第149話

 それは試合などという優しいものではなかった。



「無理だ」

「勝てるわけない」

「何だよ……あれ」



 近付く者は空へ、逃げる者も空へ、自分以外へ攻撃する者をも空へと飛ばす。



 圧倒。



 ユーリやリアと違い、完全にその力の差を見せつけている。



「観客を楽しませるのは道化の務め。妾の仕事は道化を笑うこと」



 カーラはまるで指揮者のように手を振り、次々と退場に追い込む。



「さぁ踊れ。弱者でも足掻けると、弱者でも一死報いることが出来ると、妾に見せるのじゃ!!」



 カーラは期待するような眼差しを向け続ける。



 だが



 50



 40



 30



 人が減るたびに、次第にその目が暗くなってくる。



「なんで俺らだけこんな化け物に当たるんだよ!!」

「これじゃあ俺の将来はもう……」

「こんな試合に何の意味があるんだよ!!」



 舞台は阿鼻叫喚。



 今までの楽しく、熱く、凄まじいものはない。



 地獄のような光景が広がっていた。



「やはりダメじゃな」



 カーラは落胆した声を上げる。



「やはり本戦しか楽しみがないのかの」



 20



 10



 数は虚しく減っていく。



「終いじゃな」



 カーラが大きな欠伸をしながら呟いた瞬間



 3



「ん?」



 2



「なんじゃ」



 1



「どうなっておる」



 0



「何故98しかおらん」



 最後の一人を倒したカーラ。



 だが、浮かない表情をする。



 観客もまた、なんともいえない気持ちとなる。



 先程の光景は、あまりにも大会と呼べるものではなかったからである。



 だが、それと同時に



「なんで終わらないんだ?」



 誰かがボソリと溢した言葉。



 そう、まだ戦いは終わっていない。



 このブロックで倒された選手は98。



 残ったカーラと合わせてあと1人いるはず。



「……なるほど」



 そんな中、会場に向かっていく桃色の人影を俺を見た。



「相変わらず遅刻癖は直ってないんだな」

「とう!!」



 ハイジャンプをかまし、会場へと見事な着地をお披露目する。



「お主……ほう、面白くなってきたの!!」

「呼ばれた気がしたので駆け足でやって参りました」



 明るく、元気な、太陽のような少女。



「桃井桜、ただいま登場!!」



 ヒーローが遅れてやってきた。



 ◇◆◇◆



「みんなー応援よろしくー」



 桜の登場により、会場は急激なヒートアップを迎える。



 元々桜はクラスでも人気者だが、学年は違くとも桜ほど可愛ければ、皆がなんとなく名前を知るような人物となる。



 そんな彼女が、なんかよく分からないがヒーローのようなかっこいい登場をしたことで、会場のボルテージは最高潮に達する。



「いやー、それにしても久しぶりだなぁ。浦島太郎状態になってないか心配したよ」



 桜は独り言を喋りながらストレッチを始める。



 その身にはしっかりと配給されている制服を身に付けている。



 どうにかユーリは間に合ったようだ。



「それにしてもこんな可愛い子、学園にいたかな?」



 桜はカーラの見ながら口ずさむ。



「妾は推薦されたんじゃ」

「そうなんだ。……ねぇ、まさかその推薦した人って目つきがこんな感じの悪そうな見た目で、髪は紫色でいつもニヤついてる人?」

「そうじゃ」

「見境なしか!!」



 桜は虚無へとツッコむ。



 いや、聞こえているんだけども。



「うーん、それじゃあ仲良くしていきたいけど、こんな形で出会っちゃったか」

「良いではないか。戦いの中で友情を育むこともあろう」

「……確かにそうだね」



 桜はストレッチを終え、最後に大きく深呼吸をする。



 そして空気が変わる。



「別に攻撃してくれもよかったんだよ?」

「阿呆。躱しておいて何を言っとるんじゃ」



 二人は同時にニヤリと笑う。



「言っておくけど私、大分強いよ?」

「手加減するが、死ぬんじゃないぞ」



 そして二人は同時に動く。



 目にも止まらぬ速さとは良く言ったものだ。



 お互いの動きが速すぎて大半の生徒は呆然と、激しい炸裂音だけを耳にし続ける。



 だが運良く体が成長している俺は、辛うじてその戦いを目にすることが出来た。



「ほいほい、ほほーい」



 秒間、百を超える様な猛撃。



 右に左、前から後ろ、上だけに留まらず下からも攻撃が現れる。



 それらを桜はなんと



「主、面白い力を持っておるの」

「分かるの?」

「妾は天才じゃからな」

「すごー」



 笑いながら躱している。



 後ろに目どころか、百目でないと対応出来ないはずだが、どうなってるんだ。



「どうしたのじゃ?まさかと思うが、回避で精一杯か?」

