第5話 偉大なる母と時をかける童貞


「うふっ、新しい童貞の匂いが一人増えたわ。うれしいわ〜」

「気をつけてねユウ、保健室の先生には何人もの男子生徒が抵抗したけど全て無力だったわ」

「なるほど、ただものじゃないってわけか」


 ファイティングポーズをとるユウに向かって保健室の先生は聖母のように笑いかける。


「そんなに怖がらなくてもいいのに〜。それにアタシには大地母(ガイア マミィ)という名前があるんだからそれで呼んでくださいな〜」

「マミィか、優しそうな名前だな」

「優しいですわ〜、母なる無償の愛で童貞達を包み込むのが夢ですのよ。まだ愛を知らぬ男の子達を幸せを与えてあげますわ〜」


 白衣からはみ出るかのような巨乳がユウを誘惑するがここはグッと堪えた。彼はアイに尋ねる。 


「アイはマミィ先生にどんな能力があるのか知ってるか?」

「えっと、私は女の子だからマミィ先生の攻撃を受けたことがないんだよね。そこの男の子に聞いてみたらどうかな?」


 アイが指差した先には自分の股間をしっかりガードしている少年がいた。彼はこの中高一貫のフレンドリー学園に入学したばっかりの中学一年生である。


「お兄さん達気をつけて! 先生は経験をさせる力を持ってるんだ!」

「経験?」

「あら〜、女性のプライバシーを教えちゃうなんていけない子ね。でもアタシは優しいから許しちゃう」


 中学生の少年に向けてニコリと微笑んだマミィは、次にユウに向かってゆっくりと口を開く。


「ね〜あなた。さっきは二階から跳び降りてきたようだけど、三階から跳び降りたこととかあるかしら〜?」

「いや、ないけど……。ぐはああああああっ!!!???」

「どうしたのユウ!? 大丈夫!?」


 マミィの問いに答えるとユウは口から血を吐き出した。アイは慌てて彼の背中をさすっていると、マミィは優しい声で語りかけてくる。


「うふふ〜、アナタの三階から跳び降りるって初体験、奪っちゃったわ〜♡」

「どういうことなの? ユウはずっとここにいるし跳び降りてなんかないけど?」

「察しが悪い娘ね〜、アタシは男の子の初体験を奪うのが好きなの。その想いがつまりにつもって、ついにその子に強制的に初体験を与えることができるようになったの〜」

「……そ、そんな魔法みたいな技、反則だろうが!?」

「これが愛する母の力なのよ、でもアナタの童貞はこんな能力じゃなくてしっかりと身体で奪ってあげるからね〜」


 セクシーポーズを取るマミィ、服は着ているもののそれは年頃の男子校生をムラムラさせるのには十分な色気を放っていた。


「くそっ、どうすればいいんだ……、なんだか負けてもいい気がしてきたぞ!?」

「それはダメでしょ!? ユウは幼馴染に『ざまぁ』をするんじゃなかったの!?」

「……そうだったな、ありがとうアイ。俺は大切なことを忘れてしまうところだった、俺は『ざまぁ』をするために優しい男になったんだ!」


 アイの激励によってマミィの誘惑を振り切ったユウ。しかしそんな彼にマミィの攻撃が放たれる。


「二人とも仲がいいわね〜、でも童貞はアタシのものよ〜。ユウくんは東京タワーのてっぺんから跳び降りたことはないわよね〜?」

「くっ、ないぜ…………、がああああああっっっっっ!?!?!?」


 全身に強い打撃を受けたユウは大ダメージを受ける、かなり痛そうだ。


「こ、このままじゃユウが死んじゃう!? それなら私が!」

「いきなりなにっ!? ちょっと邪魔しないでくれない〜、この泥棒猫!」


 アイはマミィに向かって捨て身タックルを放つ。男子生徒には初体験をさせると言う強力な能力を持つマミィの力も、女子生徒には無力であった。


「やっぱりマミィ先生の能力は男の子にしか使えないんだ。シーさんと同じね」

「当たり前よ!女の子の童貞なんて奪いたくないもの!そして、いい加減に離れてちょうだい!」

「きゃっ!?」


 能力が通用しないと言っても大人と高校生では体力が違う。童貞狩りで鍛えられたマミィの足腰の踏ん張りは横綱のツッパリも余裕で受け止めるほどである。アイはあっさりと突き飛ばされて転倒した。その光景を見てユウは呟く。


