第2話 王都ってすごい


 私の名前はリリー・アレナ。

 アズトール伯爵の次女として生を受けた。だから「伯爵家の令嬢」ではあるけれど、領民たちはそういう認識で私を見ているか、あやしい気がする。


 幼い頃は、庶民の子供と同じように泥だらけになって遊んでいた。

 木があれば登るし、石垣や崖があればよじ登る。森はほとんど庭のようなもので、飼い慣らされた賢くて頑丈な魔獣たちは私の遊び相手だった。


 こんな私だから、アズトール伯爵であるお父様は娘として認識していない気がする。

 それも仕方がない。伯爵家の娘と言っても、私は伯爵家の屋敷では育っていないのだ。幼い頃は私の母親と二人で暮らしていたし、自分が貴族の娘ということも知らずに生活をしていた。今でも着飾って大人しく座っていることは苦手だ。


 そんな私を、お父様は感情の薄い目でじっと見る。

 ……お父様のことを思い出すと、心の中がもやもやする。うっかりため息を漏らしてしまいそうになるけど、疲れ切ったメイドたちに心配をかけることになるからグッと我慢する。

 私だって、空気は読めるのだ。


 落ち込みそうになる気分を変えるために、窓の外を見た。

 馬車はすでに巨大な壁を超えていて、窓の外にはずらりと建物が並んでいた。大通り沿いは特に大きくて頑丈そうな建物ばかりだ。

 それに、大通りそのものがとても広い。石畳できれいに舗装されていて、人がひっきりなしに歩いている。

 やっぱり王都はすごい。私が生まれ育った辺境地区とは別世界だった。


「人がいっぱいだね。何かお祭りが近いの?」

「いいえ。特別なものは何も。これが王都では普通なのですよ」

「ふ、普通?」

「お祭りの時はもっと人が増えますよ。それこそ夏至祭の時は、通りに沢山の旗が立って、飾りつけた車が牛に引かせて練り歩くのです。夏至の日だけは夜通し踊ることが許されているんですよ」


 外壁の門をくぐる頃からずっと大人しくしていたおかげか、メイドたちが優しく微笑みながら教えてくれた。

 ほんのり頬を赤らめているのは、夏至祭にいい思い出があるからかもしれない。二人とも二年前まで王都にいたと聞いている。ということは、乙女たちの甘酸っぱい恋が絡んでいる可能性が高い。


 ……正直に言って、他人の色恋には全く興味がない。でも、ここは礼儀として思い出話をねだるべきかもしれない。メイドたちのことは嫌いではないから、もう少し親しくなれば今後の生活に役立つ気がする。でも、恋とか愛とかが絡むと、私にはよくわからない。興味が全くない話を聞くのはつらそうで……。


 そんなことを密かに悩んでいると、大通りで華やかなマントを翻す人たちを見つけた。二十代くらいの精悍なお兄さんたちだ。姿勢がいいし、身のこなしに隙がないし、何より持っている武器がかっこいい。こちらは興味の対象ど真ん中だ。


「ねえ、あの人たちは騎士?」

「騎士様ですね。どこかの家のお抱え騎士かもしれませんね。マントを見ればどこの所属かわかるのですが……まあっ! あれは王国軍の騎士様ですわっ! あの方たちのおかげで王都は平和なのですよっ!」

「ねえ、あのマントは第四隊ではないかしら!」

「ということは、ロイジャー様がいらっしゃるかも!」


 メイドたちが、急に元気になって窓に張り付いた。

 どうやらロイジャー様は有名人らしい。まだ若いメイドたちがキャーキャー騒いでいるのだから、がっしり系の強面の猛者ではなくて、ちょっと細身で甘い顔立ちのお兄さんなのだろう。

 イケメン様には興味はないけど、強い騎士には興味がある。でも頬を染めたメイドたちの熱意には勝てそうもない。

 仕方がないから、反対側の窓から外を見た。


 通りを歩く人々の中には、人相の悪い人たちもいた。でも、そんな人たちが幅を利かせていないのは、要所で警戒している騎士たちのおかげなのだろう。

 びっくりするほと活気があるのに整然としていて、建物に魔獣が迷い込んで暴れた形跡はなかった。さすが王都。


 と感心していたとき、ちょろりと塀を登る動物が見えた。

 あの動きは猫だ!

 残念ながらその猫はすぐに見えなくなったけど、別の家の屋根にものんびりと丸くなっている猫がいた。

 毛が長い。なんてきれいな猫だろう。

 大通りから奥へ入ったところにある塀の上にも毛の長い猫が歩いている。この辺りの猫は長毛種が多いのかもしれない。

 もっとよく見ようと窓に張り付いた時、塀を歩いていた猫は背の高い人に首の後ろをつかまれた。


 ……え? 片手で首根っこをつかんだの?

 いきなり大胆な!

 思わず見入ってしまった時、猫をつかんだ人がこちらを振り返った。

 動き続ける馬車の中にいるのだから、私に気付いたとは思えない。なのに猫をぶらんと下げている男の人の水色の目が、私を真っ直ぐに見た気がした。

 なんてきれいで、でも冷たい目だろう。

 猫との落差に愕然としている間に、馬車は通り過ぎてしまった。

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