第37話 敵襲
「敵襲だっ!」
外から声が聞こえた。
馬たちのいななきが聞こえ、騎士たちが抜剣した音も聞こえた。どこかへ駆けていく馬の蹄も聞こえた。
「……お姉様っ!」
「おい、顔を出すな!」
ロイカーおじさんは慌てたけど、私は構わず窓から外を見た。
馬車の周りで剣が閃いて、ギィン!と硬い音が響いている。その間も馬車の周囲に矢が降り注いでいる。
ただの敵襲ではないようだ。矢の飛距離が異常に長すぎる。
どこかに敵の魔導師もいるのだろう。
凄まじい矢の数だ。アズトールの騎士も何人か血を流している。でも、まだ倒れてはいない。こちらにも魔導師はいる。ロイカーおじさんもここから支援しているようだ。
「お姉様、お姉様はどこっ!」
「オクタヴィア様は馬車に入っている。あれはそう簡単に破られねぇから安心しろ! チビ嬢ちゃんは伯爵様のところへ行け! 廊下にサイラム先生がいるはずだから、一人で動くなよ!」
ロイカーおじさんはそう怒鳴って、私をドアの方へと投げるように押した。
ドアにぶつかりそうになりながら振り返ると、ロイカーおじさんは長い詠唱に入っていた。降り注ぐ矢をなんとかしようとしているようだ。
ここにいても、私は役には立たない。
ぐっと唇を噛み締め、私は目を逸らしてドアを開けた。
書物室から廊下に出ると、真っ直ぐ進んで階段を上がるとお父様の私室にたどり着く。
私なら、走ったらすぐだ。
普通の時ならば。
……でも、廊下が廊下ではなくなっていた。
書物室の扉を出たばかりだから、そこは廊下のはずだ。王都の貴族の屋敷によくある美しい作りの廊下なのに、まるで濃霧の中にいるようだ。
全てのものがぼんやりとにじんでいる。その上、床も壁もぐにゃりと歪んで見えた。廊下の先は全く見通せず、もちろん階段があるはずの場所は極彩色の渦が生じている。
何も見えない。私のすぐ近くは明るいけど、それは黒い霧の中で銀色の光が乱反射しているからだ。
「な、何なの、これっ!」
私は立ちすくんでしまった。
一際濃い黒い霧が、どろりと目の前を流れていくのをただ茫然と見ていた。
これは、ここは……。
ぞわりと背筋が寒くなった。
冷たい汗が流れ落ち、ようやく廊下にいるはずのサイラム先生の姿がどこにもないことに気付いた。
サイラム先生の身にも、何かあったのだろうか。
「サイラム先生! どこにいるんですかっ!」
そう叫ぶと、どこからか声が聞こえた。
はっきりと聞き取れない。でも私の耳は人並みより優れているから、歪みながら不自然に響く声も聞き分けることができた。聞き覚えがある声だ。
「サイラム先生?!」
「……リ…ー……リー……っ!」
遠い洞穴から響いてくるような声が、今度は少しはっきりと聞こえた。
そちらの方向を振り返ったけど、誰もいない。でも黒い霧の中に、人の形のようなものが見えた。だから霧に向かって手を伸ばそうとしたのに、なぜか方向が定まりまらない。
その間に、人のような何かはぐにゃりと揺れていく。
それどころか、私の手まで歪みながら消えかけていて、私は慌てて手を引っ込めた。
なに、これ。
いやだ。こわい。きもちがわるい。
……おねえさま……おとうさま…………っ!
「リリー・アレナっ!」
白銀の輝きが視界を走り、お父様の声がはっきりと聞こえた。
霧がぱっくりと割れ、その隙間から怖い顔をしたお父様が見えた。魔剣を手に、さらに二度、三度と霧を切り裂いていく。
鮮烈な輝きが私のすぐそばまで伸びて、その向こうから大きな手が伸びてきた。
「リリー!」
「お父様……!」
お父様の手に向けて、精一杯手を伸ばした。
でもあと少し、という時にざぁっ!と黒い霧が一斉に動いた。濃度を増した霧は、お父様の手に巻きついた。霧が血の色に染まり、手のひらや甲にいくつもの傷が生じていた。それでもお父様は腕を伸ばしてくれたけど、まるで苛立つように銀色の光が急に増した。
お父様の姿は、あっという間にぐにゃりと流れて消えてしまった。
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