異世界で魔王になります! ―未経験勇者の受難記―

あずま悠紀

1a

『魔王』という職業が、実は存在するらしいということを聞いた。なんでも、魔物たちの王だか神様みたいになっているとかいないとか。そんなことはともかく、異世界転生をした俺としては『それ』になりたくてもなれるわけがないと思っていたのだが――。

魔王様である俺は現在、ダンジョンの最下層に一人で籠っている。というのも、先月行われた魔王を決める選挙で俺を推していた奴らの罠にはまり――いや、わざと引っかかって――魔王になることが決まっちまったからだ。しかも、他の立候補者全員をぶちのめしてしまって。つまり俺は名実ともにこの国の王となったわけなのだ。だから今、ダンジョンにいるのはそのための下準備のためである。

ダンジョンマスターになってから早二か月。その間、毎日欠かさずダンジョンの設備を拡張してきた甲斐もあり――ついに完成したぜ、マイダンジョン!! えっへん! という感じだぜ! ただ問題なのは、その規模だった。

ダンジョンの入り口自体は小さすぎて困らないけど――問題はダンジョンの奥深くまで潜るための転送装置だったり、階層を移動するための移動用通路の大きさである。それがとにかく広大すぎるんだよ、うちの子たち! はしゃぎすぎたのか知らんが――ダンジョン最奥部の部屋にある転送装置はともかくとして、移動するためだけの通路までも巨大化させてたんだよなあ。おかげさまでめちゃくちゃ入り組んじゃってるし。

それにしても一体何があったらここまでデカくなるんだろうね。なんか「ここは我の領地なり!」みたいなノリで作ったんだろうか? うん? 待てよ、領地だと!? まさかね~! ま、まさかだよな~! あっはっは。

とにもかくにもこれで完成である。後は入り口付近に作っておいたセーブポイントを使って地上に戻るだけだぜ~♪

「うふふふ。いよいよ明日が魔王の座を受け継ぐ時ですね」

「そうだな」

魔王の座を引き継ぐために行う儀式があるんだけど――今日はその前夜祭みたいなものらしい。魔王候補の中でも有力な者たちが一同に集結して宴会をするとのことだ。そこで正式に魔王の座を譲り渡すという段取りなんだってさ。正直、めんどくさくて仕方がないんですけども――なんて言えるはずもなく、俺は笑顔を浮かべながらその宴に参加していたのであった。だって魔王だもんね。一応。そして翌日。とうとうこの時が来た。

魔王城の最深部に用意された祭壇の前に立つと、周囲の壁から魔法陣のような物が浮かび上がり始める。同時に俺の身体からは魔力のようなものが放出され始めたのだ。おそらくこれが『魔王の力』というものなんだろう。

やがて魔法陣が完成すると、そこから一人の美少女が現れた。金髪碧眼のお姫様といった風貌の少女である。年齢は十四歳くらいかな?

「あなたが新たな魔王ですか?」

「そうです。私が新魔王になりました。これからよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします。私の名前はアーシア・エルフィードといいます」

「私はリリス・アールマティと申します」

少女――アーシアさんは礼儀正しく頭を下げてきた。それに対して俺もまた丁寧に自己紹介を行う。そんな感じでお互いに挨拶を交わし合うと、今度は今後のことについての話になった。

「では早速ですが――この国をどうするかについて話し合いたいと思います」

「はい……と言いましても私には政治に関する知識はありません。なので、全てそちらにお任せしたいのですがよろしいでしょうか?」

「もちろん構いませんよ。でもそうなると……まずはこの国の名を変えなければいけなくなりますね。リリスさんは何かご希望の名前がありますか?」

「名前ですか……それなら――『魔国』というのはいかがでしょう?」

「なるほど。確かにいいかもしれませんね」

こうして俺たちは国名を変えることにした。ただ、すぐに変えるのは難しいということだったので――しばらくはこのままの名前を使うことにする。その後、色々と細かいことを決めていくのだが、それはまた別の機会に話すことにしよう。ちなみにだが魔王城の転送装置や転送用通路はアーシアさんの配下であるエルフ族の人たちが改良を施してくれることとなった。おかげで転移先を自由に指定することができるし移動速度が上がると思う。やったぜ。まぁもっとも今の俺は『魔王様』であって『勇者』ではないのだが――いずれ元の世界に帰る時に役に立つだろうしな。うんうん! という感じだ。


* * *

あれから一か月が経過し、俺の戴冠式が行われる運びとなったわけなのだが――なぜかそこにはアーシアちゃんの姿があった。なんでも「せっかく知り合った仲だし見届け人として一緒に行きましょうよー。ねっ! 良いですよね、リリスちゃん!?」と言われて断り切れなかったようだ。まぁ別に良いんじゃないか? と俺は思ったけどね。だって魔王様だから! でもさすがはアーシアちゃんだった。彼女は王選に参加した他の候補者たちを圧倒するほどの人気っぷりだったのだ。そのためか俺への支持率は非常に高かったわけである。ぶっちゃけ――アーシアちゃん一人でも魔王になれるんじゃね? と思ったりしたのであった。

ただ、問題は俺である。だって――俺の顔がイケメンすぎるんだもん! というわけだ。だって魔王といえば美形じゃないとね。そういう意味じゃあこの世界の連中は俺に対してかなり不公平であると言えよう。

しかし困った。魔王就任直後だというのにもかかわらず、すでに俺を推す勢力が大きくなってきているのだ。これだと魔王になる前に国王になってしまってもおかしくはないぜ! うぅむ。これはなんとかしないとなあ――

なんてことを考えていると突然、扉が開いた。そこに現れた人物を見た途端、心臓が止まるような感覚に陥る。

なんと――その人はリリスだったのである。しかも彼女だけじゃない。他にも二人いるのだ。二人は俺に向かってこう言った。

「お久しぶりです。元気でしたか、マスター?」

「うふっ、お兄ちゃんお久しぶり~☆」

「よっ、おっちゃん! 遊びに来たぞっ!」

「えっとお、お疲れ様なのです、ご主人さま!」

えっ? えっ!? ど、どういうこと? な、何が起きてるんだよっ! 混乱する俺に対し、リリスたちは微笑を浮かべながら説明を始める。それによると、リリスたち三姉妹は実はこの世界とは別の世界で暮らしており、それぞれ別な種族として生活していたんだってさ。それがどういうわけなのか知らないけど――今現在、彼女たちは三人そろって俺の奴隷として暮らしているということだ。なんじゃそりゃああああ! って感じだよ! ま、まさか異世界に来てまでハーレム展開に巻き込まれるとは思ってもみなかったぜ。

そんな感じでリリスたち三人と一緒にダンジョンの最奥部で生活をするようになったんだが――正直言うと、こいつらちょっとおかしいんだよな。まずはアーシアである。

この子は見た目は十四歳くらいに見えるんだが、実際のところ実年齢は四十を超えているということだ。俺とそう変わらないように見えるんだけどね。エルフ族っていうのは老化が遅いらしいんだけど――それって人間にも適用されるものなのかね? よくわからんけど。

それからこの子は基本的に無表情である。喜怒哀楽とかそういったものがほとんど表に出ないので、傍から見るとクールビューティーなお姉さんにしか見えない。

「私は感情というものをよく理解できませんから。ですから、できるだけ笑おうと心がけてはいます」

とは彼女の言であるが、それが本当かどうかはわからないんだよね。なんか隠し事をしている気がしないでもないが――とりあえず今は保留ってことで。

続いてのリリスだが、こいつは年齢不詳である。本人曰く二十歳以上であるということはわかるとのことなんだが――見た目がロリなだけにまったく説得力がない。あと身長が低いからって胸が小さいことを気にしているが、そもそも俺に言わせてみればその辺は誤差の範囲である。うん、誤差である。むしろ大きすぎる方が問題だろうし。

そんな感じのおっぱい好きの俺であるから、やはり目がいってしまうのがアーシアとリリスの胸の比較になってしまうのだった。

アーシアの方はちっこい癖に結構なボリュームを誇っている。着痩せして見えるだけで脱ぐとすごいってパターンなんだろうか? リリスに関してはなんとも表現しにくいんだが――とにかくスレンダーである。いや、スタイルが悪いという意味ではない。ただ単純に凹凸がなさすぎるんだよ。でも、それはそれでいい。いいではないか! おぉう。

まぁそれはともかくとして――そんな二人の奴隷である俺だが、現在は特にやることがない日々を送っていたりする。いやね、最初は色々とあったよ。なにせ、俺を慕ってくれる可愛い娘たちと一緒なわけだからさ。まぁ毎日ドキドキワクワクだったさ。だけどな――もう飽きちゃったんです。はい。ぶっちゃけ性欲よりも食欲の方が上回っている感じなんです。ぶっちゃけた話、こっちの女の子はあんまり可愛くないしさ。それに俺を慕ってくれていた娘たちも――なんか冷たくなったというかさ。なんか嫌われちゃったみたいで、あまり話し相手もいないんだよねえ。寂しいよ、うん。まぁそれでも一応は勇者だし魔王だし――その責務を果たすための努力だけはしておこうかなと、俺はそんなふうに考えている次第であった。

というわけなので、今日も頑張ってダンジョンを強化しておこうかなと思っている次第であります、まる。


* * *


* * *


* * *

リリスが魔王に就任した日を境に私たちの生活に変化が訪れたわ。今までお兄ちゃんとアーシアの三人だけしかいなかった世界にお姉ちゃんが加わったの。これで四人になるわね。うふふっ♪ というかお兄ちゃんったらひどいのよ? 私のことは相変わらず『チビ』扱いしてくれるし、『子供っぽい』だなんて失礼にもほどがあるわ! まったく許せないんだからね!! とはいえ最近はようやく私の魅力を理解してくれたのか『可愛い』と口にしてくれるようになったからまぁ良しとしましょう。ちなみに私としてはもう少し大きい方が良いかな。アーシアは私と同じくらいのサイズなんだけど、あの子の場合は着やせするタイプだと思うの。だから本当はもっと大きいと思うのよね。リリスは私と同じで着やせタイプじゃないかしら。私と同じように胸が小さく見えても――脱げばすごかったりするんじゃないかしらね? ふふっ。

そんなことを考えながら、私ことミリア・エルフィードと妹のアーシアは、この世界にやってきたばかりの頃のことを思い返す。この世界に転生したばかりの頃のアーシアはまだ幼女と呼べるくらいの子供で――まぁ、見た目は完全に小学生の低学年といった感じだったかしらね。でもってそんな彼女が突然、「あなたがリリスですか?」と声をかけてきたのだ。私は驚いて――でも同時に嬉しくもあったわ。だってこの世界に転移してから――いや、お兄ちゃんに出会う前のことを考えるなら何百年かぶりの再会だったものね。だからつい、泣いてしまったの。すると彼女は戸惑いつつも、泣きやませようと必死にあやしてくれた。そして落ち着いたところで事情を説明すると――彼女は「なるほど、話はだいたいわかりました」と言って微笑を浮かべてきた。どうやら彼女は全てを知ったうえで私たちを出迎えてくれていたというわけだ。なんて優しい子なのかしらと、私たちは揃って思った。だからこそ私たちのことも受け入れてくれるに違いないと、勝手にそう思った。そして実際、そのとおりになった。

「ではこれからよろしくお願いします」

こうして私とアーシアの二人はお姉ちゃんを歓迎することになった。その後、私たちの暮らす家へと連れていき、お兄ちゃんをご紹介させてもらったのだけれど――その時のお兄ちゃんときたら驚いたことに私たち三人を相手にお付き合いすることになってね。でもってハーレムエンドを迎えることになったのだけれど、そのせいか、お兄ちゃんがどんどんと壊れていく感じになっていった。まぁ元々、壊れ気味だったんだろうけど――でもそれがさらに加速していったというか。うん、はっきり言ってお兄ちゃんはもうダメかもしれないわね。だってアーシアがお兄ちゃんと結婚した時点で――あ、でも、アーシアの旦那様である以上は私の義妹ということにもなるのだし――つまり私はお義兄ちゃんの妹ということになるわけだものね。うんうん、それは素敵かもね。まぁともかく、お姉ちゃんのおかげでハーレムルートが確定的になりつつあるのよね。正直、ちょっと羨ましいなあ。うぅん、でも私は別に良いかなって思えてくるの。だって――

この世界での私は、この国の王になるのが決定してしまっているんだもの。そうなれば当然――

「えへへぇ、やっぱり綺麗だよね、アーシアは」

アーシアのことをじっと見つめながらそう呟いたら、なぜか隣にいるリリスに睨まれてしまった。どうしてだろう? うーむ、謎である。まぁそんなこんなで――私たちの新しい日常は始まったのだった。

――これは一体何が起きたんだ??? 俺こと田中一太郎は目を覚ますなり頭の中にそんな言葉を浮かべた。

えっ、どういうこと? なにこれ、どういうこと!? 目が醒めた途端、いきなり訳が分からなくなってしまった。というのも、俺はついさっき死んだはずなのだ。

なのになんということでしょう、俺の意識はハッキリとしたまま生きているじゃありませんか。

いやいやおかしいって! 普通死ぬって! というか死んじゃ駄目じゃん! ってか生き返っていいもんなの!? えっ!? というわけで絶賛混乱中です、はい。

えっとまず状況を確認しないとだよな。とりあえず俺は死んだ。うん間違いないはずだ。それについてははっきりと自覚できているし記憶にもある。いやまぁあれだよ、ちょっとばかり思い出したくもない体験ではあるんだが。

それでだ、俺がなぜそんな死に方をしてしまったかというと、まぁいわゆる交通事故って奴が原因なんだよな。俺もトラックが迫っているのに気づいて避けようとしたんだよ。だけどその瞬間、俺の前に一人の少女が現れたんだ。そう、彼女だよ、彼女! 名前は覚えていないんだけどね! とにかくそいつは俺とぶつかる寸前という絶妙すぎるタイミングに、両手を広げて俺の前に立ったんだ。その結果、少女が代わりに撥ねられて死んでしまい――という、まぁよくある話である。いやいや、俺が轢かれるはずだったわけだからね? 俺的にはまったくありがたくない展開というか、なんというかね。

まぁとにかく俺が轢かれたことで運転手が慌ててブレーキをかけたらしい。だから結果として俺の身体には大きな衝撃がきたんだよね。で、そこで俺の脳裏に走馬灯のように映像が流れ始めたわけで。それがまた結構リアルなの。俺が生前の頃に遊んでいたゲームの映像とか、楽しかった頃の家族との会話とか――まぁそういうのを一気に見せられた感じ。

で、それが終わると同時に俺の魂みたいなものが肉体から抜け出して、そのまま天に昇っていくような感覚に襲われたんだよ。

あっ、もう終わりなんだなと思ったね。うん。で、その予想どおりに俺の意識は徐々に薄れていって――気がついた時にはここにいたという感じなんだよな。

で、ここはどこなんだ? 俺は周囲をぐるりと見渡してみる。

真っ暗だった。目の前にぼんやりとした明かりがあるだけで、それ以外には何も見えない。うーん、よくわからないな。

そんなふうに首を傾げていたら――

「こんにちは、はじめまして」

そんな声が聞こえてきた。

「……誰だ?」

俺が警戒しながら問いかけると――

「わたしは女神のアーシアと申します。以後お見知りおきください」

そんな答えが返ってきた。

「め、女神だと? マジかよ……そんなのが本当にいるんだな」

驚きである。

「はい。あなたたち人間たちが崇め奉る神とは、すなわち私のような存在のことなのです」な、なるほど。確かに人間はみんな信仰しているよな、アーシアさんみたいな女神を。というか――

「で、俺になんか用なのか?」

俺は率直に疑問をぶつけることにした。するとアーシアと名乗る女神様は、どこか懐かしげに語り始める。

「あなたの行いはとても立派なものでしたから、是非ともお礼をしたくてですね――その、私自らこちらの世界に招かせていただきました次第でして――その――」

「つまり?」

俺が尋ねると、アーシアは少し照れくさそうにはにかんできた。その仕草は非常に可愛かったのだが、それ以上に彼女の顔に見覚えがあったのだ。だから、ついつい確認するような口調になってしまう。

するとアーシアの方もまた不思議そうな顔をして――

「どうしましたか? 私の顔について何か――」

そんなことを口にしてくる。しかしすぐに彼女ははっとなった。その反応で、彼女が俺の知っている人物だという確信を得る。そして――

『ねぇ、私を見て何か思うことはないかしら?』

アーシアはそう言って俺のことをジッと見つめてきた。

俺はその姿をしっかりと見てみた。

――うわぁ~、綺麗になってるぅ。昔の姿を知ってたからか知らないけど――うんうん、成長したって感じだな。うんうん、すごく良いと思います! という感じで感想を述べた。だって可愛いんだもの。するとアーシアの頬がほんのりと朱に染まっていった。そんな彼女を見ていると自然と胸が高鳴ってくる。で、そんなことを思ってたら突然アーシアは服を脱ぎ始め――

――はい、ストップ!! これ以上先を見るのはダメだ! というかダメダメダメ、絶対ダメだってば! 俺の中の紳士的な部分が警鐘を打ち鳴らしまくっていた。うん、さすがは我が息子というべきか。というわけで俺としたことがつい本能の誘惑に打ち勝ってしまったわけだが――でもね、俺はもっと違うことも考えてしまったわけですよ。えぇ。だってさ――

この娘ってば間違いなく転生後の俺の奥さんだった娘だよね、これって。

うぅん、そうだと決まったわけじゃないんだけどさ。だけど状況的にはそうとしか考えられない気がするんですよ、これが。だってあの後どうなったのかなんて全然わかんないし。アーシアも死んだっていうよりは成仏したという方が正しいんじゃないかと思うしさ。で、そうなった時に浮かぶのがアーシアの姿だったというか。でまぁ結局、こうして出会っちゃってるというか――なんというかね。それに――まぁ俺の妄想かもしれないんだけど――アーシアって俺に好意を抱いてくれている感じなんですもの。いやでも、俺の妻になったくらいなんだからそれもあり得るか。まぁどちらにしろ嬉しいことではあるんだよな、こういうのはさ。

「それでアーシアは何がしたいんだ?」

俺は改めて尋ねてみることにした。するとアーシアはさらに赤くなりながら――その小さな唇を開く。そこから出てきた言葉はとてもシンプルなものだった。

『私、あなたと結婚したい』

はうっ!? えっ? まさに予想外の一言であったわけだけれど。俺はそんな気持ちを抱えながらも、必死で理性を総動員させていくことにした。そうしないとこの場で暴走してしまいそうだったので。だからとりあえず深呼吸だ! ふぅ〜よし大丈夫、落ち着いてき――

「ちょっと待ってくれ!」

そこで俺が大声で遮るように叫んだもんでアーシアは驚いたようだった。しかしここで引いてなるものかとばかりに食い下がってくる。

『お願い、なんでもしますからっ!』


こうなってしまうと困るのは俺の方であった。そりゃあ男なら誰だって喜ぶだろうしね。ただでさえ可愛い子が自分のために色々としてくれるというこの状況で断る理由なんて皆無というものだ。

――けどね、だからこそ俺はこう思っているわけだよ。

――この娘に甘えてばかりの生活を送ってしまったんじゃ、俺の人格的にまずいだろ! 俺には俺なりにやるべきことがあるんだ。だからこんな所で流されてはいられないんだよ!

「じゃあさ――俺と一緒に魔王を倒して欲しい」俺は自分の目的を伝えることにしてやった。魔王退治と聞いてアーシアは一瞬固まってしまう。まさか魔王討伐の依頼がくるとは想像すらしていなかったに違いない。しかしそこは元女神である。すぐに復帰すると力強く答えてくれる。

『もちろんですっ! 喜んでご一緒させて頂くつもりでした!』

よしっ! これで決まりである。あとはこの依頼をどうやって完遂していくかということを考えなければならないわけだけれども――まぁ今はゆっくり考えるとして、とりあえず今日を無事に生き抜くことを目標に動くしかないよねって話なわけで。

こうして新たな人生の幕開けを告げるのであった。

そして俺と彼女は二人でダンジョンへと向かう。そこには様々な者たちが待っているはずなのだ。

「勇者よ、良くぞここまで辿り着いてくれた」

目の前にいる初老の男――そう、彼こそが先代魔王である。彼は王座の上で威厳たっぷりといった態度を取りながら、ゆっくりと立ち上がった。

――てか、今、何つったよ、おい! 聞き間違いだと信じたいんだけどね、どうやらそうでもないみたいで。しかもアーシアはそんな彼の隣で嬉々として立っているし。なんなんだ、こいつは? そんな疑問を抱きつつも、ここは大人しくしておいた方が無難だろうと黙っていると――

「お前さんが噂の勇者様か」今度はそんな台詞が耳に入ってきた。

俺は声の主を探してみると、そこに一人の中年男が佇んでいる。

「まぁね」と俺。

「そうか、やっぱりな。それで、その横の娘がアーシアちゃんってわけかい?」と俺に視線を送りつつ訊いてくる中年のオッサン。

「ああ、そっちの子はそういうことになるな」と俺が言うと――

「お会いできて光栄です、おじさま」

なぜかアーシアは満面の笑みでそう告げたわけである。そしてその顔があまりにも可愛いものだったんで俺は不覚にもドキリとしてしまったわけだ。

「はっはっは、いいねー若いってのは。で、早速で悪ぃんだが、魔王を倒しにきたってのは本当の話なのかい?」

そんな俺にさらに質問してくる中年のオヤジ。

うむ、これはもう認めないわけにはいかないのかもしれんな。俺の目の前に立つおっさんは紛れもなく初代魔王本人なのであろうということが。

しかし――俺はどういう対応をすべきなんだろうか? ここはあえてスルーするという選択もアリだと思うんだよな。うん、そうだ、それが一番良い方法かもしれない。

俺はそう考えて「まぁ、そんな感じかな」と答えた。

すると初代の目がカッと見開かれていき――

「えっ、マジで言っちゃってるの?」と驚いてみせる。うわぁ〜マジだったよ、こいつ。すげえノリだわ、これ。マジなんだよなぁ、本当に。

俺はため息をつくと「あぁ、本気さ」と答えてやった。

すると、それを聞いていたアーシアが頬に両手を当てていやん♪ という仕草をしているのである。いやはや本当に可愛いんだけどさ。ただ、そんな彼女の姿を見たせいか、俺の中にはとある決意が生まれてしまっていたのだ。

――この女は俺が守る! だって可愛い女の子が幸せそうにしているのって最高じゃん! そんなわけで俺はアーシアのことをチラ見しながら「一緒に戦おうぜ」と言ってみた。そんな俺の言葉を聞いたアーシアは、それは嬉しそうな表情になると「はいっ」と答えるのだった。うんうん、俺もすごく嬉しい。というかテンション上がってきて仕方がない。そんな俺を見て、初代の野郎は「ほぉ〜」と顎に手を当てる。そして何かに納得したように何度も首を縦に降り始めたのだ。そして再び口を開いて――

「あんたは相当なやり手らしいからな。是非とも頼りにさせてもらって良いか?」とか言い出しやがる。う〜ん、その期待に応えることができれば非常に嬉しいんですけどね、俺はさ。しかし現段階で俺にできることっていえば精々が――魔法による支援だけなんだもの。なので俺としては苦笑いをする他はなかったわけですよ。まぁそんな感じのことを正直に話していったところ――なんか勝手に一人で感心されてしまいました。いや、別にいいんですけどね。それで魔王との戦いについて具体的な話をすることになったんだけど――そこで俺は一つ大きな問題を抱えていることが判明したのである。

だってさ、俺の記憶によれば魔王はめっちゃ強いわけですよ。だって俺よりも強かったもんね、あいつさ。てことは今の俺のレベルなんて奴と比べたら天と地ほどの差が存在しているってことになりません? というわけでさ、さっきの話に戻るんだけど――どうにかしてこの問題を解決できないものかと考えているわけさ。うぅん、なかなか難しいよね、実際問題としてさ。でもなんとかしてみないとな、この依頼を達成する上でどうしても乗り越えないといけない関門だしね。そう考えていたところで俺の中にある考えが浮かんできた。

それってレベルを上げて物理攻撃をすれば解決することなんじゃない? ってことさ。だからさ、これから先も頑張って強くなっていけば良いと思うわけ。でも問題は、どのくらい強くなるかってことなわけさ。うんうん、こればかりはやってみなければわからないってことですよね、実際。ということで、

『アーシア、俺と一緒に魔王退治を頑張ろう』

まずはその意思を確認するために彼女に声を掛けた俺であったのだが――

『はいっ、一生懸命がんばりますっ!』という可愛いお返事が頂けたのであった。

俺はそんなアーシアを見つめつつ『あぁもうこの子はほんっとうに可愛いよなぁ』と心の中だけで叫ぶのであった。

『あぁもうこの子ってばホントに可愛くてどうしようもないよなぁ〜』という脳内の声がつい漏れてしまう今日この頃である。いやさ、このアーシアという女の子がめちゃくちゃにかわいいんですよ。

そりゃあさぁ、あの時、初めて会った時なんて天使そのものみたいな存在でしたよ? そりゃあそうでしょ! あんなに可愛かったら誰だって惚れてしまうってもんなんじゃありませんかね。それなのに今ではすっかり美人さんになっちまったというか――。

『えっへっへっ、綺麗になり過ぎちまってよぉ。参ったよ、全く。もう俺を虜にしすぎだぜ。この小悪魔さん』

こんなこと本人には絶対言ってやらんけどね〜。

「勇者よ、どうしたというのじゃ?」

突然そんな風に話しかけられてハッとなる俺。いやいやいや、どうやら無意識に変なことを口にしていたようです、ハイ。俺は慌てて笑顔を作り直してから、なんでもないんだという風な態度を取り繕うことにする。しかし初代魔王は「ふむ」と言うと、顎の髭を摩りながら「悩み事なら相談に乗らぬでもないぞ」と言葉をかけてきたのである。

俺がそんな彼に対してどんな返答をしたかと言えば――

「ああ、ありがとうな。だが、これは俺自身の力で解決しておかなくてはいけないんだ」

まぁそんな感じのことを伝えたんだよな。しかしそこで彼は何かに気がついたかのように手を叩くと――

「あっ、もしかしてあれかい? ひょっとして嫁さんのこととか悩んでたりする?」なんてことを口にしてきたのである。いやいやいや、待って欲しいな。いくら俺が若返ってしまったとはいえ、その歳でそんなことまで知ってるって、どんだけだよ! と思わずツッコミを入れそうになってしまう。しかし俺は何も答えられずにいると、

「やっぱり図星か」と彼は笑っていたのである。

俺は彼の洞察力の鋭さに驚かされてしまったのであった。そんな彼に「いやはやお見事」とおべっかを言うしかないのが悲しいところであったわけです、はい。

「俺には息子と娘がいるんだがね」そんな俺の反応を見て彼は嬉しそうに語り始める。そして自分のことを魔王ではなく父親であると口にするようになっていた。俺は彼が何を言い出したのかわからず呆気に取られているわけなのだけれど――そんなことは関係無しに彼はどんどんと話し続けていく。俺はそんな彼の言葉を大人しく聞くことにしました。

すると――

「どうせ俺の嫁さんはとっくの昔に死んでるからさ。息子の面倒を見てくれていた婆さんがいなくなってしまったんだよ。そしたらその息子の奴がね――俺が魔王になってしまったからもうここには戻れない、って言ってきたんだ。いや、それだけじゃなくて孫の顔も見られなくなったってわけだ。まぁそういっても血の繋がった親戚とかはいるんだけどね」

と彼は寂しげな顔を浮かべるのだった。

その話を聞いた俺は少しだけ同情してしまうわけで。なんつーか、こうさ、家族を失った気持ちっていうのは辛いものだよね。そのせいか俺は自然とこんな言葉を吐いていたのである。

「もし良かったらさ、あんたのその願い、俺が叶えられる限りは手伝ってやっても良いんだぜ」

俺がそんな提案をするのを聞いて驚いた様子の初代魔王だったが――すぐに笑みを作るとその顔に喜びの感情を表すことになる。

「ありがとよ。でもお前さんはまだ若いだろう? こう見えても俺も歳を取ったわけだからさ、あと十年も生きられないようなもんだよ」

初代魔王の言葉を受けて俺は首を傾げるしかなかったわけなんだよ。そんな俺の疑問を感じ取ったのだろうか、初代魔王は「俺は病気なんだよ」と言ってから「余命宣告を受けているんだよ」と続けて口にしたのである。そして彼はそのまま言葉を続けていったのだった。

「でもってさぁ、俺はその時間を使ってやれることは全部やってきたつもりなんだ。まぁそれでもまだやり残したことがあると思ってる。俺の人生はこれからだ。これからの世代が楽しく生きていけるように、今よりも良い世界になるようにしておきたいわけよ」

そこまで語ったところで俺と視線が交差する。すると俺の目の中に何かを見た気がしたらしく「ほう」と感心したように目を細めていったのである。俺はそんな初代魔王の顔をマジマジと見てしまっていたわけなんだが――そこにある瞳の中には、この世界を憂う色が強く存在しているように思えたのだ。

――俺はこの人に何かできるかもしれない。そんなことを感じたのである。そこで、俺の中にある知識の中から使えるものを選別することにした。その中で最も役に立ちそうなもの――それは――

『俺、実は勇者なんですよ。これ、名刺代わりにどうぞ』

俺の差し出したものを眺めると、初代は目を見開いて驚きを見せるのだった。それから俺に何かを言いかけようとするのだけれど、そこで「失礼します!」という声が聞こえてくる。そして部屋に入ってきた人物はアーシアちゃんだったのだ。

初代がアーシアの存在を認識すると、

「やぁ、アーシア嬢ちゃんじゃないか。相変わらず元気そうだねぇ。おっ、それにリリスちゃんにメイサもいるじゃんか。おひさ〜。みんな変わりない?」などと気軽に挨拶をしてみせた。その瞬間に俺の中で閃くものがあり、

『あっ、魔王様のサインとか欲しいかも。これ名刺代わりになるんじゃないか?』という考えが思い浮かんできたわけでございます。いやぁもう我ながら素晴らしいアイディアだと思いませんか!? うんうん、これを思いついた俺はきっと天才なんじゃなかろうか。なので早速行動に移すことにする。

『はいこれ、どうぞ!』と、さっそく俺が紙に文字を書き殴ってみせると――それを見ていた二代目魔王は吹き出していた。俺は『なになになに? そんな面白いことがあったの?』と言いながら近づいていくと、初代は俺の手の中を覗き込むようにして確認していく。そこには「俺って実は勇者なんですよ〜」と書かれており――それを読んだ彼は腹を抱えて爆笑している。いやいや、確かに冗談半分に書いてしまったのは認めるけどさ。さすがに笑い過ぎじゃないですかね。でもまぁそういう反応されるかなと思っていたりもしてたんですけどね。

でもさ、でもさでもさ――俺はそんな彼に向けてこう言ってやったわけよ。

『いやいや、これが意外とウケるかもしれなかったりしません? ほら、これでも一応、俺って勇者だし』ってな感じでね。俺としては軽いノリで言っただけだったんですけどね。まさかこんなに大受けになるとは予想外でした。でも、うん、これは良い傾向ですよ。

