第160話
「アクト。まだ眠らないのか?」
「ああ」
既に時計の針が峠を越えた頃、既におねむの時間のルシフェルは眠そうに尋ねる。
「そんなことじゃ明日に響くぞ」
「分かってる。だが、どうしても負けられないんだ」
俺の今までの経験、彼女達の性格、ゲームの知識、それら全てを持って作戦を練る。
「カーラに勝つのは実質不可能だ。だが、カーラが素直に負けさせてくれるとは思えない」
俺は手頃な糖分を口の中に運ぶ。
「対戦表のパターンとして考えると……」
「……早く眠るんだぞ」
「分かってる」
こうして俺は対戦する順番、誰に勝ち、誰に負けるかのパターンを捻り出した。
そして
「これなら……いける」
表面上完璧な答えだ。
だが、これまでに俺の考えが予想通り進んだことは一度もない。
結局のところ
「いつも通りだな」
結論を出した俺は、そのまま倒れるように夢の世界へと落ちた。
◇◆◇◆
そして次の日
「さて本日も大変お日柄が良く、
相も変わらず元気な挨拶を披露するキナコ。
その正体がただの学生ではないことは既に承知の上だが、どうにも俺は彼女を知っている気がする。
君LOVEのサブキャラだろうか?
どちらにせよ、危害を与えてくる可能性は低いため今は見逃しておこう。
「さて、武闘大会本戦での対戦表をここでドドンと発表したいところではありますが、エリカ様は誰が優勝されると思いますか?」
「そうですね」
今日も足を運んだエリカ。
何故忙しいエリカが二日もと思うが、おそらくシウスの差し金だろう。
今回の武闘大会にそれだけ本気ってわけだ。
「やはり予選を見た限りでは皆さん力を温存している印象でした。本戦で手の内を見せない為でしょう」
俺の場合は魔力が持たないからなんだけどな。
「その点で言えば、一番手の内を明かしていないユーリさんがこの情報戦において有利になってくると私は思っています」
「なるほど、素晴らしい洞察力です。やはりペンドラゴ家当主、ユーリ様。予選の段階で既にここまで先見の明が立っているとは」
俺も同意見だ。
今回の戦いで最も未知数な相手はおそらくユーリ。
ただでさえゲームとは別格な強さを手に入れた彼女達の中でも、一際底の知れない実力を持っている。
要注意人物の一人だ。
「それでは対戦表へと移らせてもらいます。ちなみに順番は成績上位者達により選ばれています」
「やっぱりか」
あの順位発表の意味合いを考えると、そうなるよな。
弱者は黙って不利益を被るしかない。
だが
「あいつらが利益を求めるような人間ならな」
俺はおそらく最初に当たる相手を想像する。
大丈夫、計画は完璧だ。
俺は絶対に
「登るぞ、上に」
「それでは第一回戦の相手はこちらのお二人です!!」
◇◆◇◆
「おぉ、なんだかこんなに真剣なアクトを見るのは久しぶりだぞ」
「負けられない戦いだからな」
「アクトが珍しく少年漫画の主人公みたいになって……我感動!!」
「言われてみたら確かに……まぁラスボスの俺には一番不似合いな状況なんだけどな」
俺は準備体操を終え、控え室を出る。
軽い緊張が心臓の音を大きく響かせる。
お陰で体があったまる。
「完璧だ」
俺は決意を胸に、戦場へと足を踏み入れた。
「キナコの言っていた通り、いい天気だな」
「はい。おそらく世界が私とお兄様との戯れを心から祝福してくれているのでしょう」
「どうだか。熱中症になって倒れろカスがと言ってるようにしか見えないがな」
「なるほど、つまり私が人工呼吸をすれば良いということですね?」
「違うわ!!」
俺は笑顔を見せるリアと対面する。
普段ならその小さく優しい手で絡み付くように俺の隣に立っているのだが、今その手には一本の
「そんなに俺様と戦いたかったのか?」
「お兄様の初めては妹が相場だと聞いていますので」
「その世間は狭い界隈だから信じない方がいい」
俺も剣を抜く。
構えなんてない。
俺にはそんな大層なものを学ぶ機会なんてなかったのだから。
「私はお兄様が大好きです」
「……なんだ。なら、素直に降参してくれるのか?」
「愛しています」
「そ、そうか。なら降参ーー」
「結婚します(断言)」
「え、いや、それはちょっと……」
「だからこそ、お兄様相手には私は本気で向き合いたく存じます」
全身に寒気が走る。
「ところでお兄様、まさかと思いますが」
それは久しく見ていなかったリアの姿。
冷たく、深い目が俺を見据える。
「本気で私相手に勝てるとお思いで?」
体が震える。
まるで高く伸びた俺の鼻っ柱をへし折るかのように、格の違いを見せてくる。
だから俺は
「まさか」
笑うのだ。
「お前に勝つんじゃない」
アクトらしく
「ねじ伏せるんだ」
楽しそうに
◇◆◇◆
合図はなかった。
俺達の間にそんなものは必要ない。
最初に動いたのは俺。
リア相手に手加減する気はない。
