第162話

 君LOVE世界で最も強いのは誰か。



 そう尋ねると100人中99人がこう答える。



『アルスノート』



 ちなみに違う答えを出した逆張り大好きおじさんの話は無視するとする。



 だが、強さの定義というものは非常に曖昧だ。



 例えば闇魔法を使う邪神教は別次元の強さを発揮するが、エリカという存在一人で大きく弱体化する。



 逆に、エリカ自身はその他のヒロインや強キャラ相手に善戦はすれどもまず勝てないだろう。



 それにソフィアのような知能を持ってすれば、例え戦力で負けていようとも勝負は勝つことなども出来る。



 強さとはそんな風に条件や相性などでコロコロと変わってしまうものだ。



 そんな中でも無理矢理強さという議論を持ち出した時、果たして誰が本当に強いのか。



 有識者アクトグレイスはこう答えた。



『可愛いという点で既に彼女達はあらゆる存在に勝利しているわけだが、純粋な力という点では俺はこう言わざるを得ない』



 敵としての最強は



「カーラ」



 吸血鬼カーラは声の主へと目線を向ける。



「なんじゃ。普段の妾としては談笑は大好物じゃが、残念ながら今はそれよりも語るべきものがあると妾は思うんじゃがの」



 小さな体からは到底想像出来ない程の強烈なプレッシャーを放っている。



 だが、そんなカーラの態度に臆す相手ではない。



「……全くしょうがないの。一度だけ質問に答えてやっても良いぞ」



 アクトは言う。



 アルスを除き味方としての最強は



「ユーリとやら」



 半神ユーリはいつもと変わらぬ様子で喋り出す。



「私としても戦いの間に余分なものは入れたくはない。だが、私はペンドラゴの人間だ。貴様のような部外者には警戒を抱かないわけにはいかない」



 ユーリは鋭い目線を向ける。



「貴様の目的はなんだ」



 そこに悪意はない。



 ユーリは秩序を守る為に、例え相手がただの可憐な少女だとしても平等に疑う。



 その姿はどこかしきたりにより最愛の娘すらも追い出す父親に似ているのかもしれない。



「なんじゃ藪から棒に。妾はただ純粋に面白そうだと……いや待てよ」



 ここでカーラは思いつく。



「ふむ、その目は確かなようじゃな。その通り、妾こそが邪神教幹部が一人、カーラ・イ・コイルじゃ!!恐れ慄くがよい!!」



 カーラはドヤ顔を披露した。



「……そうか。なら安心だ」



 ユーリは安心した。



「これで心置きなく戦えるな」

「そうじゃの」



 二人の間に大きなすれ違いが起きているが、問題は特にない。



 二人はこの瞬間、身分も何もかもを捨て、互いをただの強者へと認識を変えた。



 ただ戦いたい。



 己が持ち得る全てを出し切りたい。



 そして開始の合図はいつも通り



「試合開始です!!」



 そして二つはぶつかり合う。



「やはりこれは闇魔法か」



 ユーリは冷静に分析する。



 影のように黒い手が地中や空から押し寄せてくる。



 その正体がユーリの良く知る属性の魔法とは一致しない。



 そうなってくると、相手の使う魔法が闇魔法であると猿でも分かる結論を出す。



 だからこそ思う。



「これだけの魔力量、素直に普通の魔法を使った方が良いのではないか?」



 ユーリは魔法を展開し、相殺する。



 闇魔法の長所は二つある。



 一つは自由自在であること。



 魔法は本来物理法則に囚われた行動しか起こせない中、闇魔法はその呪縛を取り除く。



 カーラの使用する影の手や、ルシフェルの使用する謎のモヤモヤガード。



 他にもクレイヤのような不死や、ペインの能力である他の生物の体を乗っ取るなど多種多様である。



 そして二つ目は犠牲を払えば身に余る力を与えること。



 ただの一般人ですら、命を捨てるなどの対価を払えば強力な魔法が使える。



 格上に勝つという点において、闇魔法は最も効率が良い。



 邪神教が闇魔法を使う理由はここに大きく付随する。



 だがそれらの長所を全てマイナスにしてしまう程の圧倒的なデメリットこそが



「無駄だ」



 カーラの闇魔法をユーリは魔法で破る。



「手数が多いことは確かだが、脆過ぎる。何千年の歴史があるこちらに対し、闇魔法は完全な未知。いくら使用したところで魔法としての質は最低だ」



 闇魔法は弱い。



 ただでさえ調べることが叶わず、その上他の魔法に劣る。



 特に光魔法相手にはその殆どの力を削がれる程だ。



「手を抜いているのなら、直ぐに決めるぞ」



 ユーリは黄金に輝く剣を抜く。



 そんなユーリの様子にカーラは



「それはこちらの台詞じゃ。手を抜いておるのならもう終わらせてよいかの?」

「何?」



 退屈そうに欠伸をする。



「戦い中に説経なんぞ舐めておるのか?弱点を見抜いたのなら無言で攻めろ。お主は妾を侮辱しておるのか?」

「……」



 ユーリは言い返したい気持ちと同時に反省した。



「全く持ってその通りだな」



 相変わらずの自分の甘さについ笑ってしまうユーリ。



 その甘さにより大切な人を失ったことを忘れたのかと自分を責める。



「申し訳ないことをした」



 ユーリは頭を下げる。



 その態度にカーラは特に何の感情も抱かない。



 強いて言うのであれば不快だった。



「じゃから、そんな暇があるのなーー」



 瞬間、カーラの喉元に金色の剣が迫る。