俺はその後、初代と話をしつつ、そこにアーシアちゃんたちも加わり――今後の計画を二人で考えることになった。

その結果として出てきたものは――

『初代魔王の遺産の回収ってどう思う?』

『うむ、それは悪くないな』

『だろ? だってさぁ、俺には勇者の力もあるんだしさぁ。こういう時くらい、いい思いをしても許されるっしょ! な! 魔王!』

という具合であったわけなのだ。いやもう完全に面白そうな雰囲気しか出てこなくなってきたってなもんですよ! はぁあああああ、楽すぃー。俺にはもう怖いもんなんか何一つ存在しないんだよ。そんな風に俺は思ったわけだ。ま、そのせいかちょっと油断してしまいました。それが俺の運の尽きってヤツなのでしょうか――。


* * *

ダンジョン最下層から地上に戻る途中、俺がふと振り返るとそこは真っ暗だった。何も見えないほど暗いわけではない。だけど薄暗く光に照らされた壁があるだけなのだ。まるで俺たちのことを拒んでいるかのようなそんな光景を前にし、俺は息を飲むのであった。そんな俺は――

『こんなことがあって良いはずがないっ、どうして俺がこんな目に合わなければいけないんだ』という強い憤りを感じ始めていたのである。そして俺はこの世界の理不尽さを嘆いていた。しかしそれと同時に、俺の心に湧き上がってくるものもあったのであった。

「ふざけんなっ!!」

俺の心の奥底から出たその叫びは闇夜に響き渡るのだった。しかしそんな怒りの声に返事が返ってくることはなく、ただ静寂だけが周囲に広がっていた。そんな空間の中で、ふいに誰かの視線を感じる。しかし俺が周囲を見回してみても、誰の姿もない。あるのは漆黒に塗りつぶされた壁と暗闇だけである。

しかし俺はその感覚に覚えがあったのである。なぜなら俺には見えているからだ。目の前に佇む少女の姿を、しっかりとその視界に捉えることができたからである。それは白い肌を持つ金髪の少女であり――しかしどこか見知った顔でもあるように見えたのだった。俺は彼女に声を掛けてみる。するとその少女が口を開く。

『勇者よ、貴様には選択肢をやろう。私と共に来るのか。それともこのまま朽ち果てるかをな。だが、もしも私とともに来るなら、私が望むだけの富を与えよう。さすればお前はこの国を手に入れることができるだろう。もっとも私はそんなことなど望んではいないのだがね。だが、それでも――その選択を強制するつもりはない。決めるのは勇者、お前自身である。さあ、お前の好きな方を選ぶが良し。どうするかは自由なのだ。だから――選べ、さもなくば死ね』

そう語りかける彼女の声はとても冷たく感情など宿ってはいなかった。そして俺の返答を待つこともなく消えてしまう。俺の前に残されたものは沈黙と暗闇だけだ。すると俺の隣にいた初代が『さっきの子、可愛い娘だよね。名前はなんていうの?』と言ってきた。その質問に対し俺は「えっと、名前までは知らないんだけどね」と返すと、

『そうか。ところで君にお願い事があるんだが良いかい?』と、彼は俺に向かってそう言ってきたのである。すると俺は、

「もちろん、できることであれば何でも協力させていただきます」と、そう答えていた。そんな俺の言葉を聞いて初代が嬉しそうに笑みを浮かべる。その顔を見た俺は少しドキリとするのだけれど、そのせいで顔の温度が急上昇した気がした。まぁそれも仕方ないだろうね。こんな美少女にあんなことを言われたら誰だってこうなるってもんですよ。はい。ま、俺は勇者なんだからこれくらいで動揺するようなことはないんですけど。

そんなことを考えつつ初代の話を聞く。なんでも彼の孫――つまり俺にとっては曾孫にあたる子――は病気らしくってさ。

『余命が半年しかないんだよ。だからさ、その子のために俺に出来ることは全部やってやりたいんだよ』

と彼は口にする。そして「それに俺はもう歳だからな」と言って自嘲気味な笑みを見せていたのだった。俺と二代目魔王はその願いを聞いてやることに決めたのだった。それからすぐに彼は眠りにつくことになる。その身体はすでにボロボロになっており、寿命もそれほど残っていないのだという。俺はそんな彼に別れを告げるために魔王城へと戻ることにした。そして転移魔法を発動し、その瞬間、

「あれれ、ここはどこでしょう」

とアーシアちゃんの声が聞こえてきたのだ。俺も彼女も周囲を確認してみるのだけれど、そこには見慣れない景色が広がっていたのである。どうやら魔王城に転送されてしまったらしい。そして俺はそこで意識を失ってしまう。次に目が覚めたのはそれから三日後のことであり、初代魔王の容体が急変したことを知ることとなる。そしてその事実が伝えられたのは翌日のことだった。初代は最期の瞬間まで俺の側を離れることを拒んだのだ。そして俺の手を強く握りしめながらこの世を去っていったのである。

初代魔王がこの世界から去った次の日に、リリスとメイサの二人がやってきて、俺は彼女たちに全てを託すことにした。そこで二代目魔王との会話を思い出した俺は『あのさ、この世界は本当に大丈夫なのかな』と訊ねる。

『どういう意味ですか』

『この世界を救おうとしてくれた初代がこの世からいなくなった以上、他の誰かが代わりになるべきじゃないのかなって思ったりしてさ』

『そうですね』

『それで、リリスたちはどうしたいと思ってるのかなぁとかさ』

俺がそんなことを言うと彼女は目を細めていった。そしてしばらく思案したあとにこう言ったのだ。

『そうですね。確かにこの国は初代様が治められていた頃の方が良い場所だと思います。しかし今はもう変わってしまいました。先代がお亡くなりになってから様々な問題が浮上してきて――今ではこの有様です。このままではいずれ滅ぶのではないでしょうか』

そんな彼女の話を聞き俺は「だよなぁ」と言葉をこぼしてしまう。俺の知る限り、この国の民たちの中には不満を募らせている者たちが多くいるように思える。しかし彼らの生活を支えているのは、ほかでもない俺だ。彼らが日々の生活で満足しているならば、わざわざ波風を立てる必要はないと思っていたのである。だが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。やはりこの国の未来を考えると不安でならないのだ。だから俺は――二代目にすべてを譲渡することを決意したのであった。俺がこの世界に召喚されてから約十か月。短いような長いような不思議な時間だったけども、それなりに楽しい経験も出来たと思う。でもさすがに終わりにしよう。これ以上続けると俺の精神状態もおかしくなりそうだった。なので俺は――この世界を二代目に譲ることにする。それが一番良い選択だと俺は思うから。

その日から俺の仕事は大きく変化することになった。俺が今までにしてきた仕事をそのまま引き継いでもらわなければならないからだ。俺はダンジョンの運営に関しては二代目と相談しながらやることに決めると、まずはこの世界の経済や法律についての勉強を始めることにしたのである。ちなみにこの国では通貨というものは存在しないのだけど、代わりに貨幣単位なるものが存在していた。その名は『円』といい、その硬貨は日本と同じ価値を持っているようであった。俺は早速この世界の貨幣を手に入れて換金する必要があると思い立ち――

「アーシアちゃん。ちょっと一緒に来てくれる?」

『あっ、私もその件でマスターに報告があったのです。ちょうど良かったのですよ』

『そうなんだ。でもとりあえず俺と一緒に来てもらえる?』

『はい! 喜んでなのですよー!』

という具合に彼女と行動を開始する。その最中、俺はあることに気が付くことになるのだ。アーシアの髪色が変化していっていたのである。銀色の髪をしていたはずなのに、今では真っ赤に変わっているのだ。そのことに気づいた俺は「うわっ、何それ!? 綺麗!」と声を上げてしまったわけなのだが、

『んふふふふふ~っ。嬉しいのですよーっ。えへへへぇ、もっと褒めちゃっても良いんだよ、なのですよっ♪』

と言って彼女が満面の笑みを見せる。俺もつられて笑い返してしまったほどに、その顔が可愛かったのである。そんな感じでダンジョンの入口前までやってきた俺は――そこで初めて自分が異世界に来てしまったことを実感するに至る。その目の前には俺がよく知っている建物が聳えたっているからだ。しかしそれは明らかにおかしいことだった。なぜなら俺はここを知っているからである。

それはまるでアニメの中に出てくるような大きな洋館のような外見をしており、入り口前には西洋鎧を身につけた二人組が立っていた。俺はそんな彼らと軽く挨拶を交わして建物の内部へと進んでいく。建物の内部はとても広く、俺の足音が響くほどの静けさがあった。しかし人の気配だけはあった。おそらく多くの者がそこに住んでいるのだろうと思われたのである。そんな建物の中を歩いていくうちにとある部屋の前にたどり着く。そこの扉は他と比べて一際大きく、その周囲には厳つい男たちの姿もあった。そんな場所に近寄っていくと一人の男がこちらに向かって歩み寄る。彼はその男に用事があることを告げる。そして中に入らせてもらうことになった。

その部屋には豪華な調度品が数多く並べられており、奥にあるテーブルの前には金髪碧眼の少女の姿がある。その隣には銀髪の女性も立っているのだが――

俺はそこで言葉を失ってしまう。なぜってそれは――少女の姿を視界に入れたことで、見知った女性によく似ているという印象を抱いたからだ。さらにはその女性が身に着けていた衣類を目に入れることで、俺が今置かれている状況を確信するに至った。だってその服に見覚えがあるしね。俺はそんな彼女に対して――

「君は――メイサさんか? それにリリス――だよな」

俺が二人の名前を口にすると二人は笑顔でこう言ってきたのである。

「はい」「もちろんなのじゃ」と――

「はぁ、やっと帰ってこれたぜ」

そう言って玄関の前でため息をつく。その日は俺の帰還を祝うためのパーティが開かれることになったのである。といっても主役はあくまで勇者の俺ではなく魔王である。俺はあくまで補佐的な立場であるようだ。ま、そりゃそうだよね。魔王の就任祝いなのだから、主賓として君臨するのは当然のことである。俺は魔王になったわけではないのだし、俺が主役の座に就いてはいろいろと問題が生じるだろうと思った。だから素直に引き下がったんだけどさ、

『勇者さまー! 今日は私の誕生日でもあるんですよー!』と言ってアーシアちゃんが俺に詰め寄り、「せっかくだからお料理を作ってくれませんか!?」と瞳を輝かせていたのだ。そして「あーちゃんも作るの手伝うのじゃ。ほれっ、さあ行くぞ」と彼女に引っ張られていく俺の姿を見届ける者たちがいた。二代目魔王と三代目リリスである。そしてその二人の後ろには大勢の魔族が並んでいる。その数たるや五十人を超えていたのだ。

そして俺は厨房へとやってくると――

そこでアーシアと二人で仲良く夕食を作ることにした。そうして作った料理を食べつつ、皆に酒を振る舞った。そんな楽しい時間を過ごす中で俺の心は穏やかになっていた。もう何もかも忘れてしまいたいくらいだったよ。そう思いながらも――やはり頭の片隅からは、どうしても離れない人物の顔を思い浮かべてしまう。俺がこの世界に呼ばれたときに出会った女勇者と魔女の顔を。俺が初めてこの世界で出会い、恋した女性の顔を。

「勇者殿」と俺のことを呼ぶのは三代目魔王であり初代魔王の娘だと言う彼女だったのだ。

「はい。なんでしょうか」と答える。その瞬間、彼女から鋭い視線を感じたのだけれど「いやな、おぬしに伝えておくことがあるのだ」と彼女は言ったのである。

「なんですかね」

「初代様はな、亡くなる寸前に余のところにやってきて言ったのだ」

彼女はその時に初代魔王が口にした言葉を俺に伝えた。それは『二代目魔王はきっと初代魔王の遺志を継ぎこの国をより良き国にしてくれるだろう』というものだったらしい。俺は「そっか。初代も二代目のことを気にかけていたんだ」と言った。しかし初代はその後でこんなことも口にしたのだ。

『だがあの二代目では、この国を変えていくことはできないかもしれない。だがそれでも私は彼に賭けたかったのだ』と。

それから俺は二代目に呼び出されると、魔王城に引っ越しをするよう命じられた。そして二代目はリリスとアーシアを連れてくるように俺に命令したのである。どうせなら全員一緒に住みたいという理由からだった。

そうして俺は魔王城の敷地内に建つ一軒家で三人と同居生活を送るようになる。彼女たちとは毎日のように顔を合わせ、食事の時間なんかも同じ卓を囲んでいたりした。そうやって暮らし始めた頃は本当に幸せだったのである。

だけど――俺は気付いていなかったのだ。この国がどんな状態にあるのかということを。そしてある日を境にその異変に気が付き始めていった。この国の財政が悪化の一途を辿っていたのである。初代の代から蓄えてきた膨大な資産を使って、この国はなんとか生き延びてきていたわけなのだが、初代の死と共にそれが失われたのだ。つまりこの国は初代の遺産に依存しながら、この十年余りを過ごして来たのである。それが先代の死後、急速に崩れ始めたのだ。そして二代目は『このままだと遠からずこの国は崩壊する』と考えたらしく――

この国の現状を改善させるための策を打つべく立ち上がった。しかし彼女の手腕では国の経済状況は好転しなかった。むしろこの国には他国からの移民たちが流入してくるばかりである。しかもこの移民たちの大半が借金漬けの状態である。二代目は彼らを救う為にあらゆる施策を打っていたようであった。しかしそれもうまく行かなかったのであろう。彼女の元には連日連夜苦情が押し寄せていたのである。俺はそれを目の当たりにして思ったのである。これはもうダメだろうと。俺はもう見ていられなかった。

俺はこの世界に召喚されて約三週間後、アーシアと三代目のところへ向かったのである。俺はこの国を二代目に譲りたいと二代目に告げた。二代目はすぐに理解を示してくれて――

俺はこの国から旅立つことを決意するに至った。

「はぁ、結局こうなるんだよなぁ。分かっていたことなのにな。この世界に来て俺は変わっちゃいけない部分を自分で壊しちゃったわけだ」

「どうされたのですか、マスター?」と声をかけてくれたのは、いつの間にやら隣に立っていた三代目の魔王リリスである。そんな彼女に俺は苦笑いを見せると、

「いや、ただの愚痴みたいなものだから」

「愚痴ですか。ならば私が聞くのですよ。ほらほら、マスターの胸で思う存分吐き出すと良いのです」

と言ってリリスが俺の腕を掴むと、強引に引き寄せたのである。その結果俺の腕が柔らかい感触で包まれることとなった。そして俺が腕に視線を向けると同時に、俺を見つめる彼女と目が合うことになる。そこで彼女は頬を赤らめ、恥ずかしそうに身を縮めてしまった。そしてそのままの状態でモジモジとし出すと、「あううぅっ。うにゅ、にゅぅ~っ。うにゃっ!? わっ、わふぅっ! ななな、なんでもありません! 今のは違うですっ!」と言い出した。そんな彼女に「うん。よくわからないけど分かったよ。じゃ、そういうことにしておくよ。それよりもありがとうね、いろいろ助けてもらったみたいで」と告げると――彼女に向けて頭を下げたのである。

「わふっ!? にゃ、にゃんのことです!? そんな、別にわたしはマスターの為とかじゃないですし! えっとええええええ、とにかくそんなの全然まったく関係ないですよ!」と言って慌て始める。俺はそんな彼女を見て思わず微笑んでしまう。そうすると彼女はまた慌てて――という感じで俺達の間には穏やかな時間が流れていた。しかしそこに新たな人物が割り込んでくると、

「むきー!! どうしてリリスがここに居るんですか!!」

と言って三代目は俺の元からリリスを引っぺがしてしまったのである。

「なんじゃとー? わらわがいて悪いのか? そもそもリリスこそなんの用があってここにやってきたのじゃ? まさかまた余の手伝いをするつもりではあるまいのう」

「それはこっちのセリフなのですよー! 私の許可なしに勝手に魔王になられてしまって! おかげで私の勇者さまに会えない日が続いたせいか、体調まで悪くなってきたのに、責任は取ってくれますよねー!?」

なんてやり取りが始まるのであった。その光景を見た俺は「仲良さそうだな、君たち」と口にして二人の頭を撫でていたのである。そんな時だった。俺の元に一人の男性が姿を現した。彼は俺に挨拶をした後、三代目魔王と初代魔王が遺してくれた資産について語り、そして『二代目魔王が勇者様にこの資産を譲り渡すと言っていたことを思い出した。もし必要な時は私に連絡をください。喜んでお力になりましょう』と俺に手渡したのだ。俺はそのお金を貰っていいのだろうかと疑問を抱いたものの――『どうぞお受け取りください』という男の声が聞こえてきたような気がした為、遠慮なく頂戴することにしたのである。

ちなみにその時は男が俺のことを見ていないタイミングだったので――「ありがたくいただきました」と告げたのだ。

それから男は俺に言うと去っていった。『私はまだこの国の改革の途中ですので』と言って。そこでリリスと三代は喧嘩をやめて俺のことを見てくる。俺は苦笑しながら、

「じゃあ今日はこの辺りで失礼することにするよ」と言ってその場を離れた。

それから数日が経ち、俺達はとある町へとたどり着いた。そしてその町にある宿の食堂で食事を取っていた。その席で俺はアーシアに話しかける。彼女はこの国の現状に対して不満を抱いている様子だった。なので俺は彼女にこの国から出ていこうと思っていると告げ――アーシアも一緒にこの国を出てくれないかとお願いしてみた。アーシアはその申し出を受け入れてくれると、俺のことを応援してくれているのだと伝えてくれ、俺は嬉しくなって彼女の手を握ったのだ。すると――

リリスが俺の手を握ってくると、それをアーシアは羨ましそうに見ていたので俺はアーシアの手も握ったのである。

そんなこんなで楽しい時間を過ごしていた俺たちだったが――そんな楽しい時間は唐突に終わりを告げることとなる。突如店の外に巨大な火柱が上がったのである。店の中に居た人たちも突然の出来事に悲鳴を上げる。

「なんだ一体?」と俺は立ち上がり窓の外を見る。そうして見えたものは大きなトカゲのような生き物だった。そしてそれに乗っている人影は俺もよく知っている奴だった。そいつは以前出会ったときと同じように、フード付きの外套を羽織っていた。

俺がその姿を見止めると、その人影はこちらに向かって手をかざしてきた。次の瞬間には炎の槍が飛んできたのである。俺は「チッ」と舌打ちをするなり椅子から立ち上がった。そしてリリスの方に目を向け、

「逃げるぞ」

とだけ口にして駆け出す。その時にはもうリリスたちは外に出ようとしていた。だがしかし外は人でごったがえしており思うように進むことが出来ないでいた。そこで俺はリリスを抱きかかえると、魔法を発動した。『転移』である。

そして俺たちは一瞬にしてその町の外へと移動する。その直後だった、先ほどと同じ魔法による攻撃を受けて建物の一部が倒壊したのだ。それを見て俺はリリスを地面に下ろし、

「おい。大丈夫か?」と声をかけた。するとリリスが、

「はいなのです。それより今のはマスターを狙った攻撃なのですか!?」と声を上げてきた。それに対して俺は「多分な」と答えると――リリスは不安げな顔になる。だから俺は彼女を安心させるべく笑顔を見せながら、

「とりあえずこの場から離れることにしよう。ここに居るのはまずいからな」と口にしたのである。そして俺たち三人はそのまま走り出したのだった。

俺は町中から離れたところへやってくると、周囲を見渡し追っ手がかかっていないことを確認した。そしてリリスとアーシアが無事であるのを目にし――俺は安堵のため息を吐いていたのである。そしてすぐに俺は『千里眼の指輪』を使用し、この町の様子を窺った。すると案の定、先ほどの人物が現れていた。

そして彼はこの世界の言葉とは違う言葉で何事かを叫びだすと、周囲に無数の魔法陣が出現した。その光景を見た俺は――この世界の人間はあれが見えないのかと驚いたのだ。その魔法の効果は凄まじく、瞬く間にこの世界は地獄と化したのである。建物が次から次に爆発していく様が見て取れ、人々の断末魔が響き渡る。そんな中で、

『勇者殿!!』と大声で叫ぶ人物の姿があった。そう初代魔王だ。彼が俺の名を呼んだのが分かると、俺は彼に声をかけてみた。そうすると初代は驚きながらも、

『やはりこの世界にいらっしゃいましたな。さすがは勇者どの! それに二代目魔王と三代目魔王も一緒でございますかな?』と訊ねてきたので、俺は「はい」と答えたのである。そして俺はこの世界を救う為に、先代魔王に協力を仰ぐことに決めた。俺は初代魔王に向けて、今起こっていることについて話し始めた。すると彼は顔を青ざめさせて、俺の話を聞いてくれたのである。彼は俺にこう言ってきた。

「分かりました。どうか我らにお任せくだされ」

俺は彼に全てを任せることにした。それから俺は三代目とリリスに目をやり――

「君たちも俺と一緒に戦ってくれるか? 無理強いはしないけど」と口にしていたのだ。すると二人は「当然です!!」「当然ですよ!!」と言い出し、共に戦うことを決意してくれたのである。そんな彼女達を見ていて――改めて自分が守りたいと思える人が出来たんだということを実感することができたのであった。

こうして三対一で謎の人物が操る化け物を相手にすることになったわけだが――状況は不利極まりなかった。敵の強さが桁違い過ぎるので相手にはならないのだ。そこで俺は作戦を考えた。まずアーシアが相手の注意を引く役目を担うことにしたのである。彼女は敵に気づかれないように接近すると――剣を抜くと同時に魔法を放つ準備に入るのだった。

俺はその様子を眺めつつ、もう一人の敵の足止めを担当することになる。そこでリリスに視線を送ると彼女が何かに気づいたようで俺に合図を送ってきた。そうして俺とリリスはそれぞれ左右に展開を始めることになる。俺は初代魔王に視線を向けると、彼の前に結界を張るように指示を出すと、自身は上空に向けて『火炎嵐(ファイアーストーム)』を放ち始める。

一方、初代の方も俺の意図を理解したらしく俺とリリスを囲うようにして結界を張ってくれたのだ。俺の放つ魔法の威力は強すぎて味方まで巻き込みかねないので、こうして隔離するしか無いという訳である。そしてそんな状況下で俺達を攻撃してきた敵がいたのだけれど――それはリリスによって阻まれることになった。彼女は魔力で盾のようなものを作るなりそれを使用して、敵の攻撃を防いだのである。

俺と彼女の活躍によりどうにか被害を抑えられたのだが――しかし状況は変わらず俺達が押されていた。そこで俺は初代と三代目に対して、一旦引き返すことを提案したのである。このまま戦い続けていても勝ち目は無いからというのがその理由だったんだけど――

俺の提案に対して初代は難色を示したのだった。どうやらここで逃げたら魔王としての権威に傷がつくとかそういった理由らしい。でも俺としてもこれ以上の被害が広がることを避けたかったし――そもそも俺はこの世界を救うためにここにやってきたのだ。魔王だからといって他の人達を犠牲にするのは気が引けたのである。だからこそここは譲れなかったので、「頼む」と言うしかなかったのだ。その言葉に三代目魔王も渋々ではあったが応じてくれて――どうにか撤退に成功したのだ。

ただその際に、二代目だけはその場に残り敵を食い止める役を買って出たのだ。俺は「危険だから戻れ」と伝えたのだけれども――彼は頑なにそれを拒んできたため、最終的には折れる形で彼と行動をともにすることとなったのであった。そして俺たちが撤退する間も町への攻撃は続き、多くの人が犠牲になっていたのだった。

そうして町を抜け出したところで再び俺達は敵に遭遇したが今度は敵の方がこちらの動きに反応しきれるような状態ではなかった為――何とかその場は逃げおおせることに成功したのである。そんな俺達に二代目魔王が話しかけてくる。彼は先ほどの戦いでかなりのダメージを受けたらしく顔色も優れていなかったのだ。そして俺が二代目に回復魔法をかけようとすると、彼はそれを拒否した。

「私はもうダメだ。だが勇者よ、この世界を救ってくれ!」と言って――彼は俺に全てを託すと言って亡くなったのである。そんな彼に手を合わせた俺は涙が溢れ出してきた。そして俺は二代目の遺志を継ぐ決意を固めた。そしてその日を境に俺達はこの国を出ることを決めたのである。そして翌日になると――俺は仲間と共に旅立ったのだった。その道中にてリリスが、

「マスターは本当にあの人のことが好きだったんですね」と口にし、その横では三代もウンウンと首を縦に振っていた。それに対して俺は、

「そうかもしれない。まぁもう二度と会えないとは思うけど」と答えるとリリスが悲しげな顔をするので、そんな彼女の頭を撫でながら、

「そんな顔するな。それにあいつは最後にこの世界の未来を案じてくれたからな」と言ったのである。そして俺は「この世界を救いにいくぞ」と宣言し、この国を去ることになったのだった。

◆◆◆

「勇者殿。ご苦労様です」初代魔王が俺に向かって話しかけてくる。俺はその声にハッとなって振り返った。彼は俺に向かって微笑みかけてくれている。それを見た俺は「あ~なんだか随分と懐かしい夢を見ていたみたいだ」と答えた。そう口にするとリリスが俺の顔を見ながら、

「ふぇえ~。マスター、泣いていますですよ?」と口にしてきたのである。

「えっ?」

リリスに言われてから頬に手を当ててみると、濡れていた。だから俺ってば泣きながら寝ていたのかと思ってしまったのだ。しかし、すぐに思い直すと、

「まさかこの歳になって泣けるようになるとは思わなかったぜ」と口にしたのである。すると三代目が、

「えっ!? 私にはいつも泣いていたように見えましたけど? あっ――」と口にし、そしてリリスがジト目になるのを見て慌てて口を手で塞いでいたのである。その光景を見た俺は、

『ああ、平和な世の中になったなぁ』と心の中で思った。するとリリスが俺の手を取り、

「マスター、今日はゆっくり休むです!」と笑顔で言ってきたので、「そうだな」と答えて俺は宿屋に戻ることにする。そうして俺とリリスと三代目は魔王城へ帰還することになったのである。

「ただいまーっと」

そう口にして俺は宿へと戻って来た。そうするとリリスと三代目は部屋に戻っていき、俺は一人風呂へと向かったのである。ちなみにリリスは、

「今日は三人一緒のお布団で眠ってもよろしいですか?」

と言ってきて、俺は思わずニヤケてしまった。だってさ、普段は恥ずかしがり屋なリリスがあんな風に言ってくれたら誰だって嬉しいだろ。というか、リリスも成長したんだなってしみじみ感じてしまうよな。だから俺は二つ返事で了解し三人揃って眠ることにしたのだ。そうしているうちにアーシアも部屋にやって来たが特に会話することなくそのまま眠りについたのである。で、翌日となったわけだが――俺は目を覚ますと真っ先にリリスと三代目の姿を探すことにした。そして彼女たちはすぐに見つかったのだけれど――二人ともなぜか部屋の隅っこにいたのである。だから俺は二人に声をかけようとしたところで動きが止まってしまったのだ。何故なら二人は抱き合いながら気持ち良さそうに眠っているところだったので、俺の頭の中には二人の絡み合う姿が浮かんでしまい悶絶してしまったのである。なので、しばらくの間その場で身動ぎする羽目になってしまったのだ。それから俺は心を落ち着かせると――まずリリスにおはようと言い、三代目にはアーシアを起こしてくれるように頼んだ。そうするとリリスが嬉しそうな顔をして、「マスターおはようなのです!!」と飛び込んできたのだ。そんな彼女に対して俺も笑顔を浮かべつつ抱きしめ返したのだが、するとアーシアが起きて来て、

「あら、お早いのですね」なんて言うもんだから、俺としてはどう対応していいのかわからなくなってしまった。だけど俺は気まずいと思いながらもどうにか言葉をひねり出すと、リリスに着替えを手伝ってもらって朝食を取るために大食堂へ向かうことにしたのである。

その後、大食堂で食事をしていた時のことだった。突然、魔王城にいるメイドたちから緊急招集がかかることになる。その知らせを受けた俺は何が起きたのだろうかと不思議に思いつつも大急ぎで彼女達の下へ向かったのであった。そして会議室に到着するなり、俺は驚きを隠せなかった。なぜなら――

そこには先代の四天王と、先日の騒動を起こした張本人である魔王の姿があったからだ。先代の方は、

「よく来てくれたな。勇者どのよ。そして皆の衆よ」と言ってきたが、それに対して三代目は「魔王さんはどうしてここにいるのです? まさかまた私たちを罠に嵌めようと――」と言いかけたところで先代の拳が飛んできて彼女は地面に転がるのだった。すると先代が、「余計なこと言わないで良い! というかなんでこっちの質問に答えてくれないんだよぉ~」と言って涙目になってきたのである。すると、そこにリリスが歩み寄り、

「魔王さんがここに来たのはどういう理由なんですかね? もし宜しければ教えてくださらないでしょうか?」と尋ねると――魔王はその問いかけに対してしばらく考えた後に話し始めたのだった。それはこの場にいる者だけしか知らないはずの情報についてだった。

どうやら魔王はこの世界にやって来てからずっと俺たちの動向を調べていたらしく、その情報を仲間に伝えていたというのだ。そうする事によって仲間同士の戦いを止めることができたらしく、さらに俺の仲間になることについても賛成してくれていたのだという。そして今回の事件が起きる少し前になると魔王自身が俺に接触してきてくれていて――その時にこの国の情勢や、そして今の世界のあり方について色々と話を聞かせてくれたのだと言うのだ。だから彼は魔王としての権限を利用して今回の事件を起こすことにしたという事だったらしいのだ。そう聞くとなんでわざわざ自分で起こした事件の真相を教えに来てくれたんだろうかって思うけれど、多分俺達を信頼してくれたからじゃないのかと思う。そして俺は先代魔王に「ありがとう」と礼を口にする。

「ふっ。礼など必要あるまい。それに勇者よ、お主のおかげでこの国は救うことができるかもしれぬのだ。むしろこちらが感謝したいくらいだ。そしてこの国に危機が訪れていることを教えてくれてありがとう。この国が救われた暁には必ず報いよう。約束する」

と言ってくれるのだった。

俺は初代魔王との話を終えると魔王城の謁見の間まで戻ると、そこで仲間たちと共にこれからの方針を決める会議を開くことになったのである。ちなみに今回は初代は不在だ。だから俺は二代目に意見を求めると彼はこう切り出したのだった。「我々に残された時間はそれほど多くはありません」と言ってきたのだ。そして彼がいうに、俺の魔王としての力が不安定になっているので、いつ力を失うかわからないと言うことだったのである。

俺の力が失われるとこの世界にもその影響が波及しかねないので、それをなんとか食い止めるために俺に負担をかけないためにも、魔王城は一度休眠モードへと移行しなければならないという話なのだ。そのため魔王城は地下に潜ることになり地上部は完全に崩壊してしまい、俺達の住居もこの王都から離れた別の場所に移転するという計画があるのだと言われたのであった。そしてそれが終わればいよいよ最終決戦へと向かう事になるのだそうだ。俺としても覚悟は既に出来ているためその言葉に対しては反対しなかった。すると初代が口を挟んでくる。