そもそもリアの肉体に俺如きの攻撃が通る筈がないしな。
武闘大会の勝利条件は変わらず結界の破壊。
つまり格上相手にも十分な勝機がある。
どれだけ相手の意表を突き、攻撃出来るかに重点を置けば
「お兄様」
「なんだ」
「楽しみましょう」
「……そうだな」
勝てるはずなんだけどな。
かなりのレベルにまで上がった俺の動体視力、それすらも超えた攻撃が迫ってくる。
魔法は俺が弾く。
剣はルシフェルが止める。
実質二体一の構図のはずだが
「クッ……ソ……」
「アクト、このままだと押し切られるぞ」
リアはそれすらも凌駕する。
「脳の処理速度バグってるんじゃないか?」
「癖として身につけると自然と出てくるものですよ?」
動きながら魔法を放つ行為はかなり難しい。
全力ダッシュしながら数学の問題を暗算するようなものだろう。
それをリアは笑顔で喋る余裕すら見せて実行する。
やはり傑物。
プライドの高いザンサが、そこらの一般人である彼女を養子に入れたのはそれだけの才能を持っていることを意味する。
そんな相手にただの凡人である俺が勝てるはずない。
俺一人ならな。
「ルシフェル、一瞬」
「持ってけ」
時間にしてコンマ一秒。
俺は神の姿を真似る。
劣勢の状態をひっくり返す時に出し惜しみする暇などない。
「悪いなリア」
俺はその膨大な魔力をリアに向かって撃
「お兄ちゃん」
声が変わる。
「遊ぼ」
「本気かよ……」
神と神が対峙する。
片やいつか世界を滅ぼすであろう邪神。
片やかつて人類の敵として降臨し、邪神と称された存在。
過去と未来がぶつかり合う。
キナコはこの試合をたったの10分と称した。
だがこうして見ると
「後……九分……」
「やっとお兄様に追いついた気がしますね」
刹那に起きた神々の争いは、幸か不幸かこの世界に大きな影響は与えなかった。
二人の攻撃は敵を射殺す為に、エネルギーを一直線に集中した。
結果、全ての力が綺麗に相殺し合った。
変わったことと言えば
「……フゥ」
「お兄様、明日から一緒に走られますか?」
「結構だ」
俺とリアの間に大きな差が生まれたこと。
「そもそも追いついたと言ったが、元々お前は俺様を超えてるだろ」
「それならあの日、私はお兄様に助けられていませんよ」
言葉を途切らせることはないが、同じく攻撃の手も一切緩める気がないリア。
「ちょっと休憩しないか?」
「終わったら膝枕してあげますよ」
「ハハッ、そりゃ随分と魅力的な提案だな」
体力を回復する隙なんてリアは与えない。
もう少し悠長に話してくれないかな?
「どうしましょうお兄様。必死で一生懸命なお兄様のお姿に、なんだかドキドキしてしまいます」
「やめてくれ。ただでさえ最近は色々エスカレートしてるのに、これ以上厄ネタを増やさないで」
呼吸が出来ない。
呼吸する暇を与えてくれない。
普段なら体を犠牲にしたカウンター攻撃が俺の得意技なのだが、ここでそれは通用しない。
絶体絶命。
まさしくそんな状況だ。
「……なぁリア」
「喋る余裕があるんですか?」
「ないな。だからこそ最後に言っておく」
一見リアは余裕綽々といった様子だが、その実多少の疲れは出ている。
むしろ無ければ今から俺の考えた秘策は通用しない。
頭で大量の魔法を展開し、尚且つ体を動かすことによりリアの頭にはかなりの疲労が溜まっている。
リアの脳は今すぐにでも糖分が摂りたいと必死になっている。
だから与えてやるのだ。
ちょっとした砂糖を。
「リア」
「はい、なんでしょう」
俺は一言
「愛してる」
およそ数秒にかけてリアの動きが止まる。
その時間は俺達のような超越した存在にとっては、あまりにも短い時間だった。
「俺の……勝ちだ……」
リアの結界を打ち破る。
リアには怪我一つない。
むしろ攻撃を一度も受けていない俺の体が悲鳴を上げる。
感謝するように思いっきり呼吸をする。
「勝った……」
リアの気持ちを利用したあまりにも卑怯で、愚策で、それでいて危険な勝ち方。
それでも確かな勝利。
それでも手に入れたかった勝利。
「……最低ですね、お兄様。私のお慕いする気持ちを利用するなんて」
「悪く思うな。勝ちは勝ちだ。それに、逆に言えばこれ以外の勝ち方を俺様は思いつかなかった」
「そうですね。お兄様が全力を出すならまだしも、残りの試合を考えると私への勝ち目は無い。だからこそこうするしかなかった」
リアは何故か清々しそうに
「完敗ですね」
そう言って胸ポケットから謎の機械を取り出す。
「……リアさん?」
再生する。
『リア、愛してる』
「リアさん!?」
リアは満足そうに音声機器を元の場所に戻し
「完敗でしたね、お兄様」
この上ない笑顔で舞台を後にしたのだった。
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