 カーラはそれを首元から出した血の刃によって受け止める。



「まさか主のような真面目そうな者が不意打ちとはの」

「これでも誠意を見せたつもりだ」

「最高のお返しじゃよ」



 カーラの体から無数の赤い刃がユーリへと飛び出す。



 だがそのゼロ距離からの攻撃を全てユーリは斬り伏せる。



「悪いが至近距離からの攻撃は既に学習済みだ」



 初戦での敗北をユーリは心に刻んでいた。



 だが相手はただの人間ではない。



「何を安心しておる」



 斬り捨てたはずの刃がもう一度ユーリへと方向を変える。



 それどころかカーラの体からはまた同じような赤い刃が飛びかかる。



「次は無傷でいけるかの?」



 数は先程の二倍どころか、折れた破片によりその量も厄介さも増している。



「これは……少々大変だな」



 そう言いながらもユーリは変わらず攻撃を捌く。



 先程よりも速く、細かく攻撃を打ち落とす。



「おお、凄いの〜」



 それを敢えて至近距離で眺めるカーラ。



 ユーリもまたカーラから目を離さない。



 来るなら斬る。



 そんなユーリの意志を汲み取ったカーラは



「今日は素晴らしい日じゃな」



 躊躇いなく一歩前に出る。



 そこはユーリの間合い。



 当然カーラの攻撃は続いている。



 それでも、ユーリは迷わず切っ先をカーラへと向けた。



「あぁ……今日は本当に良い日じゃ」



 カーラは自身の血液を凝固させた剣を生み出す。



 黄金に輝く剣と血濡れた剣が交差する。



 力は拮抗。



 だがカーラの攻撃が手を止めたわけではない。



 千にも及ぶ刃の破片がユーリへと襲いかかる。



「終いかの?」

「まさか」



 当然、そのような児戯にユーリが負けるはずもない。



「これからだろ?」

「ほう」



 破片が砕け散る。



 カーラはユーリの力が数段増したことを感じ取る。



「なんじゃ主、神話の生物じゃったのか?」

「一応そういうことらしいな」



 カーラは冷や汗を流す。



 目の前にいる存在は、確かに自身の力に届き得る力があると理解したのだ。



「行くぞ」



 カーラの持っていた剣が砕ける。



 咄嗟にカーラは闇魔法でその剣を防ごうとするが



「まっずいの」



 それすらも紙切れのように容易く切断される。



 もしこのまま進めば、結界ごとカーラの体は真っ二つだろう。



 勿論カーラは体が真っ二つになろうとみじん切りにされようと死にはしない。



 しかしユーリにそんなことを知る筈がない。



 あの日のようにユーリは結界を壊す為に寸止めを試みる。



 それが運命を大きく分けた。



「はぁ……そうじゃったの」



 カーラの結界が破壊される。



 その時点で勝者が決した。



「主の勝ちじゃ」



 カーラは手放しとは言えない賞賛を送る。



「……最後、わざと負けたように見えたが?」

「なに、気にすることはない。遂熱くなってしまった妾の負けじゃ」



 カーラは斬られる筈だった自身の首筋をスッとなぞる。



 そこからは黒い霧のようなものが出ていた。



「遂、本気を出すところじゃった」



 カーラはこの場での自身の思考が間違いであると気付いた。



「何故、妾が闇魔法を使うのかと聞いたの」

「ああ」



 ユーリは剣を収める。



「妾は吸血鬼じゃ。常人が普通出来ない対価を妾は平然と払うことが出来る」



 カーラにとって首を落とされることは大した犠牲にはならない。



 だが、闇魔法にとっては話が違う。



 闇魔法の対価の基準は世界。



 つまり吸血鬼であるカーラの肉体というものは世界が喉から手が出るほど欲しいもの。



 ならば当然その代価に見合った力が与えられる。



「じゃから妾にとって闇魔法は一番効率がいいんじゃ」



 そして現在カーラは敢えて首を刎ね、闇魔法を使おうとした。



 だが直ぐに気付いた。



 ここは殺し合いの場ではなくただの試合であること。



 そして何より



「光魔法、歴代の者の中で一番じゃの」



 闇魔法が不発に終わった。



 おそらくユーリが手加減をしなければ、カーラは敵としてこの場で戦いになった可能性がある。



 その場合カーラは間違いなく



「ここでは妾も凡人か」



 太陽の下、吸血鬼は笑う。



 何もかもが懐かしさを覚える光景は、飽く彼女の心を僅かに癒した。



「完敗じゃ。強さは環境で変わる。ルールだの光魔法だののせいにするつもりはない。戦場で同じ状況が揃わないとも限らんしな」



 カーラは太陽を嫌う白い手を出す。



「ありがとう人間。妾は今、最高に楽しい」



 人間。



 ユーリの力の一端を見てなお、カーラはそう呼んだ。



「こちらこそだカーラ。あなたのような強者と出会えたこと、誇りに思う」

「なーに、そう畏まるな。妾のことはカーラちゃんでよい」

「すまない、私はそう言った可愛げのある呼び名は似合わないんだ」



 もしこの場にアクトがいたら全力でツッコんでいただろう。



「だが、本当にありがとう。お陰で自信がついた」



 ユーリはグッと拳を握る。



「もう誰も、死なせない」



 その決意はあまりにも熱く、重く、それでいて悲しいものであった。


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