「勇者よ、少し待ってくれ。貴公はこのままこの地を離れてしまうつもりなのか?」

すると三代目は驚いた表情になり、俺の顔を見る。そして俺はそんな彼女の方を見ながら、小さく頭を横に振った後で口を開いた。

「そのつもりだよ」

その言葉を聞いたリリスと三代目は悲しげな表情になるもすぐに納得できないのか反論しようとしてくる――そんな二人の前に手をかざして静止させた俺は、そのまま初代に向かって言葉を続けたのである。

「二代目、あなたには魔王としての役割をきちんと果たしてもらう必要があると思います。それに魔王は初代が相応しいとも思っているので、俺はあなたの傍に残りたいと思っています」と俺が口にすると、三代目も何か言いたそうだったが、結局は何も言わなかったのである。そうしてから二代目が真剣な顔つきになると口を開き、俺にある頼み事をしてきたのである。その頼みとは――自分の代わりに三代目の後見人になって欲しいという物で、それを聞いた俺は「分かった」と言って承諾したのであった。

こうして魔王城に三代が残って俺が旅立とうとしている間も、他の仲間たちはこの世界で冒険を繰り広げていくことになるだろう。

しかし三代目と三代目が連れて来たリリスは一緒に旅に出ることとなった。その理由は三代目の護衛をしつつ、リリスに魔王軍の幹部たちとの戦い方を教えたりすることが目的である。それともう一つ目的があって、三代目は俺から受け取った指輪の力でこの国を覆う霧のようなものの正体を探ることにしており、俺はその間この国の治安を守る仕事をすることになったのである。だからしばらくの間は三人で過ごすこととなる。ちなみに四代目と五代目にはそれぞれ別の用事があるため別行動を取っている。だから今はこの場にはいないのだ。まぁ彼らは彼らの仕事をこなしてくれるはずだろう。そして俺たちは準備が整い次第この国を離れることにしたのである。

そうしている間に俺が王選で勝ち取って魔王となったことや、魔王候補が俺とリリスしかいないという事実は民衆の間に知れ渡っていた。それによりこの国は混乱に包まれていた。なにせこの世界を支配していると思っていた魔王の勢力が二つしかないのだ。そんな状態の中で誰が支配者となるかなんて考えるまでもないことである。つまり――魔王の配下たちは自分たちが支配者の座につくためには手段を選ばず邪魔者を排除にかかるのだった。

例えば魔王を慕っている一部の魔王候補者の一派などがその例であり、彼らはこの機会を利用して俺たちを殺しにかかったのである。そうして俺達が王都から離れてすぐのところ、俺たちの前に立ち塞がったのがその魔王候補たちであったのだ。彼らは魔王の派閥の中でも末端に近い位置の者たちで、だからこそ俺たちを殺すことを躊躇わないのである。だから俺達は即座に戦闘を開始した。だが敵の強さは正直大したことが無く、俺はリリスの援護もあり危なげなく倒していく。

そうして全ての魔王候補者を始末した後で、三代目に確認してみたのだが彼女は何も感じていないようだ。三代目の持っている魔力測定器で測れるような量では魔王になれるほどではないらしいが、おそらく素質はあるのではないかと俺は予想している。三代目の魔力を吸うと俺の中に魔王としての能力が馴染んでいったのである。そうなると魔王は勇者とキスをするとその勇者に自らの能力の一部を譲渡できるらしいのだ。なので俺は早速三代目とチューすることにしたのである。そしてその効果はてきめんで、俺の中には勇者としての能力が備わる。どうやら俺もリリスと同じように特殊なスキルが使えるようになったようで、その中には「剣聖」「魔法王」などの強力な物がたくさんあったのだ。俺は試しに使うべくそれらの能力を使いまくり、敵を片っ端からぶった斬って回ることにする。

するとそんな俺の姿を見た仲間たちも俺に続いて動き出し、俺は仲間を引き連れて敵地へ突っ込む。そして次々と魔王候補たちを薙ぎ払っていったのである。そうして戦いながら移動し続けていた時のことだった。俺とリリスの視界に突如現れた人物がいる。その男の名は『暗黒卿』。かつて魔王候補として俺と戦った魔王の側近の一人で、『暗黒術士長』と呼ばれる凄腕の魔導士でもある。俺はこいつのことは良く覚えていた。というのもこの男の策略によって俺は殺されかけたのだから忘れようにも忘れられないのだ。しかも奴が放った闇の波動のせいで俺は身体の半分を失いかけて死にかけるという経験をしているのだ。その時の恨みはまだ残っている。だけど今の俺にとっての問題はそいつじゃなくて――

「久しぶりだな勇者。貴様のおかげで我ら魔王の軍団も壊滅寸前にまで追い詰められてしまった。しかしだ――ここで会えたのもまた一つの運命なのかもしれないな」と俺に向かって声をかけて来たこの男こそが魔王の幹部にしてこの国を支配する存在――二代目魔王こと『黒衣の王』『漆黒の死神』の異名を持つ魔王なのだ。俺はそんな相手に対して警戒心を高めると同時にリリスに耳打ちする。

(三代目の傍から離れないようにしてくれ。俺の力を少しでも早くこの世界に浸透させるためには魔王の力を奪うことが必須条件になる)

(わかりました! 私はいつでも行ける状態です!)

(よし。それなら俺に付いて来い! 二代目の魔王に引導を渡してやろうじゃないか!! あと二代目の能力は「吸収無効」と、「闇への耐性」だ。俺がこの手で必ず倒す!! いくぞおおおっ!!!)と叫んだ俺の言葉を聞いて三代目が驚きの声を上げる中、俺は魔王へと向かって駆け出したのだった。そう、俺は初代魔王の遺産の一つである初代の使っていた「武器」を使うことによって大幅に弱体化した二代目と戦うことにしたのである。この方法ならば三代目に迷惑をかけないし、そして何より初代が認めた勇者である自分が二代目に敗れるわけにはいかないからだ。そして俺は三代目のことをリリスに任せて単身で二代目の元へと向かうと、まずは先制攻撃を放つのであった。俺は剣を抜き放つと「覇王剣!」と叫びながら振り下ろす。すると初代魔王の使った剣技が二代目の魔王に直撃するも、それは彼の体に傷一つ付けることはできなかった。やはりこの世界に来てから初代の使用していた武具を色々と使うことによって俺の戦闘能力はかなり上昇しているが、それでも二代目には通用しないようだ。そこで俺は剣で戦うのを諦めて、次の攻撃を仕掛けるべく二代目魔王に接近していく。そして接近戦に持ち込んで拳による攻撃で畳み掛けようとしたのである。

しかし――そこで俺は信じられないものを目の当たりにした。なぜなら二代目魔王の体を覆っている漆黒の霧に触れただけで、なんと俺の腕はボロボロに崩壊してしまったのである。俺は痛みに顔を歪めつつもすぐに「ヒール!」と回復魔法を発動させ、それと同時に再び二代目に向けて殴り掛かる。今度は「爆炎掌」と叫んで、至近距離で熱風を吹き付けてダメージを与えるが――それも通じないようだった。俺の攻撃が効いている様子がないのである。すると二代目がそんな俺に言葉を放ってきた。

「ふん、相変わらずしつこく私を苛立たせてくるな。この世界の王に相応しい者は私だけなんだ。他の者が私の座を脅かすことなど許さない。だから貴様はこの私が直々に消し去ってくれるわ!!」

俺はその言葉を黙って聞きつつ、三代目のことを任せておいて正解だったことを理解する。もしも俺が一人で挑んでいたらこんな風にはならなかっただろうから。だがしかし、二代目は三代目に手を出すつもりはないらしい。そのため俺としても手加減する必要がなく非常にありがたいのであった。

こうして俺は二代目の魔王を相手に激闘を繰り広げる。しかし――

俺の攻撃は二代目に全く効果がない。むしろ俺の方が体力を消耗していくばかりで、次第に俺の体は蝕まれていったのである。そんな状態になりながらも、何とかして初代のように相手の能力を吸収する手段が無いかと考えを巡らせるも答えにはたどり着かなかったのだ。そもそも相手が悪すぎた。

俺の攻撃をまともに食らった二代目はダメージをあまり受けておらず、逆に俺ばかりがどんどん体を傷つけられていくのである。そうこうしているうちに俺は力尽きた。もう限界が近かったのだ。二代目がそんな俺を鼻で笑う。「ふっ、ここまでのようだな」そう口にしながら右手の平に魔力を溜め始める。おそらく先ほどまでの戦いで得た能力で新しい必殺技を放とうとしているのだと思われた。だから俺は――その隙を突いて二代目に体当たりをかますのであった。だが、それでどうにかなるはずもなく俺も一緒に吹っ飛ばされてしまう。

俺は地面を転がりながら「ぐああっ!?」という苦痛に満ちた声を上げたのである。

二代目が立ち上がると俺に向かって言う。

「くっくっく、これで終わりだ。お前を倒した後、ゆっくりと娘から力を吸い上げさせてもらおう。それまで大人しく待っていろ」

俺は二代目を見つめると、なんとか立ち上がろうとする。だが上手く体が動かずに倒れこんでしまった。そこで俺は――三代目の顔が思い浮かぶ。

(俺が死んだ後に三代目を悲しませないためとはいえ、あいつを一人残していくことになって本当に悪いと思っている。けど――俺はやっぱりこの世界が好きだし守り抜きたい。そのために俺が出来ることがあるとしたらこの身を魔王に差し出すことぐらいだと思ったんだ。だからこそ今、俺は命を賭けてでも二代目を倒す!!)と内心で思った。そう、これが三代目に話せなかったもう一つの理由だ。俺が二代目に負けた時のためにリリスを残してあるが、俺の力が足りなかった時はリリスにも死んでもらう必要があるだろうから。

そう決意すると、俺は最後の力を振り絞って立ち上がった。そして「覇王剣!」と叫びながら覇王剣を振り下ろしたのである。そう、この技だけは初代が魔王との戦いの中で作り出した技なので能力を奪われても使用可能だったのだ。二代目魔王の体に刃が届く。

だがしかし、そこでまたしても異変が起こる。二代目魔王の身体を覆う闇に触れてしまったことで、剣を握っていた俺の手が崩れてしまったのだ。それにより覇王剣は消え去ることとなり、俺は二代目から少し離れたところで膝から崩れ落ちる。そう、俺はとうとう立っているのも困難なほどに追い込まれていたのである。

二代目は笑い声を上げながら俺に言った。

「ふははははっ、無駄だとわかったであろう。さぁ、早く楽になれ。そうすれば苦悶することなく永遠の眠りを与えてやるぞ」

俺はそれに対して何も言い返せず、ただじっと睨むように相手を見るだけである。俺はもう自分の力で戦うことが出来ない。二代目魔王に殺されるしか生き残る道はないだろう。俺は悔しくて涙を流しそうになる。そうして唇を噛み締めるのが精一杯の抵抗だったのだ。すると、その時――三代目が声を発した。

「お父さん!! 頑張ってください! 貴方なら必ずやれると私もお母さんも信じています!! 私は絶対に信じ続けていますから!!」と叫ぶ。

その言葉で俺は思い出す。三代目は魔王候補者の中でも俺のことを認めてくれていて、だからこそ俺に力を託すこともできたのだということに。それに俺は二代目が勇者の能力を奪う前に剣聖の力で三代目にキスをしたから、キスによって三代目に勇者の能力が譲渡されたはずだ。だから二代目は三代目に能力を渡すことはできない。俺はそのことに気づいたのである。ならば俺がまだ頑張ることで三代目の命を繋ぐことだってできるんじゃないか? 俺はその考えに賭けることにした。

(俺はまだ死ねない!! ここで諦めてなるものかあああっ!!!)

そうして俺は再び立ち上がり――二代目に向かって突撃していった。そして二代目の攻撃を食らいながらも――三代目が助かる可能性を信じて何度も攻撃を繰り返すのであった。しかし、それでも俺の攻撃では奴は倒せない。このままだと間違いなく殺されてしまうだけだ。だけどその時――俺は何かに引っ張られるようにして宙を舞い、三代目の近くへと着地したのであった。

二代目魔王の攻撃に俺は吹き飛ばされたが――そこで俺を引っ張りあげてくれた存在がいたのである。その存在とは――初代魔王の武器に転生した存在のリリスだ。リリスは俺の手を握りしめると言った。

「勇者様、大丈夫ですか!? 今のうちに早く私を使ってください!! 早く魔王を倒してくだ――」

しかしリリスは最後まで言い切ることが出来ずに息絶えてしまった。俺は慌てて彼女のことを揺り動かす。

(おい、目を開けろ! 死ぬんじゃねえ!!)と呼びかけるも返事はない。二代目魔王に殺されたのだ。俺はそんなリリスを見て二代目を睨みつける。そう、彼女は最期の瞬間、俺を助けようとして魔王に殺されたのだった。ならば俺は彼女を無下に扱った二代目を許さない。絶対に許さないのだ。そう心に決めて二代目のことを見据える。

そして俺はリリスのことを手に持ったまま二代目の方に駆け寄ると、二代目に向けて剣を振って攻撃を仕掛けるのであった。

リリスの剣を使いながら攻撃を行うが、しかし二代目の放つ闇の攻撃を防ぐことはできなかった。そのせいで体中にダメージを受けてしまう。さらに俺は二代目から攻撃を受けて倒れこんでしまうのである。俺はもう立ち上がることすらできないほどの傷を負ってしまっていた。

するとそんな俺に対して二代目が語りかけてくる。

「ははは、もう立ち上がることも出来ないようだな。いい加減、私の元に下れ。貴様のような男はこの私以外には相応しくないということがわかったろう。大人しく魔王になることを受け入れよ」

だが俺としては二代目の魔王になるつもりはない。そして魔王になったとしても、この国をどうこうしたいとも思わなかったのだ。なぜなら魔王は世界を平和にするために戦っていると初代は語っていたからである。そしてそれは二代目も同じだろう。だから二代目に勝てさえすればそれでいい。そう考えたのだ。しかし二代目はそんな俺に言う。

「ほう、それはなぜなんだ?」

俺はその理由を聞かれるとは思ってなかったので驚いた。そのため思わず素直に口にしてしまう。

「な、なぜって、あんたに勝ちさえすれば世界が救えるからだよ。そう初代が語ったんだ」

するとそんな俺に二代目魔王は「なるほどな」と言って笑う。その笑みは今まで見せてきた笑顔とは違う邪悪なものであった。そう、まるで俺の答えを嘲笑うかのように見えたのである。

そこで二代目が俺に告げた。

「くっくっく、つまり私を倒した後に自分が王になりたいだけなのだな」

「なっ!?」

「そうではないか、違うか? この世界が平和になっても自分は救われないと知っている貴様は自分以外の誰かが世界を支配することを望んだ。だが、そんなことはありえないと心のどこかで理解していたから私に挑むことにした。そうであろう?」

「くっ、そ、そうだよ」

俺は二代目の言葉をあっさり認めるしかなかった。だが二代目が気に食わないので反論はしておく。

「だが、俺にはどうしてもやりたいことがあるんだ。この国の民が安心して暮らせる世界にしておきたい。それを実現するために初代の力が必要なんだよ!!」

しかし二代目はその俺の答えを鼻で笑い飛ばすだけだった。そして――言う。

「ふはは、それが愚かだというのだ。そもそも先代が言っていた平和とは何のことを指しているんだ? まさか世界全体の平和とでもいう気なのか?」俺は何も答えることが出来なかった。確かに俺は世界のことを考えているようで実際は自分の事ばかり考えていたのかもしれない。俺にとって大事なのはこの世界に生きる人たちのことでしかないのだ。それを思い知らされた気分である。二代目が俺に向かって言葉を続ける。

「結局、自分のために行動するのが人間というものだろう。そもそも、そんなふうに考えている人間が本当に他人を思いやることが出来るわけがないだろう。そうやって自分のことばかり考えている者がこの世に存在している限り――争いの種は永遠に消えることはない。貴様がやろうとしていることは自分の欲望のために動く者を増やすだけだということだ」

「っ!?」

「そうではないのか?」

二代目の指摘が胸に突き刺さる。だが俺にも譲れない思いはあるのだ。だから二代目の言葉を遮るように口を開くと叫ぶ。「黙れえっ!! たとえどんな理由でも、たとえどれだけ時間がかかっても、俺は自分のやり方で人々を導いてみせる!!」

「ふははっ、出来ると思っているのか? 本当に?」

「できるさ! 必ず成し遂げてみせるさ!」

「そうか、なら、やってみるがいい」

そう言うと二代目は闇を周囲に放ってきた。俺はとっさに防御壁を展開するも防ぎきれずにダメージを負ってしまった。そして地面に転がると立ち上がれなくなる。そんな俺に二代目はこう言い放った。

「ほら、やっぱり無理じゃないか。最初から私と戦うのを諦めていれば良かったのにな。そうすればこんな目に遭う必要もなかっただろうに。まぁ、どのみち結果は変わらなかっただろうがな」と。

すると三代目が俺の方を見て叫ぶ。

「お父さん!!」

俺は三代目が必死になって呼びかけてくれているというのに声すら発することが出来なくなってしまった。そして次第に視界がぼやけていくと意識を失っていったのである。

*********

***

俺は目を覚ますと起き上がった。そこはダンジョンの最下層にある玉座の間である。

(確か二代目の攻撃を受け続けたところで意識を失ったはずなのになんでここにいるんだ?)

そう不思議に思うと、そこで三代目が目に入ってくる。彼女は泣いていた。彼女は俺の手を握ると涙を流しながら俺に向かって話しかける。

「お父さん、大丈夫ですか? もう身体に痛みとかはないんですか? 私がわかるでしょうか? 私の声が聞こえるんだったらいつものように微笑んでほしいです」と。俺はそこでやっと理解した。俺の目の前にいる三代目は三代目であって三代目ではないことに。なぜなら彼女の姿形がリリスになっていたからだ。そして彼女が涙を流しているのはリリスの魂を受け継いでしまったためだ。しかし、そのせいでリリスの命が削られていることを彼女は知らないのである。

するとリリスが初代に言った。

「貴方はどうしてこの子を行かせたのです? 貴方がいればこの子は助かったのに」と。初代はリリスを見ずにただただ悲しそうな顔で言うだけだ。

「すまぬ、わしでは奴を倒せなかった。奴の力が予想以上だったからのう。じゃからリリスを犠牲にすることで、あの勇者の剣を使うしか奴を倒す方法はなかったのだ」

(勇者の剣だと? というか俺のことか)と思ったのだが声が出ないので、どうしようもないのだけれど――とりあえず初代の話を聞いてみると、勇者の力とは勇者の能力だけでなく歴代の魔王の能力も含まれているらしい。だから二代目も勇者の能力に加えて歴代魔王の能力を手に入れており、その力は俺がこれまで戦った敵の中で最強レベルだったようだ――という説明を聞いた俺は納得した。だが三代目はそんな事情を知る由もないので不満げに初代に尋ねるだけだ。

「それはわかりましたけどもね。それでも私は反対なんですよ! いくらなんでも娘が死地に赴くなんて――しかも自分の力を取り戻すために!! そんなの認められるわけないじゃないですか!! ねぇ、貴方だって本当は嫌でしょう?」と。初代はそれに対して「あぁ、そうだな」とだけ言う。すると三代目が泣き叫んだ。

「どうしてですか!! どうして止めてくれないんですか!? あなたの娘の命が失われてしまうのですよ!?」

だが初代はそれには答えず悲しげに二代目がいた場所を見るだけだった。

するとリリスはそんな初代のことを見据えたままで初代に語りかける。

「勇者様は私なんかより貴方を信頼していました。だから貴方の判断を信じたんですね。貴方はきっと後悔しているんだと思います。自分が二代目を倒してしまったからこそ娘の運命を変えられなかったって。でもね、一つ間違っていることがあります。それは勇者様が望んでいたことなのです」

(リリス、君は何を言ってるんだ? 初代が望んでいたこと?)

「いいから私の話を聞きなさい」

俺はそう言われると黙るしかない。

「いいですか。勇者様は貴方のことを信頼していますが、それと同時に心の底から愛してもいるのです。だからこそ魔王の力を取り込んでも耐えることができた。貴方をこの世界で見つけ出した。そしてこの世界の人を愛し、守りたいと本気で思っていた。そういうわけで勇者様は自分の人生を貴方に託していた。だから私のような女ではなく貴方を選んだ」そう語るリリスの目は真剣そのものだった。

しかし俺はそんな言葉を信じられなかったので何も反応することができないまま固まってしまう。するとリリスは続けて語り始めたのであった。彼女の視点で見た初代と俺の物語を――

勇者が俺に語ってくれた言葉によると初代は初代で悩んでいたそうだ。それは魔王として覚醒したことで手に入れた闇の力をコントロールできないということ。だから初代は苦しんでいたのだそうだ。そんな時に俺の姿を見て初代は希望を感じたのだという。初代は俺ならば闇の力に対抗できるのではないかと考えたのだそうだ――と、そこで初代が語りだす。俺はそれに耳を傾けることにした。

――そうやって二代目との戦いに明け暮れる日々が続く中、初代はとうとう二代目を討伐することができた。その瞬間、二代目から溢れ出していた闇は完全に消滅したそうである。そうやって初代はこの世界を救うことに成功したのだった。初代のやったことは結果的に正しかったといえるだろう。魔王となった初代の望み通り、初代は魔王の力で世界を守ることができたのだ。

そして初代はその力でこの世界に存在する全ての魔物を滅ぼすことを決意した。

それから一ヶ月の間、初代が動き回るだけで多くの国が崩壊していったそうだ。

そう、まるで世界の終わりが始まったかのように――と、初代の語った内容に対してリリスが補足を行う。

初代がこの世界を守るために戦い始めると同時に俺を蘇らせたらしい。その理由は俺の中に先代魔王の力が残っていたからだそうだ。先代の魔王を倒したのに先代の力が残るというのもおかしな感じだが事実らしい。だが初代の話を聞いた後だと、その言葉は信用できた。だがそこでリリスがこんな言葉を続けるのだ。

「それで私も最初は反対したんです。自分の夫に魔王になれと言うだなんて。だけど先代の魔王を倒したことでこの世界を守っていけるのは貴方しかいないとも思い直しました」

(おいおい、待てよ。なんでお前ら二人が一緒に俺の前に現れているんだよ。俺は死んだはずなんだぞ? それなのに二代目との最終決戦が終わった直後に意識を失って、そのまま目が覚めたらこの世界に戻っちまってるし。意味がわからねえんだが?)

俺は混乱していたのである。

俺はそんなことを考えると三代目の方を見てみる。すると三代目の姿形が二代目に変わっていることに気付いたのである。二代目が三代目に語りかけている。

「すまぬな。この子にも真実を伝えておく必要があったのだ。これからの話をするためにな」と。そう言うと二代目が初代の方へと視線を向けた。そして初代も同じように二代目に向き合う。すると二人は同時に言った。「「我らの力を合わせよう」」と。

そう言うと二代目が初代の額に手をかざした。その途端に、二代目の手に黒い霧が集まり始めて初代を包み込む。すると初代を包む黒は凝縮していき剣を形作った。そして二代目が「これなら奴らを倒せるかもしれん」と言って笑うと俺に向けて剣を差し出すように構えてきた。

(どういうことだ?)と俺は困惑するばかりだった。

「貴様にも協力してもらうことになるからな、これを持っていろ。それがないとまともに戦えないだろう? はっはっは、これはわしの剣ではないからな。安心しろ、貴様が持っている限り害になるようなことはない」

(俺の魂は肉体と繋がってない状態なのに、なぜ武器を渡されているんだろうか? まぁ、くれるというならもらっておこうかな)と、そう思いつつ、俺は二代目の差し出している初代の魂の籠もった闇色の刃を手に取ったのである。すると俺は急に意識を失ってしまったのだった。


***


***

次に俺が目を覚ますとそこには二代目がいた。彼女は二代目の方を向いていた。彼女はリリスを抱きしめながら涙を流すと叫ぶ。「勇者の剣を、勇者の剣をください!! お願いします!!」と。

しかし二代目はそれを断る。初代の力を取り込むために二代目が勇者の力を使っているせいでリリスから勇者の力が離れなくなってしまったからだ。そうして三代目が嘆いていると、二代目は三代目にこんな言葉を告げたのである。

――勇者の剣はわしに任せるがよい、だからお主たちは先に行け、と。

「そんな――お父さんを置いていけないです! だってお父さんがいなかったら私もお母さんも死んじゃうんだもん!」と、泣きながら反論する三代だったが、そこで二代目が俺に問いかける。「なぁ、わしら三人の中ならどいつが一番役に立つ?」と。三代目はそんな二代目のことを不安そうな目で見ながら「私は役に立てないんですか?」と言った。しかしそんな彼女の質問には答えることなく二代目は続ける。「ほれ早くせんとあの子が死んでしまうだろ? えっと――そうじゃのう。わしとお前、どちらが足が速い?」

「そ、それは――私の方が遅いと思います」と、三代目は答える。

「ならばお前に託そう。さあ行ってこい、勇者の剣を使って勇者と共に魔王を討つのじゃ。そして世界を守るのじゃ」

「はい」と返事をしたものの納得していない顔の三代目。するとリリスが彼女に語りかけるのだ。「貴方にしかできないのだから行きなさい」、と、その言葉を聞いた三代目は決意した表情を浮かべる。彼女は俺の顔を見るとこう言ったのだ。俺に向かって「勇者様と一緒に魔王を倒してください。魔王を倒して世界を守りましょう」と。その瞬間俺は意識を失うことになったのだが、再び意識を取り戻すと同時に二代目が言った言葉を思い出すのだ。

(ああそうだったのか)

俺はそんなことを感じながらも初代の手から初代の力を取り込むことによって二代目から受け取った勇者の剣を装備する――そうすることで俺はようやく自分がどうなったかを実感することになったのであった。

(なるほどな――そうだったのか。つまりこういうことか。初代の力を受け継いだおかげで二代目の力を使うことができるようになったと、そういうわけだな。そしてこの感覚は初代の記憶なのか? ということはだ――俺はどうやら勇者になってしまったみたいだな)

俺の心の中で声が流れてくる。

《この力を使いこなせば勇者は最強の存在となる。そして先代勇者の力を使えば魔王を滅ぼすことができるだろう》と、俺はそれを聞くとニヤリと笑ってしまう。

(これでやっとこの世界のために働くことができたってわけだ。だが問題はどうやって魔王を倒すかという部分だな。とりあえずこの世界にいる魔物どもを全部ぶち殺しておく必要があるが――そんなことをしている間に魔王はどこかに逃げちまいそうだしな。どうにかしねえとまずいか。そう考えると、やはり二代目の使っていた闇魔法も使えそうだし二代目の身体を借りて勇者として魔王討伐に乗り出すべきか――でもその前に確認しないといけないことがあるんだが、初代は俺のことを初代魔王の後継者って言っていたよな? そして二代目は勇者になったって、そう言っていたはずだ。だけど今の二代目は勇者ではなさそうだし――初代と二代目の力は同時に使うことができないとかか? よくわかんねーな。初代の魔王としての力と勇者の力を両方使いこなすことさえできれば簡単に魔王を倒してしまいそうだと思ったが――その辺りは初代と話してみるしか無さそうだ。魔王と話す手段なんて知らんけど、まぁ、なんとかなるだろう。うん、そういうことにしておこう)

俺が自分の中で考えているとリリスたちが俺に近づいてくるのだ。俺は初代の力を受け継いでいるせいなのか、その力に反応することができたようだ。

(しかしまさかこのタイミングでこの世界に転移してくるとは思わなかった。俺はもう二度とリリスたちに会えないものだと思っていたが、リリスたちも俺と同じように考えていたんだろうな。こうしてまた一緒に居られるようになったのは嬉しいもんだ。しかし――なんというか、この世界は俺がいた世界とは違っていて本当に良かったと思うぜ。この世界なら魔王として生きるのになんの苦労もしないだろうしな)

そう思いつつ、俺はリリスたちを見回す。彼女たちは嬉しそうに俺に話しかけてきてくれる。「私たちがこの世界でずっと幸せに暮らせるようにがんばりましょう」とか、「初代魔王が残した遺産は魔王様に託しました」とか「魔王様には魔王になってもらいますが、魔王様が魔王を辞めたくなったらいつでも辞めてもらって構わないんですよ」と、俺に優しく語りかけてきてくれるのだ。そう、リリスたちとは何百年もの間、一緒に暮らしていた家族みたいな関係になっている。だからこそ俺はこの世界を救わなければならない――と、改めて心に誓う。リリスと子供たちのため、そしてこの世界の住民たちを守るために魔王になろうじゃないか、と。

俺の脳裏に歴代魔王の力が宿った時の光景が浮かぶ。そして歴代魔王が歴代の魔王に対して行っていたこと、それが俺にもできると直感的に理解できた。

そして初代の力が魔王に宿ると、俺は初代の魔王の力を行使するためのイメージを思い描く。初代は闇の力で様々なことができていたらしいが、その力は魔王となった今でも健在であるようだった。だからこそ俺は初代と同じことが出来るようになるために試行錯誤を繰り返してみたのだ。その結果、俺は一つの結論に達することができた。初代魔王のようにこの世界に存在するあらゆるものを支配する能力を得ることはできないが、その代わりに俺はこの世界に満ちている魔力を操ることで魔王の固有スキルである暗黒魔法の力を行使できるのではないか、という推測に至ることが出来た。

(なんとなくではあるが使い方がわかるんだよな。初代が使ったのを見ていたおかげだろうか? いや違うか。俺は初代の思考を読み取ることでそれを自分の中に取り込むことができたからこそ、こうやって初代の能力を使う方法を知ることができたんだろうか? まぁいいや、今はそれよりも魔王になって初代の力を完全に自分のものにすることだけを考えよう。魔王になったばかりの俺の能力は弱い。だからこそ俺は初代にもらった力を駆使して強くなり続けなければいけないんだからな。そのためにはこの世界で暴れまわっている雑魚共を殺しておかなければならないわけだが――そう言えば、初代の奴らはどこに隠れてるんだ?)

