第4話 永遠となった身体測定

「男子どもユウ様を取り押さえるのですわ!」


「ああ…っ、ううっ……♡」

「うがぁぁっ……♡」

「イグッ、もうダメっ♡、死んじゃう……、シンナー♡」


 シーの号令を聞いてユウにヨロヨロと近づいてくる男子生徒達。狭い教室の中では逃げ場が少ない、いきなりのピンチである。


「ユウ、そこにいちゃ危ないから早くこっちへ来て!」

「よし、わかった」


 教壇に詰めかけるゾンビの頭を踏んづけてユウは教室の後ろにいたアイの元へ向かう。


「おー、椎名さんは女神さんと仲が良いんですねー。青春ですねー、それじゃあ席は女神さんの隣でいいですね」

「はい、先生分かりました」

「って、ユウはなに冷静に席についてるの!?」


 先生に指示された通りにおとなしく座るユウにアイは驚かされるが、ユウは落ち着いた様子である。


「いいからアイも着席しな。慌てたっていいことないぜ?」

「いやいや、ゾンビがすぐそこまで来てるんだよ!? 早くユウの屁理屈で倒さないといけないとこでしょ!?」

「だから今からそれをやろうとしてんだ。先生、そろそろ授業ですよね?」

「えー、そうですね。それじゃあ一時間目の授業を始めますね」


 先生はニコリと笑った後、白いチョークを持って黒板に文字を書き始める。一方、ゾンビ達はユウに向かってゆっくりと迫りよる。そんなゾンビ達を見てユウはニヤリと笑った。


「優しくねえな、授業中に席を立つなんて授業に優しくないぜ。俺は授業に優しい男だから、授業に優しくない奴らを消滅させることがでできる!」

「「ぐ、ぐわあああっ!?」」

「えええっ、光に包まれたかと思ったら、男の子達がみんな消えちゃった!?」


 ユウは優しい男である。山籠りの最中、彼は水を飲みに小川に立ち寄った。普通の人間なら何も考えずにそのまま清流に両手を入れ、水をすくって飲んでいただろう。しかし、ユウは違った。彼は川の中を眺めた後、少し横に移動してから水を飲んだのである。その理由は、メダカが仲良く泳いでいるのを邪魔しないだめだ、ユウはその優しさをもってメダカの学校を守ったのである。こうしてユウは【授業に優しい男】として、授業の神の加護を受けたのである。


「な、なんですって……、まさかこんなことまでできるなんてユウ様はなんて凄い方なの……♡」


 何かが起きることを女の勘で察知していたシーはきっちりと座っていた。しかし、授業中に席を外していた男子どもは当然この世から消滅した。


「ユウ!? 確認だけど消えていった人達はちゃんと生きてるよね?」

「案ずるな、彼らはこの授業中は存在が抹消されるが、休み時間になったら戻ってくる。それまではしっかり先生の授業を受けようぜ」

「それでいいのかなあ……?」


 授業中に席を立つなんて不良行為を働いたら存在抹消されるのもしかたない。そんな不良どもの心配をするとはアイはすこし心配性なのかもしれない。


「こんな時でも落ち着いているなんて、敵ながらユウ様は素晴らしいですわね……。それにしてもユウ様の墨汁、おいしいですわね♡ ゴクゴク」


 人に見られないように、シーは恍惚の笑みを浮かべながらユウがかけ残していた墨汁の残りを飲み干している。好きな女の子のリコーダーを舐める男子は軽蔑されるのに、好きな男の子の墨汁を飲み干す女子が何も言われないのは男女差別なのではないだろうか?


