書類

富升針清

第1話

「ああ、私だけのヒーロー。私だけの、山羊の王子様」

「君、最近突然ぶっ込み過ぎじゃないか?」

「いいんだよ。人間、ウケなんて狙っても取れるもんはなにもないんだから。私はいつでも好感度なんて捨ててきた男だから」

「よくわかってるじゃないか。僕からの好感度もかなり低い」

「嘘だろ、ヒーロー!?」

「だって、君の次の言葉を僕は知っているから」

「まさか、アンタ。私のことをずっと考えていてくれたの!?」

「勿論だ、兄弟。昨日の午後三時から君のことを考え続けている」

「恋焦がれてるってこと?」

「待ち焦がれてたってこと」

「それってまさか?」

「勿論、昨日の三時までの君だけ出していない提出書類をね」

「……あー、私のヒーロー」

「君ね、何回目?」

「私だけのヒーロー」

「君の提出だけで、全体の工程が遅れるわけ。主に僕の」

「聞いてほしいんです、ヒーロー」

「せめて期限前に言うセリフだろ、それ」

「アンタはさ、私を常に助けてくれた。勿論、それに感謝をしない日なんてない」

「態度、態度を見せろ」

「私は、アンタのことを真のヒーローだと思ってる」

「君、書類遅刻の尻拭いの仕事をヒーローの仕事だと思ってるの?」

「んー。若干」

「そんなヒーロー滅びてしまえ!」

「悪魔っぽいこと言うじゃな〜い?」

「悪魔だけど、今回僕はヒーローの味方。彼らの仕事を汚すんじゃないよ。まったく」

「心外だな。私もそのヒーローになろうと思ってきたと言うのに」

「君が?」

「そうだ。アンタには散々助けてもらった。今度はアンタを私が助けたい。私が、アンタのヒーローになるのさ。兄弟、ヒーローに必要な条件は知っているかい? ヒーローに必要なのは、遅れて来ることさ」

「君、その手の書類は、まさか……」

「勿論、提出書類さ。しかも、今回はちゃんとしている! 事前に上司にも見せて確認した!」

「嘘だろ!? 君が!?」

「ほら、受け取りなよ兄弟」

「ほ、本当にちゃんとした書類じゃないか!!」

「なーに、礼はいらないさ。助かってよかったな、小山羊ちゃん。では、私は休憩室に戻るよ」

「君って奴は……っ! 期限遅れたんだから、いつも通り反省文書かせるに決まってるだろ。用紙取りに行くからそこで待ってなさい」

「……あれ? そこは、有難う私だけのヒーローって言うところじゃないの!?」

「一回の善意で取れる好感度は一ミリにも満たないんだよ、ヒーロー。覚えておくといいさ」


おわり

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