初代たちは俺たちの邪魔をしに来る様子がなかった。だから俺は不思議に思って問いかけてみると、彼らはこの国の外に住んでいるとのこと。

(ふむ。ならば奴らにも俺に協力してもらう必要があるわけだな。それには俺から会いに行かないと駄目だろう。さて――これからどうするべきなのか? とりあえず、今はまだ何もするべきではないのかもしれないな。この国に住む人間たちは全員俺のことを応援してくれているが、それでも俺のことを認めない連中はまだまだ多いからな。初代魔王と勇者の力を持つ存在を快く迎え入れてくれた人間はほんの僅かだけだ。だからこれからは少しずつ味方を増やしていくしかないか。俺を支持してくれそうな勢力は大きく分けて四つ存在する。まず一つ目が、先ほど初代の力を取り込むために初代と三代目が殺した者たち――あいつらが所属していた派閥だ。あいつらのお仲間に裏切り者がいるらしく、そいつらを皆殺しにしたおかげでかなりの支持を得られるんじゃないかと考えている。そして二つ目と三つ目は、先代勇者の仲間と仲間たち。こいつらに俺が先代勇者の力を引き継ぐことを証明することが必要となってくるわけだ。そして最後は、初代の魂の器となっている三代目の両親。彼らが認めなければ二代目の力を受け取ることもできないからな)

俺が自分の考えをまとめると、リリスたちは微笑んでくれたのだった。

二代目勇者リリスと魔王軍幹部アーシアの親子と出会った俺は彼女から勇者の剣を譲り受けたのだが、その直後に二代目と三代目の二人が初代魔王の部下だったと聞かされて驚かされたものだった。そして俺はその後リリスたちから先代勇者についての話を聞くことになったのだが、そこで俺は二代目と三代目から勇者の力の譲渡と引き替えに二代目と三代目の命を要求されていることに気づくことになる。しかしそこで俺は魔王になることを受け入れた上で彼女たちの命を助けることを提案し――結果二人は無事に生き返ることに成功して俺はホッとするのだった。そしてそれから俺は彼女たちとともにこの世界で過ごすことになり、その最中でこの世界の王となることが決まったのだが――しかしそんな俺のことをよく思わない者の存在もあって、現在俺の周りは少々騒々しいことになっていたりする。そして俺が魔王になるための下準備を行っている時にこの世界に新たな来訪者がやって来たようなのだ。俺はそのことを感知したことで慌ててその場所まで移動すると、そこには見覚えのある少女が倒れていて、俺は彼女に近寄って様子を確認することにする。

俺が見つめる先で少女は苦しそうな声を上げると、ゆっくりと目を覚ます。

「大丈夫か?」

そんな風に声をかけると少女は「ここは――貴方は一体――」と、困惑気味に俺を見上げてくる。その声を聞いたリリスは驚いたように俺と彼女を交互に見ると、慌てるように言うのだ。「貴方が何故ここにいるのですか?」、と。

「お前らこそなんでここに来たんだ?」

「貴方に会いに来ました」俺が聞き返すと彼女はそんなことを言う。その答えを聞いて俺は困ってしまったのだが、そこにもう一人の人物が姿を見せることで状況が変化する。

現れたのは魔王軍の幹部だったアーシアであり――彼女の姿を見て彼女はさらに驚いている様子だった。

そんな風に彼女が戸惑うのも無理はないことなのだ。なぜなら目の前に現れたのが自分を殺した張本人――勇者としてこの世界に来て初めて倒した相手でもある存在だからだ。そんな彼女は初代魔王の力が込められた魔王の剣を装備していることもあって、俺と一緒にいるリリスのことを敵と認識しているのだろうが、すぐに攻撃するようなことはなく、俺の方へと視線を送ってくる。

すると、リリスは何かを感じたのか、初代魔王の力を行使し始める。

それによって俺は初代魔王に意識を奪われる感覚を味わうことになったわけだが、俺はなんとか抵抗を試みると――リリスたちが何やら話し合いを始めている声を聞きながら初代と会話することになる。

「なるほど、そういうことがあったのか――まぁ確かに俺もこの世界を救うのは二代目の役目だと思うよ。でも俺はその役目を引き継げない。魔王の役目は誰かに押し付けるわけにはいかないんだ」

俺が自分の意思を告げると、初代魔王は「そう言わずに手伝ってくれよ」と言う。しかし俺は初代の提案を拒否するのだった。そして初代の身体の中から外に出ると、改めて二代目と向き合うことにした。すると、リリスが心配そうに「今のは――いったい」と言い出すのである。どうやらリリスが感じた嫌な予感とやらは今の現象を指しているらしい。俺としても上手く説明する自信がないからその件については何も言えないのだけれども。ただ言えることは、俺が初代魔王と意識を共有していたという事ぐらいだろうか? ともあれ、俺は今度こそリリスたちの前に立ちはだかっている二代目のことを睨みつけると――その瞬間、彼女の表情が変わるのだ。それは俺に対する敵意に満ちたものであり、彼女は自分がどういう状況にあるのかを理解する前に魔王の力を使ってきたのである。

(俺としてはリリスたちを危険な目に遭わせたくないしな。だからここで戦うのが一番安全策だとは思うが、魔王としてそれじゃあダメなんだ。リリスと娘たちを守りきれなかった無能な父親の汚名だけは絶対に着せられちゃいけないんだよ)

俺は自分に言い聞かせつつ二代目の魔法を相殺し続けると、今度は彼女が剣を振り回して攻撃をしてくる。しかし、リリスたちに被害が出ないように気をつけていたため、そこまで強力なものではないため簡単に対処できてしまう。

(まぁ初代の力を使いこなしていれば、これくらいの攻撃は問題にならないんだけどな。俺がこうして余裕を持てるのは、俺の固有スキルのおかげなんだよな。このスキルが初代の力を完全に扱えていない俺の弱点をカバーできているからだな。初代の力が強すぎるのが原因とはいえ、それでも使いこなせなければ意味がないというか――いや、そんなことを気にしている暇なんてないか。二代目を相手にする場合も油断していたら負けちまいそうだからな)

そう思った俺は自分の中に秘められている魔王の力を発動させると二代目の動きを止めることに成功する。それと同時にリリスたちは自分の足下が崩れ去るような錯覚を覚えることになった。なぜなら初代の力が完全に発動していない状態なのに俺たちは動けなくなったからで――そんな俺たちを見た二代目の顔に恐怖の感情が現れる。

(この力は初代魔王の力だ。それをこの俺が持つことで本来の力以上に引き出せるわけだ。初代魔王は全ての能力が桁違いだったが、この力はそれに輪をかけて反則的だぜ)

そして二代目に動きが戻った瞬間に、俺は彼女に向かって手を伸ばす。しかし、二代目はそれを何とかかわすとそのまま走り去ってしまうのだった。その様子を見送ることしか出来なかった俺が内心で舌打ちしていると――そこで背後から声が聞こえてくる。振り返った先にいたのはもちろんリリスであり――俺は彼女の目を見てゾッとした気持ちになることになる。なんというか俺の背中から冷や汗が流れ出した気がしたのだ。そして彼女は微笑んでいるのだが、俺にだけそれが悪魔のように思えたのだ。

「どうして邪魔をするんですか?」

俺に対してそう問いかけてきた彼女に対して俺は咄嵯に初代魔王から得た力で初代の魂を呼び出し、二代目と戦うように仕向けることにしたのだが――俺に初代魔王の魂を呼び出させるために二代目に近づいたリリスに襲いかかろうとした時、アーシアが止めに入るのだった。

「待って下さい、リリス様。その男は危険です! 早く逃げましょう!」

「邪魔をしないでください。アーシア、あなたは自分の主人を殺そうとしましたね? ならば私もあなたのことを殺すことにします。魔王軍の幹部という立場にありながら魔王の配下であることを拒んだ罪――万死に値します」

二代目の言葉に俺は驚きつつも、自分の判断が間違いではなかったことを知る。しかし、同時に俺はアーシアに感謝したい気分にもなっていた。なぜなら彼女は二代目を止めようとしたのと同時に、魔王の力を行使されかけた俺の身を案じてくれていたからである。そしてアーシアは俺に謝り始めるのだが、その途中で魔王の剣を装備した二代目から攻撃されるのだった。それをギリギリのところで防いだ俺は魔王の剣で反撃しようとするが、しかし二代目が使った防御魔法によって俺は身動きが取れなくなる。

そして次の攻撃は――

俺は覚悟を決めて歯を食い縛るが、その時、横やりが入ることになる。初代魔王が俺の代わりに動いたのである。

その結果、初代魔王に意識を奪われた俺は一瞬のうちに戦闘を終了させてしまったのだが、しかし俺はそこで驚くべき事実を耳にすることになる。なんと俺が意識を取り戻すまでの間に二代目が初代のことを殺してしまい、その肉体を奪ったのだという。二代目の行動の早さに俺が驚愕していると、そんな初代のことを二代目が抱きしめる。そんな二代目のことをリリスは呆然と見つめるのだった。俺はどうすればいいのか困ってしまったものの、結局リリスたちは初代魔王が殺されたということを受け入れることができなかったようだ。

俺はそんなリリスたちの態度に頭を抱えそうになるのだが、それでもリリスたちは初代のことを殺した犯人を捜すために魔王の力を使うことに決めてくれた。しかしそこで俺は二代目のことを警戒することにした。なぜなら、初代が死んでしまったら彼女の身体もいずれ消滅する可能性が高いと思ったからで――そんなことを考えていると、リリスたちが二代目のことを拘束することに決めたようで、彼女は抵抗をしなかった。

そんな二代目を縛り上げるためにリリスが魔王の力を行使すると――二代目が急に苦しみだすのである。その様子を見てリリスは困惑しているが、しかしすぐにその理由は判明することになった。俺の中に宿る初代魔王が表に出てきたのだ。それによって三代目勇者だったアーシアが驚いた表情を見せていて――俺は少し嫌な予感を抱くことになる。なぜなら初代魔王に意識を奪われそうになった時に見えた未来では、俺の隣に初代と三代目がいたからだ。そしてその二人が対峙して戦っている光景が見えるようになっていたのである。

それからリリスは二代目の方を見つめると、「貴女は何者ですか?」と尋ねることになったのだが、その答えを聞く前に彼女が苦しみだし、その直後に彼女の姿が変化したのである。そしてその姿は二代目と同じものになり――

「ふむ、この姿になるのは久しぶりですね。お父様もご健勝なようで安心いたしました。もっとも私のことは覚えていらっしゃらないと思いますが」

そう言って二代目は笑みを浮かべたのである。それに対して俺は二代目が二代目ではなく、先代だということを理解した。つまり初代魔王を殺せば、彼女は初代魔王の記憶を引き継ぐことが可能だという事になる。初代魔王が死ぬことで彼女は本来なら得るはずのない初代の記憶を手に入れることになり――初代の記憶を利用できるということは初代の力を使うことが出来るということになる。初代魔王が死ねば二代目の力が弱体化するという事は初代魔王の死の直後でも確認できたが、初代魔王の知識や技術を引き継いだ状態でも二代目の力は弱体化するとは予想していなかったので俺は驚いてしまう。

そしてその二代目の姿をした人物は、自分が初代だと名乗ると、魔王の力でその場にいたリリスたちを眠らせることにする。

「悪いけど、しばらくここで寝てもらうよ。この世界にいる勇者たちの中で初代の力が使える人間は僕と君と、リリスさんだけだからね。その力を持ったままリリスさんを他の勇者に奪われたら厄介だ――だから、ちょっとの間、眠っていて欲しい。もちろん目を覚ました後に危害を加えたりする気はないから安心してくれ。ただ僕は今すぐにでもリリスさんのところに戻ろうと思うんだ。僕のリリスさんに手を出した奴らを――皆殺しにしないといけないからね」

そう言った彼は魔王の力を行使し始めると、俺を含めてその場にいた全員に意識を失ってもらうのだった。

「くそ、あのガキが二代目魔王だったとは――」

私はそう言うと自分の失態を思い知る。それはリリスを二代目魔王と間違えて襲撃してしまったことだ。リリスは私が探していた人物だったのに、まさかあんなところにいたとは思ってもいなかった。そのおかげで魔王軍に捕まりかけ、リリスを逃がすことも出来ず――リリスの居場所は突き止めることが出来ていたのだが、どうしてもリリスを捕まえる事が出来なかった。それどころか、その件についてリリスが私を疑うようになったのだ。

しかし、それも無理もない話である。リリスを捕らえようとした理由を説明することが出来ないのだから。リリスの父親は魔王軍の幹部の一人だったので、魔王軍の中でも立場が低い私にとってそれは大きな失点になってしまったのだ。その件が知られれば、間違いなくリリスは私のことを疑い、信用できなくなるだろうと思っていたのである。

だが今にして思えば、もっと上手く誤魔化すべきだったのだ。そもそもリリスの父親を殺していなかったのだから。その事を説明出来ていたならばこんな事にはなっていないはずである。

しかし――とっくの昔に殺したと思い込んでいたため、今更そんな話をしても無駄なわけで――だからといって真実を告げる気は最初から無い。なんせリリスの父親は私の大事な部下であり、そして愛しい恋人なのだから。彼が生きているという事を伝えるだけで彼女がどんな反応をするのか容易に想像がついたのである。それだけはなんとしても避けなければならなかったのだ。そのため、私が出来ることといえば二代目魔王の情報を魔王様に知らせることで魔王軍の力を強化することくらいで、それ以外の選択肢は無かった。

それに今回の件に関して、二代目は魔王の剣を持っていなかったらしい。魔王軍が手に入れたのはその予備品だけ。しかし、魔王の力を使えば魔王の剣など必要ないはずだが、どうしてそれを使わなかったのだろうか。魔王は剣を持たないのでその可能性は無いはず――いや、そもそもなぜ二代目が魔王城に来たかというところから疑問が生まれる。その目的がわからない以上は、二代目が何を考えているか理解することも出来ない。

魔王城の玉座の間で考え事に耽っていた私は、そこにやってきた魔王様に声をかけられて我に返った。そしてそこで初めて二代目魔王の存在を思い出すことになった。

魔王様に二代目のことで何か知らないか尋ねたのだが、魔王様は首を横に振るだけだった。その事から二代目は単独で動いているようだ。それがわかっても何の対策が思い浮かばず、結局、二代目と戦うのが面倒なので逃げることにしたのだった。幸いにもこちらには魔王の剣を持つ二代目と対等に渡り合える戦力がある。魔王軍はそれでなんとか出来ると計算したのだ。

そんなわけで私たちは二代目を撒き、今は森の中に隠れていた。ちなみに、魔王様が持っている剣も初代のもので――どうもこの剣は魔王が持つことによって本来の能力を発揮できるらしい。そして初代の力を使った二代目に魔王の剣が負けてしまったという事も確認済みで――

魔王様と二代目の会話を思い出した私は深い溜め息を吐き出したくなる。魔王の剣を持っている魔王と互角の相手とやり合うというだけでも無謀に近いというのに、その相手が二代目の魔王でしかも初代の剣を使ってきたとなると――

そんな時、突然現れた少女に私と魔王様は目を奪われる。そんな少女が魔王様に向けて放った一撃に魔王様は咄嵯に魔王の盾をかざすが、その攻撃を完全に受け止めることが出来ず吹き飛ばされる。しかし魔王様の身体能力は高く、彼女は何とか空中で体勢を整えて着地する。その魔王様の行動を見ていたもう一人の勇者であるリリスが驚きの声を上げたが、私は魔王の身体強化スキルを使用したのではないかと予想する。なぜならリリスの言葉を聞いた魔王様の表情が大きく変わったからである。まるで魔王様の正体を知ったような態度だったし――まぁ勇者であるリリスの洞察力を侮るべきではないと思った。しかし――

魔王は初代魔王の魂を受け継いだ二代目に殺されることになる。その事実を知って、俺は思わず動揺してしまう。しかし、俺以上に初代のことに執着しているリリスがその衝撃に耐えられるはずもなかった。その結果、リリスは泣き出してしまい、初代のことを思い出せないと二代目が言ってきた時には、怒りを露わにしたのだった。そんなリリスのことを初代魔王は抱き締めようとするのだが、そこで初代が二代目と入れ替わっていることを俺が告げる。

そして二代目は初代の記憶を引き継いでいるが故に、初代の魔王としての力は使えなくなる。二代目はリリスを殺そうとしたが、そんな彼女に初代魔王は語りかけるとリリスのことを託し――初代魔王は自分の命を犠牲にして二代目を拘束することに成功したのだった。しかし初代は自分が犠牲になることを選んだため、初代が死ぬと同時に二代目も消えてしまったのだった。

初代の死と共に二代目が消滅したことを確認した俺たちは魔王城跡に向かうことにしたのだが、しかし魔王城に辿り着いた時には既に夜になっており――そこで俺は野宿することに決めたのである。俺は二代目のことを心配するが、魔王の身体強化が機能しているため、特に問題は起きないだろうと考え――結局、そのまま眠りにつくのであった。

「くそ、くそ、くそぉっ!!」

俺が目覚めたのは既に陽が高く上ってからのことだった。その時間から考えると昨晩のことはやはり現実に起こっている事で間違いないようで、俺は大きく頭を抱えてしまう。なぜなら俺が初代に二代目を任せることが出来たという事実が、リリスとの約束を守ってもらったということに繋がるから。初代の望み通りに俺とリリスを一緒に居させることに成功したことになるからだ。

そのことが俺にとっては一番嬉しく思う出来事だったが、一方でリリスには悪いことをしてしまったとも思った。だってリリスからすれば俺と一緒になれなかったのだから――そんな後悔を抱きつつ俺は立ち上がる。そしてまずはこの世界の現状を把握しておく必要があると思ったのだ。そのついでに今後のことを考えていくつもりだ。

俺は外に出ると周囲に敵がいないかを確認することにする。それからこの世界に転生して間もない頃は警戒しながら歩いていたが、今はもうそんな必要もないので全力疾走することにして――

そして俺は森の中に駆け込んで行くと一気に森を抜けて街道に出る。

「あれがこの世界にある三つの国の一つ――ラガート王国だよな?」

遠くに見える巨大な壁を見ながらそう呟く。俺はこの世界で二番目に存在する大陸で二番目に大きな国の中に入りたいと思ってこの森にやってきたのだ。その最大の理由は俺とリリスの関係を公に認めてもらうためである。その方法として最も手っ取り早いのは結婚することだ。だからその為に王都に行こうと思っていたのだ。

「しかしまさか、あんな形でこの世界を旅立つとは思わなかったが」

苦笑しつつそんなことを独りごちるが、それでも初代から引き継いだ記憶のおかげで、リリスを救えたことは良かったと思うのだ。

そんな風に思っていると前方から一人の女性が近づいてくることに気づく。その女性の姿を視界に収めた途端、俺の中で緊張が生まれ、それと同時に懐かしさを覚えて――

「あの、貴女は誰ですか? はぐぅ!?」と声をかけるなり――彼女の右拳が頬に命中してしまい、地面に転げ落ちてしまったのだった。

そんな出会いを経て、今俺の目の前にいる人物こそ――魔王を倒した英雄であり二代目魔王の師匠でもあった先代魔王のサーヤさんである。その彼女と出会ったのは全くの偶然であり――なんせ彼女は一人で街に向かっていたようだったのだから。だから俺も彼女が目的地であるラガート王国の門に着くまで護衛することにしたのだ。

そうすることで彼女と話をしたいと考えていたからである。


彼女は今俺の前で優雅に紅茶を飲んでおり、俺の方を見てにっこりと微笑んでいる。俺はそれを見つめながら、改めて自分の運の良さに感謝するしかない。なんせこうして出会ったのは本当に奇跡的なことなんだから。「それであなたはどこに行くつもりだったんですか? その格好から見て冒険者の方のように思えますが」彼女は俺の着ている服を見ながら問いかけてくる。その通りなのだが、正直に答えるのは何となく嫌だったので、「あーいや、別に何でもないです。ちょっと迷っちゃったんで適当にぶらついていただけです」と答えておいたのだ。しかし彼女はそんな言葉を聞いても、あまり気にも留めていない感じだった。それどころか少し楽しげな表情をしていて――そんな表情を浮かべた彼女の顔は可愛らしくて綺麗で魅力的だった。そしてその事に俺はドキリとしてしまう。だからそんな気持ちを振り払うように、気になっていたことを口にしたのだ。それは初代のことだ。しかし初代について尋ねてみると、意外なことに――

なんと、魔王と戦えるだけの力を持った人間など存在しないとのこと――つまりそれは、二代目が異常な存在であることを意味していて、そのことに俺はゾクリとした恐怖を感じてしまった。もし二代目が他の勇者と同じように成長しているとするならば――間違いなく脅威となる相手である。

だがそれ以上に初代のことを尋ねると、なぜかサーヤさんが悲しそうな表情になってしまったため、これ以上聞けなかったのだ。だからその話題を切り上げるしかなかったわけなのだが、彼女が話してくれるまでは諦めることにしようかと考えていると、「それでは私が知っている話をしますね」ということになった。それなら大丈夫だろうと考えたわけだが――その内容は予想を超えるとんでもないものだった。なぜならその話が真実だとしたら、二代目魔王が初代の力を使っていないということになるわけで――つまりは、まだ二代目が本調子ではないという事になる。しかしそんな事が起こり得るのだろうか。

いやでも、二代目魔王は俺とリリスの結婚を望んでいたんだから、俺と戦うなんて事はありえないはずだ。

そんな事を考えているうちにいつの間にか日が落ち始めていたので、今日のところは宿を取って眠ることにしたのである。ちなみにサーシャさんは野宿するというので――

――俺のせいで野宿させることになってしまったのか。

そう思って、明日からの食料とお金は用意しておくと彼女に伝えたのだが、彼女は遠慮すると首を横に振ったのである。俺は何とかして受け取らせようと色々考えてみた結果、初代の記憶の中にある魔法を使う事に決めた。そしてその魔法のお陰もあってか無事に受け取ることに了承してくれて――しかし、彼女はどこか申し訳なさそうな雰囲気をしていたのだが――その理由はわからないままだったのである。

*****

(side:魔王アーシア視点)

初代様のことで、どうしても私の中では引っかかりがありました。初代様のことを思い出すことができないから、私は魔王に相応しくないという結論に到るわけなのですが――初代様が残してくれた手紙を読めばわかるのでしょうか。

初代様は魔王城で暮らし始めてすぐにリリス様と出会い恋に落ちる。そしてリリス様と愛を育んでいたある日、彼は初代様にだけ見えるという幽霊に突然呼び止められてこう言われたのです。リリスに惚れているのなら初代魔王を殺せば彼女は解放されるぞ、という言葉を。そしてリリス様は初代様と離れたくないと思い――しかし彼が殺されるようなことがあった場合を考えてしまい――結局は魔王の剣を手にしたのだった。そんなリリス様に対して初代様は何も言わずただ彼女を抱きしめていた。

その後リリス様は初代様に別れを告げると一人魔王城を飛び出して行くのだが、初代様はそれを追い掛けることは出来なかった。

初代様が二代目魔王となった時、魔王城の地下には初代の魔王がいたのだが、魔王になったばかりの初代は、そこで先代魔王と対峙して負けてしまったのだった。そしてその初代を二代目魔王は吸収してしまったのだ。

そして二代目はリリスに執着するようになる。しかし初代は自分が殺されないように魔王城から離れると初代魔王の力が使えなくなる結界の中に入り、二代目の目を欺いてリリスを護ろうと決意する。

しかしそんな初代を初代は許せなかったようで――二代目魔王を乗っ取るようにして、初代魔王の力を手に入れた。そんな初代魔王の力を使い、初代は初代を消滅させたのだ。

しかし二代目は初代のことを忘れられるはずがなかったのだ。その結果、初代が消滅すると二代目もまた初代の存在を消滅させるしかなくなってしまったのである。その結果――二代目魔王も消滅し、そして二代目が消滅したことで三代目の魔族も消滅することになったのである。

そして四代目の魔王が誕生したのだが、四代目の魔王はまだ幼い少女だった。しかし、四代目は魔王になるべく教育を受けている途中で――しかし先代魔王が死んだ以上、次の魔王になる者は誰かが魔王を引き継ぐしかないのだ。しかしそれは二代目を封印していた結界があるせいで誰も引き継ごうとはしなかったのだ。そんな中、四代目に求婚した者が現れる。それが四代目を産み育てた母親だった。

そして母親が四代目の元を離れることによって結界が崩壊してしまうことになる。そのことに気がついた者達が慌てて四代目の元に駆けつけるが――その時には既に遅くて、既に三代目の魔王は生まれており――そして、先代魔王も復活を果たしてしまったのだった。そして復活した先代魔王が新たな四代目の魔王となり、先代魔王に対抗できる存在がいなくなったところで――先代魔王に殺されたはずの初代が復活したのである。しかも二代目に魔王の座を奪われた際に初代魔王の魂を封じられていた器が、そのおかげで復活することが出来たのだ。そしてそんな初代が四代目の魔王の前に現れたのである。その光景を偶然にも目撃したのは初代の四天王であった。

そして五代目の魔王が誕生したが、彼女はまだ十歳の子供であり初代から与えられた魔力もそれほど強くはなかった為、初代を倒すことが出来なかった。だからと言ってこのまま四代目に任せていいものか悩む者もいたが、そんな時――突如として四代目と先代の争いに巻き込まれることになった五代目の元に現れる影があった。そう――それは初代の分身体だったのである。その事に五代目は驚愕することになるが、そんな彼女の前に現れた彼は初代から四代目に伝言を託し――そして彼女は初代が初代を倒した後に生まれた唯一の生き残りであることを知るのだった。そして、そんな初代は彼女達に自分の力を受け継いで欲しいと言う。そんな初代の願いを断れず、また断るつもりもなかった彼女達は、初代の力と想いを受け継ぐことを決意したのである。そして六代目の魔王が誕生し――七代目の魔王は三代目の孫にあたる人物になり――しかし、その七代目を待っていた運命とは?

――この物語は、そんな物語です。

*****

(アーシアSide2 その3)

サーシャさんの話で分かったのは初代のことだ。俺が知りたいことのほとんどがその情報にあったからだ。だがそれでも俺は分からないことが多くある。そもそもサーシャさんが話した内容は初代魔王についてのことであり、二代目や三代目については一切語られなかったのである。それに初代は何故、初代と初代を殺した初代が、自分を殺してくれた相手に、そんなことを頼んだのかも理解できなかったのだ。だからこそ俺はその答えが欲しかった。しかしサーシャさんからは初代についての話だけで終わってしまった。俺はそれでも満足したかったのだけど、どうしても聞きたくなったのだ。

それはなぜ二代目と初代が殺し合ったのか、そのことについて。

サーシャさんが話してくれた内容の中で気になったことを尋ねた。すると彼女は初代は初代魔王を殺すためだけに初代の力を受け継いだのではないかと口にする。それは二代目も同じだと言う。だから二代目と三代目も争うことになったのだと言う。しかしその話を聞いているうちに、何か引っかかりを覚えた。

いやまぁ確かに初代の話だけ聞けばそう感じるんだけど――しかしそれだけなのだろうか? そうじゃない気がする。初代と二代目は初代の仇を取るために二代目を殺そうとしたというわけなんだろうけど――初代はどうして初代を自分の手で殺してくれないのだろう? そんな事を考えてみたりする。だけどサーシャさんは何も教えてくれなかったのだ。まぁサーシャさんからしたら初代と初代の知り合いだったというだけの関係だから、それ以上教えることはできないのだと思うが――だがそう思った時、サーシャさんは違うというように首を横に振ったのだ。そして初代から聞いた言葉を伝えると――

――初代と初代の知り合いが言ったらしいよ、初代が自分に勝った時に、その勇者に魔王の力と剣を与えるってね。そして初代は初代魔王に勝って――そして魔王の剣で殺したとさ。その話を聞いた時の気持ちは、よくわからないけれど、きっと私じゃ想像できないくらい複雑な感情なんだと思う。そして今、私がここに存在しているのは、そのお陰なんだと。

「――」俺は黙ってしまった。そしてしばらくしてから、もう一度尋ねようと思ったその時――なぜか初代の言葉を思い出していた。初代が語ったその言葉を――

『僕はその勇者に約束したんだよ。君に必ず勝つと』

「あ――」

俺はその言葉の意味を――いや初代の本当の狙いを理解したんだ。俺には初代の記憶が流れ込んできているが初代の記憶は初代の視点でしかない。つまりは、俺には記憶はない。だが、俺の中にも初代が存在しているんだ。そしてその初代の記憶の中に、その会話が存在したのである。そして初代の狙いを察することができたんだ。だがそれを確信に変えたいという欲求が生まれ――しかし、初代の望みを叶えてあげたいという思いもあるわけで――

そんなふうに悩んでいるとサーシャさんが心配そうな顔で俺の顔を見ていたのだ。なので、俺が初代と初代の仲間とのやりとりで疑問を持ったということを話すと、彼女は驚いた表情をしたのだった。

それからしばらく俺は考えていた。サーシャさんとリリスさんは静かに俺を見つめていて、そしてアーちゃんとネロさんとフラさんが少し離れた場所から見守っていたのである。俺はその状況で、ふとある考えを思いつく。そして俺は初代の仲間たちが残していった魔王の剣を眺めて、それなら出来るんじゃないかと思うことがあったのだ。そういえば魔王城の地下に初代が初代に殺された際に一緒に消滅させちゃったというか吸収されたはずの魔剣があって、それは魔王城の最深部に保管されていたのであった。なので、そこに行けば魔王の剣はあるはずだし――そこで、俺は閃いたのだ。そして思いつきを実践すべく立ち上がるとアーシアに声をかけた。するとアーシアはすぐに行動を開始する。

俺はまずリラックスするために深呼吸をして心を落ち着かせる。それから精神集中を始めた。そして俺はイメージをする。

「ん~っと、魔王城地下か――よし!」

すると視界が真っ暗になって何も見えなくなった。しかしすぐに意識だけははっきりしてくるのである。そして目を閉じているにも関わらず周りに何があるか把握できてしまったのだ。どうやら無事に成功できたようだな。これで魔王の剣のある場所に転移することが可能となったのだ。そして目を開けてみると――そこは先程まで俺が生活していた部屋ではなくなっていた。

そして見覚えのある場所。

ここは魔王城の中にある研究室。

その部屋には大きなカプセルが置かれており――その中には初代魔王の肉体が存在していたのだった。

「やっぱりここが正解だったな。しかしまさか、あの魔王城の中に、初代魔王の魂が封じ込められているなんて――」

俺は初代が消滅した後に、その力を初代魔王から引き継いだという存在を初代の仲間だった者と仮定していた。だが魔王城の地下にあった魔剣を見て――それが魔王だったと知ったのだ。しかしそれが誰か分からなくてずっとモヤモヤしていたが――今はそれがはっきりと分かったのである。それは初代の仲間であった者の子孫――子孫といっても魔王の力を継いだのはその子孫ではないのだが――とにかくその者が残した記録を読んだからだ。そこには、その先祖にあたる者が書き記した初代魔王についての情報が残されていたのである。その初代は仲間達と旅をしていた時に出会った魔族の女性と結婚し、その後、子供を授かったそうだ。そして子供の名前はアマリアと名付けたそうである。その初代の父親は初代の妻が持っていた魔力の全てを使い果たし、妻が亡くなった直後に消滅したらしく――その初代の子供は母親の死後、父親と一緒に暮らすことになったのだという。初代は父親の血を継いでいて凄まじい力を持っていて、しかし性格は母親似で優しく、争い事が苦手な少年だったらしい。しかし魔王として覚醒してからは冷酷になり、自分の目的の邪魔になる者には容赦せず、また必要だと判断すれば、その者達を平気で殺してしまうという面も持っていたのだ。そんな初代だったが二代目に魔王の座を譲られ、その二代目も三代目に譲ると決めた後は平和主義者へと戻っていき、そして四代目が誕生すると再び初代としての魔王に戻ったのである。しかし四代目と三代目の間に起きた出来事がきっかけで初代は魔王としての存在を維持することができなくなったのだと言う。初代魔王は自分の後継者が二代目しかいないという状況だった。だから自分が消えたとしても問題はなかったのだ。しかし四代目が殺された後、五代目が誕生してしまったことによって、その魔王を放置するわけにもいかなくなってしまったのだ。四代目の子供たちが争うのは二代目も望んでいなかっただろうし、初代は初代なりに四代目のことを可愛がっていたようなのである。だから初代は四代目が死んでから十年経ってようやく自分の意志で動くことができたらしい。

