第128話
「チッ、ウルセェ声出しやがって」
男はナイフを握りしめる。
利き手の指を一本失ってしまったが、両手を使えば十分に殺傷能力はある。
男は発狂してしまいそうな痛みを、怒りと殺意による興奮で紛らわせながらナイフを振りかぶる。
が
「うおっ!!」
寸前の地面の揺れで体勢を崩す。
ナイフがもう一人の男の頬を掠める。
「おい!!危ないだろ!!」
「お前も今の揺れ気付いただろ!!」
「そんな大した揺れじゃ……」
「なんだよ……これ……」
次第に揺れは大きくなる。
「じ、地震か!!」
「何年振りだよ!!どういうタイミングで」
地響きは増す。
「な、なぁ」
「ああ」
そして二人は動きを止める。
振動する地面とは別に、何かが大きく崩れる音が聞こえたのだ。
「何か……来てないか?」
巨大化する音と比例するように、地面の揺れも大きくなる。
「ヤバいって!!これ絶対ヤバいって!!」
「に、逃げるぞ!!」
二人がこの場を離れようとしたが
「な!!」
一人の男は自身の足の重みに気付く。
「て、てめぇ!!獣如きが!!」
足にしがみいていた子熊を蹴飛ばす。
「ニャ!!」
子熊はうめき声のような鳴き声を上げ、木にぶつかり落とされる。
「ふざけやがって」
男は子熊の腕にナイフを刺す。
「ニ゛ァアアアアアアアア」
「汚ねぇ声だな」
男は笑い
「黙って死んどけ。このゴーー」
グチャ
「へ?」
一人の男だったものが赤い水溜まりを作る。
先程まで生きていた仲間が、今は大きな毛に包まれた腕となっている。
「ハ、ハハ、ドッキリにしては大掛かりすぎないか、本物かと疑ーー」
薙ぎ払うように腕が肉塊を吹き飛ばす。
もう既に人と呼べるものは消えた。
歓喜するように子熊は
「ニャー」
鳴いた
◇◆◇◆
<sideユーリ>
「止まった!!」
「やっとダメージが響いてきた……というより」
「目的地に着いたって感じね」
私の中でもかなり強力な魔法を打ち込んでいるが、外皮が削れているだけでダメージが通ってるかも分からない。
だがお父様の攻撃で奴も少しずつ足を引きずり始めた。
決して致命傷とまではいかないが、小さくない傷が奴に少しずつ蓄積されている。
だが、必ずしもプラスばかりではない。
「大丈夫ですか、お母様」
「え、ええ。久しぶりの運動で少しね」
お母様の魔力が切れかかっている。
お母様の力もかなり強力なものであったのは事実だが、お父様程かと言われたら否定せざるを得ない。
だが今はそんなことはいい。
「お母様は一度下がって下さい」
「でも」
「行ってくれ。頼む」
お父様も心配そうに私に加勢する。
「……分かったわ」
お母様は不安そうにしながら別れる。
「これ以上無茶はさせられないな」
やっとのことで魔獣の近くにたどり着く。
巨体が嘘のような俊敏性は本当に厄介だ。
「さて、止まってくれたのは嬉しいが」
こちらを向き直す魔獣。
完全に敵として捉えているようだ。
「あれは……血か?」
「おそらく……ですが一体何の」
そこで思い出す。
「ま、まさか!!」
先程会った二人組の男。
そうだ
この方向、そして場所からして丁度
「許せない!!」
「落ち着けユーリ!!」
体を抑えられる。
「落ち着け」
「ですがお父様!!」
人が死んだ。
守るべき民が死んだ。
それは
「ペンドラゴの人間は」
「分かってるから落ち着け」
お父様は諭すようにゆっくり喋る。
「失ったものは戻らない。きっとあの血は俺たちの民のものなのだろう」
「……はい」
「俺らは命をとしてでも守るべきだった。だが、守れなかった」
「ですから」
「だから次は守れるように最善を尽くす。今やるべきことは無闇矢鱈に突っ込むことじゃない。街に奴を行かせないことだ」
「……」
「ここで俺らが死ねば被害はもっと大きくなる」
「分かり……ました……」
冷静になる。
頭に登った血が冷たく全身に回る。
「すみません」
「いいんだ。行き過ぎた教育は時に毒なのかもな」
お父様は反省したように剣を抜く。
私のとは違い、かなりよく出来ているが一般的な剣だ。
「やはりまだお父様が持つべきだったのでは?」
私もまた剣を抜く。
金色に輝くそれは、ペンドラゴ家が代々受け継いできたもの。
魔力効率はこの世のあらゆる物質よりもよく、切れ味はいくら切っても落ちないと言われている。
私にはまだ荷が重いと思ったが、お父様の頼みなので受け取った。