「まっさかー。やっぱり大会は楽しくやらなくっちゃ損でしょ?」



 突然桜は動きを止める。



「危ない!!」



 いくらマーリン家の作った物でも、あれだけの攻撃を喰らえば結界が壊れるどころじゃない。



 このままでは桜が怪我を



「いや……なんだそれ」



 どう説明したらいいのか分からない。



 何かが起きた。



 世界が一瞬、ズレたような感覚といったところだろうか。



 まるで瞬きのようなその刹那、何故か桜に向かって飛んでいた攻撃が全て桜の体を横切る。



 桜は動いていない。



 攻撃が意志を持った様に、桜を避けたのだ。



「反撃開始でいい?」

「どこからでも」



 そんな俺の困惑などお構い無しに、二人の戦いは続く。



 桜が一歩を踏み出した。



 結果、二人の間の距離は無くなる。



 地面にはいくつかの足跡だけが残っている。



「あ、自己紹介がまだだったね。私、桃井桜って言うんだ。気軽に桜って呼んでね」

「妾の名前はカーラじゃ。気軽にカーラちゃんとでも呼ぶがよい」

「カーラちゃん可愛い〜」



 無数の剣筋が飛び交い、カーラがそれを爪で弾く。



「ところで随分と遅れたようじゃが、何かしておったのか?」

「ちょっと幼馴染が行方不明でね。全く、最近はしっかりしてると思ってたけど、少し目を離すとダメなんだから。私の周りの男の子は頑固者ばっかり」

「それもまた興じゃ。時に人は理屈では測れぬ行動に出る。だからこそ、面白いものじゃ」

「カーラちゃんは可愛いだけじゃなくてイケメンでもありましたか」



 魔法がぶつかり合い、地面は抉れ、空間は歪み、破裂音が響く。



「カーラちゃんって何の亜人?」

「気高き吸血鬼じゃ」

「すごー、やっぱり血とか吸うの?」

「嗜好品じゃな。魔力の濃く、それでいて清純な者ほど格別じゃ。ふむ……こうして見ると、主の血は美味しそうじゃな」

「喜んでいいのか何やらってやつだね」



 カーラは空へと飛び上がる。



 亜人特有の翼というアドバンテージを使った、一方的な攻撃。



 卑怯という言葉は、戦場には似つかわしくない。



 自身の力を全て使う。



 それはある意味で敬意の一種なのだから。



「んじゃ私も行く……よ!!」



 桜は足を踏み込み、跳び上がる。



 空への敵に接近するのはあまりに無謀。



 回避を捨てたようなものだ。



 カーラは躊躇いなく魔法を打ち込む。



 だが、やはり魔法が桜を避けるように横にずれる。



「どういうカラクリだ?」



 理屈は分からないが、桜はカーラの攻撃が当たらない。



 だが、それは代償無しというわけでもないようだ。



 最初は笑顔だった桜の顔に、次第に汗が流れていく。



「相当魔力を持っていかれいるようじゃな」

「でも、これで」



 空へと飛んでいるカーラの元に届く。



「じゃがここからどうする?主は一撃加えた後、悲しくも重力によって下へと」

「一撃で十分だよ」



 桜は剣を捨てる。



 その動作に、カーラは珍しく虚をつかれた様に動きがコンマだけ止まる。



 そして桜は拳を放つ。



 殺傷力は一切ない。



 だが



「これは殺し合いじゃない」



 当たれば勝ち。



 彼女の魔力であれば、掠っただけでも結界は破れる。



 空という優位、剣を捨てる愚行、そして敢えて死に体であることをアピールする行動。



 全てが重なり、絶対的強者に生まれた油断。



 そして全てを賭けた桜の一撃は



「残念じゃな」



 軽々しく、カーラによって防がれる。



 その光景に会場中に一斉に落胆の声が広がる。



 だが



「私の」



 桜はいつも予想を裏切るような女の子だ。



「勝ち!!!!」

「む!!」



 桜の拳は止められた。



 にも関わらず、何故か結界が破壊される。



 まるで、一度の攻撃で二回攻撃したかのような……



 おかしいな、君LOVEの世界は恋愛ゲームのはずだがいつの間に戦闘RPGになったんだ?



「なるほど、これもまた罠じゃったか」

「凄い……で……しょ」



 気を失うように、そのまま桜は自由落下を始める。



 対してカーラは結界が壊れたことで上へと上へと上昇する。



 勝者が落ち、敗者が上がる。



 そんな景色にカーラは不服のようで



「勝者に対しての無粋ではあるのじゃが」



 カーラはそんな桜に一発だけ、魔法を打ち込む。



 桜の結界が割れ、同じく空へと飛び立つ。



「正真正銘主の勝ちじゃ。桜」



 本来なら生徒を回収する人員がいるが、その仕事を奪うようにカーラは桜を抱き、盛大な拍手と共に退場していくのだった。

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