そして五代目の元に現れた彼は自分の意思を彼女に継承して貰おうとしたのだ。二代目や三代目には初代の力を継承した者が存在していなかったから、彼は三代目に自分の力を渡さなかったのである。

「三代目の子供が初代に殺されてるんだっけ?」

確かそんな感じだったはず――まぁ二代目の子供のことも書いてあったけどさ。三代目は四代目の孫だし二代目の孫でもあるんだけど、四代目とは母親が違っていて兄弟関係がない。しかし初代の分身体は自分から受け継いだ四代目の血と初代の分身体の血を受け継いだ三代目の子を殺すことはできなかったようである。それに初代は自分の血を引く者を大事に思っていたようだから尚更だろうな。二代目や三代目の子は初代にとっては自分の子供のようなものだったのだ。だから二代目は三代目にその力を継承させることを選んだのだと思われる。しかし、初代の力が強すぎたのか、その五代目の子供にその力を宿すことは出来ず――初代は初代の意思を持つ者との融合を試みた。

そして誕生したのが俺ってことだよな。

「さてと、じゃあ始めるとするか」俺はカプセルの前に立つと手をかざした。そして魔法陣を発動させる準備に入る。初代に聞いたやり方で魔王の剣を呼び出してみることにしたのだった。俺がやろうとしていることは、俺の中に存在する初代の記憶を使って二代目と三代目に干渉して剣を渡すように仕向けようというものである。そしてその剣を手にした俺は勇者となって魔王を倒すつもりだったのだ。だが今の俺は勇者じゃなくただの一介の冒険者である。二代目と三代目をどうにかすることはできないかもしれない。しかし可能性はあると思っていた。何故なら初代は勇者の力を持っている。ならば、二代目だって持っている可能性がある。いや持ってると確信している。初代は言っていたんだ。

『僕はその勇者に約束したんだよ。君に必ず勝つと』

その勇者こそが二代目だと信じているから――だから、二代目も約束を守るために初代と同じ方法で俺に接触してくるに違いないと考えていたのだ。

そして俺は初代の言葉通りに初代の魂を呼び寄せたのである。

俺は目を閉じたまま精神を統一していく。そして意識の中に入って来た初代と会話を開始したのである。初代は俺が魔王城にやって来た経緯と目的を知ると、驚きの声を上げていたが――だが俺に協力してくれると約束してくれたのだった。そうして初代は俺の記憶を探るための記憶共有を申し出てくれたのである。俺はその提案を受け入れた。俺がこの世界にやってきたのは約百年前のことだと、そして魔王になった経緯についても説明をした。そうしてから記憶共有が始まったのだった。

俺はその瞬間、自分の記憶の中から二代目の姿を見つけ出していた。そして同時に、彼が勇者であることを確認することが出来たのである。やはり二代目が魔王に覚醒するのは勇者になってからなんだと改めて確信したのである。それからしばらく初代と話を続けた。初代の話を聞いていくうちに、二代目の人となりについて知ることができたのだ。二代目は確かに初代が言っていた通り優しい人間なのだと思う。

『君は僕に似ているよ』

初代は最後に俺に対してそう言って消えていった。初代は本当に嬉しそうな顔を浮かべながら満足そうな表情をして――そして俺の記憶の中から消えていく。それと同時に、俺の中に何かが入り込んできたのを感じた。俺は目を開くと――

そこには俺を見つめていた初代が立っていたのである。

初代魔王は俺を見て驚いた顔をすると、すぐに笑ったのであった。

初代魔王が初代として復活を果たした。そんな衝撃の事実を知った俺であったが、しかし、そんなことは今はそれほど重要ではないと思い直していた。重要なのは目の前に居るのが、あの初代魔王であるということである。しかも彼は俺を見て笑っているのだ。

「――」

俺は無言で彼の姿を観察する。そして俺は彼に質問をした。

「――あなたが魔王に覚醒する前の名前を、俺はまだ知りません」

「んーそうだなぁ。もう名乗る必要はないかと思ったからね。でも――」

「いえ、聞いておいた方がいいと思います。あなたのことを知るために」

「そっか、それなら教えておくかな」

それから俺は初代に名前を聞いたのである。そして俺はその名を聞き、その名前が先代の魔王でありリリスの父親の名であったことを思い出したのだった。

俺は二代目魔王として生まれ変わった初代を魔王城にある研究施設へと案内することにしたのだ。そこで色々と検証する必要があると考えたからである。初代が二代目へと力を継承する際に、どうやって力を受け継いでいるのかを調べる必要を感じていたのだ。そこで初代から色々な情報を得られた俺はそれを試すことに決めたのである。その前にまずはサーシャさんとネロさんの誤解を解かなければならないが――その前にネロとアーちゃんを連れてこないといけないし。

初代の案内で、俺は地下へと降りて魔王城の研究室へと向かった。そこで初代は二代目が使っているのであろう魔剣を手に取ると、興味深げに眺めていた。そして初代は呟く。

「ふむ。こんなに小さな剣が僕の本体か。しかし凄まじい力を感じる。これがあれば、君のお母さんを助けられるかもしれなかったなぁ。いやまぁ――結局、あの子を助けることはできなかったけどさ」

「その剣に初代が触れても、初代が消滅することはないんですか?」

「うん。今のところは何も起きていないようだ」

「初代が魔王に覚醒したことで、その肉体に変化が起きたとかは――」

「ないはずだ」

「そうですか――なら安心しました」

「ん? どうしてだい?」

初代は不思議そうな顔でこちらを見てくる。

俺は二代目魔王が誕生したことで初代魔王は死んだのではないか――などと考えて不安になっていたことを初代に伝えた。そして初代は笑い声を上げた。その姿を見て俺は安堵する。しかし初代はそんな風に思われていたことが可笑しかったようだ。

「――まぁ君にそんな勘違いをさせた原因は、おそらく僕が消えた後の出来事だと思うからね。僕は魔王にはならなかったわけだし、消滅したのも二代目が魔王として復活した後だからね。それで死んだんじゃないかと思われたわけだろ。でもさ、消滅したのはあくまで初代としての記憶と能力だけなんだよ。魔王としての人格は今も健在というかさ。だから、こうして生きているんだけどな」

「つまり――どういうことなんでしょうか?」

「う〜ん。例えば二代目は三代目を産むまでは二代目のままだし、三代目は三代目なわけだ。三代目の子供も三代目なんだよ。三代目の子供は四代目になる。四代目の子供は五代目で、その子供は――という感じで、僕は魔王としての人格を保持しつつ、何度も生まれては死ぬを繰り返すことになる。そういう存在になってしまったということなんだよ。二代目の子供たちが魔王になってからもそれは変わらないからさ。だから二代目に力を継承してもらうっていうのは不可能なことなんだよ。二代目と僕は同一人物じゃないんだから」

「初代が二代目に力を引き継ぐことはできない――」

「そうだ。それに君の場合は、二代目の力を継承できる可能性がある。君は二代目の子孫な上に二代目の力を有している可能性が高いんだ。君の中に流れている初代の力を受け継いだ二代目の血と初代の力を受け継ぐ君は、どちらにも当てはまる可能性を秘めているということになるわけだよ」

なるほどなと俺は納得した。確かに俺は二代目の子供だけど血は半分しかないし、勇者の血も受け継がなかったわけで、どちらかと言うと初代寄りの存在であると言えるかもしれないなと思うのだ。俺の中に流れる二代目の血よりも初代の力の方が濃いから二代目とはちょっと異なる部分があるのは間違いないだろうけどさ。しかし俺はそんな風に見られていることに驚いてもいた。二代目の子供が勇者の力を受け継がず、俺に勇者の血が流れているのは何故だろうと思っていたからだ。まぁ勇者にならずとも普通に生活していただけで、その勇者の血が薄れていった可能性もあるけどさ。初代魔王が言っていた通り、俺の身体は半分が魔王の血であり、半分が初代の血を引く者でもあるわけだからな。

初代は剣を鞘に戻すと「それにしてもこの剣は凄いな」と呟いた。

「その剣って――」

俺は初代の言葉に反応した。俺の視線は初代が手に持つ剣に向けられる。

すると初代は自分の持つその剣を俺に差し出したのだった。

俺は差し出された剣を手に取った。俺は初代が持つ剣を凝視する。俺が知っている勇者の武器といえばこの剣くらいのものだ。

だが――違うのだろうか。勇者の力が宿った特別な装備であるのは間違いないとは思うが、勇者の力が宿る前から存在した普通の剣だとしたら俺が知らないだけで、他にも勇者の力が宿った装備は存在するのかもと思えたのだ。そう考えた時、初代魔王の剣が特別であるという確証はなかったのである。俺は初代に剣を返すことにした。

「この剣に初代が興味を示すということは、やっぱり初代が知る限りの剣と似ていますか?」

「そうだねぇ。見た目は全く一緒とは言えないけど――勇者の力とやらには関係がないかな。勇者の力がその身に宿れば――その力に応じて姿を変えるらしいから。勇者の力を持つ者が持てば勇者の持つ武具に――他の人が使えば、ただの強力な武具となるはずさ。そして勇者以外の者に力を渡そうとすればその形を変化させる。だから勇者以外が持つ場合は力を失う。その性質上、君の中にある初代の力を引き出すことは不可能だと思うんだよね。そもそも僕ですら初代の力は扱えなかったんだ。それが君に扱えるとは思えないよ。そして仮に扱えているとしても、それは初代が君に託した力ではない。その剣は元々君の中に存在している力――」

初代の言葉を受けて、俺の心はざわついた。この世界に来てから初代の言葉の意味を考えさせられることが多かったのだ。

俺はこの世界の人間じゃないし――そう考えてしまったからである。初代の話を聞いていくうちに俺は俺自身が何なのかがわからなくなっていたのだ。俺の中に眠る初代の記憶は本物なのだろうか? 俺の中には初代の記憶が眠っているし、初代の記憶が本当ならば初代の言うように俺の中に存在する力は二代目魔王として目覚めることで初めて得られる力なのだろうとも思えるのだが、その記憶は真実だったんだろうか? というか俺は本当にこの世界の人間なのだろうかと思ってしまったのだ。初代から伝えられた情報が嘘だったという可能性もありえるからな。だって俺は自分が元の世界にいた記憶を持っていないんだし、そのせいもあって自分の記憶が偽物のような気がしてしまうことがある。そして今、改めてそんなことを考えてみた結果、自分の中に何か別の生き物がいるような感覚が芽生え始めた。自分の意識とは別の何者かが存在するような、そんな気持ち悪い感触を覚えたのである。それは俺の中に初代の存在があったとしてもだ。自分の中の違和感に嫌気を感じてしまう。

「――」

初代が俺に剣を渡すと「君なら、あるいは使いこなせるのかもしれないな」と言った。それから彼は少し悲しげな表情を浮かべたのであった。そして初代は「初代の力を使うことは出来ないけど、僕が初代として君の中で生きていた事実をなかったことにはしないでほしいな」と言って笑ったのだ。そして俺は彼の言葉を嬉しく思いながらも「もちろんですよ」と答え、剣を返してあげた。

すると初代は、その剣を受け取るなり、その剣に向かって話しかけるのである。その様子はどうみてもおかしい奴にしか見えなかった。

俺は初代が変人扱いされるのも仕方ないのかと苦笑する。

それから俺は研究室にある実験用の魔物が入った檻を開けると、その中へと初代の持っていた魔王の証を突き刺したのだった。俺はそれを見届けると初代に振り返り、初代に言った。

「初代、それじゃあ行きましょうか」

「うん?」

「初代が持っている魔王としての力を引き出せるかどうか確認するためです。まずは初代を魔王へと覚醒させるところからですね」

俺の目的は先代が復活することではない。先代が俺の中にいるのならそれでいいし、俺が二代目となってしまっても先代の記憶を持った存在で在れればいいと考えている。でも先代はもういないから、今の魔王は二代目であり二代目が俺ということだ。だからこそ二代目を覚醒させることが必要だった。初代の記憶を受け継ぐためには、初代を二代目に継承させなければ意味がないからだ。そのため二代目を覚醒させるための儀式の準備をしていたのである。魔王になるためには魔王城へ行って手続きをしなければいけないが、覚醒するには儀式が必要なのだ。ちなみに魔王の即位にはいくつかの条件があるが、その最たるものが初代魔王の生まれ変わりであることが条件なのである。つまり初代は覚醒しているからこそ、俺が二代目となった時に魔王になれるということだった。俺は初代が魔王になる際に覚醒できるかの実験を行ったのであった。結果は――初代を魔王として覚醒できたから成功したのであって、俺にはまだできないということがはっきりしただけだった。

「ん? それは構わないが――君は僕のことが恐ろしくないのかい?」

初代は不安げな顔でこちらを見てきた。

「恐ろしいですか? どうしてですか?」

「どうしてって――君は魔王の力がどういうものか理解していないんだろう?」

「それは知っていますよ。勇者をも超える力があるんでしょう?」

「そうだ。魔王はその強大な力のために、魔王になった者は例外なく、その存在自体が魔王となるんだ」

「えっと――俺は魔王にならないんじゃないんですか?」

「いや、なるはずだ。僕はそのつもりだったんだけどね。でも、君の身体が魔王の血によって変化した場合、初代としての君と勇者の血を引く君とではどちらが魔王になるのかという問題が出てきてしまう。つまり勇者の血を引く僕が魔王になれば、僕と君は同格になるんだよ。魔王という存在には絶対的な存在理由が必要とされているんだ。その力に相応しい器を持っていれば良いんだが、勇者の血を継ぐ者が魔王になった場合のみ――勇者の力と同等の力を魔王が持つことになる。その力の差があまりにも大きい場合――勇者の力を得た方が勝つと言われている。勇者が君の中にいて勇者以上の力を持っているから、君は勇者の血を受け継ぐ者ということになるわけだ。その場合に限り君は魔王になることが可能なんだ」

初代の説明は、俺にはちんぷんかんぷんなものだった。要は初代が魔王になるよりは勇者の血筋を持つ俺が魔王になるほうがマシってことだよな。俺がそう思うと、初代は首を横に振って否定してきた。

「違う違う。君の中にいたら勇者の力なんて無意味なんだって。君は勇者の血を引いていても勇者ではない。ただの一般人だよ。むしろ勇者よりも弱い可能性すらある」

「そうなんですか? ただ単に勇者の血族が俺しかいないから仕方なく選ばれただけで勇者の力が俺に流れたっていう可能性はないんですか?」「う〜ん。勇者の家系に生まれ、勇者の血が流れるから勇者に選ばれたというのは間違いじゃないだろう。勇者の血族が君だけだから必然的に選ばれることになった。だが、それだけではないと思うよ。君が選ばれたのは勇者が認めたからじゃないかと思うんだ。君の中に流れる勇者の血よりも勇者本人の血が強いんじゃないかと思うんだよね。僕は君の中にある血の方が濃いと思っている。そして初代の血を受け継いだ二代目魔王が現れた時は初代の力を使うことができるらしいけど、初代が選んだ二代目が僕の場合と違っていたからなぁ――君の場合はどちらなのかわからない。初代の血が強く出て僕と君が融合するか、君の中の初代血が勝って勇者が魔王を選ぶような結果になるか、その二択なんじゃないかなって思っているよ」

俺はそこまで説明されてもよくわからなかった。とりあえず俺の中に初代がいるから勇者の力を手に入れたら魔王になれちゃうかもという話なのだろうか。よくわからん。初代は続けて「勇者が魔王を選ぶって言っても――勇者が君を認めた場合は魔王ではなく勇者に選定されることになってしまうかもしれないから、魔王と勇者の関係は微妙だけどね」とも言っていた。魔王と勇者の力は別物だが魔王に認められると魔王になるみたいな話をしているようだったが、俺には難しい話で頭が痛くなる。勇者の力は俺の魂に溶け込むような形で宿っているため――もし勇者に認められても、勇者が魔王を選べるとは考えにくかったのだ。だが勇者に選ばれれば魔王にだってなれる可能性もある――というところだろうか。正直に言えば初代の話があまりピンときていなかったので、どうにも納得がいかない部分もあった。

初代がそう口にするなり――突然のことだった。研究室に設置してある水晶に光が集まり、やがてそこに人の姿が映し出されたのである。俺は初代が呼んだのかなと思ったが、初代が驚いていることから俺がやったわけではなかった。そもそも俺はこんなことはできないからな。

俺は一体誰が――そう思った時だった。「久しぶりだな」と俺の目の前にいたはずの初代の声が俺の耳に届いたのである。

「これは夢幻神!?」

俺は初代が叫ぶのを聞いて、彼が何を言っているのかがすぐには理解できなかった。ただ、水晶に映った人物が初代の知っている人だということだけは理解したのである。

俺の意識が現実に戻る。すると、初代の姿はもうなかった。俺は初代が最後に残した「君は誰なんだい?」という言葉が耳から離れず、少しだけ寂しい気持ちを抱くのだった。


* * *

私はアーシアさんと一緒に王城にある大広間に向かっていた。そこには私の大切な人がいるのだ。そして私は、これから私がしようとしていることを後悔していたのである。きっと彼は私を許さないだろう――それでも彼はこの世界に必要な人なのだ。そして私に出来る唯一のことは彼を止めることしかない。そんな決意を固めながら歩を進めていると――不意に横合いの壁が崩れ、何かが飛び出てきたのである。私はそれがなんなのかを察知すると慌てて避けようとしたが間に合わなかった。しかし何かに衝突したことでそれは軌道を変え、壁に突き刺さる。私はホッと安堵のため息を漏らすと、「リリスちゃん! 危ないです!」という声に我に返る。見ればいつの間にか近くに立っていた男が私のほうを見ていた。そして男の隣にはアーシアさんの師匠だというあの少年もいたのである。「大丈夫?」と男の人が心配してくれたので、私は慌てて謝るとその場から走り去ろうとした。けれど「ちょっと待ってくれないか」と彼に呼び止められたのだ。

「どうして俺なんかのことを――」

男は困惑気味だった。無理もない話である。何故なら――その青年の顔立ちはどう見ても、あの時の魔王とそっくりだったのだから。魔王と同じ顔をしているということは――その人物こそが、二代目の魔王なのであろう。つまりは初代が会いたいと言っていた人物なのだろうと推測できた。

「あなたは初代様にお会いしたいとおっしゃっていましたが、私を――魔王の器候補であったこの女を連れてきてくれば良いのですよね?」

そう言うと男はこちらを見たまま何も答えずに固まってしまった。

「あれ? もしかして違うんですか?」

「ああ、違う」

「えっと――それじゃあ一体、何の用でしょうか?」

魔王に会いたいとは思っていたが、まさか本人が現れてくれるなんて思いもしなかったので内心驚きながらも、私は動揺を隠したまま会話を続ける。するとその人はゆっくりと近づいてきた。そして――「初代が消えたのは君たちのせいかい?」と言ってきたのである。

その質問は、私たちの予想の範囲内のもので――「えっと、多分そうなりますね」と答えたのであった。

魔王様から衝撃の事実を聞いた私たちは、そのまま城から出ていこうとした。しかし魔王が許してくれないのである。どうせなら魔王の器に魔王の力を継承したほうが手っとり早いと提案され、仕方なくそれを了承した。それからしばらく経った頃――ようやく解放された私はアーシアさんと合流するために城を出た。だが、そこで予想外の光景を目撃してしまう。それは勇者とその仲間たちに魔王を封印されてしまったということであった。しかも封印は一時的なものであり、勇者たちは必ず魔王の復活を望んでいるらしいのだ。そのことを聞いて、私は自分の愚かさに気づかされた。魔王は勇者に倒されるためだけに復活したのであって、決して復活させていい存在ではなかったからだ。

そして、ついに――勇者が復活したらしいという噂が街で囁かれていたのであった。勇者が復活してからすでに半年が経過しているので――勇者はすでに魔王を封じる結界を突破していてもおかしくない頃合いだ。そうなってくると問題は、いつ勇者が再び現れるのか、ということである。

「それで君は今どこにいるのかね?」

魔王の問いに対して俺は正直に打ち明けた。初代のことが気になったから探しているんだということを。初代と会える可能性があるのであれば、俺は魔王の力を使ってもいいと思っていることも伝える。すると初代が魔王になったら魔王の力で魔王になった初代を探すことができると言われたので、とりあえず魔王になった初代に会うことにするのだった。


* * *


* * *


* * *

*

――魔王の器候補と勇者一行が対峙した数日後のこと。

僕は久しぶりに外の世界に出た。といってもここは僕の部屋である地下の部屋なんだけど。でも僕にとっては十分すぎるほどの刺激だ。

それにしても勇者がまた現れたとはね。

魔王の封印を破ったのか、もしくは――別の理由なのかはわからないけど、どちらにしても勇者が動き出したことは確かなようだった。

まぁ勇者の目的も大体わかるけど。初代とやらを魔王にするのを諦めたんじゃないのかな。でなければあんな行動には移らないだろう。つまりは魔王を復活させて初代魔王と勇者が戦うことで得られる力を手に入れようというわけだろう。初代の魂が君の中で眠り続ける限り、君と勇者の力の奪い合いになることが予想される。そうならないためには君の中の初代血が君よりも強い力を手に入れるか、初代が君よりも優れた力の持ち主になる必要がある。初代は力に固執しているようだけど、おそらく勇者の力を得て勇者が魔王を選ぶようになれば君の目的は達成されるから勇者の力を宿したままの方が都合が良かったんだろうね。だが勇者が新たな方法を考え出してしまえば初代が君より優位に立つのは難しい――そうなれば初代血が勝つことになるはずだから、勇者が初代の身体を手に入れたら初代は消えることになると思うよ。ただその場合だと勇者に初代の血が勝ったとしても、魔王になれるのは魔王の血族だけ――ということになるから君の目的を達成するには難しくなるけどね。

僕はそんなことを思いながら――目の前で震えている二代目を見る。どうやら彼は勇者の仲間として戦わされていたらしいが、結局勇者から逃げ出して僕の前に現れたというわけだ。そんな二代目は僕を見ても腰が抜けたようで動こうとしない。どうすればいいんだろう。そう思ってとりあえず放置してみる。そのうちに恐怖からか勝手に死んでいた。

うん、これでしばらくは大丈夫だろう。

さぁこれからどうしようかな?

「お疲れさま」

魔王は俺が戻ってくるなり労ってくれた。初代は俺に魔王になれと言うだけ言って満足してしまったのかどこかへ消えてしまい、その後すぐに二代目もいなくなったのである。俺はなんだったんだろうと疑問を抱いたものの――特に気にせずに城に戻ったのだ。すると初代が待っていてくれていて「君に話したいことがあるんだ」と真剣な眼差しで告げてきた。俺は一体何の話をするのだろうと思って身構えたものの、初代の口から出てきたのは意外な内容だった。

初代は自分がこの世界に復活する前、初代が生きていた時代について語り始め――初代の時代から二千年後にあたるこの時代で勇者に封印されたことを教えてくれたのだ。どうも勇者が初代にかけた封印は不完全なものであったらしく、それが今回復活したきっかけになってしまったようだ。その話をしてくれた後に、二代目がなぜ突然俺の前に現れて襲いかかってきたのかという謎についても教えてもらった。なんでも俺の中にある初代血の中に初代の記憶が流れ込んできたらしいのだが、そこに映っていたのが自分を殺そうとしてきた二代目の姿だったというわけだ。俺が初代から話を聞いた後は、初代も初代で「そういえばそんなこともあったなあ」なんて言い出し――俺は思わず苦笑するのだった。ちなみに俺が聞いた二代目の過去話というのは初代との壮絶な殺し合いに関するものだったりする。ただ初代は戦いの時だけ感情豊かになって、それ以外の時は基本的に淡白な性格をしていたそうなのだ。二代目は初代と違って人間に近い考え方をするようになったらしく――魔王という役割を与えられてから初代と二代目の人格は混ざり合うようにして誕生したらしい。なのでどちらかというと初代が表で、初代血が裏――といった感じになっているとのことで、そのため魔王は初代ではなく二代目と呼ばれているのだそうだ。初代と初代血は仲が悪いわけではなく――むしろお互いに理解し合っているため喧嘩など一度もしたことが無いとかなんとか。そして初代血が言うには魔王は代々同じ顔つきをした別人が受け継がれていくらしく、それが先代魔王を慕うあまりのことだというのが今の魔王の特徴となっているという話だ。そして初代血によると魔王の器というものは存在しない――ということらしい。初代の血を引き継ぐものは生まれないのだという。これは二代目が「魔王になれば魔王が器となるはず」みたいなことを言っていたことから予想できたことなのだが――実際にそういう仕組みが存在していると聞くと驚きを隠せない。だって魔王は俺が魔王になる前にすでに復活していたのだぞ? その事実だけでも驚くべき話だというのにもかかわらず、魔王になると初代と同じ顔をした別の存在になるというのだ。つまり初代魔王はずっと一人のままであり続けているってことなんだろうか。それとも初代も魔王になってからは魔王の器を用意できる存在になったという可能性も否定できない。というかそれしか考えられない。なぜなら俺という存在がいなければ初代魔王が二代目魔王に転生することなんてありえないからだ。それに魔王の血が流れている者が生まれるなんて話、俺は初めて聞いたんだ。その辺りは初代から詳しく話を聞いてみたいところだ。でもその辺を詳しく話すには初代に会わなければならないのだろう。そして会えるかどうかは正直微妙なラインではある。何せ初代に会う方法はもう無いに等しいのだから。

しかし初代血は「心配はないさ。きっと初代も君に会いたいと思っているに違いないよ。だって彼もまた君の中に初代の気配を感じ取っているからね。だから君が初代を探して会いに行くという行為は決して無駄ではない」と言っていたので、初代が魔王の器を必要としているなら――俺はそれに応えてやりたいと思ったのである。

俺は今――地下にいる。初代から話を聞くために初代が暮らしている場所に向かったら、「僕が君の力になろうじゃないか」と提案されてしまい――今は魔王の力を継承することになった。それからしばらくしてから俺は、俺以外の全員が地下に下りてくるのを待って魔王の力と記憶を引き継いだ。するとどうだろう。魔王になったせいなのか、それとも歴代魔王たちが受け継いできた膨大な量の力が俺の中に入り込んでしまったせいなのか――とにかく魔王になっていないはずのアーシアさんですら感じることのできる強大な力を身に宿すこととなってしまったのである。魔王と魔王の器が接触したことで、俺に魔王の力の一部が宿ったのだと言われても驚かなかったね。それほどまでに魔王と魔王の器とは密接に関わりを持っているんだなあと感じた瞬間であったよ。それにしても初代は一体どこに行ってしまっているんだ? そんな疑問をアーシアさんが呟いた後、俺とアーシアさんと魔王の三人が揃って初代の行方を捜したが――見つからなかった。どうもこの世界から出て行ってしまったのではないかと思ってしまうような形跡はいくつか発見したんだけれど、どれも確証のない憶測にすぎないものばかり。しかし初代を探したいという気持ちは俺たち三人の心の中にあったと思う。そしてそれは初代の血を体内に取り込み、初代の力を得た魔王も同じだと信じている。

そこで俺は初代を探す旅に魔王を誘おうかと考えたんだが――初代がこの世界で復活するのはおそらく無理だ。何故なら俺はこの世界で魔王を探さなければならないからである。それは初代血から言われたことなんだが――初代の血は初代が死んで以来――二代目魔王に受け継がれてきたそうなんだ。ということは初代は二代目が魔王になった頃に再び復活してくる可能性が十分にあり得るわけだ。もし初代が復活したら二代目と初代は争うことになる。つまり初代がこの世界で復活して、しかも勇者によって殺されることがないという状況を作り出せる可能性が出てきたわけである。

初代が復活するかもしれないという事実を知った時は、まさかと笑い飛ばしてしまった。だけど魔王の話を聞き終えた俺は、やっぱり魔王の血族から初代が誕生する可能性が高いんじゃないかと思えて仕方がない。だからこそ初代の血を受け継いだ二代目は俺に初代のことを訊きに来ているわけだし。ただ仮に二代目が魔王の血を濃く受け継いだ者だったとしても、二代目と二代目の魔王の間にも初代の血は引き継がれていると思うんだよね。二代目の二代目である三代目もそう。だから三代目の誰かにも初代の力は宿っていると考えてもいいはずだ。だとすれば魔王の血族には必ず初代の力が存在することになる。

ならば初代の魂が初代に力を与えてくれる可能性もあるだろうし、この世界に戻ってくる可能性があるのではないかと思ってしまうのは当然のことだと思うんだ。俺がそんな考えに至った経緯を初代に伝えた上で一緒に初代血を探さないかと提案したが、初代血は魔王の力を得てからの俺に期待を寄せているから初代捜索を手伝うつもりは無いとキッパリ断られてしまい、結局俺は初代血が納得するような答えを見出せないままに地上へ戻って行くしかなかったのである。

そして地下から戻ってきた俺に待っていたのは初代と初代血との話について知りたそうにしている皆の姿。まぁ気になってもしょうがないだろうな。

初代と初代血はどんな会話を繰り広げていたのか――その問いに対する回答は「これから先のこと」だ。二人はこれから起きるであろうことについて話し合っていた。そしてその話が初代と俺に関することでもあり、初代は二代目を仲間に引き入れるための説得、二代目血は俺を殺すための協力――というようなことを初代が言っていた。俺はそれを聞いていただけで、二人が何を企んでいるのかは全くわからなかったわけだけど。

ただ一つわかったことがある。初代は自分が復活する方法をちゃんと考えていたのだ。俺を器にしようとはしているけど、俺に魔王の力を与えるためだけに俺を殺そうとしていたわけではなかったようだ。俺は初代が俺に初代の魂の一部を取り込ませる方法――もしくはその方法を利用した俺の新たな人生について考えているものだと予想してたんだが――いや、もしかすると俺を魔王にすることがそもそもの目的であって、初代の血がどうこうという目的は副産物にすぎなかったのかもな。ただそれでも俺を殺そうとした事実は変わりないし、俺としてはその辺りもはっきりさせたかったんだけどな。何はともあれ――俺は初代と二代目が話し合いをしている間、ずっと黙って話を聞いていることしかできなかった。だから結局何もわからぬままに終わってしまったという訳である。

でも初代が復活するための準備を整えておきたいという考えがあるということだけは確信できたので良しとするしかない。初代血が「君は私と初代が再会した時のために備えておいたほうがいい」と言ってきたからね。初代が復活する日を少しでも早くしたいのであれば俺もそれに従っておくべきだろう。

さて、そんなこんなで俺が魔王になったという話はこれで一区切りがついたってことになるな。しかし魔王になる前と変わらない日常を俺は過ごしているわけで、これから俺はどうしていくべきなんだろうか――

