耳を張り付けて中の音を聞くと、足音が近付いてきた。良かった。中に人はいたみたいだ。夜中の訪問で機嫌が悪いのか足音が荒い。やっぱり怖いと身を隠したくなる。が、俺が隠れ場所を探すよりも早く玄関が開いた。

 中から出てきたのは――。


吹楚すいそ先輩!?」


「だから、私はそんな名前じゃないって言わなかったかしら? まさか、あなたは私のストーカーだったの?」


 玄関を開けたのは先ほど出会った吹楚先輩によく似た少女だった。二度目の会合に少女は俺を睨む。身の危険を感じているのか、玄関を勢いよく閉じようとする。


「違います、違います! この場所は、俺が住んでた家と同じ場所で……。だから、てっきり、俺と同じ家なのかと」


 俺は咄嗟に扉の間に足を入れる。閉じられた扉の勢いを足一本で受けた。

 痛みに顔を顰めるが、折角、また出会ったんだ。足を退ける訳にはいかない。


「こんな短時間で二度もあなたに会ったんだから、きっと何か意味があるはずなんです!」


「だから、あなたは何を言ってるのよ!」


 少女は腕に力を込める。そうだ、この子は人間離れした力を持っているんだ。俺の足の骨を砕く位は出来るかもしれない。


 玄関先で攻防をしていると、家の中から男の声が聞こえてきた。


「アカネ。玄関でなにしてるんだい?」


「お父さん! それが変な人が私に絡んできて……。良かった、助けて欲しいの」


「変な人?」


 少女は力を込めていた手を話した。

 俺は勢いで後ろに転び尻餅を着く。そんな俺を玄関から出てきた男が見下ろす。少女の父だろうか。白い髭を耳から蓄え、尊厳ある瞳はまるで賢者のようだ。

 夜中に押しかけたこと。自分の娘を困らせたことを怒るだろうと俺は思ったが、男の反応は怒りとは正反対だった。

 彼の目から一縷の涙が落ちたのだ。


「なんで泣いてるのよ、父さん」


「あ、ああ。ごめん。この人がさ、昔、行方不明になった弟に似てて。昼寝が大好きで優しい弟だっただよ、銅次はさ」


 銅次?

 今、この男は俺の名前を呼んだか?

 俺は呆然と立ち上がる。自分でもどうやって力を込めたのか分からないほど、全身には奇妙な浮遊感が漂っていた。


「その、俺は銅次ですけど。金時かねとき 銅次どうじ


 自らを指さし名乗る。

 すると、目の前にいた少女の父は、裸足のまま玄関から出ると力強く俺を抱きしめた。


「お前……。50年も何してたんだよ!」





「えっと、つまり、ここは50年後の『愛日』で、魔族によって支配された世界ってことでいいんだな?」


 俺はリビングで出された茶を啜る。

 途方もなく信じられない言葉の羅列だが、家の中にある家具や出されたカップには見覚えがある。更には色褪せた写真まで持ってこられては信じるしかない。

 テーブルの上に散らばる写真には、幼い頃の俺と銀壱が二人で笑っていた。


「にしても、やりますなぁ。無事、吹楚先輩と結婚は出来たんだ」


 説明を受けた俺は自分の気持ちを軽くしたかった。だから、冗談めかしてかつての恋人が夫婦になったことを茶化すが――。


「結婚はしてないんだよ。それに、あの子は僕の子じゃない」


「へ……?」


 俺の言葉に銀壱の表情が曇る。

 てっきり、あの少女――アカネちゃんは銀壱と吹楚先輩の子供だと思ってたのだが、違うのか?

 追及すべきか聞かぬ方が良いのか悩む俺に、銀壱は自ら話題を逸らした。


「僕のことはもういいだろ? それよりも、銅次の方が異常だろ。なんで、50年前の姿なんだよ?」


「それがさー、昼寝してたらここに来てたんだよね~。昼寝してたらタイムスリップしてたってことか?」


「そんなこと――」


 そんなこと有り得ない。

 銀壱はそう言いたかったのだろうが、言葉を途中で飲み込んだ。タイムスリップ以上に有り得ないことが現実で起こっているのだから。


「とにかく、今日はもう遅い。明日、もっと詳しく話すから、ゆっくり休んでくれ」

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