「シー、墨汁はお腹に優しくないぜ。ヨーグルトをやるよ」

「べ、別にアンタから貰ったって嬉しくないのですわよ。でも残すのは勿体無いから食べて差し上げますわ。……ああ、ワタクシのお腹の中でユウ様の墨汁とヨーグルトが混ざってカフェオレができましてよ♡」

「こらこら、授業中にカフェオレはだめですよ。でも銀河さんは普段の態度が良いので、今回だけは見逃してあげますね」

「先生、授業中に墨汁はよろしくて?」

「それならいいですよ」


 墨汁OKという言葉を聞いてガッツポーズをするシー、もしかしたら彼女は今後も定期的にユウの墨汁を飲むつもりなのだろうか。



ーーーーそんなこんなで一時間目の授業終了



「それじゃあ授業はここまで、これから休み時間に入ります」

「「「ゔぉぉおおおおおっっ!!!!」」」

「ユウ、消えていたゾンビが復活したわよ。どうするつもり?」


 アイの問いにユウは答えずただ俯いているだけである。その姿を見てアイは察する。


「そ、そうかっ、ユウは優しくないものには無敵だけど、ゾンビの男子達には意思がない。つまり、優しいとか優しくないとかそういった概念がないから攻撃できないの!?」

「あらあら、これじゃあユウ様も絶体絶命ですわね。べ、別に助けたいわけじゃないですけどワタクシと結婚するなら許してあげないこともなくてよ?」

「シーさん、その言い方だと結婚が目的になっちゃってるよ!? 全然本音を隠せてないよ!?」


 余裕のシーはスマホで結婚会場の予約を始めている。このままではユウは財閥の婿養子として幸せなお金持ち家庭生活を育む一生で終わってしまう。そんなことをゾンビ達は許さなかった。


「「「ゔぼぉぉぉおおおっ!!!!!」」」

「ユウ、危ないっ!」


 ゾンビのパンチからユウを守るべく、アイは咄嗟に彼の前にとびだした。そして彼女の顔面に拳がぶつかりそうになった時、その拳の動きがピタリと止まる。そう、ユウがゾンビの拳をしっかりと受け止めていたのだ。


「助けてくれてありがとう、アイ」

「へへ、どういたしまして。それでここからどうするつもり?」

「俺はクラスメートに優しい男だ、だから同じクラスの仲間は傷つけることができない」


 ユウは優しい男である。山籠りの最中、彼の修行の身を案じる連絡はクラスメートから一切なかった。普通の男であればそんな薄情なクラスメートにブチギレて殺してしまうかもしれない、しかしユウは違った。彼はその優しさを持って薄情なクラスメートを許したのである。こうしてユウは【クラスメートに優しい男】として、クラスメートの神の加護を受けたのである。


「だから、俺にはクラスメートを攻撃することができないんだ」

「そ、それじゃあどうするのよ?」


 ユウの言葉を聞いてニヤリと笑うゾンビ達。ゾンビ達は一斉にユウ達に向かって跳びかかってきた!


