解釈違いが怖いので
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
第1話 解釈違いが怖いので
こんな経験ってないかな。散歩中たまたま見かけた雑誌の表紙にいた一人が、すごく自分の好みだったり、雑貨店でたまたま目に入ったキャラクターグッズを、一目で好きになるアレ。
アレってつまり、自分の頭の中にある理想の生き方と、たまたま出会ったそのキャラの容姿が、がっちしハマったからだと思うのね。
それでそのキャラに興味持って、ネットで調べたり、雑誌を買っちゃったりするわけよ。そして運命の作品やキャラクター、俳優さんや声優さんに出会うわけ。そうやって推しを増やしていくのも、人生の醍醐味だと思うのね。
一目惚れは脳が勝手に引き起こしちゃうから、自分じゃ止められない。毎回胸にビビッときては、そのキャラを大好きになって、そして、そして……私の場合は、振られ続けてきたの。
いざ、そのキャラのことを探ったらさ、ヒステリーな小物だったり、裏の顔が怖すぎたり、趣味が変態すぎてドン引きだったり、幻滅するような卑怯者だったり……私が好きになるキャラは、どれもこれも、調べないままでいたほうが萌えれたんじゃないかって、そんなのばかりだった。
そんなとき、すごくがっかりする。公式が出している情報だから、ファンアートも大概その情報に沿った性格にするし、だから、ネットでイラストを検索するのも、嫌になってしまった。特にサムネイルが、キャラの内面を前面に押し出しているイラストの時は、失恋を刺激されたみたいな気持ちになる。
これってただの、解釈違いによる拒絶反応だよね。わかってる。だから私は、この気持ちを誰かと共有するつもりはない。そのキャラの悪口は言いたくないし、他人に自分の解釈違いを長々と説明してグチるのも、公式とそのキャラに失礼だと思うから。
……けどね、やっぱり疑似的でも失恋したことに変わりないから、つらい。一目惚れした相手が、全然自分と合わない人だったんだから。そうだと知った直後は、がくっと落ち込むし、引きずる性格してるから、夜になるともっとがっかりする。
めんどくさい性格かな?
という自己分析を持ちまして、私なりに人生を楽しく賢く生きる方法を編み出しました。それは、一目惚れしたキャラクターや人物を、絶対に調べないこと。
たぶん私は理想が高すぎるんだと思う。こればっかりは、かなり意識しないと変えられないと思う。せめて2次元や2.5次元の世界だけは、自由に恋愛させてほしいわ。設定も何もかも、自分の好みにさせてほしい。
そんなわがままに溢れた理想郷を、追求していくうちに、よく知らないまま好きになったキャラクターが、私の脳内で仲良く暮らすようになっていた。毎日幸せだ。
たまーに、トラブルにも遭うけれど。
ある日、好きなキャラの缶バッジをカバンに付けて歩いていると、隣に並んできた友人が、
「え……そのキャラ、最っ低な方法でヒロインを殺しちゃったヤツ?」
なんて大げさに言うもんだからさ、
(そうなんだ……このキャラ、人殺しするんだ)
急に現実に戻されてしまった。
永遠に夢の中で遊ばせてはくれない、公式と言う名の残酷な現実が、たまーに私を打ちのめす。
しかもこのキャラ、めちゃくちゃ造形が好みで、長らく夢見ていたから、久しぶりに、かなりキてしまった……。
数日ぼんやりしてしまい、美術部のみんなと話していても、完全に上の空だった。そんな私の後頭部を、ベシッと叩く女が一人。
「ちょっとマリ、このあと時間あるならウチ来て。スマホに好みのキャラの写真、たっぷり撮ってあるんでしょ、それもいつでも見せれるようにしておいて」
「え? 誰に?」
「うちの兄貴。自宅から美大に通ってんの。イラストレーターの卵」
部活でもあまり会話に参加しない子からの誘いだったから、少し戸惑った。でも、傷心中で気分転換を求めていた私は、藁にもすがった。早く元の私に戻って、またいろんなキャラに一目惚れしていたいから。
その子のお兄さんは、もう企業さんから声がかかってて、でも本人はフリーでやろうかなって、悩んでるんだってさ。
そして意外なことに、彼女の家は、学校のご近所だった。
「はあ? 俺に、その子の好みのキャラを描いてほしい?」
私と彼女は、お兄さんの部屋で並んで座っていた。事情を説明したのは彼女で、お兄さんはちょうど休憩中だったのか、画面の暗いパソコンの前でコーヒーを飲んでいた。
私は己の惚れっぽさと、繊細過ぎる面倒臭さを、自分で説明した。
お兄さんは、笑ったり呆れたりせず、真剣に聞いてくれた。クライアントからの依頼を、あますことなく叶えようと挑む職人さんのような貫禄だった。
「ふむ、わかった。参考資料までに、今まで撮影したキャラの写真、見せてもらえるかな」
私は通学カバンから、A4サイズの書類が入るファイルを一冊、取り出して渡した。推したちを印刷し、常に持ち歩いていると成績が上がるから、仕方ないことだ。
ファイルを受け取ったお兄さんは、ページを丁寧にめくった。その瞳が興味深そうに輝いていく。
