第157話

「ね、ねぇエリカ」

「お久しぶりですね、王女殿下」

「何急に畏まって。私達の仲じゃない」



 アイリーンはエリカへと話しかける。



「一応公的の場ですので」

「わ、分かったよ」



 アイリーンはスッと息を吐く。



「お久しぶりですね、聖女様」

「はい、最後にお会いしたのは一週間程前ですが」

「もしかして私のことからかってる?」

「はい」



 エリカはとても良い返事をした。



「……我慢、我慢よ私。エリカは昔からこんなんじゃない」

「ところでご用件は?」

「いや用件ってわけじゃないけど……」



 アイリーンは例の存在に目を向ける。



「何あれ?」

「何……とは?」

「な、なんかやばいよあの人。オーラっていうか?なんか凄さが凄いって感じ」

「アイリーンはもう少し言葉のお勉強が必要ですね」

「今はそういう話じゃなくて!!」



 アイリーンは少し訝しむように



「何かある気がする。だってシウスが連れて来た人なんて怪しい以外なくない?」

「アイリーンもそのシウスさんに連れて来られた一人ですよね?」

「私は大丈夫だからいいの」



 アイリーンはエリカが何故ここまで不用心なのか少し心配になる。



「とりあえずシウスが何を企んでるのか分かったら直ぐに言ってね。私とエリカくらいしかあいつを止める権限がないんだから」

「はい、もちろんです」



 も〜と牛のように鳴きながらアイリーンは指定の位置に戻る。



 そんな二人に様子を見ていたシウスは笑う。



「やっぱりあの王女様はアホだな。今回の俺はまだ何もしてないってのに」

「何故それをわざわざ私に言う」

「だってお前はなんとなく気付いてるんだろ?」

「うるさい。私はお前にも政治にも関わりたくないんだ。滅びるなら勝手に滅んでくれ」

「まぁそう言うな。今から本当にこの国が終わる瀬戸際に立ってんだから」

「……」

「はいはい二人とも、そんな顔しないの」



 シウスとスカーレット(学園長)の間に顔を出す。



「本日は参加の程、心よりお礼申し上げます、ディーラ様」

「シウスちゃんもそんな畏まらなくてもいいのに〜。私のこともディーラちゃんって呼んでね」

「……誰だい、この化け物は」



 スカーレットはどうにか平静を保つ。



 そもそもシウスが人に対してへりくだる時点で只者ではない。



 その上、存在そのものがあまりにも桁違い。



 スカーレットにとってこれ程までに恐怖を覚えた人物は他に一人だけ。



「ふぅ〜、なんだいあんた、アクトグレイスの親戚かい?」

「まっさか。私と彼はあくまで他人だよ」



 ウインクをするディーラ。



 何故かいちいちオーバーリアクションをする女に、スカーレットは少しイライラする。



「今回の参加は、俺の考えを肯定して下さるという意味でよろしいでしょうか?」

「そもそも私達があなた達に何か否定も肯定もした記憶はないのだけど、まぁ好きにしたら?としか私は言えないかな」



 ディーラはクルクルと回る。



「私はあくまでエリカちゃんが元気にしてるかと、あれの存在の確認に来ただけ。まぁシウスちゃんがエリカちゃんを傷つけようとするのなら全面戦争は免れないと思っててね」

「あの方もそれは本意ではないでしょう」



 二人の会話は重要な言葉は避けつつも、あまり人類にとって良い状況かと問われると、明らかにNoという答えが返ってくるだろう。



 スカーレットはこれから先の未来に対し、憂鬱な気分になるのであった。



「さぁ会場の熱は未だ治まらない中、早速エキシビションマッチを開催したいと思います!!」

「じゃあ二人とも頑張ってねー」



 ディーラは投げキッスをしながら去る。



「あれの相手はお前がしろよ」

「任せろ。接待は昔から得意だからな」



 シウスはヒラヒラと手を振る。



「ハァ……これだから嫌なんだよ」



 スカーレットは大きなため息を吐く。



 皆が所定の位置につく。



 豪華メンバーの戦いに、学生が、教師が、国中が固唾を飲む。



 そして



「試合開始です!!」



 最初に動いたのは意外にも



「挨拶は大事ですよね?」



 聖女エリカであった。



 光魔法の能力は主に回復や結界といった防御寄りの性能。



 だが、その防御も転じれば攻撃になり得る。



 自身の周りにボール状の結界を展開したエリカは、それを一気に広げる。



「ちょ、エリカ!!いきなり卑怯なんだけど!!」



 超高速で迫る結界に押し出され、アイリーンは大きく吹き飛ばされる。



 特にダメージはないが、このままいけば外に張られた結界と結界に挟まってしまい、場外に押し出されてしまう。



「それにしても硬いな」



 シウスはエリカの結界を殴るが、傷一つつかない。



 そんな中で