「でも、こんなやつらはクラスメートじゃないから大丈夫だ! 女の子に優しくねえお前達は許さねえ!」

「えええええええっ!?」


 アイを守るためにユウはその拳をふるう。その一発でその場にいたゾンビ達はスーパーボールのように壁という壁にぶつかった。


「ユウ、どう考えてもゾンビ達はクラスメートだと思うけど?」

「俺は優しい男だ、ここにいる皆はクラスメートなんて枠じゃなくて、大切な家族だと思っている。家族なら多少の躾は許されるんだ」

「ドメスティックバイオレンス!?」

「アイ、人聞きが悪いことを言うな。あの非暴力を訴えていたガンジーでさえ妊婦の腹を蹴り飛ばしていたんだぞ?」

「うっそだーっ! ユウは名誉毀損で訴えられるよ?」

「嘘じゃない、ガンジーだって胎児だったころ妊婦の腹を全力で蹴り飛ばしていただろ?」

「……まあ、自分のお母さんのならね」

「ということで家族なら多少の躾は優しさのうちなんだ」

「……ユウ様はなんて賢いお方ですの。ますます欲しくなってしまいますわ♡」


 元クラスメートで今は家族であるゾンビが壁に衝突したダメージで気絶をしていると、今度はクラスの外から大量のゾンビが雪崩れ込んできた。


「ふふっ、でも安心するのは早いですわよ。ゾンビはこの学園全員の男子、約500匹いますの。さあ、せいぜい足掻いてくださいまし」

「そんなにいるんだな……」

「ユウは知らないかもしれなけど、この学園は全生徒で1000人で男女半々なんだ。そして男子生徒は数人を除いて全員麻薬中毒者なの」

「とても日本とは思えないような裏事情を聞いてしまったぜ」


 教室に突撃してきたゾンビに窓際まで追い詰められるユウとセイ、さすがに多勢に無勢では厳しいのだろう。アイは喉をごくりと鳴らしながらユウに問いかける。


「こうなったら窓から下に跳び降りるしかないわね。ここは二階だからユウならいけるでしょ?」

「いや、無理だろ。二階から一階に跳びおりたら下手したら骨折れるぞ? さっきも言ったけど俺はタンスに小指をぶつけたくらいで植物人間になる男だぞ?」

「山籠りでその辺鍛えられたんじゃないの?」

「山籠りじゃあ二階から一階に降りる経験なんてしなかったしなぁ……」

「今まで散々人間離れしたことやってんのに急に日和らない!? ユウならできるから頑張って!」


 不安そうな顔をするユウの背中をポンポンと叩くアイ、それを受けてユウは勇気を出したようだ。


「こうなったら覚悟を決めるぜ、おりゃああっ!!」


 ユウは勢いよく窓からとびだし、見事綺麗な着地で100点を叩き出した。そしてその上にアイがヒップドロップをかます。


「ぐはぁぁぁぁっ!!??」

「ごめんっ、受け止めてくれるかなーって思ったから……。重かった?」

「少なくとも優しくはなかったぜ、俺はお肌に優しい男だから外傷はないけど骨が折れたかもしれねえ」

「……すみません」


 しょんぼりとするアイの頭をポンポンと叩いた後、ユウが辺りを見渡すとちょうど目の前に白いベットや薬品が並べられている部屋が窓越しに見えた。


「あれって保健室か?」

「ええ、そうだけど?」

「ふむ、ちょうど体も痛いし寄って行こうぜ」

「ちょっとダメだよ、保健室は不味いって!?」


 アイは慌ててユウを止めようとするが、二階からはシーがゾンビに指示を出して一階へジャンプさせようとしている。このままでは捕まってしまうのも時間の問題だ。


「学校でゾンビがでた時は保健室に立て籠るのがよくあるパターンなんだ、それじゃいくぜえええっ!」

「ちょっと待ってええっ、ユウ!!」


 アイの呼び声も虚しく、ユウは勢いよく保健室の窓ガラスを破って中へ突入した。アイも渋々とその跡をついていく。


 そしてユウとアイは保健室で驚くべき光景を目の当たりにする。



「童貞よこせ、童貞よこせ、童貞よこせええええっ!!!!!」

「嫌だって言ってるじゃん、ボクの童貞は誰にも渡さないんだからね!」


 そこには茶色の短髪の中性的な美少年が体育着姿で身を守っており、そのズボンを降ろそうとグラマーでエッチな二十代後半の保健室の先生が舌なめずりをしていた。


「アイ、一体これはどう言うことなんだ?」

「えっと、見ての通りなのです」

「見てわからないから聞いているんだが?」

「ここの保健室の先生は生徒の童貞を奪うのを生きがいにしてて、身体測定の時に男子生徒は全員ヤラれるのよ」


 アイが憐れむ目で見た先には宝石のように美しい少年が怯えた表情で震えている。なるほどこれほどの美しさなら思わず童貞を奪いたくなるのも無理はない。その話を聞いてユウは口を開く。


「なるほど、それで拒否をしているってわけか。……でも身体測定ってこんな時期にやってるのか? 今は9月だぞ」

「いや、身体測定4月にやるわ。だからね、あの二人は身体測定の日からずっとこの保健室でバトルをしているのよ、この6ヶ月の間ずっとね……」

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