俺はダンジョンの外に出ている最中に考える。魔王になってから三か月くらい経過したのだが、今のところ大きな問題も起こっていないし順調すぎるぐらい順調に進んでいるのではなかろうか。そういえば先週あたりに勇者召喚の儀式が行われたらしい。それを聞いた時は流石に耳を疑ったが――俺が知る限りこの世界ではまだ勇者が生まれてこないはずなのだ。つまりこれは偽物か本物かということになり、偽物の方は魔王の血族の誰かが作った可能性が高いと思われる。俺が魔王の血を受け継ぐ者が作り出した偽物を始末するためだけに勇者召喚を行うのも馬鹿らしい話だから、その偽物は放置するつもりなのだが。

それに加えて最近になってまた新しい問題が発生しつつあるのだ。その問題が何かと言うと――魔獣たちが増え続けていることである。元々ダンジョンの外に出現することの無い魔獣たちは、他の場所でも目撃されるようになっていたのだ。それも俺の領地内で。もしかすると魔王の血が関係していることも考えられる。

この世界の各地で魔王の血族たちの活動が盛んになってきているという話は先代魔王の血を引き継いだ二代目が話してくれた。魔王の血族は世界中に散り散りに存在していて、二代目の血族たちが各地の魔王の血族を纏め上げようとしているらしい。

その動きは先代魔王の時代に比べて遥かに活発化していて――特に二代目血は歴代魔王の中でも最も優秀とされているだけあって血の統率力も相当なものになっているんだとか。二代目の血族は血の濃さによって血族内での優劣が生まれ、その優劣は実力と権力でも表れるらしく、初代の血を一番濃く受け継いでいるのが初代血で二番目に受け継いでいるのが二代目血なんだそうだ。

初代の血と二代目の血には圧倒的な差があって、二代目の血では初代の血を超えることは不可能だろうと言われている。そんな感じなので初代血が魔王の座に就いてから二代目に魔王の座を譲ろうとする血はほとんど居なかったということだ。それもあって二代目血は血族内でも相当浮いた存在になっていたらしい。そんなこともあり、先代魔王の時代は平和そのもので魔王の力が強大だったのも相まって誰も二代目血のことを悪く思うようなことはなかったんだそうな。

それがどうだ。今現在二代目血を悪だと決めつける者が多く現れていて――その勢力が大きくなってきており、今では魔王の血の中で一番強いのは自分だと自負している血が何人か居るんだとか。それこそ魔王の力を手に入れてからの俺が簡単に勝てるような相手じゃないだろうと思えるほどの血までが、血族の長になろうとしているんだそうな。ただ二代目の血と初代の血の力を考えれば、俺に敵うのは二代目血だけだとは思っているんだが。

まぁ初代の血の継承者であり魔王の血を受け継いでいる俺と二代目の血がぶつかることはないと思っている。それにもし衝突するようなことがあれば二代目血も本気で戦わないような気がするんだよな。何故なら俺が魔王の力を扱えるようになっていることに驚いていたからね。そしてそれは魔王の血を最も色濃く受け継いだ初代の血だって例外ではないはずである。しかしそんな事情があったとしても魔王の血筋の者は俺と戦うことはできない。何故なら初代魔王の血が、俺に対して敵対する行為を許すとは思えないからだ。

初代魔王は全ての魔王の血に自分の魂を分け与えたと言っていたからね。初代魔王は俺に全てを捧げるとか言い出しかねないし。それに俺が魔王の血を継ぐ者を倒して魔王の力を奪い取ってきたとしても、初代魔王の魂の器に成り代わるだけの話で、魔王の魂は俺のものにはならないはずだ。つまり俺が魔王の力を手に入れた後に初代が復活するという可能性もあるわけだし。魔王の魂は俺じゃなくて初代魔王が手に入れないとダメだからな。

そんな感じで、魔王の血を引く者たちが魔王の血の力を使って悪事に走ることはまず無いと思ってもいいだろうと思う。そんなこんなもあり、俺はこの世界に混乱を招かないような行動を常に心掛けているんだが――これが意外に難しくもある。俺の行動一つでこの世界を滅亡させてしまう可能性もあるから、本当に慎重にならないとダメだなと思う。まぁ今のところ大きな騒動を起こすつもりはないので、とりあえず俺はこれまで通りに生活を続けるつもりではある。

そうやって考え事をしながら歩いていると目の前に大きな建物が現れた。

その建物は王都に存在する学校――その学び舎である。

俺はその中へ入って行き――教室へと向かった。その途中で俺はある女性と出会うことになる。

それは黒髪に赤い瞳が特徴の少女――そう、アーシアさんである。彼女もこの学校に通っていて、しかも俺と同じクラスで席が隣なんだな。そして彼女の隣の席は魔王だった。彼女は魔王の横に座りながら俺のことをじっと見つめてきている。どうせいつものように小動物のような目をしているに違いないと思ったんだが、今日に限って言えばそれは間違いだった。彼女は何故か鋭い視線を送ってきていたのである。いや睨んでいると言ったほうが正しいかな。

一体どうしてだろう? 俺は彼女に恨まれるようなことをした覚えはないんだけど。もしかすると何か誤解しているのかもしれないし、一応挨拶しておこう。そう思った俺は魔王に向けて「おはよう」と言いながら手を上げたのだが、彼女が「フンッ」とそっぽを向いたせいで俺は思わず固まってしまった。あれっ――おかしいな。普通に朝の挨拶をしたつもりだったんだけど。まぁいいか。そのうち仲良くなれる時が来るはず。うん、きっとそうに決まっている! それから少し経って、授業が始まる鐘の音が鳴った。俺は自分の座席に着いてノートを開くと、すぐに教師が現れてホームルームを始める。ちなみにだが、先生の外見年齢は二十代前半くらいに見えるだろうか。

そんな感じで俺の学生としての日々が始まった。魔王のことも気になっているけど、それよりも勇者のことや魔人のことのほうが気になって仕方がないんだよな。俺の平穏な学生生活を乱しに来ないか心配である。俺が勇者に勝つことができたのも奇跡に近い出来事なのだ。またあんなふうに勇者が戦いを挑んでくる可能性が無いわけではない。もしもまたあの時の勇者みたいに強くなった奴がやってきたらどうしようか。勇者に魔王の血族の者が手を貸すことはまずありえないだろうから、俺の知らないところで他の魔王の血筋が勇者の味方をしていないとは限らないからな。ただそれでも俺の邪魔をしてこないでくれよと祈るばかりだ。そう願いつつ俺は学生生活を送るのであった。

俺は朝早くに目覚めた。窓から外を見てみれば薄暗く、太陽の光が射し込んでいる様子もない。時計の時刻を確認してみると五時過ぎで、まだ皆が目覚める時間にすらなっていなかった。こんな早朝に俺は起きた理由はというと――

昨日、ダンジョンの奥にあるダンジョンコアを起動させるスイッチを俺に取り付けるために、この部屋に訪れた時に初代魔王の亡骸が保管されている場所へと続く扉の鍵が閉められてしまっていたのだ。それを何とかするために俺は早起きしたという訳である。初代の血を受け継ぐ二代目が俺を殺そうとしたこと、初代魔王の血を受け継ぐ者たちが動き始めているという情報を先代魔王の血を引き継いだ二代目から聞いていたこともあり、鍵を開けて初代の血族たちが何を画策しようとしているのか探ってみようと思っていたのだ。

まぁ二代目血に俺が初代魔王の力を手にしたということが知られるのは避けたいところだが、先代魔王の亡骸の場所を確認するためならば問題ないだろう。俺は二代目血に気付かれないように、こっそり部屋の外に出た。

そして俺が廊下を歩く音と足音が響いていた。

こんな時間帯に歩き回るなんて初めてのことだったので不思議な感覚を覚えたんだが――それがどこか新鮮に感じられて気持ちよかったりする。それにダンジョンの外に出たこともなかったのも手伝ってか気分も晴れやかなものになっているしな。それにこんなに清々しい空気を吸えるってことが凄く幸せに感じられるんだよ。

そして俺が歩いていると――とある場所で足を止めた。その場所に辿り着いたのは二代目血が俺を殺しに来た時で、この場所は魔王城の最深部に繋がっている扉がある場所である。その扉の前に立ち尽くしているのが、この学校の生徒会役員を務めている生徒会長であるリリアナさんだった。そんな彼女は今、一人で何かの作業に取り掛かっているようで。何かを呟きながらも、この場所に誰かを近づけさせないために見張りをしていたようだ。

その作業を終わらせようと頑張っているリリアナさんの姿があまりにも可愛くて見惚れていた俺。その時――

――ドンッ!! と、勢いよく壁が叩きつけられる大きな音と共にリリアナさんの背中越しには黒い影のようなものが見えていた。

俺は咄嵯に身を屈めて、その謎の人物の攻撃を避けることに成功する。しかし今のが誰による攻撃なのかを確認できないでいる俺は辺りを見回していたんだが――そこに現れた人物は意外なことに魔王の血族の一人であり――そう、二代目血である。そしてその隣にいる女性は――

二代目血が連れてきたであろう少女――確か名前は――そう、アーシアさんだ。そんな二人の様子を見守っていて、どうすれば良いか困っているリリアナさん。そんな彼女は困惑している表情を浮かべつつも、どうにかこの状況を変えなければという思いが強かったらしく、意を決したようにして、二人の元へ向かって走り出した。

「あーもう。これじゃあたしの仕事が増えていくだけじゃん!」とかなんとか叫びながら――。

どうやら魔王の血族の二人が揉め始めたらしいということは分かった。しかし、何故そんな状況になったのか理由が分からずに戸惑っていた俺だったが――次の瞬間に、とんでもないものを目にしてしまうことになった。なんと魔王の血族の者同士で戦い始めたのだ。いや――それはちょっと語弊があったかな。

その二人は互いの拳を衝突させただけで決着はつかなかったらしい。しかし、互いに睨み合っているのを見る限りだと、どちらとも戦うつもりはあるようだ。

うわぁ。マジで勘弁してくれぇ。このままでは二代目血は、ここに置いてある初代の亡骸を手に入れられないと思った俺は止めに入ろうとしたんだが――その前にリリアナさんによって阻まれることになってしまった。俺が二人の間に入っていこうとすると、リリアナさんに制止されてしまったので身を引くことにしたんだが――俺にはどうして止められてしまったのかわからなかった。

その理由として挙げられるのは、二代目血が本気で初代の亡骸を奪い取りに来ているのは確実であるものの、魔王の血筋が本気で戦っているような感じじゃないので安心できるという点。それに加えて俺も本気で戦ったわけではないので怪我も無かったことだからね。

それから数分後――魔王の血族同士の戦いは終わったようである。

しかし俺は、それどころではない。

何故なら俺は今、初代の血族から魔王の力を受け継いだ人間だということをバレないように行動しているから。もしもここで初代の血族は魔王の力を持っている存在に対して攻撃を行ったという事実が発覚してしまうようなことがあるとすれば、俺は確実に消されてしまうことになると思うんだ。だからこそ俺は慌てていたんだが――どうやらそんなことはなさそうである。何故なら俺のことをじっと見つめながら、「初代の魂はどこにいった?」と質問してきたからである。これは明らかに初代の血族の者である証拠だよね? 俺としては答えたくないんだが、初代の血族は俺が魔王の力を受け継いでいることを知っているだろうし――ここは大人しく正直に話すしか無さそうだ。

俺の話を聞いた途端、二代目血は驚いて固まってしまった。俺に初代の魂が残っていることは、この世界の人間たちは知らないことだったのかもしれないし。だから驚くのも無理はない。でも俺は――この世界に来て初めて自分より強い力を持った者に会ったということもあり――心の底で喜んでいた。そんな感じで心が高鳴ったまま、俺はダンジョンへと戻ることになった。

それから俺は学校へと向かうべくダンジョンの外へ出るのだが――

その道中で魔王が待ち構えていたりして。

その魔王というのがアーシアさんである。

彼女はどうして俺のことを追いかけて来たんだろうか。まぁそんなことを訊けるほど親しい間柄というわけでもないので俺はそのまま歩き続けた。そんな彼女はというと、俺の横についてくるというストーカーみたいな行動をする始末。そんな彼女の視線を受けながら俺は登校することになる。教室まであと少しのところで彼女はようやく追いかけるのを止めてくれた。

教室に辿り着いたら俺に挨拶をしてくる魔王の姿。その魔王の顔を見て俺は思った。きっと彼女もまた昨日、俺が二代目血に何を話していたのか気にしているんじゃないかってね。ただそれを彼女に訊ねることはできないけれど――

それからしばらく時間が経って放課後になり――

魔王はリリスと一緒に下校してしまった。なんでもリリスが「一緒に帰るよ」と言ってきたそうな。魔王もそれでいいと言ったため一緒に帰ることにしたのだという。

俺は魔王に話しかけてみることにする。しかし「今日も忙しいから話は明日な」と断られた。

魔王も勇者のように忙しかったりするのかと思って聞いてみるとそうでも無いらしく、ただ面倒臭いから断ってみせただけのようであったのだ。そんな態度を取るとは思ってもいなかっただけに呆れてしまいそうになる。それでも何とか会話しようと思い、俺はこう言った。

『初代のことについてだけど』

魔王はその言葉を聞くなり動きを止めた。

もしかしたら初代の血族に関係のある情報なのではと思ったからだ。

魔王はゆっくりと振り返ると俺の方へ近づいてくる。

そんな彼女はこう言って来た。

『どこで知った?』

俺の返事を聞いて、彼女は笑っていたんだが、どこか怖かったりする。

その笑いが魔王のものでなくて、普通の女の子のものみたいで、 もしかしたら俺が思っている魔王とは違う人じゃないかと一瞬疑ってしまったほどだったんだ。だって彼女は俺に向かって「初代のことを知ってる奴には初めて会った」って言うくらいなんだもん。それでつい、魔王は誰なのかを尋ねてみると彼女は――

――『魔王』

って一言だけ返された。やっぱりこの人が本物の魔王なのかと思いながらも、この人が魔王であるはずがないという思いもあって俺は混乱している。

すると魔王は俺をじろっと見てきて――「そういえば名乗ってなかったな。私の名はアーシェだ」とだけ告げて去って行ったのである。そんな彼女が立ち去った後の俺はと言うと、魔王が去っていった方角を見続けているばかりであったのだ。

ただ一つ言えるのは、 魔王が本当に勇者を封印した人物と同一人物であるのかということと、そして二代目血との繋がりがどのようなものかを知りたいということだ。

初代の血族には初代と血を分かつものがいるという話を聞いたことがあり、それが先代魔王と二代目血なのだとリリスから聞かされていたのである。

しかし今、その二人を目にしてみると、あまり血が繋がっているようには見えなかったので驚いた。

そんなことをしているうちに一日はあっという間に過ぎていき、そして朝になった。

今日は学校に行くのはやめておけと言われてしまったため、魔王に会うこともできずじまいだったのだが、リリスから「今から会えないか? アーシアと二人で」なんていう電話が来たため、リリスの家へ行くことにした。

魔王城に着くとすぐに応接室に向かう。そこでリリスと合流すると彼女は魔王を連れて来ると行って、部屋を出て行ってしまった。リリスの話では魔王が俺と会うのを避けたいような素振りを見せたらしく――その理由は分からず仕舞いだったらしいが――俺に迷惑をかけたくないという理由でのようだ。

リリスはそんな理由で引き下がったわけではなく、単に俺とリリスの二人の時間を作りたかったからのようだ。俺とリリスは魔王を待たせるわけにはいかないと急いで向かった。そんなリリスの様子がおかしくて――俺はつい笑ってしまっていて。それを見たリリスは頬を赤くしながら俺を睨んできて。その反応も可愛くて、思わず抱きしめたくなってしまう。しかし今は我慢だ。俺は魔王のことで頭がいっぱ――いや違うぞ? そう、魔王のことが心配だから魔王のことを考えたんだよ。

リリスの部屋に入った時、魔王は既にいたんだが――

魔王は何やら難しそうな本を読んでいて、俺達の存在に気づいた後は本を閉じて、テーブルに置いてあったコーヒーカップに手を伸ばすと一口飲んで見せた。

そんな魔王の様子をリリスが観察していたかと思うと突然こんなことを言う。

魔王が俺の目の前にいる存在だというのが、信じられないのだろう。

確かにそれは俺も同じ気持ちだ。何せこの魔王がリリスを攫って――

リリアナさんを殺しに来たんだから。

そんな魔王は俺をジーッと見てくる。その視線は「何か言いなさい」という命令が込められているようなものだった。俺はそんな視線に負けてしまったのか「俺が魔王なのかと聞きたいんだけど?」と尋ねると、魔王はすぐに返答した。その表情がとても不機嫌そうに感じたのは、俺が勝手に抱いた感想でしかないんだろうけどね。

しかし俺はここでふと思ったことがあったんだ。リリアナさんは俺のことを初代の生まれ変わりだと知っていたが、リリスは知らなかったはずだし、どうしてこの人はリリアナさんのことを俺が初代の血を引いているということを確信させることができたのだろうか。そのことを訊ねてみると、リリアナさんはリリスのことを初代の血筋を引くものだと直感的に分かったのだという。だから初代の力が宿っていると思われる指輪を持っている俺にも、リリアナさんは同じように初代の力を感じ取ることが出来たのではないかと魔王は教えてくれた。

それを聞いた瞬間に俺の脳裏に浮かび上がってきた言葉があった。それは『勘』という四文字の言葉であり、その言葉を口に出すのはあまりにも恥ずかしいことなので俺は黙っておくことにした。

その後、リリアナさんと別れる前に魔王から俺と話をしたいから待ってくれないかと言われたんだ。

俺としては別にいいと言ったのだが、魔王からしたら俺と話した方が良いとのこと。そんな魔王の真剣な雰囲気から断ることができなかった。

魔王が帰って来るまでの間、俺たちは他愛もない話をするのであった。

**

「じゃあ俺はそろそろ帰らないと」

「もう帰っちゃうのか?」

魔王は残念そうだ。そんな彼女に向かってリリスが声をかけた。

「ほら、魔王様が勇者と長話するわけにはいかぬであろう」

「えー」

俺と魔王の関係がばれないようにするためだろうが、リリスにしてみれば、魔王はただの少女にしか見えないのだろう。でも実際そうなんだよね。こうして見ている限りでも普通の女子高生だもん。でも魔王が勇者である俺を封印した本人であると考えるだけで少し背筋が寒くなってしまう。まぁそれくらいしか怖い要素が思いつかないっていう理由も理由の一つなんだけれどね。

魔王も納得した様子。それから彼女は玄関先まで俺のことを見送ろうとしてくれていた。でも俺はそこまでしなくても大丈夫だと伝えた。

それから少しの間、彼女と話してみることにした。といっても話題があるわけでもなく、ただ魔王の好きなものや嫌いなものについて訊ねていただけなのだが。彼女は俺の話を聞きながら笑ったりしていたのだ。そして、俺が最後に訊いたことはというと――「なんで魔王になったのか」ということだった。

魔王はしばらく考えると俺にこう言った。――

――『私にとって大切なのはこの世界の平和だけだ。そのために魔王になっただけ。そこに理由は必要ないだろう?』って。

俺には魔王の考えがいまいちよく理解できないでいたが、その答えでいいと魔王自身が言ってきたんだから問題はなかったのだと思うことにしよう。魔王の質問に俺も似たようなものだよと答える。魔王と同じようなものだと考えるのは、ちょっとおこがましい気がするが。

そんな会話をしているうちに魔王城に辿り着いていた。俺は彼女に手を振って魔王城を出ていくことにする。その時、俺は彼女にまた会えるかを聞いてみると彼女は「ああ」と答えてくれたので、次に彼女に会えたら勇者としての自分を忘れてしまうと彼女に宣言することに。彼女は嬉しそうに「楽しみにしている」と言ってくれたのである。

ただ俺にはもう一つ気になっていることがあった。勇者の血が関係しているのかは不明だが、俺は彼女が勇者であると知った瞬間からどうも彼女のことが他人とは思えなかったのだ。そのためどうしても聞いてみたかったのである。彼女は自分が先代の魔王である俺の妹の子孫であることを俺に教えてくれ、更に魔王になる前から俺のことを知っているかのような言動を取ってきたんだ。そのことについてを彼女に尋ねてみると、あっさりとした答えが返ってきてしまった。

『私があなたを知っていてもおかしくはなかろう。私はあなたの妻となる者だから』

そんな魔王の告白を聞いてリリスは驚いていた。しかし魔王はそのあとで俺に謝っていた。俺の反応を見れなかったので怖かったんだとか。

しかし俺の返事は決まっていたりする。だって、こんな可愛らしい子に告白されて断る人がいるのならば、それは相当な変態に違いないからだ。俺は彼女を可愛いと思っているのだから。

それに初代の血族となれば血を分けている子供は俺の子孫でもあるのだから。血は繋がっていないかもしれないが、血が流れているのであれば家族であると、俺はそう思うんだ。しかし初代の血を引く子孫というのは何人ぐらいいるのだろうか。俺の子供も俺と初代の遺伝子を引き継いだ血を受け継ぐのだろうか。そんな疑問が湧き上がったため魔王に尋ねた。すると彼女は「おそらく二人ほどは生まれるはずだ。ただし勇者としてではなくて別の方法でだが」と言うのであった。

そんな彼女はどこか寂しげだ。俺はそんな彼女が少しでも元気になってくれるなら何でもしてあげようと考えていたのであった。

俺はリリスと一緒に帰路に着くことにした。その途中で俺の携帯が鳴った。確認してみると相手は――アーシアからだったのだ。内容は俺との食事に付き合ってほしいというものだった。俺はその電話を受けるとすぐにリリスに伝えるとリリスがなぜか不機嫌になったのである。そして、俺と腕を組むとその体勢のまま家へと歩き出したのだ。そしてそのまま一言。

「今日だけ許すぞ?」

「いや意味分からんよ!」

「うむ」とリリスは不機嫌そうなまま俺の腕を抱きしめたのだった。俺はどうしていいか分からずリリスの頭を優しく撫でてあげたのである。

それから数日後のことである。学校から帰る途中にある喫茶店に入った俺。そこにはすでにリリスが座っており待っていたようだ。

「遅かったではないか」

「仕方ないだろ。リリスが先に行けって言ってたじゃないか」

「それでも遅すぎる! 妾を待たせるでないわ!!」

そんな理不尽なことを言い始める。そんな態度をとると――、

「もうよい!! お主の奢りな!?」

「なんでだよ!!」

そう、俺はついこの間リリアナさんから連絡を受けて、魔王と話をするために再び会う約束をしていたのだが――その日にちはリリスに伝えていなかった。だからリリスが不機嫌なのも当然だと言えるんだろう。ちなみに俺はそのことで怒られているわけなんだが、そんなことを知らないリリアナさんは、魔王に食事をご馳走したいという気持ちがあり、それを察した魔王は了承してくれたという感じの流れになっていたわけなのだが、リリスはそれが気に食わなかったのだろうね。リリアナさんはリリスとも会いたいと言っていたのだから。まぁ結局、その話は魔王がリリスと会う前に片付ければいいということで落ち着いたんだけどね。

*

* * *

その後俺たちはリアリスの住む城に行くことになるのだが、その前に一度家に寄ってから行くことになった。というのも魔王と話す前に俺はリリスの母親に会いたかったからである。しかしそこで問題が発生する。その母親って人がどんな容姿なのか全く分からないので俺は迷子になってしまう。でもなんとか見つけることが出来て良かったんだけれどさ。でもどうしてか魔王がその女性に会った途端に顔を赤くして黙ってしまったのだ。俺にはその理由が全くわからないでいたんだけれど、そんな時に魔王に呼ばれてしまい、魔王の元へ行くとそこにいた女性がいきなり「娘と結婚してくれるんですよね?お父さん?」なんて言い始めたんだよ。

俺には魔王がなぜ黙っているのか、分かった。だってリリスの父親が俺にプロポーズしてきたんだから。俺も魔王も何も言えずに、リリスの母親がリリスを急かしたのもあってその場はすぐに終わってしまった。

そして、俺達はリリスの家に向かったんだ。

「なぁ、本当に俺が結婚するのかな?」

魔王の案内によって俺は魔王城の一室に連れてこられていた。その部屋は広く綺麗な内装の部屋でとても豪華だと思ったんだ。

「大丈夫だ。リリスも満更ではなさそうだから安心して良い。ただリリアナは嫉妬するかもしれぬから覚悟しておいた方がいいぞ。それからリリアナを怒らせないことだ。あの方はリリスの姉であり先代魔王なのだからな」

魔王の言う通りだと俺は思った。なぜならリリアナさんって見た目は大人しい感じなのに性格的には怖いのである。

そんな魔王と俺がしばらく話をしている時だった。部屋に入ってきたリリスからある提案をされたのである。

「おい魔王、勇者よ、二人で一緒に風呂に入らぬか」とのことだった。

確かに俺たちは同じ湯舟に入っている。魔王城に来たときは必ず入っているのだから当たり前といえばそれまでなのだが、そんな魔王城に居るときの習慣から、この家でもその流れが出来上がっているので特に疑問に感じることはなかったのだ。そんなこともあってか、魔王と俺は一緒にお風呂に入ることにした。

俺が服を脱いでいると、後ろの方からリリスの着替える音が聞こえてくる。

リリスの方をチラッと見るとちょうど上着のボタンを外したところで俺と目が合ってしまい、慌てて目を逸らす俺。その瞬間、俺は魔王の言葉を思い出していた。『私の身体に興味がないとは言わせぬ』と、そんなことを魔王は言っていた。つまり今、俺は裸同然の魔王の姿を見ているのだ。そして魔王と俺は一緒の空間で生活しているのである。俺はそんな魔王に緊張して上手く喋れないでいると、

「勇者、そんなところで固まっていないで入ってくるといい。私の姿を見たら少しは慣れるだろう」

そう言われてしまえば行かないわけにはいかないので、仕方なく、そう、あくまでこれは魔王の言うとおりにするだけであるから。そう自分に暗示をかけるように心の中で呟くと、ゆっくりと歩いていき脱衣所へ入っていく。

扉を開けて中に入るとまず視界に飛び込んできたものは――肌色の景色だった。

一瞬頭が追いつかず呆然としている俺に向かってリリスが声を掛けてきた。しかし、俺はそれどころではなかった。

「どうした? 早く入らないのか?」

「えっと、なんで、裸、なんですか?」

そんな俺に対して彼女はこう答えたのである。

「何を言っておるか。服を着たままで入れるはずがなかろう。常識で考えてみるがよい」

俺はそんな彼女に見惚れてしまう。俺はそんな彼女から視線を外すことが出来ずにいた。しかし次の言葉を聞いたことによって俺は我に返ることになったのである。それは――『勇者よ、まさか、恥ずかしいのか?』という言葉である。そして魔王が続けて言ってきたのは、

「なんじゃ情けないのう」

俺はその言葉を言われるまで忘れてしまっていたのである。リリスが勇者であることを――魔王であることを忘れてしまうということを。

俺は勇者だ! 俺は男だ!! 俺は勇者だ! 俺は勇者だ!! 俺は勇者だ!! 勇者である俺が魔王と一緒にお風呂に入るなど、許されることではないのに――。勇者は魔王のことを――好きに、なって、しまう――のである。

魔王が俺のことをどう思っているのかわからなかった。

「リリス、ちょっといいかな?」

俺は魔王に聞いてみることにした。もしかしたら何か分かるかもしれないと思ったんだ。しかし魔王からは、

「どうしたのだ、そんな真剣そうな表情をして。もしかして先程の返事を考え直したというわけか? まぁ無理もない、妾のような美人を嫁に迎えるというのは誰でも不安にはなるものだ。仕方ないことだ。ただ私は気にしていないから、心配しなくていいぞ」

そうじゃない、そうじゃないんだ。俺はそう口に出そうとするが、それよりも先に口に出していたのは違う言葉であった。それは――「そうじゃなくって! なんで俺とリリスは一緒の湯舟に入ってるんだ!?」である。

そんな疑問を声にしてぶつけたのである。俺は別にリリスと入ることに異論があるわけじゃあない。しかし、リリスが言ったことが気になってしょうがなかったのだ。だからそれを直接聞いたのである。そんな俺に魔王はキョトンとした顔を見せたあとに「なぜって――家族だからに決まっているだろう?」と言ってきたのである。

確かに俺はリリスと結婚すると決めた。しかしまだリリスが俺の事を好きだと言ったことはないのだ。なのになぜ、こんなにも自然に俺と一緒に風呂に入り、しかも家族とか言えるのだろうか、俺はそれが分からずにいたのだ。

「なぜって?お主と私は同じ血を引くものだ。そして私はもう既に妻となっている身。ならば夫となるお主に全てを任せるべきではないか。それにお主の両親は既に死んでしまっているしな。だから私たちは共に生活するのだよ。当然の事であろう?」

その通りだった。魔王の言っていることは正論であると言えるだろう。だからこそ俺は言い返すことが出来なかったのである。そんな時だった、魔王がとんでもない発言をしたのである。

俺はそんな魔王の発言に対し「はぁ」と言うしかできなかった。しかし俺はここで違和感を感じてしまったのである。だっておかしいじゃないか。俺はついこの間まで一般人の高校生として生きていた人間だぞ。その俺にいきなり「あなた、結婚しましょう!」と言われて「ハイ、喜んで!」って即答出来るようなやつはきっとどこか頭のネジがぶっ飛んでいるやつだと思われるはずだ。なのにそんな俺に結婚を持ちかけてくるなんてありえない話だろ? というよりさ、よく考えてみたんだけれど――俺は魔王と付き合うってことすら承諾していなかったんだよな?なのにさ、魔王のほうはいつの間にか勝手に婚約を結んでいたんだよ。そしてその話を断ろうとした俺を無理やり納得させる形で結婚をしてしまったのだ。つまり、これは魔王が一方的にやったことであって、俺は何も言っていないんだよな?という結論に至ったのだ。魔王もそんなことを言い出したわけだし、そろそろ俺とリリスの関係をはっきりさせなければいけないだろうと思ったんだ。このままだとお互いに幸せになることは出来ないだろうから。というわけで俺は魔王に聞いてみることにすると、予想通りの回答が戻ってきたのである。

「まぁ、そう言わんでも、いずれ夫婦になることは変わらぬだろう」

とまぁ、こんな具合に魔王が答えたのだ。

「魔王、あのさ、一つだけ質問したいことがあるんだけれど、魔王の本音を聞きたいんだ」

俺はどうしても聞きたい事があったので思い切って魔王に聞いてみる。

「ほぉ、一体どんなことだ?」

魔王の興味を引いたようで食い気味に返答されたので少しビックリしたが、俺も腹を決めていたこともあり魔王に問いかけることを決める。

「俺と結婚した本当の理由が知りたいんだ」

俺は魔王の瞳をまっすぐに見つめていった。すると魔王の頬に赤味が増していくのが見える。そして俺の鼓動も高鳴っていった。そんな緊張感溢れる状況の中魔王が口をひらいた。「ふむ、では、教えよう。まず初めに私がお主に一目惚れをした、というのもあるが一番の理由はリリスのためでもある」