「いやいい。ユーリ、お前が持つべきだ」
「そうでしょうか?」
「ああ」
雑談は終わりとばかりにお父様は変わらず正面を見続ける。
魔獣は動かない。
だが、既に私達が動き出すよりも速く奴は街にたどり着けるだろう。
つまり今の私達には
「戦闘しかない」
「厳しいですね」
奴も何かを察したのか体勢を低くする。
「死を覚悟したのはあの時以来だな」
「身内沙汰ですけどね」
そして
「来い」
魔獣は声を一切上げず走り出す。
相変わらず速いが、既に慣れた。
周りを巻き込みながら振る腕を、躱しながら剣で斬りつける。
奴の骨に当たれば折れてしまうため、肉だけを斬る。
そうすれば奴は血を流す。
「いいぞユーリ」
勝たなくていい。
私達はただこいつを弱らし、援軍を待つ。
その瞬間こそが真の勝利だ。
「お父様!!」
「分かってる」
連続で繰り出される攻撃は地面を抉り取り、周りの大木を吹き飛ばす。
だがお父様は涼しい顔でそれを躱す。
「余計なお世話でした」
「全然余裕じゃないからな。魔力ももうすぐ切れる」
「同じくです」
体力的にも魔力的にもかなりカツカツだ。
だが辛さは感じない。
長年の修練が、今こうして役に立っている事実に嬉しさを覚える。
「なら次にデカいのかますぞ」
「分かりました」
次で決着がつく。
時間的にここで奴の足、もしくは大きな攻撃を浴びせられれば、おそらく街に行くことも逃げることも叶わない。
今日をもって、この巨悪を倒す。
「いくぞ」
「はい」
作戦など聞かなくとも分かった。
私はお父様について詳しくない。
何年も一緒だったが、お父様は多忙の身。
一緒に居られる時間は決して多くはなかった。
だが私達はペンドラゴだ。
言葉よりも剣を交わしてきた。
なら、こと戦闘においてならば
「いきます」
「おうよ」
敵の動きがゆっくりに見える。
大きく振りかぶった手が、私達に向かって下りてくる。
あの手を左に躱し、腕に乗る。
お父様は巨大な魔法陣を生み出し、奴の足に直撃させる。
体勢を崩し、隙だらけの奴の腕を一気に駆け上る。
予想外の動きに魔獣は困惑しているようだ。
戦闘での油断は敗北への第一歩だ。
剣にありったけの魔力を込める。
そして奴の巨大な顔の前に立ち
「食らえ」
その脳天に直接刺しこむ。
「クソ!!」
魔獣の硬い頭蓋骨によって攻撃が少しズレる。
だが届いた。
痛みで暴れる魔獣から突き落とされる。
落ちる瞬間、奴の目がしっかりと私を覗き込む。
その目は殺意に満ちていた。
「悪いが私も同じ気持ちだ」
落下は問題ない。
だが確実に奴は私に攻撃を繰り出す。
それさえ躱すことが出来れば問題ない。
「さぁ来い!!」
集中力は極限まで高まっている。
失敗はありえない。
予想通り着地と同時に奴の攻撃が飛んでくる。
今までの数倍は遅い。
どうやら奴もかなり追い込まれているようだ。
さぁ、これで終わ
「ニャー」
声
泣き声だ
視界に子熊が目に入る。
血が垂れている。
腕にはナイフが刺さっていた。
あのナイフはあの時の男が持っていた
「まさか……守ろうと……」
「ユーリ!!!!!」
「あ」
音が消える。
死のカウントダウンかのように、少しずつ、少しずつ迫ってくる。
ああ、死ぬんだ。
こんなところで死ぬのだ。
頭の中で思い出は蘇らない。
でも、一つだけ後悔していることを思い出した。
「告白しとけばよかったな」
そして私の体は後ろに弾かれる。
どうしてこうも世界がゆっくり流れるのだろうか。
知りたくなかった。
見たくなかった。
笑顔で私を押し出したお父様は
「愛してる」
そして世界は急加速する。
「お父様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
まるでオモチャのように木が折れ、地面を削り、地面に引き摺られる。
そこら中に血が飛び散る。
私は走った。
前もまともに見れずに走った。
向かってもどうしようもないと分かっているのに。
生きているはずないと、分かっているのに。
「ア゛ァ」
私は足を止めた。
身体中に折れた木が貫き、腕や足が既に形を成していない。
なのに
なのに
どうして
「お父様」
綺麗に、本当に綺麗に微笑んでいた。
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