「俺の作った子も、こういうふうにめっちゃ輝いてて、大事にされたいなー」
イスを軋ませファイルを天井まで掲げた。
「あー、この子めっちゃイイ笑顔やーん、こらぁ元気もらえるわ〜」
木目の荒い天井が、青空の下でのびのびと感性の羽を伸ばすお兄さんの背景と化して見えた。
ああ、この人は本当にキャラクターのデザインを考えるのが好きなんだ。自分の描いたキャラが飛んだり跳ねたり、しゃべったり戦ったり、そして大勢に愛されるのを夢見て、ここにいるんだ。
「よし、俺に任せとき」
お兄さんは再び職人の目になって、ファイルのページをめくり始めた。
「ああ、こういう屈託のない笑顔の男の子が好きなんやねぇ。年齢は十七か、そのへんか……ああ、年上がいいんやね。身振り手振りが大きい子が多いなぁ、活発で躍動感ある子ぉがええのか、髪はショートめやけど、ツンツンってわけやなくて、ふわって動く余裕もあってー、全体的にはっきりとした暖色系やね、よしわかった!」
……なんか、すっごく細かく分析されてしまって、恥ず……。
私がもじもじしている間にも、お兄さんは聞き取れないほどの小声で、難しい顔をしてぶつぶつと分析し続けている。
呆気に取られている私の腕を、彼女がつっついた。
「ああなると自分の世界にどぶりこんじゃうから、隣の部屋で待ってよー」
「あ、うん」
彼女は私を待たずに、さっさと立ち上がってしまうから、私も慌ててカバンを片手に立ち上がった。
「それじゃお兄さん、本日はよろしくお願いいたします」
お兄さんはすでにパソコンの電源をつけて、ペンタブ持って液晶画面を相手に、格闘していた。
私は和室に案内された。そこで彼女にオレンジジュースをパックで注いでもらいながら、なぜ今日私を誘ってくれたのかを尋ねてみた。
「べつに、ただの気まぐれ。あんたが元気ないから、どうしたのかって、あんたの友達に聞いただけ。なんかー、あんたのバッジのキャラの話をしたとたんに、急にあんたの元気がなくなって、向こうもどうしたらいいかなーって困ってたっぽいよ」
「ああ、そんな、困らせるつもりじゃ……」
最低だ。自分の強いこだわりに、友達を巻き込んで傷付けていただなんて。
落ち込む私の目の前で、襖がシャッと開いた。
「できたで〜! はい、これ! この子に会いたかったんやろ?」
まるで迷子の弟を発見した近所のお兄さんみたいなノリで手渡された、その一枚の用紙には――
「おはよー! なんか最近ろこつに元気なくてごめんねー」
「あ、もう元気になったの?」
「うん。あ、そうだ、これからナツキんちにあげる、二人分のお礼のお菓子を買いに行くんだけど、一緒に選んでくれない?」
「え? オッケー、でもなんでナツキ?」
こうして友達ともあっさり仲直りし、私はお世話になったナツキとお兄さんに、もう一度、いや、今後も何かと話せる機会が持てたらいいなぁなんて画策している。
今までナツキとは、同じ部活である以外の接点がなかった。そのお兄さんなんて、もっと接点なかった。
ナツキはもしかしたら人と馴れ合うのが嫌いかもだし、お兄さんは私が思ってるほど扱いやすい人ではないかもしれない。それでも。どんな解釈違いがあっても、私は――二人と、もっと仲良くなりたいなって、思ってるんだ。
こんなステキなキャラに逢わせてくれた人たちだから。
なんの設定もない、私のツボ全押しの活発褐色オレンジ髪の、ウルトラ元気スマイルのサッカー青年! 熱中症を心配するほど真夏日の空の下で、木陰で休憩中なのか汗をタオルで拭いながら、白い歯を無邪気に見せている。
感動した。この暑い中、こんなにも輝いている人がいるんだから、自分もくよくよせずに頑張んなきゃ! って、心の底から元気が湧いてくる! まるで魔法!
嬉しい、めっちゃ嬉しい! こんなステキな笑顔に逢わせてくれた二人と、このまま縁が切れてしまうなんて、ほんっともったいない!
せめて、ケータイの番号が知りたい。
めんどくさいヤツかな?
でも、もうどうすることもできないんだ。
公式がいて、細かい設定があって、私と解釈が違っててもさ、たくさんの人の手があって生み出された、とっておきのキャラたちなことに、変わりはないよね。
たくさんの人に愛されてねって、世に送り出してもらったことは間違いないもの。
私の複雑でめんどうな性格はなかなか変わらないと思うけど、ほんの少しだけ、失恋の重症度が下がったよ。
私を傷つけたその設定すら、大勢の人たちを魅了して、今日も愛されているんだからさ。愛されているんなら、もうそれで、いっかなって、思えるようになったんだ。
いつか、いつかね、お兄さんがプロとして活動し始めた、そのときは、このサッカー少年にステキな設定を付けて、世に送り出してほしいんだ。だってこんなに元気がもらえるキャラクターを、私だけを救ってくれたヒーローにしておくのはもったいないから!
解釈違いが怖いので 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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