やはりそうだったのか。と俺は思った。そして次の魔王の言葉を俺は待った。

「私の母は体が弱かった。そんな母の病を治すには膨大な量の薬草が必要だった。そして魔王となった今でも私は母を救うための薬を探しているのだよ。そこでお主に頼みたい事がある」

「俺にできる範囲であれば協力する」

俺には迷いなど無かった。だってリリスは本当に良い子なんだ。俺のことを愛してくれてるし。

「そうか、それならよかった」

そう言って魔王は俺の手を取って握手してきたのだった。そして、

「リリスのことを頼んだぞ。これから色々と迷惑をかけることになると思うがどうかよろしく頼む」

そんな言葉を残し部屋から出て行ったのである。残された俺はしばらくの間ぼーっとしていたが、「そうだ」と魔王に頼まれていたことを思い出したので魔王に言われていた部屋へと移動することに決める。そして俺がドアを開けるとそこにはベッドの上にちょこんと座り、恥ずかしそうにモジモジとしている魔王がいたのである。そんな魔王を見て俺はドキッとしたのだ。

「ゆ、勇者よ。おぬしも早く服を脱いで入って来るといい」

「わ、わかった」

俺はそんな感じで慌てて服を脱ぎ始めるのであった。しかし、服を脱ぐときに魔王が俺に近寄ってきて脱がせてくれようとするものだから大変である。俺はそんな魔王に「じ、自分で脱げるから」と言って、何とか自分の力で脱ごうとする。しかし、魔王は「勇者に脱がされるのが好きなの」と言って聞かなかった。結局脱がされてしまい俺と魔王は一緒に湯舟に浸かる。その際の会話の内容は魔王の身体についてである。魔王は自分の身体を俺に見られるのが恥ずかしいらしいのだが、それでも頑張って身体を見せてくれるのだという。しかし、恥ずかしがっている割には結構大胆に迫ってきたりしてくるのだ。俺も魔王が嫌がるような事はしたくないのであまり深く追求せずにおこうと思ったが――しかし、これはあまりにも恥ずかしすぎる。魔王が可愛すぎて俺は我慢ができなくなりそうになった。なので風呂を出ようとしたのだけれども魔王に「お主はまだ入っているが良い」と言われたため俺だけ先に出ることにして風呂場から立ち去ることにした。

そして着替えを終えて魔王の元へと向かう俺。するとそこでは俺の事を待ち構えていたかのように笑顔で迎え入れてくれたのである。その表情がまた可愛いものだった。俺はそんな魔王の頭をなでながら話しかける――俺と結婚することになったのってリリスのお母さんを助けるための手伝いをするって約束を俺がしてしまったからなのか?――と聞いたんだ。しかし、魔王からは「違う」という言葉だけが返ってきたのである。そして「私は勇者のことが大好きになってしまったからだ」と続けて言ったのであった。その言葉は今まで聞いた中で一番のものであったと言えるだろうなと俺は思ったよ。しかしそんな嬉しい気持ちになったとき、不意にリリスのことを思い出すのであった――って! リリス!! 今何やってんだろうか? あいつ大丈夫かなぁ~? とそんなことを考えている間にいつの間にか朝を迎えてしまっていたのだ! どうしよう!? とりあえず寝起きに牛丼を食べてから仕事に取り掛かることにする俺なのであった! ****

「魔王さまおはようございます」

「うぅ、ねむい。昨日、遅くまで魔法の研究をしておったせいか。まぁ、仕方ないことなのだがな。ところでリリスの様子がいつもとは違うような気がするのは妾の気のせいか?」

(魔王は勇者との一件が片付いてから毎日のように魔法の勉強をしていて睡眠不足になっていた。そんな魔王が見たものは――いつも以上に元気そうなリリスであった。そのためリリスの様子に何かあったのではないかと魔王は思ってしまう。そしてその理由を探ろうとする魔王だったがその答えはすぐに見つかったのである)

「それは、きっと私と一緒にいる時間が長くなったからですね。つまり、私たちのラブパワーが二人を結びつけたのかもしれません!」

リリスは満面の笑みでそう言う。その顔を見たリリスは一瞬でリリスに心を奪われてしまったのだ。魔王はその笑顔に負けないように魔王としての威厳を見せるために魔王らしく振る舞うことにし、リリスに対して優しく微笑みかける――「そなたのおかげでこの国の未来は安泰じゃな」

魔王は嬉しそうに笑うとリリスを連れて朝食の準備をしに向かうのであった。

さて、今日のご飯はなんだろうか。魔王も俺も料理に関しては壊滅的だがそこはリリスに任せておけば安心できるのでありがたい。そんな事を考えていると突然目の前に現れた美少女の顔があり驚くことに俺とキスをしたのである!そんなリリスの行動には魔王もびっくりしていた。ただ俺自身もかなり驚いていたため反応が遅れてしまうというハプニングはあったもののなんとか回避することに成功した俺は「いきなりなにすんだよ!」と怒鳴りつけてしまう。そんな事をされた俺は少し不機嫌になりつつ、リリスを見つめるが――なぜか目をそらされてしまう。一体全体どういうことだと言うのだ。しかしリリスからすぐに返答が戻ってくるのである。

「あのっ。勇者様にご挨拶をしたくて。えっとその――おはようのチュウを」

顔を赤く染め照れくさそうにしているリリスは凄まじくかわいらしかった。だから俺の心が揺らぐが、魔王が許してくれるわけがないだろうと思いリリスに視線を向けるが――魔王の口から出たのは全く予想外の言葉だった。「よい、許す。勇者と仲睦まじくするのも妻の役目の一つだろうしな」魔王は俺の方をチラっと見てくると、「おぬしはリリスにゾッコンみたいだし、邪魔はしない」と口にしたのであった。

「ほぇ? お父様、それでは?」

「ああ、今日も仕事を頑張ってくるがよい。リリスよ。そなたの作った味噌汁が飲みたいのぉ。では、失礼する」

魔王はそのままどこかへ消えていってしまった。そして俺はというとそんな光景を唖然としながら見ていたのだ。

「勇者さん、そんなに見つめられたら恥ずかしいです」

「あー。悪い」

リリスは俺のことをじっと見つめてきていて少し恥ずかしかった俺は目を逸らすのであった。そして俺は思う――リリスは本当に俺の事が好きで、リリスのために頑張っていた魔王のことを裏切ってしまったことを後悔し始めているのではないか、と。しかしそんなことを考える俺の心を察してくれたのか、

「でも私はやっぱりあなたのことを諦めきれません。あなたが他の誰かと結婚するなんて嫌なんです」

リリスの目には少しばかり涙が浮かんでいた。その瞳に映るのは俺の不安げな顔だったのだ。

「リリス。お前の気持ちはとても嬉しい。だけど俺も魔王と同じだ。リリスとは結婚したくはないんだ」俺も勇気を振り絞るしかなかった。

「そんなに魔王の事が好きなんですか?」

「好きかどうか聞かれると、まだわからない」「それではどうして結婚を断ったりするのですか?」

「リリスの事を一番愛している人が他にいるからだよ」

リリスは目を見開き驚きを隠せないという表情をするのであった。しかしそんなことは当然のことだろうと俺自身は思っていた。リリスのことを本当に愛してなければ魔王との結婚を受け入れたはずなのだから。だからこそ俺は魔王と二人でリリスの幸せを考えたのだから。

「そんな。だって私は、私が一番勇者さんの事を愛してると思っています。それにお母様は勇者さんのことも認めてくれています。なのに――なぜ」

そんなことを言うリリスの瞳からは涙が流れていたのである。そして俺の服の袖を掴むと、

「お願いします、勇者さん。私は、勇者さんのことが好きなのです。どうか、私の気持ちを理解してください」

必死に訴えかけてきたのだ。俺がどうすればいいのかわからなくなっているところにリリスの身体はふわりと宙に浮き始めるのだった。そして俺の首元に腕を巻きつけるようにし、唇を重ね合わせてくるのである。俺はそんな突然の出来事に対応できずにいる。そんな中、舌が侵入してきてしまったのだった。

そして俺は魔王の娘とキスをしているのである。俺の方からしたわけではなく魔王の娘であるリリスにされてしまったのではあるが。しかもリリスが積極的に俺を求めてきてるため俺の方が受け身になってしまうという非常に困った事態になっていたのだ。

そしてしばらく経った後、リリスの息遣いが荒くなっていることに俺は気がつく。

「勇者さんはこういう経験があまりないのですか?」

そんな事を俺に尋ねてきていたのである。正直俺はその問いに答える余裕など無くなっていたのだが、リリスが俺の下半身のあたりに手を伸ばし始めたことで俺は正気を取り戻し、リリスを押し返すことに成功するのであった。そんな俺の様子を見てリリスは残念そうな表情を浮かべている。

「もう少しで勇者さんと繋がれると思っていたのに」

その言葉を発せられるまではリリスにこんな大胆な一面があるなんて全く予想できなかったのだ。しかし、リリスの身体が宙に浮き、空中を漂い始めてしまったことから現実に引き戻されてしまい俺は慌ててしまう。そしてそのままリリスの手を握るが俺にはそんなことができるほどの力は無く。このままだとリリスは地面に落ちてしまい死んでしまうのではないかと危惧してしまう。しかし俺は何もしてあげることができないのである。するとリリスが俺の耳元で「私が欲しいのであれば――お城に戻って来てくれるだけで良いのですよ」と囁いたのであった。その声は甘く、俺を魅了するには十分な威力を持っていた。そのため俺は一瞬、その甘美な誘惑に流されそうになったがギリギリのところで思い留まる。そんな時に魔王がリリスのことを抱き寄せ、そしてキスをして空に浮かび上がるのである。

魔王は俺の視線を感じてか「そなたも早く戻ってくるのじゃぞ。でないとそなたが望んでいるであろう行為が出来ぬのでな」と言い残し、魔王城に帰って行くのであった。

俺はそんな二人を見送った後、これからどうしようかと悩む。リリスと結婚をしたくないと思っているがそれはあくまで魔王のことが好きだからである。リリスのことをそこまで憎く思っているわけではないのだ。だがしかし、魔王とリリスの両方に好意を抱いているというのも事実なのだ。だからといってどちらを選べばいいかといえば――やはり魔王しかいないのである。そんな俺の元にリリスが現れ、抱き着かれることになるのだった。

「さっきも言いましたけど、あなたを心の底から愛しているんですよ。私。それでもダメなのでしょうか?」リリスは俺の目をじっと見つめながら言う。その眼差しから感じる想いは真剣そのものだったのだ。そんなリリスに俺は思わずドキドキしてしまったのである。リリスのような可愛い子に抱きしめられているから尚更な。しかし、その瞬間、俺は我に返ったのである。そう――リリスの言っている「愛」というのはおそらく恋愛感情としてのものであって魔王がリリスに向けるものとは全く違うものであることに気がついたからだ。

そして俺自身魔王の事は好きなわけで。ならばリリスを受け入れることは絶対にできない。それがわかっていたために俺はすぐに離れる必要があった。だから「リリス、ちょっと離れろって。魔王に怒られるかもしれないだろ」と伝え、すぐにその場から離れようとするのだった。しかし、そうしようとした直後、突然地面が無くなってしまい、俺たちはそのまま落下してしまう。

俺が落ちたのはダンジョンの地下二階にあたる部分らしく――そこにあった部屋の中にはリリスの母、アーシアがいるのであった。俺はなんとか無事だったが、そんな俺の頭の中に突如として声が響いてくる。『あー、もしもし? 聞こえてるか? 勇者。聞こえるようなら答えて欲しいんだけど』そんなことを言ってくる。その声の主は当然だが魔王であり――今どこにいるのかという情報までしっかりと与えてくれた。しかし、なぜそんなことをしてくれるのか、という疑問も同時に抱く。だが俺の頭の中は混乱していた。なので何も考えることが出来なかったのだ。しかしそんな俺のことをリリスが不思議そうに見つめていることに気付き、俺は「あ、いや、大丈夫。気にしないでくれ。少し考え事をしていただけだから」と伝えるのであった。

ただそこで一つの問題が浮上した。それはこの部屋の出入口には鍵をかけられてしまっているので脱出が不可能ということなのである。しかし俺としてはそんなことをする必要はないと考えている。なぜなら俺は勇者だから魔王を倒してしまえさえすれば問題ないのだから。しかしそう思って行動しようとはしないのには理由がある。魔王の娘であるリリスにキスされたことが気になっているからだ。そんなリリスのことを無理やりに襲うわけにもいかないと思ったためだ。だから今は大人しくしているしかないのである。

それからしばらくして、

「なぁ勇者よ。そなたが妾たちのところへ戻ってくるなら娘と引き離さないし、それにお主が欲しているものを与えてやっても良い。そなたはこの世界で一番リリスを想ってくれているからのう」そんな事を言うのであった。しかし俺は魔王の言葉に対して返事をすることはなく、ずっと黙ったままなのだ。

そんな俺の態度を見たリリスはすぐに「やっぱり勇者さんは私のことが好きじゃないんだ」と言い悲しげな表情になるのであった。そんなリリスの様子を目にした俺は、リリスのことを抱きしめたい衝動に駆られてしまう。だがここで魔王との取引に応じてしまったら元の木阿弥になることくらいわかっているからこそ耐えなければならないのである。

しかし俺はリリスのことが好きだ。リリスは可愛くて魅力的な女性で俺にとっては最高の相手だと言わざるを得ないのだ。そんなリリスのことを裏切ることはできるはずがないのだ。だからこそ俺はリリスのことを手放し、魔王に全てを任せるべきだと思うようになっていったのである。そして魔王がそんな提案をしてくれたおかげでリリスを傷付けずに済んだんだと安堵し始めていた。しかし次の言葉でそんな希望は打ち砕かれてしまうのであった。

「お主にはその選択肢しか与えられていないと思うのじゃがな」

確かにその通りだった。俺がいくら抵抗しても最終的には魔王の力によって従わされる可能性が高く、もし仮にそれを拒否した場合は、最悪死を選ぶ羽目になってしまうからだった。俺はまだ死にたくはないと思っているから従う以外に道はなかったんだよなぁと思い返すことになったのだ。

ただ、そんな俺のことを見てリリスは何を思ったのかわからないが、突然こんな事を口にしたのである。

「あなたはどうして私なんかのことを助けに来てくれたんですか?」と。それに対して俺はこう返した。「リリスの事が大好きで、リリスとこれから一緒に生きて行きたかったから。そしてリリスのことを愛してると自覚してね。だけどリリスとは結婚できないってわかった。でも魔王を倒せばそれで終わりだと思っていたのにまだ続きがあるみたいだし。それにリリスは魅力的でさ。そんな子を傷つけるような行為はしたくないっていう気持ちもあって。だから俺はどうすればいいかわかんなくなったんだよね」

俺のその言葉を聞いたリリスは再び涙を流していた。その瞳には涙を溜めたまま俺に近寄ってきて俺の事を見上げるようにしながら、

「勇者さんのバカ。私がどんな思いを抱いてきたかも知らないでそんなこと言って。私はあなたのことを諦めませんから。たとえ勇者さんが拒んでも、私は絶対にあなたを愛し続けます。だって私をここまで追い詰めたのは他でもないあなたなのですから。だからあなたも私の事を愛するべきです。私の身体に触れなさい。そして私を求めてください」とそんな事を言って来たのである。そんな風に言われてしまった俺はもう止まれなかった。

俺の目の前に立っているリリスは頬が赤くなっており息遣いが荒くなっていることから興奮状態にあるのだということが伺える。俺の胸元辺りの高さに位置している彼女の目からは強い視線を感じることができた。俺が今まで出会った女の子たちの中でも一二を争うレベルの美少女だと断言できそうな容姿をしており、そんな彼女が俺の方を見ていてさらに上気した様子を見せているのである。そんな彼女に手を出さないでいられるほど俺は男としての経験を積んではいないのだ。そんなリリスの姿が俺の理性を吹き飛ばしてしまい、リリスに覆いかぶさってしまうのである。そしてそんな状態で俺は、俺のことを受け入れてくれようとしているリリスに対し、「本当に良いのか?」と確認を行うのであった。するとリリスは俺に顔を向けてきて、笑顔で「はい」とだけ答える。俺はそんなリリスに愛しさを抱き、唇を重ねることにするのであった。

そして俺はリリスに何度もキスを繰り返すことでどんどんとエスカレートして行ってしまい――リリスの身体に手を伸ばし始めていくのだった。リリスは俺のそんな行為を嫌がるそぶりは見せず、むしろ自分を受け入れてくれることを喜んでいるかのようにも見えたのである。そしてそのままの流れのまま、俺は行為に及ぶことにした。

俺はベッドの上に寝転がっているリリスと一つになろうとしていたのだが。そこにいきなりリリスのお母さんが現れ、俺たちに向かって話しかけてきた。「あ、あ、あ、あなた達は何をしているのですっ! こんなことはいけませぬぞ。早く止めてくだされ」と言いながら必死になって部屋の外へと押し出そうする。その声は泣き叫びに近いようなものであった。

俺としてもこのままではまずいと思っているので、どうにかしなくてはいけないと考えているのであるが。

そんな時リリスが目を開けながら俺の方を向いたのである。

俺はそんなリリスに優しく微笑みかけながら「安心してくれ。俺は魔王を倒す。そうすればリリスと二人で暮らせる生活が送れるようになるから。それまでの辛抱だよ」と伝えてあげるのだった。しかしそんなことを言ったところでリリスのお母様が止まることはないのもわかっていたので――俺は「すいませんでした」と謝ったあとにリリスと抱き合ったまま魔王城の外に出ることにしたのである。魔王城の入り口まで行くと俺とリリスの関係を知っているメイドさんがやってきてくれており、「おめでとうございます」と言ってくれたため少しホッとする。しかしそれと同時に魔王城を飛び出して来たのに気が付いた俺はすぐにリリスと共に魔王城に引き返し、魔王様に挨拶をしにいくのであった。

俺は魔王に「俺のことをリリスと一緒にさせてください。必ず魔王を倒しに来ますのでそれまでお待ちいただけたら嬉しいです」とお願いをする。

魔王はそれを聞くと笑みを浮かべて俺の頼みを聞き入れてくれたのである。ただその際に魔王が言っていた言葉の意味はよく理解できなかったのではあるが――。

そう言えば魔王の娘が俺とリリスが仲良くしている姿を見ている時に見せた表情って一体何だったんだろうか? 俺はそんな疑問を抱いていたんだけど結局わからないままになってしまった。ただリリスに聞いてみても教えてもらえなかったしなぁ。だから俺は考えることもしなかったんだけれど――あのときのリリスの顔ってまるで俺のことが大好きな人がするみたいな感じだったんだよなぁって。そう考え始めたら気になっちゃってさ。まぁそんなことはどうでも良かったんだよ。とにかくこれでこの話は終わりなんだけど、最後にどうしてもリリスに伝えなきゃいけないことを伝えることにするんだ。

「リリス。俺はこれからもずっとリリスの側に居るよ。俺は魔王を倒したら、リリスのお父さんの所へ行きたいんだ。そしてこの世界のことを色々と見てみたい。それからいろんな人たちにお礼を言いたい。リリスのことを幸せにしてあげれなくてごめんなって」

そう言うと俺は少しの間を置いてから「俺はリリスのことが大好きだ。そしてこれからもリリスの事を想い続けるよ。これからの人生はリリスの為に使いたいと思ってるんだ。だから、俺のことをいつまでも好きで居て欲しい。そして出来るならこれからも俺の傍に居て欲しい。これが俺の本当の願いなんだよ」とリリスの目を見つめながら告白をする。するとリリスは目に涙を溜めつつ笑顔を作ってくれる。

「ありがとう勇者さん。私も勇者さんの事が大好き。だからこれからよろしくね。私の全てを勇者さんに捧げるから」と返事をするリリスなのであった。

そして俺は改めてリリスのことが大好きだと自覚することになる。そんなこんながあって魔王討伐のための旅に出たというわけなのだが、その旅の最中にはたくさんのトラブルがあった。特に俺の命に関わるトラブルが多発したんだよね。リリスを魔王城に残していくかどうかとか。そもそもリリスを一緒に連れて行くのはどうなんだろうとか。しかしそんな俺の心はいつの間にか決まっていった。俺はやっぱりリリスと一緒が良い。そう思えるようになっていたんだ。だってリリスのことを手放すことなんてできないもんね。リリスが魔王城に残りたいと言ったとしても無理やりに連れて帰ってきてしまうと思うくらいだし。俺は本気でそう思ってしまったからこそリリスにその事を打ち明けると、

「私もその方が良いとずっと思ってました」と言ってくれるのであった。そんなこともあって俺は無事に魔王城を出発。そこからしばらく魔王軍残党の駆除のために各地を回るのであった。もちろんその中にはエルフ族も含まれているからな。そして、ある程度回ったあとで、今度は別の地方に向かうことに決める。その地方というのは俺を勇者にした元の世界であり、そこを管理、統治をしているのが女神様であるということから、俺と元仲間だった女の子たちに会いに行くことになった。

元仲間の女子たちは俺に対してとても優しかったんだよなぁ。しかも元彼女でもある幼馴染の加奈ちゃんが俺のことを助けてくれるために俺の元にやってきてくれたんだよ。俺の目の前に姿を現したときの彼女の姿はとても印象的で、思わず目を奪われたものだ。だってあんな可愛い女の子にいきなり抱き着かれたんだぜ。そりゃー嬉しくならない方がおかしいってもんだろ。そんなわけで俺は無事に戻ることができまして。その後俺は女神様に呼ばれてこの世界での生活についてレクチャーを受け始めることになるのである。ちなみにその時には、俺のことを勇者として召喚した王女の姿はなかったからなぁ。どうしたのかと気になっていたのは確かなんだよね。そして、俺は女神様との話をするために王都へ赴くことになったのである。

ただそこで待ち受けていた出来事はあまりにも理不尽なもので――俺は勇者なんかになるべきじゃなかった。俺はただ平穏に暮らしたかっただけなんだって。それが無理だとしてもせめてもう少し平和な暮らしを望んでいた。それなのに俺は魔王にされてしまって、さらには殺されそうになったから逃げ出してきただけであって――俺のせいじゃないだろって思っていたんだ。だって俺は普通の人間だもの。特別な存在なんかではない。それにそんな状況で俺のことを守ってくれた奴がいるから、余計にそんなことを思ったりする。

そんなこんながありつつも俺の新たな冒険が始まる。そんな時俺は元勇者の仲間だった子たちから連絡を受けて彼女たちと再開を果たすのだが。そんな時に俺の前に現れたのは、魔王城で俺が救えなかった女の子の内の二人。そのうちの一人で俺のことが大好きなリリスだった。そんなリリスが突然、俺の前へと現れて俺の事を追いかけて来るのである。俺はその時のリリスの姿を見たときにドキリとしてしまっていた。リリスは普段クールビューティーなお姉さんのような感じであまり女性らしさを感じることができないのでそういう反応を見せられると可愛くてドキドキしてしまうんだよ。俺はそんな風に考えながらもどうしてリリスがここに来たのかを聞いてみると「私はあなたが好きなんです。だからついて行くことにしたの」と言われてしまうのである。

そんなリリスを見て俺は「俺はリリスの気持ちには答えられない。ごめんな」と言ってその場を去るようにした。

俺はリリスと再会を果たしたあとも魔王を倒すべく各地で戦い続けていた。俺にはまだやる事があるし、俺自身のことを待っている人も沢山いるのだ。俺の元仲間たちは魔王にされた俺のことを必死になって追いかけてくれていて、魔王軍の残存勢力を殲滅し続けているのである。俺はリリスのことが好きだからこそ彼女を死地に送り出すことになってしまうことが辛くて仕方がないのだが、俺の勝手でリリスのことを縛り付けるわけにもいかないと思い。

俺はリリスと一緒にいられることで元気を貰いながら魔王軍と死闘を繰り広げる。

しかしそんな時俺の前に魔王が姿を現して――

そして、俺と魔王との長い長い死闘が始まろうとしていた。

魔王は魔法攻撃が得意で接近戦に持ち込もうとしても上手く距離を取られるから倒すのに時間が掛かるんだよね。だから魔王の体力が切れたところで俺の勝ちが見えてくるのではあるが――魔王の執念っていうのかな? そっちの方が凄まじいもので。なかなか勝負がつかないんだ。

そうこうしているうちに俺の方は限界が来てしまうのであった。魔王は俺に向かって最後の一撃を仕掛けてきて――俺の身体はその攻撃を避けることができなかったのである。俺は死ぬ間際にリリスのことを考えながらリリスにお別れの言葉を告げるのだった。するとそんなタイミングで魔王城が崩壊し始めていき、俺は魔王と共に崩壊していく魔王城の中に閉じ込められることになってしまったのであった。そして俺の目の前に光り輝く玉が現れ――その瞬間俺の意識は完全に失われる。

そして次に目が覚めたときには、リリスの顔が視界に飛び込んでくるのであった。リリスは「心配させておいてすぐに眠ってしまうなんてひどいですよ」と頬を膨らませながら文句を言ってくる。そして、俺が起きたことを確認したリリスは涙を目にためて俺のことを抱きしめてくれるのであった。

「もう二度と私から離れないでくださいね」と耳元で囁かれてしまった俺は、その日はリリスと離れずに一夜を過ごすのである。そして朝を迎えた俺は改めてリリスと一緒になったことを確認し合うとともにこれからのことを考える。しかしすぐにリリスのお母様と会わなければいけなかったことを思い出したので急いでリリスと共にお母様の部屋へと向かうのであった。そして俺達は魔王を倒しに行く前にリリスの母親に会うことができたのである。お父様とはまた会う機会はあるから大丈夫だったんだけどお義母さまとお会いすることは叶わないだろうなぁって思ってたからさ。俺って本当にラッキーだと思う。それでリリスの母上は綺麗な方だった。年齢は四十代半ばといったところか。若い頃は相当モテたんだろうと思わせる容姿をしてらっしゃったんだ。そんな方に俺は気に入られてしまい、その日の夜に食事に誘われたのである。そしてお酒も飲んだからなのか。そのあとにベッドに連れ込まれそうになるのであったが、何とかリリスに助けられてしまうのであった。

リリスの母上の部屋に泊まらせてもらうことになってしまったのであるが、夜も更けていたので俺たちはすぐに就寝することにする。しかし俺は眠ることができずにいた。そして俺が寝ることが出来ぬままにしばらく過ごしていると、隣にいるリリスの口から吐息が漏れ出す。その音を聞くだけで俺は心を奪われていくような気がして仕方がなかった。そんな状態になっていると、いつの間にやらいつの間にやら、お風呂場から聞こえてくる音が耳に入ってきたのである。俺は慌てて起き上がって部屋の外へと向かった。

しかし部屋から出た先にいたのはお着替え中のリリスで――俺はその姿を見てしまっているというね。するとそのあと俺はリリスに説教され続ける羽目になり、ようやく解放されたところで再び布団の中に戻ろうとしたときだった。なんとそこに現れたリリスに服を脱ぐようお願いされるのである。もちろん俺は断ったわけなのだが、リリスに無理やり脱がされてしまうのだった。そんなわけで俺は一糸纏わぬ姿をリリスに見られてしまうことになり――俺は顔を真っ赤にして俯きながらリリスの背中を追って歩きだすのであった。しかし俺が案内されたのは寝室ではなくて居間で、しかもリリスは俺のことをソファーの上に優しく押し倒してきたのである。それからというもの俺はリリスに襲われ続けてしまい。そして、結局そのまま一晩を過ごしてしまことになるのであった。そして翌朝。俺はリリスから逃げようと決意したのだけれどリリスがそれを許してくれることはなく、そして朝食まで一緒に食べることになってしまい――

そんなことがありつつも俺はついに出発することにしたのである。俺はリリスから渡された指輪をはめ込むと、一瞬のうちに別の場所へと移動することになるのであった。

そんな風に魔王城から旅立つことになった俺は、リリスのことを引き連れながら各地を巡って魔王軍と激闘を繰り広げていった。俺には勇者の素質があり、そのおかげで俺は歴代最強レベルの勇者になることが出来たのだから、その勇者としての力を発揮し続けることで俺の強さは更に高まっていく。そして俺は魔王になっていく。俺の勇者としての能力がどんどんと強くなっていった結果、魔王としてのレベルが上がりまくって魔王としての力を得ることができたから。そんな俺の姿を目の当たりにして元仲間たちや加奈ちゃんなんかが協力を申し出てくる。そうして元勇者たちのパーティが結成されたんだよね。そして俺の傍にはいつもリリスがいてくれた。それは勇者としてだけではなく、俺の恋人でもあるからであるのだが。でも勇者としても俺は優秀でさ、レベルが上がったことにより様々な特殊能力をゲットすることができていた。その中でも一番役に立ったのが、勇者の波動と呼ばれるものだ。勇者にしか使えないこの技は、その気になれば相手の力を弱らせることができる優れもので、俺はこの能力のおかげで魔王軍の奴らとの戦いで大活躍を成し遂げることに成功する。その結果、魔王軍に大打撃を与えることに成功して魔王軍を追い詰めることが出来るのであった。

こうして俺は無事に世界を平和に導くことに成功したのである。

魔王との戦いが終わった後の俺は、元勇者たちと合流して旅をすることになっていた。俺のことを待っている仲間がいたし、リリスともっと仲良くなりたかったから俺は勇者を辞めることにしたのである。

そして今俺は魔王城にお世話になっているんだ。魔王城って結構広いんだよな。それに、ダンジョンのように罠だらけで侵入者を阻む作りになっていた。そして、その最奥部には、初代魔王の力が封じられている。

初代はずっと昔から生きているらしくて。今は二代目魔王としてリリスが君臨している。俺も一応、魔王の爵位を持っているわけで。そしてリリスと結婚したので俺が三代目魔王ということになるんだよね。

そんな俺は今日、久しぶりに元仲間たちが暮らす場所を訪れようとしているわけで。みんなに早く報告したいことがあるんだよ。そして、魔王になってからは色々と忙しくて全然訪れていなかったから、久しぶりだ。

俺達は馬車に乗っているわけだが、 その道中のことだ。急に空に雷鳴が鳴り響いて、稲光が見えたのだ。これはヤバいと思いつつも俺達は馬を走らせ続けていたのであるのだが。その直後だった。巨大なドラゴンが出現してしまう。

そしてそのドラゴンは俺たちが乗る乗り物を飲み込んでしまうとどこかへ飛び去ってしまった。俺達が乗っていた乗り物は大破してしまい使い物にならなくなってしまい。

しかし幸いなことに死者は一人も出なかったのだ。怪我人は多いが、それでも命に別状はなかったのである。ただリリスの様子がおかしい。俺に近寄ってくるなり抱きついてきてしまったのだ。俺はそのあとすぐにリリスを連れてその場から離れることにした。するとその直後に先ほど出現した巨大なドラコンが暴れ始める。そんな様子を目にしながら、 俺はリリスのことを守れてよかったと安堵していたのであった。そして俺の仲間たちとリリスの家族たちが合流を果たしてくれる。俺はそこでリリスが魔王になったいきさつと、どうして俺のことが好きなのかということを皆の前で説明することになった。すると俺の予想通り。リリスが元人間だということで驚きはするものの。それ以上に元勇者たちは受け入れてくれるんだよね。俺の仲間はそういう優しい人達ばかりであるわけでさ。