「……優しくねえな」

「なに、お友達がやられちゃって怒ってる?かわいい〜♡」

「お前は生徒に優しくねえ、俺は生徒に優しい男なんだ! 生徒に優しくねえお前はぶっ飛ばす!」


 ユウは優しい男である。山籠りの最中、ユウは家庭教師のアルバイトをしていた。家庭教師といってもユウは山籠り中だったので生徒の家には行くことができない、そのため生徒に山頂まで来させていた。しかし、生徒は毎日毎日険しい山を登らなければいけないため非常に疲労が溜まってしまう。そんな生徒をユウはその優しさをもって救い出したのである。具体的には生徒一人で険しい山を登り降りすることは困難だったのでユウが付き添ってあげることにしたのだ。生徒と登山口で待ち合わせして一緒に山頂へ行き勉強、そして生徒をサポートしながら一緒に下山して登山口で別れる。これによりユウは【生徒に優しい男】として生徒の神の加護を受けたのである。


「ま、まさかユウくんは先生に手をあげるつもりなの〜!?」


 ユウの鉄拳がマミィのみぞおちに激突する寸前、その拳の動きが止まる。


「……くっ、女は殴れねぇ」

「墨汁はいいのに?」

「あれはコラーゲン入りのお肌に優しい墨汁だからな……」

「あら〜、やっぱり優しいのね〜。アタシはそんな可愛い男の子は好きよ〜。さあ脱童貞しましょ〜ね〜♡」


 ニコりと笑いながらユウのズボンに手を伸ばしてくるマミィを彼は払いのけた。


「確かに女は殴れないが、マミィ先生の誘いは断れるぜ」

「あら〜、ユウくんがその気ならちょっとお仕置きしてあげるわね〜。ユウくんは窒息死したことがあるかしら〜?」

「……効かねえぜ、生徒に優しくないマミィ先生の攻撃は、生徒に優しい俺には無力だ。マミィ先生がこれからどんなことを言おうが無意味、生徒に手を出す先生失格のような奴には俺は倒せねえ!」

「あら〜…………」


 威風堂々としているユウを見てマミィ先生は少し呆気に取られた後、ニヤリと笑う。


「調子に乗ってるんじゃないわよ〜。まさかアタシのチカラがそれだけだと思ってるのかしら〜?」

「えっ、マミィ先生の能力って未体験を体験させる力じゃないの?」

「それはほんの一部よ〜。アタシの童貞への執念はその程度じゃないの。アタシに本気を出させたのなら、それ相応の覚悟をしなさいね〜」


 マミィは両手を前に出し、空間を切り裂くように左右に広げるとその部分が青白い光に包まれる。


「な、なにがおこってるのよ!?」

「ふふふふふっ、さあ出ておいで〜! アタシの可愛い息子ちゃん〜!」


 マミィがそう叫ぶと青白い空間の中から一人の人間が飛び出してくる。その人間は青いスーツを身に着けており、不思議なヘルメットを頭にかぶり、腰には玩具のような光線銃を装備していた。その人間は周囲を見渡した後、マミィに敬礼をしながら話しかける。


「偉大なるマザー、我が童貞を捧げに参りました」

「あら〜、嬉しいわね。でもその前に懲らしめてほしい奴らがいるのよ。そこにいる二人組なのよ〜」

「承知、直ちに行動に移る」


 青スーツの人間が不思議なお辞儀をするのを見ていたアイがポカンと口を開ける。


「なにあの変な格好の人、アニメのキャラみたい。なんか私達のこと懲らしめるらしいけど、あの人身体ガリガリで弱そうよね」

「ああ、世の中には不思議な奴もいるもんだな。あんな玩具の銃で何ができるんだか」


 ドオオオオオオォン!!!