「聖女に何かしたらボチボチ外も歩けないだろうね」



 スカーレットは手に持つキセルを前に出す。



 すると煙が一気に燃え上がり



「BON」



 弾ける。



 エリカの結界に大きな穴が開く。



「何で即興でこんなもん作れんだ聖女ってもんは」



 めんどくさそうに結界を抜ける。



「聖女だから凄いんじゃなくて、エリカちゃんだから凄いの。そこは間違えちゃダメだよ、スカーレットちゃん」

「全く、何で私ばかりいつも貧乏をくじを引くんだ」



 いつの間にか隣に立っていたディーラ。



 スカーレットは動く素振りもなく魔法を展開する。



「そういうスカーレットちゃんも十分天才ね」



 ディーラはニコニコとそれを見守る。



 そして同時に魔法が襲い掛かる。



「でもやる気がなーい。そんなんじゃ可愛い生徒を楽しませられないよ?」



 まるでそよ風でも吹いたように立っているディーラ。



「私はエンターテイナーじゃなくて、ただの権威だけ持った老体なんだがね」

「スカーレットちゃんが老体なら私は一体……」

「?」



 だが精神的なダメージは与えられた。



「それに、華になるのは私なんかよりも向こうだろうよ」



 スカーレットは視線を向けた先には



「エリカのバカ!!ここは協力する流れでしょ!!」



 剣を重たそうに振り回すアイリーンと、それを笑顔で防ぐエリカの姿。



「そのような不正は良くないかと……」

「不正じゃなくて共同戦線!!どう考えても私達じゃあれに勝てるはずないでしょ!!」



 息も吐かせぬ魔法を放つスカーレットと、それを容易く躱すディーラ。



「シウスならまだしも、あの二人は完全に別格。私じゃ絶対勝てない」

「アイリーンは可愛いから大丈夫ですよ」

「あいつらが可愛いで手加減する連中に見える!!」

「どうでしょう?一度試してみたらどうですか?」

「え?」



 アイリーンの背中に何かがぶつかる。



「……こ、こんにちはー」

「どうも王女様。ご健闘の程何よりだ」



 シウスがポキポキと指を鳴らす。



「えっと……こ、怖いから手加減して欲しいな〜なんて……」

「任せて下さい。俺はちゃんと空気の読める男だからな」

「本当!!」



 シウスはニヤリと笑い



「盤上には悪役ヒールがいた方が盛り上がるよな!!」

「ヒィイイイイイイイ!!」



 プルプルと震えながら縮こまるアイリーンに向かって本気で殴りかかるシウス。



「女の子に暴力はいけませんよ?」

「これはこれは聖女様。二人の間を邪魔して悪かったな」



 シウスの拳はエリカの結界により止められる。



「エリカァアアアアアアアアアアアアアア」



 泣きながらエリカの胸に飛び込むアイリーン。



「どうしてシウスさんが攻撃しないと思ったんです?」

「エリカがやれって言ったんでしょ!!」

「そうでしたっけ?」

「頭診てきてもらいなさいよ!!」

「私は国で一番の癒し手ですよ?」

「そうだった……エリカって聖女様だった……」



 二人はシウスを見る。



 既にエリカの張った結界は破られていた。



「こりゃ非常に映えるな。国の二大トップの王女と聖女。その二人がどこの馬の骨とも分からない俺を倒す。シナリオとしては綺麗過ぎるが、それくらいが丁度いいのかもな」



 シウスは考え事をしながらコツコツと地面を鳴らす。



「何あれキモ。他の連中の卑猥な目線とは違うけど、同じくらい嫌悪感凄いんだけど」

「それにしても目的は何なのでしょう。まるで自身を当て馬にする事で、あの方や私達を目立たせようとしています」

「別に私達もう十分過ぎる程有名というか、外に出歩くのも大変なくらいなのに」

「となると、見せたいものは別……つまり、戦闘能力の高さでしょうか?」

「どうしてそんなことを?」

「さて、そこまでは私も分かりかねますね」



 二人は自然と横に並ぶ。



「なんだか懐かしいですね」

「そうだね。あの時はシウスとか他の連中がいなくて幸せだったなぁ」

「では今は幸せでないと?」

「バカ、恥ずかしいこと言わせないでよ」



 アイリーンは恥ずかしそうに



「友達と一緒にいられて楽しくないわけないじゃん」

「……そういう可愛いのはズルいですよ?」

「べ、別に可愛いくしてるわけじゃ!!」

「イチャイチャもいいが、そろそろおじさんに構ってくれよな」



 シウスはポリポリと頭をかく。



「あ、すみません」

「完全に忘れてた……」

「最近の子供は遠慮がねーな」



 二人は顔を見合わせ



「では」

「うん」



 二人は魔法を構える。



「「長話は終わってから」」



 二人の様子にシウスは歓喜に包まれた。

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