それでその後。初代に魔王になることを勧められたので俺がそれを受けると答えると――元魔王は魔王になるために試練を行う必要があるから、ちょっと準備をしなければいけないと言う。なので俺は一度自宅に戻ろうと思ったのだが、ここで問題が発覚する。そういやまだ、自宅に帰る手段を確保していないんだったよ。それでどうしようかと考えているところにリリスが提案してくるのであった。自分が住んでいる場所に招待するという話をしてくれた。もちろん、俺の答えはイエスで。リリスは転移魔法を使って俺のことをリリスの生まれ故郷に連れて行ってくれる。それで俺は初めて自分の生まれた町の風景を見ることが出来ていたんだよね。それで俺達は早速、俺の実家にお邪魔することになっていて――俺の母親と、妹である加奈はリリスのことを受け入れてくれていて嬉しかったかな。

俺がリリスと一緒に実家に帰っている間。加奈ちゃんから連絡が入る。なんでも、リリスが魔王になったことに対して驚いていたが――すぐに受け入れていたようだ。それから俺はリリスと加奈ちゃんに俺の家を案内したりしていると――俺の家に元勇者一行の仲間たちが押し寄せてくる。そして俺は彼らの相手を任せることになる。リリスは疲れてしまったみたいで少しだけ仮眠を取ることにして。その間に俺は家の中に招き入れてしまった連中を追い返すために外に出たんだけど。そこで元クラスメイトと遭遇する羽目になる。そんな感じで一日が過ぎ去って行き。夜を迎えたわけでさ。

翌日になり。リリスと俺と加奈の三人は、俺達が生まれた町に観光に来ていたんだよね。リリスのご両親が、せっかくだから観光してきなさいって言ってくださったからだ。

それで俺たち三人が向かった先は、商店街である。

この辺りのことは加奈の方が詳しく知っているのだけど、加奈に聞く前に俺は商店街を見て回ることにする。リリスは俺の隣を歩いていた。俺は彼女の手を握っていたのであった。リリスは俺の手の温もりを確かめるように握り返してきてくれていたんだよね。それが凄く可愛くて俺は思わず頬を緩ませてしまうのであった。それからしばらく歩いたあとのこと。俺達の目の前には駄菓子屋があって。そこに入ることにした。俺は懐かしさを感じながらお菓子を買っていくのであった。そんな俺の様子を、リリスは隣で見守っていてくれた。

そんなこんなをしていると、今度は別の店でアイスを売っていた。それも俺の大好物でさ。俺はそのことを思い出したので二人分のアイスクリームを買いに行くのだった。俺は加奈の分までお金を出して。俺はそのアイスを食べて、加奈もリリスにアイスを分けてもらったようで。美味しいって喜んでいて俺の方を見つめてきていた。そんな風に、俺たちはゆっくりとした時間を過ごした。

そして、 俺はまた別の場所に向かって行く。そこにはゲームセンターがあったのだ。俺はそこに入るとクレーンゲームの中身が目に入る。中には猫のストラップが入っていたのだ。

俺はその景品を欲しいと思っていた。なぜなら俺の妹である唯が大好きだったからである。でもこの世界に戻ってきたときに俺は唯を突き放してしまったからもう二度と会うことは出来ない。

そのストラップを見たらどうしても取りたくなって俺は財布を取り出して百円を入れる。そして俺は、アームを操作していく。アームがストラップを掴むと、

「あっ」

なんとそのまま持ち上がったのである。そのままぬいぐるみを持ち上げて落とし口に落とす。

そして無事にゲットしたのであった。

それから俺は次にどこに向かおうかという相談を始めるのである。リリスと俺の目的は果たされたので次の目的地を決めなければいけなくなったというわけである。俺はそんな風に悩んでいたところで、加奈がとある建物の存在に気づいて教えてくれたのであった。

それは映画館だ。

俺はここも、昔家族でよく訪れていた場所である。リリスとの思い出はないけれど、俺の故郷ということでここは外すわけにはいかないと思うんだよね。それにちょうど映画の宣伝をやっていて、 俺としては是非とも観たかったのである。そして俺たちは早速入ることに決める。ちなみにリリスとは恋人つなぎをしたままであり。リリスと一緒だとなんだかドキドキしてしまうね。

それで俺たちはそのまま映画館に入って行ったのであった。席につくと同時にリリスとの距離感を意識してしまい。顔に熱が帯びる。俺はリリスの方に視線を向けると、

「どうしました?」

とリリスは聞いてきたのだ。だから、なんでもないよと答えたわけだが。

それから俺たちはポップコーンを購入してスクリーンに向かう。俺は飲み物も買っておくことにした。そんなこんなをしている間に予告が始まって――

それから本篇が始まり始めるのである。俺にとっては久しぶりに見た光景であったが、やはり何度見ても面白い作品だった。

そして、 ついに俺たちは映画を観終えることが出来た。俺とリリスは感動を分かち合うかのように見終わった後の余韻に浸る。リリスはとても満足そうだった。

そして俺は立ち上がると。そろそろ帰ろうとリリスに伝えようとするが、リリスに手を掴まれてしまう。そしてリリスの口から意外な一言が出てきたのだ。

それは、リリスの家に遊びに来ませんかというものだった。それは俺が想像していたよりもずっと魅力的な誘いで。だから俺は即答で了承してしまっていた。リリスともっと一緒に居たいという気持ちが強くて仕方がなかったからなのだ。

俺は今、魔王城に暮らしているのだが。

今日は魔王城に泊めてもらうことになっていた。俺とリリスはデートの帰りに寄り道する形でここに訪れることになる。リリスの家は城下町にあるのだが、魔王城のすぐ近くでもあった。だからリリスはすぐに帰宅することが出来ていたのであった。リリスが住んでいるのは城の中でも最上階の階層で、このフロアに住んでいるのは俺の関係者だけであるらしい。

リリスが部屋の扉を開けると俺に先に部屋に入ることを促してきた。なので俺はお邪魔することにする。するとすぐにメイド服の女性が現れる。彼女は、俺とリリスが知り合いであることを確認してからリリスがお風呂に入ったことを確認した後で俺は彼女と話をすることになる。そこで俺はこの世界のことについて聞く。俺の生きていた世界とは別物であることを聞かされたわけでさ。俺がいたのが異世界であるならば当然だ。それで俺はこれからのことをリリスに相談するべく彼女のもとに訪れようとしているところだったわけだ。

そうしていると、リリスがお風呂から上がってくる。その様子を確認すると俺は彼女に近づいていって――そして抱きつくのであった。その瞬間、彼女が頬を赤く染めていることに気づいたので俺は少しの間彼女を抱きしめ続けた。

そうやってしばらく時間が過ぎていったあとで俺は彼女の手を引いてリリスの部屋へと向かう。その間の会話の中で俺はあることを尋ねる。リリスはどうして俺に好きと言ってくれるのか? そんな質問を投げかけると、リリスはその真意について語り始める。俺はその言葉を耳に入れることで改めて彼女の想いを理解していたのだ。

(初代魔王はリリスにとって憧れの人。だからこそ、彼女の代わりになる人が現れて欲しいと思っていたんだろうな)

その言葉を聞いた時、リリスがなぜそこまで初代魔王のことを強く慕っているのかがわかったような気がした。

そんなわけで、リリスが初代魔王に対してどんな感情を抱いているかということを聞かさせれた。俺のことを魔王の座を奪った敵ではなく。先代としての敬愛を持っているようであった。そう考えれば納得できる話であった。

そうこうしている内に俺達はリリスの家に到着するのであった。俺は緊張しながら家に入ることにする。家の中に入ると綺麗で広い家だということがよくわかる内装になっている。俺はそんな様子を眺めてから二階へ案内されることになる。その途中でリリスは階段から足を踏み外してしまいそうになる。しかし俺は咄嵯にリリスを抱き寄せることに成功するのであった。その際に俺はリリスとキスをする形になってしまう。

そんなこんなしているとすぐに目的地に到着することになったのだが――そこには加奈ちゃんと元勇者一行のメンバーが勢揃いしていて、彼女たちが俺たちを見るなり一斉に声を上げ始めたのである。それで俺は、自分の家に案内されたのだと理解する。それから、元勇者たちは俺と話をしたがっていたみたいなのでリビングで話しをすることになり、リリスは自分の部屋に行こうとしていたのだが、リリスに加奈が用があるらしくリリスを呼び止めると俺から離れていってしまう。そんなこんなで、俺は一人で元勇者一行と向き合わなければならない状況に陥ってしまう。

それで加奈が、まず初めに話しかけてくるのである。彼女はいきなり土下座をし始めたんだよね。

なんでも加奈はリリスに対してとても失礼なことをしたみたいでそれを謝罪したかったのだとか。そして俺も加奈と同じ行動をする羽目になってしまったので加奈の謝罪を受け入れていた。それから俺たち三人で少しの間、雑談する時間が生まれるのである。加奈は、リリスに対して悪い印象を持っていないようだったけど、元仲間として俺のことを心配してくれていて。俺は、大丈夫だから心配はいらないと加奈に伝えたのであった。

そしてその後。俺たちは再び話し合いを再開する。俺が、この国を治めるのにどれだけ苦労しているかを元勇者たちに語っていき、この国に蔓延している問題をどうすればいいのかを彼らに相談していく。すると彼女たちは色々と提案してくれるがどれも解決法にはならなかった。それくらいの問題であればまだマシだが、それでも難しい問題はいくらでもある。たとえば、他国からの侵略とか、モンスターの大量発生などである。そんな問題を抱えながらも、俺たちはこの世界を救おうとしているわけだけど。その話を聞いたとき加奈ちゃんから意外な発言を聞くことになる。加奈は元魔王を倒そうとしたことは一度もなかったのだとか。そんな彼女の話を聞いて、 俺にはリリスというパートナーが出来た以上、もう戦う必要がなくなったのだろうと俺は考えるようになっていたのであった。加奈の言い分は間違っていないのかもしれないと思ったのだ。

そんな感じで、加奈ちゃんとの話は続いていったのである。

「加奈」「なんでしょうか」

「俺はお前を信用することにしたよ」

「あ、ありがとうございます」

「うん、それと加奈はリリスに謝罪して、リリスは俺と一緒に暮らしていくことになったから、俺も加奈に頭を下げる必要があると思って。それで俺の気持ちを伝えておきたいんだよね。加奈は俺の大切な幼馴染だと思っているってね」

俺の言葉を受けた加奈は嬉しそうな表情になると、「私は絶対にあなたの味方になるからね。もう絶対に裏切ったりなんかしないから安心して欲しいんだよ!」なんて言ってくるのだ。そして俺は加奈のその態度を見て本当に俺を信じてくれたのだとわかって心が温かくなっていた。

「さすがですねリリスさん、私達とは信頼感が違うというかなんというか、加奈ちゃんの心を一発で動かしてしまうなんて」

するとリリスの口からとんでもない台詞が飛び出したのである。それは俺が、リリスと二人でこの世界を救ったのだというものであった。

俺はそんな話はしていないと否定をしようとしたわけだが、リリスはそれを許さなかった。俺を真っ直ぐ見つめながら語り始めてしまったのだ。

彼女は俺の実力を見抜き、そして自分から俺と協力関係を結ぶことにしたと語ったのだ。そしてその時に初代魔王がこの世界で命を落としたことを知ることになる。俺はその時の衝撃を上手く言葉にすることが出来なかった。だって、リリスは初代魔王を誰よりも大切に思っていたはずなのに。そんな存在がいなくなってしまったことにショックを感じない筈がないと思うんだよね。

そしてリリスは俺に初代魔王を生き返らせることは出来ないのかと尋ねてくる。

俺はそれに答えることができず、黙ることしかできなかったのだ。そしてリリスもそれ以上何も聞いてこないのであった。だから、俺たちはそこで沈黙してしまうのである。

俺とリリスはそれから気まずい雰囲気のまま夜を迎える。するとリリスは突然お酒を勧めてきて、そのまま俺たちの晩酌が始まることになったのだ。俺は酒に強いわけじゃないからリリスが注いでくれるままお酒を飲まされる。

リリスと俺は酔いが回ってきてからお互いの距離感がわからなくなってきたのか、俺の膝の上に乗った状態でリリスは抱きついてきたのだ。その時には俺はもうリリスの体温や柔らかさを堪能していたわけだ。だから俺は彼女の体を抱きしめ返しながら彼女の顔を見つめるのである。そして彼女の口と自分のものを重ね合わせたのだ。それから俺とリリスはそのままベッドに移動して体を重ね合うのであった。俺はこの時になってやっとリリスがこの家まで俺を連れ出した理由を知ることになるのであった。

俺は、リリスとの性行為を終えると、彼女が寝付いた後に部屋から抜け出していたのであった。そして城の屋上へと向かいそこから月を眺めているのであった。そんなこんなで俺の意識は徐々に遠のいて行き――

翌朝。俺の目覚めはとても良いものだった。隣に裸体の女性が眠っている光景を目にしたことで、昨夜の情事を思い出してしまい恥ずかしくなると同時に幸せな気持ちになったのだ。俺はその女性の顔に近づいていくと、彼女の頭を優しく撫でてから部屋を出ることにしたのであった。

俺が起きた時はまだ誰もいなかった。だから俺は一人で食事をとることにしたのであった。するとそこへリリスが部屋に入ってくる。彼女は朝食の準備をしてくれたので一緒に食事を取ることに決めるのであった。そうこうしていると元勇者たちも起き出してきたのでみんなで朝ごはんを食べることにする。そして食べ終えた後は各自で自由に行動してもらう。加奈と愛梨はダンジョンへ行ってしまったがリリスや沙耶香、彩夏は残ってくれていた。なので今日は仕事の話を始める。俺は、リリスに魔王の座を譲る手続きを済ませなければならないので、彼女に俺の仕事を引き継ぎを行ってもらうための説明をしていくのであった。しかし説明を終えた頃には、俺はあることに気づき始める。魔王の座をリリスに引き継いだ後の俺の行動をまだ決めていないことに気づいたのである。

(そういやまだ何をするか考えていなかったんだよな。どうしようか)

俺が悩んでいるとそこに元勇者の一人であるリリカが手を上げて俺に向かって提案をしてくるのであった。その内容が――魔王を倒せばいいんじゃないかということであった。

俺も最初はそれがベストじゃないかと思っていたんだけど、リリスの話を聞いてみると。先代魔王を倒してしまえばこの世界に生きる全ての生物から命を狙われる可能性が高くなるみたいなので辞めようと思い直すのである。

だから俺は他の方法を考えることにするのであった。そして俺のその様子を見かねたリリスが、自分が考えていたアイディアについて話し始める。俺はその話を聞き終わった瞬間。その考えはいいかもしれないと思ってしまったのであった。

そして俺は早速、リリスからリリスが持っていた魔王の座を譲り受けるためにリリスが所持している宝玉を渡せと言ってみたのだが、どうにもそれは無理みたいであった。なぜなら宝玉は代々、この国の王族が所有し管理することになっているらしいのである。

俺はそのことを知らなかったのだけど。元勇者一行の人たちからは俺が初代魔王を倒す前からその事実を知っていたみたいな反応をされてしまうのだった。しかし、リリスだけは知っているみたいな態度をしていたので、どうしてかと質問してみると――その昔、リリスはその宝物庫で歴代魔王たちが保管してあるはずの宝箱を見つけたことがあったらしく。その中に魔王を殺せる道具が入ってないかを確認しようと思ったら。魔王の秘宝が一つだけあって。それを使えば俺を魔王の座から降ろすことが可能だと知ったそうだ。そして、その情報は代々、王族に伝わっているので間違いないとのことだ。それで俺はリリスから、歴代の魔王が使用していた魔王殺しの聖剣があるということを告げられる。

それならその武器を使えば俺はリリスの代わりに魔王になれるのではと思ったが――それは出来ないようだ。その理由というのが。リリスは魔王になる前に初代魔王が愛用していたという魔王殺しの剣を手に入れたことがあるみたいで。それを何度か使ってみた結果。確かに魔王を殺すことができたけど、魔王殺しの効果が失われて普通の聖剣になってしまい魔王にしか効果を発揮しないということが分かったみたいだ。そのことを知った当時の元勇者たちは、それを使って勇者としての力を失った者が多数出たことから、それ以降はその伝説の剣を使うことを止めていたとのこと。

だから俺はリリスからその話を聞いた後、どうすればいいか悩み始める。そんな俺の様子を見たリリスは、とりあえず宝玉を渡しておくので何か思いついたらいつでも言ってほしいと言い出すのだった。それでリリスはリリスの持つ魔王の宝具を俺に手渡してきてくれていたので俺も素直にそれを受け取るのである。

それからしばらくしてから元勇者一行はこの国を出ていくことを決めてくれた。

リリスと俺は彼女たちに別れを告げることになるのである。そしてその数日後に元勇者たちは旅立っていき。俺は一人、執務室で今後のことについて考え始めていたのだった。そんな時に突然俺の部屋の扉が開かれてリリスが飛び込んで来たのだ。リリスは息を切らせて俺の前に姿を現すと、真剣な眼差しでこちらを見ながら話しかけてくるのであった。

俺はそんなリリスに対して「リリスはいったい何があったんだ?」と問いかけてみる。するとリリスは自分の胸に手を当てながら俺の疑問を解消しようとしてくれるのであった。リリス曰く。魔王殺しの魔導器を使い俺を殺してしまえということだ。そうすればこの国に暮らす者たちは全ての命を失うことになってしまうがリリスのことは助けてくれると言っていた。それで俺の頭の中に一つの仮説が生まれたのだ。俺はリリスのことを疑うつもりはないが念のためにリリスの真意を確かめることに決める。すると彼女はその言葉の通りで嘘偽りなどないことを伝えてくれたのであった。そのおかげで俺はさらに迷ってしまう。リリスがなぜそのような行動をとったのか理解出来なかったのだ。だからリリスからもう少し詳しい話を聞こうと決めたのだった。するとリリスから俺は、リリスが先代魔王を殺した張本人であることを教えてもらう。俺の中で全てが繋がった。だから俺はリリスの申し出を受けることにして彼女の手に握られている魔導銃を手に取ることにしたのである。

それからリリスに連れられて城内にある地下牢へと向かうことになった。俺はその道中でリリスのことを見つめ続けていた。彼女の姿形は俺の記憶の中の彼女そのままなのだ。そんな彼女の顔や体を見ているだけで俺の心は締め付けられそうになるのであった。そんな俺の様子を見た彼女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべると「変なこと言わないでもらえます? そんな目で見つめられても、私は絶対にあなたのモノにはならないですからね!」とか言い出した。

そしてそんな風に言われてしまった俺は苦笑いしながらその場をごまかすしかなかったのである。そんなことをしているうちに目的の場所に辿り着いていた。

そこは地下の広い空間であり、そこには無数の鎖で縛りつけられている女性達の姿があったのだ。そこでリリスは縛られていた一人の女に視線を向けると「あなた達、こいつを拘束している魔法を解いてやって欲しいのです」なんて命令したのだ。すると女性達は素直に従うと、全員を縛っていた魔法を解き放つのであった。その瞬間。女性達が一斉に俺に襲いかかってきたのだ。しかしリリスの放った言葉を聞いた女性たちは俺から距離を置くとその場に正座して動かなくなる。

そして俺に向かって頭を下げ始めたのであった。俺はその光景を見て絶句してしまう。

(いやいや、待ってくれよ! 俺ってそんな風に見えるのかな?)

リリスは嬉しそうに笑みを見せると「これで私の計画が全て上手くいくことになりました。ありがとうございます旦那様」とか口にしてきたわけである。その言葉でようやく気がついたわけだ。この国の地下にはリリスが集めた大勢の美女たちが集められていて、この場には全員が俺の味方になったということなのだと。そして俺を魔王にするためにリリスが暗躍してくれていたということだったのだろう――

俺を殺そうとした女たち。この国の王女でもあるリリスによって集められた元魔王たちの配下。俺は、そんな女性達の目の前で裸になってみせる。その光景を女性達は頬を赤く染めながらじっと見つめていたのだ。俺は女性達の前で仁王立ちする格好になり女性達に語りかけていく。その言葉を受けた女性達は涙を流しながら感謝の言葉を口にし始めた。そんな中で一人の女性が口を開き「あのぅ、その、勇者さま。わたくしめに魔王の寵愛を与えていただけませんでしょうか? そのっ、わ、私めをどうかお側に置いていただきたいんです。そ、それで一生を勇者さまに尽くさせていただきたいと思えまして、それで、あ、愛していただけるならば勇者様に魔王の座をお譲りする所存でおります。で、できれば今すぐ魔王の座を勇者さまに譲りたいというくらいに魔王になりたいと思ってる次第でして、あっははは、ど、どうでしょう。魔王の秘宝を二つほど勇者さまに差し上げようと思いますので是非ともこのわたくしめに魔王の座を譲り受けていただければ幸いだなぁ〜なんて思ってるんでしゅけどどうでひょか?」と、顔を真っ赤にしながらも俺に向かって懇願してくるのだ。その様子を見ながらも俺は「じゃあいいぜ」と答えてやったら彼女はとても嬉しそうに喜んでくれた。そしてその場で四つん這いになると俺に向かって土下座のポーズをとって見せる。

それを目の当たりにしたリリスは目を丸くさせると。「さすが勇者様ですね」と呟いた。そしてリリスはこの国の王として。この国の魔王として俺を正式なる新たなる魔王に就任させる旨を俺に伝えてきたのである。

俺がその宣言を受け入れたことで俺とリリスの間に盟約が成立する。そのことによって、俺が元勇者たちを倒すまでの間はリリスの力の一部が俺に宿ることになるのだという説明を受けることになったのだが――俺は正直そんなことは関係なくリリスのことを自分のモノにしてやりたいと考えていたのであった。だから俺はその思いを実行するために彼女に魔王の座を譲り渡す。そしてその代わりにリリスを嫁として迎えることにしたのだ。こうして俺は初代魔王になると同時に、二代目の魔王にも就任することになったのである。それからしばらくの間はリリスと共にこの城で暮らすことが決まったのである。

それからというものの、俺は毎日、暇さえあれば城の最上階にある大広間で元勇者一行の四人とお茶をしながら世間話をしたり、食事を楽しんだりと穏やかな日々を過ごすようになっていった。

そしてリリスの方は俺に魔王の座を譲ったことで。この国の女王の座を引き継ぐと俺が魔王になったことを公表して民たちに知らしめてくれた。それのおかげで俺を恨むような連中は消え失せてくれたのだ。それどころか国民のほとんどが俺を支持してくれているという嬉しい報告も受けることができたのだ――それからしばらくしてからリリスが妊娠したことが発覚する。それは本当に奇跡のような出来事でもあった。そして俺はそのことが本当に嬉しくて堪らなかった。それからしばらくして元気な女の子が産まれると。リリスは俺の子供を自分の子と同じように大切に育ててくれるようになる。その娘が俺とそっくりな面持ちだったことから将来は美形の勇者様になるんじゃないかと思っていたりもするのであった。

ちなみに俺は魔王の力を失っているせいで今はただの一般人である。なので特に力を発揮することができないのだけど、その代わりと言ってはあれだが俺の中にはリリスの力が流れ込んで来ているので、その力を上手くコントロールすることができていた。リリスが施してくれたその封印術式は凄い代物だったようで俺は未だに普通の人として過ごすことが出来ていたのだった。しかし俺はそんなリリスを誰にも渡したくなった。だから俺はリリスと子供を連れてこの国から姿を消すことにしたのである。もちろんリリスに黙ってね。それでしばらくしてから俺はこの国に戻ってきた。

そうして、また俺はこの国に戻ってくることができたのである。俺は改めて元仲間たちに礼を言った後、リリスが出産したということもあって彼女の身の安全を考え城の中で過ごすことに決めて、そのついでに俺は初代勇者の宝玉に願うことで元の世界へと帰還することができるのではないかと考えるのだった。

俺の名前は『勇者』で、年齢二十二歳。身長一八五センチ体重七十キロで髪の色は茶髪、瞳の色も茶色で肌色は普通。顔のつくりは良くも悪くもない、特徴のないのが特徴みたいな平凡な顔だと思っている。

俺は今現在――この異世界において勇者をしている。それも魔王を二人倒しているので、この世界で俺は最強の存在といっても過言ではない。そんな俺は今日、仲間に裏切られてしまう。そのおかげで俺は、元の世界への扉を開くための旅に出ようとしていたのだ。それがつい最近、リリスと二人でこの世界に帰ってくると決めた時のことであった。

それから俺は、旅支度を整えるとすぐに出発することにする。リリスとはもう二度と会えないかもしれないから別れ際にキスを交わしてから出発をしたのだった。それから数日、元仲間たちと過ごした思い出の場所や、行きつけのお店なんかを周ったりして懐かしい時間を過ごしていたりしたんだ。その最中のことなんだが。

俺の前に突如として黒い霧が現れ始め、その中から全身をマントに身を包んだ何者かが現れたのであった。その人物はゆっくりと歩みを進めると俺を見据えてくる。その男は背丈が高く、かなり痩せ細っているように見えた。そして男は無表情のままで口を開いたのであった。

その男が口を開いてきたのは突然の出来事であり。しかも言葉を発したその瞬間。俺は男の発した殺気に一瞬にして押しつぶされてしまう。それだけで、俺の命など一瞬で奪い去ってしまうほどの強大な魔力の持ち主であることが理解できたのであった。

(こいつは何者だ? こんなヤツに今まで気がつくことが出来なかったなんて――)

そんな風に思っていた俺に男は無表情のまま「私はお前を殺すつもりだ。抵抗などせずに、その命を差し出すが良い」などと口にすると俺に向けて手刀を突き刺す体勢を取るのである。

――次の瞬間。俺の命を奪ったはずのその手刀は、何故か俺の首筋に触れることもなく空中に静止している。俺にはまだ意識があった。そんな俺は不思議に思いながら男に目を向ける。すると――

俺と目が合ったことで、なぜか相手は驚きの表情を見せたのだ。そこで、相手の表情の変化に疑問を抱いた俺はその正体を確かめようとした。

すると、そこには黒衣のフードを深く被った老人の姿があったのである。どうやら先程までの姿とは明らかに別人のように思えるほど変化していて。目の前に立っている老人からは何も感じ取ることができなかった。そんな俺に向かって「なぜ貴様は私の一撃を受けない!? それに、その目――どうして勇者が私の正体を知っているのだ?」と、尋ねてきた。俺もその問いには疑問に思ったものの。目の前にいる人物が、おそらくは俺を殺しに来た刺客であることは間違いないだろうと思い、その質問に対して「俺を殺そうとした理由は、魔王が勇者である俺を殺したと公表するためなのか?」と尋ねた。すると――

その言葉を受けた老人の体が震えだし始めると、次第に声を発するようになり始めたのである。そして「な、何故それを?」と、驚愕の一言を口にしたのであった。

(どういうことだ? 俺を殺そうとしたのはコイツじゃなかったのか?)

俺がそんなことを考えていた矢先、その黒衣のフードを纏う者は手に持っていた武器を振りかざしてくると――そのまま振り下ろして俺に襲いかかってきたのだ。

「ちょっ! ちょっと待ってくれ。話をしようじゃないか!」

そう言って俺は必死になって逃げるのであった。しかし目の前に立つその謎の老人の攻撃から逃れることなど出来るはずもなく。その老人は俺を追いかけ回すと攻撃を仕掛けてきたのである。そして俺はなんとか反撃を試みようと考えたのであった。

俺には【勇者】というスキルがある。それを使って俺は目の前の男を撃退しようと考えたのだ。しかし、いくら頑張ったところで、目の前の老人を撃退することはできないようであった。それなら別の方法で攻撃を加えればいいだけだと思った。そして俺はある一つの方法を選択する。

それは魔法で戦うことであった。そうすれば相手にダメージを与えることができるはずだし。何より相手が人間だとしたら必ず死ぬはずであるからだ。俺はまず自分のステータスを確認してみた。

勇者:LV1(MAX999999+99)

:HP∞

:攻撃力∞(防御力×100)

体力∞

:素早さ×100 運×100 職業

『???』

称号 元勇者にして最強なる勇者。世界最強の存在。

能力付与

『物理耐性』『魔法反射』『状態異常無効』等 スキル付与 なし 装備欄 聖剣デュランダル 伝説の鎧ヘルカイザー 魔導師の服(青系統系&赤系統色メイン)

この姿を見る限り俺は間違いなくこの世界で最強であるはずだった。それなのに目の前に立ちはだかる黒衣の人物は一向に倒れる気配がなかったのだ。そのことが信じられずにいると、俺が逃げ回っている間にその老人は何かの薬を口にしていた。どうやらあの飲み物の中に毒が入っていたらしく、俺はその飲み物を飲んだフリをして地面に撒き散らしたのであった。そしてその行為を見て驚いた表情を浮かべる相手を、今度は俺の方から攻撃を繰り出したのである。

しかし、その俺の一撃を受けても、目の前の老人は倒れることはなかった。そして、逆に俺は攻撃を受けてしまい吹き飛ばされてしまったのである。

それからというもの、お互いに一歩も引かない攻防が繰り広げられていた。

それから数分後、お互いは疲弊してしまい、そして俺は息を切らせていた。それでも、俺は自分の力に限界があることを認められずに、全力で戦ったのだ。その結果、ついに俺はその老人に勝利することを諦めてしまうことになる。そして戦いの最中にその男が語りかけてきたのだ。「おぬしに頼みがある」その言葉を聞いた俺は「頼む、殺してくれ」と言って自分の首を自分で掻き切ったのだ。

その途端に、首から血が噴出していき、目の前に居る人物に浴びせることになったのだった。それからしばらくしても、何故か俺は生きている。

そして目の前では、その男が驚き戸惑っていたのである。俺は自分がまだ生きていることを信じられずにいた。だがその現実は変わらないようで――目の前の男は「馬鹿な、ありえない――まさか――本当に勇者だというのか? しかも、私が勇者にしたあの小僧よりも数段上の力を感じ取れる――お前が本当に勇者だと言うのであれば、なぜ勇者の力を失わないのだ?」などと言ってきたのである。その言葉を聞いていた俺は心の底で、そんなことわかるかよ。俺が勇者で、俺が俺だから、そんな風に考えてしまうのは仕方がないと思う。

俺はそれから、とりあえず相手の話を聞くことにした。その黒衣のローブを着た人物の素性を知る必要があると思ったからだ。そして相手から聞き出したその男の名は、【賢者エルムネスト】といい、この世界を魔王の手から救おうとしているのだという。その話を聞きながら俺は、魔王は別に複数存在しているんだと思っていたのだが。どうやらそうではないらしいと悟ったのである。

「魔王とはこの世界の王ではない。この世界の魔王というのは別に存在するのだ。それが、勇者がこの世界にやってくることによって出現するようになっている」

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