 しかし、そんなユウ達の予想は外れた。青スーツの銃から放たれた赤い光線は彼らの横を掠めた後、保健室の壁に穴を開け、そしてその先に存在する全ての物質を消滅させる。この光線によって幾万もの星が破壊されることになるが、それはまた別のお話。


「今のは威嚇射撃だ。大人しく投降しろ」

「……ど、どういうことだよ。なんかビームが出たように思えるんだけど?」

「当然だ、これは56世紀の最新の光線銃。これ一つで太陽系を破壊することも可能だ」

「何言ってんのこの人? 厨二病ってやつなのかな?」


 ユウとアイが首を傾げているとマミィが聖母のような笑顔で答える。


「この子はアタシに童貞を奪ってもらうためにわざわざ未来からやってきてくれたのよ〜」

「はぁ? なんでわざわざマミィ先生に奪われにくるんだよ。他の人でいいだろ、未来には女がいないのか?」

「貴様、マザーを愚弄するか!」

「まあまあ〜、落ち着いて。急に言われてもわからないわよね〜。いいわ〜、教えてあげる」


 マミィ先生は色っぽく白衣を緩めながら、椅子に座って語り始める。


「アタシは童貞を奪うのが好きなの〜。でもね、可愛い男の子って大抵アタシが出会う前には脱童貞しちゃってるのよね〜。いくらアタシが魅力的でも出会う前に泥棒猫にとられちゃったらどうしようもないのよ〜」

「まあ、仕方ないんじゃないの。それはそういう運命だったのよ」

「でも、アタシは諦められなかったわ〜。そしてついに能力に目覚めた。それはアタシがマーキングした男子がアタシに出会うまで必ず童貞を守るという能力よ〜」

「よくわからないが、その話だけ聞くとマーキングしなきゃいけないんだから結局会わなきゃいけないんじゃないか?」


 ユウが極々普通の質問をすると、マミィ先生は器用に白衣の中から黒いブラジャーを引っ張り出す。脱ぎたてホヤホヤでオークション会場へ持っていけば数億円はこえるであろう逸品だ。


「アタシのマーキングってのは魂に刻みつけるのよ〜。まず、アタシが童貞を奪う時にその男の子の魂にマーキングするの。そして、その男の子に息子ができると、その息子にマーキングが受け継がれるのよ〜。そうなると、マーキングが受け継がれた息子は必ずアタシに童貞を奪ってもらうためにやってくるの」

「その通り、我は先祖代々マザーに童貞を奪っていただいているのだ!」

「うふふ〜、そしてアタシが子供達の童貞を奪う時、子供達はあらゆる空間、次元、時間を無視してやってくることができるの〜。これがアタシの童貞を奪う執念のチカラなのよ〜♡」


 どうやら時をかける童貞がマミィを求めてあらゆる時空からやってくるという能力だという、ひどい地獄絵図である。マミィの話を聞いた後、アイは自分の指を折りながら計算をしていた。


「でもさ56世紀ってすごいよね、童貞を奪うってことは男の子が生まれないといけないんでしょ。そこまで続くってどれくらいの確率なんだろ?」

「その心配は必要ないわよ〜、アタシに童貞を奪われた男の子の精子からは絶対に男の子しか産まれてこないようになるからね〜」

「えっ、でも女の子になることだってないの? 当然女の子になる遺伝子だってあるよね」

「ないわよ〜、アタシにマーキングされた時点で全部アタシの子供として『上書き』されるからね〜♡」

「……へ?」

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