緑の人

虫十無

緑色

 小さいころ、たまに窓のすぐ外に緑の人が見えていた。何なのかはわからないけれど、いつも後姿で顔は見たことがない。全身が緑という以外は普通に見える人。髪も肌も緑。

 見えていたころにその緑の人のことを誰かに言ったことはなかったと思う。ただ緑の人が見えるのは落ち込んでるときとかあまり良くないことが起きた時で、そこから好転していくことが多かったからきっと私を励ましてくれるのだろうと思っていた。私のヒーローなのだと。

 けれど大きくなるとその姿は見えなくなった。それをきっと小さなころの幻覚だったのだろうと思い込んだ。私だけのヒーローがいなくなった悲しみというものもあっただろう。私はずっとそれをいいものだと思っていたから。


 緑の人のことを話したのは大学の友達が初めてだった。その友達にイメージがわかないと言われて絵を描いてみた。絵としてはあまりうまくはないけれどそれでもいい感じに再現できた絵だったと思う。けれどその絵は怖いと言われた。

 絵を見返す。確かにこれを何も知らない状態で見れば怖いのかもしれない。そんなこと、思ったことがなかったのはどうしてだろう。いや、私の頭が作り出した私だけのヒーローを、私が怖がることはないのかもしれない。


 似たようなものを見たという話があることを教えてくれたのはその友達の友達だった。何なら都市伝説になってるとも教えてくれた。緑の人と検索すれば出てくると。そういえば検索してみるという考えはなかったなと気づいた。

 けれど今更なぜか気になっているというだけで、それまでは幻覚として片付けていたことだから仕方ないのかもしれない。同じ幻覚を見るなんてこと、あるわけがない。

 都市伝説になっているなんて、幻覚ではなかったのだろうか。いや、都市伝説だから幻覚ではあるのかもしれない。けれど私はどうしてそんな発想を持ったのだろう。もちろん都市伝説のことを知らなかったんだから都市伝説から着想を得たわけではない。そもそも小さいころだから、平仮名を読めたかどうかもあやしい。


 家でごろごろする。ふと小さいときの目線ってどの程度低かったのだろうと思う。

 あの窓から緑の人が見えたわけだから、あの角度で。再現しているとこちらを見る目がある。窓の向こう、緑色。

 驚いて立ち上がる。もういなくなっていた。

 また緑の人が現れたなら、きっと幻覚ではないのだろう。でもずっと見えなくて今急にまた出てきたのはなぜだろう。


 次の日、同じ時間。今度はごろごろしたままついうとうとしていた。軽そうな足音。目は覚める、薄目で見る。緑の人がいる。今まで窓の外にしか見たことがなかったのに、家の中に見える。何かをやっているのか、しゃがみこんでいる大きさ。けれど薄目なのでちゃんと見えない。

 音が聞こえる。よくわからない。眠くて目が開かない。どうして。足音で目が覚めたと思ったのに。パチパチと小さな音が聞こえる。あっちからも、こっちからも。音の正体を確認したい。

 落ち着こうと息を吸い込む。全ての感覚が遠くなる。

 もしかしたら、と思う。もしかしたら悪いことを起こしていたのかもしれないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑の人 虫十無 @musitomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