宵闇のヒーロー

九戸政景

宵闇のヒーロー

『次のニュースです』

「……あ、来たかな」


 カーテンを閉めきり、灯り一つない暗い室内。テレビから聞こえてくる声に少女は反応を示すと、嬉しそうにテレビへと近付き、画面を食い入るように観始めた。


『……皆さん、こちらをごらんください。これは先日から世間を騒がせている怪盗、“ミラージュ”が昨夜美術館に現れ、盗みだした美術品のリストなのですが、そのすべてが盗品だった模様です。

警察の発表によると、盗み出された美術品はその直後に警察署から発見されており、美術品すべてが盗難届が来ていた物と一致しており、捜査の結果、美術品は盗難被害に遭っていた物と判明し、容疑者として美術館の館長が逮捕されました』

「全部が盗品……それじゃあ他のもその可能性ありそうだけど……」

『警察は美術館に展示されている他の美術品も盗品の恐れがあるとして捜査を進めており、怪盗については、盗品の判明については感謝しているが、犯罪者である事には変わりはなく、証拠を揃えて必ず逮捕する、との事です』

「逮捕、ねえ……これまでも正体すら掴めてないのにそんな事出来る気はしないかな」


 テレビから聞こえる声に少女は感想を漏らした後、テレビの電源を落とし、暗闇に包まれながら膝を抱え始めた。


「……こんな生活、もう嫌だな。学校に居場所が無くて引きこもり始めてからもうだいぶ経つけど、親も何も言わなくなったし、私がいなくなっても誰も騒がないんじゃないのかな?

それならいっそいなくなっても良い気はするけど、外に出る勇気も気力も無いし、このままずっと部屋にこもり続けて、誰にも知られずに死んでしまおうかな……」


 抱えた膝に顔を埋め、少女から啜り泣く声が聞こえ始めたその時、閉めきられた窓からコンコンと叩く音が聞こえ、少女はハッとしながら顔を上げた。

そして、恐怖を感じながら窓をジッと見つめ、目元の涙を軽く拭った後、少女はゆっくり窓へ近付き、カーテンを静かに開いた。

その瞬間、射し込んだ陽射しに眩しそうな様子を見せ、少女が手で顔を覆っていると、窓の向こうから突然声が聞こえた。


「ほう……闇の中からお姫様のご登場か」

「え……?」


 声に対して驚き、少女が顔の前から手を避けると、そこには逆さまになりながら少女を見る黒いシルクハットを被った黒いタキシード姿の男性の姿があった。


「え……あ、貴方は……?」

「私に名前は無い。だが、世間からはミラージュと呼ばれているよ、お嬢さん」

「ミラージュって……でも、世間を騒がす怪盗がどうしてここにいるの?」

「なに、怪盗も時には仕事を休む必要があってね、面白い物に出会うために街をのんびり探索していたのだよ。

すると、夜の闇を友とする私のように光を避けているこの部屋を見つけたので、主はどのような相手なのかを屋根の上から確認しにきたのだが……まさかこんなに可憐な少女だったとは驚いたよ。

だが……なんだか浮かない顔をしているようだね。お嬢さん、何かお悩みでもあるのかな?」

「悩み……あるけど、いくら貴方でも私の悩みまでは盗めないよ。誰かにどうにか出来るような物じゃないし」

「ほう……それは興味深い。私にも盗めない物となれば、挑戦してみたくなるな」


 怪盗はくすくすと愉快そうに笑うと、一度顔を引っ込めた。そして、滑らかな動きで部屋の中へ入ってくると、それに驚いた少女の前で跪き、顔を見ながらニヤリと笑った。


「どうかな、深淵のお姫様。私と共にこの鳥籠から抜け出し、星空の下を羽ばたいてみないかい?」

「ここから抜け出す……部屋から出たって私には居場所はないよ。学校にも家にも、この世界のどこにも……」

「それはどうだろうか。少なくとも、私はお嬢さんに興味が湧いているよ。私は怪盗だが、君だけのヒーローになれる自信もあるしね」

「私だけのヒーロー……ふふ、何それ。怪盗なのにヒーローなんて馬鹿じゃないの?」

「怪盗は悪のイメージが強いのかもしれないが、警察や探偵のように正義のために動くのではなく、怪盗とはそういった物には囚われない自由な存在なのだ。もちろん、警察にも囚われはしないがね。さあ、お姫様。この手を取って君も自由を手に入れてみないかい?」


 差し出された手を少女はジッと見つめた後、少し呆れたように笑ってから手を静かに取った。


「……良いよ、貴方に盗まれてあげる。でも、後悔だけはしないでよ?」

「後悔などしないさ。これまでも警察の目を欺き、盗品や穢れた金銭を処理しながら民衆達を楽しませてきたんだ。このくらいで後悔なんてしていたら、そういった事は出来ないよ。

では、そろそろ行こうか、麗しい姫君よ。自由とロマンが君を待っているからね」

「うん」


 少女が頷きながら答えた後、怪盗は少女を優しく抱きしめ、窓からヒラリと飛び降りた。そしてその後、音も無く消えていく様を開け放された窓とゆらゆら揺れるカーテンだけが見ていた。

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宵闇のヒーロー 九戸政景 @2012712

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