最果ての
歩島七海
北壁は今日も揺るがない
世界の果て、天貫の北壁を削って作られた狭い洞窟が、私達の魔王城だった。
夜の闇に融けない燭台の火が、私と貴方の影だけを浮かび上がらせる。
私が死ななければ、近いうちに世界は壊れるらしい。そんな世界なら壊れちまえば良いと言った貴方は、今では皆から魔王と呼ばれていた。
私達の住む世界は、誰かが書き記した物語の一節を元にして出来ていた。誰かが書いて、投げ出した物語。先の記されなかった物語。行き場を失った物語が構成するはずだった世界。
それを維持するための生贄を、世界は求めているということらしかった。
それがなぜ私でなければならないのか。そう問うた私に、魔王となった貴方は言う。
「知ったことかよ。こんな狂った世界の考えなんざ」
続けて問い掛けようとした唇は塞がれて、なし崩しに今日も夜が明ける。
槍のような岩肌を照らす陽光が、そこに引っかかった数多の屍を焼くように射た。
世界は生贄を求め、世間は英雄を求めていた。
魔王を打倒し、魔女を弑する力を持った英雄を。
「ねえ貴方、私を守って……それでどうするの?」
昇りゆく日を眺めながら、幾度も繰り返した問を投げかける。貴方の答えはいつも決まっている。
「世界が壊れる時は、この北壁も壊れる時だ。この向こう側を知ってる奴は一人もいねえ。それは、この先に希望が埋まってるってことだ。壊れるのと同時に、駆け抜ける。必ず上手くいく。世界がお前に追いつけない所まで。絶対に、俺が連れて行く」
何度も繰り返した答えは、日に日に長さを増していた。それは貴方自身に言い聞かせる為の言葉なのかもしれない。自分の背負った罪に心を折られない為の魔法の言葉。
多くの未来を潰して、ただ私の明日だけを願う誤魔化しの言葉。
それを堪らなく愛おしく思う私は、世間から魔女と呼ばれるのに、きっと相応しい女なのだろう。
世界と私を天秤に掛け、私を選んだ男。
私の為と嘯いて、世界を守る為の勇士を悉く殺し続ける男。
ーーーーそうまでして、私を手に入れたかった男。
私の愛する、私だけの貴方。
今日も血に塗れた槍と身体で洞窟に戻ってきては、戦利品の食糧を私に差し出して。
差し出された罪の証を共に食べることで、今日も私は、また魔女へと成り果てていく。
きっと、この世界は壊れない。
この北壁も壊れることはない。
貴方がここで、私のための物語を演じ続ける限り、この世界はそれを見守るに違いない。
誰かが投げ出した物語の続きを、私と貴方が続ける限り。
ただそう思うことで、私は私の世界を守っている。
貴方は魔王であり、救世主であり、罪人であり、強靭な戦士であり、この世の全てであり、私の男。
私は、魔女であり、罪人であり、世界を壊すただの女。
そしてこれは、全てを滅ぼす感情の物語。
いつしか終わりの来る、ただ、それだけの話。
最果ての 歩島七海 @poland125
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