第4話 5日目/戦闘
まるで人が背筋を伸ばすかのように、怪獣は長い尻尾をぐぅっと目一杯伸ばして、気だるそうに目を覚ました。
怪獣のスケッチをとっていた私は思わず、身体をビクッとさせて思いっきり距離をとった。
怪獣は上半身ごと動かしながらゆっくりと辺りを見渡す。しばらく辺りを見渡すと、私に気が付いたらしく動きがピタッと止まった。
私はスケッチとペンをステッキに持ち替えて戦闘態勢にはいる。
ただ睨みあう時間がしばらくつづいた。額から垂れた汗は頬から首へとつたって服を湿らせる。手汗は両手で持つステッキを湿らせていた。
私がふぅーっと大きく息を吐いた瞬間だった。怪獣は大きく上半身をのけ反らせ、その反動を利用して身体を前に倒した。そして長い尻尾をくねらせ、ウミイグアナが泳ぐように私のもとに近寄ってくる。
ステッキをもつ両手につい力がこもる。攻撃魔法と防御魔法のどちらを唱えるべきかを、いまごろになって考える。
そうして迷っているうちに、私の目の間には怪獣のタラコ唇があった。混乱のすえ、私は攻撃魔法でも防御魔法でもなく、両手にもったステッキを思いっきり振りかぶって振り落とした。まさかの物理攻撃だ。
怪獣の上唇にステッキは見事命中したが、もちろんビクともしない。
怪獣は顔を左右に少し振った。その勢いで私は2,30メートル後ろに吹き飛ばされる。
頭が混乱して何も考えられなかった。体の震えも汗も一向に止まらない。呼吸は早く視界は涙でにじんでいる。
戦いってこんなにも心細く怖かっただろうか。私ってこんなにも戦えなかったっけ。
どんな魔法を唱えようとか。どんな風に立ちまわろうとか、このときはそんなことも考えられず、ネガティブな思考が頭を埋め尽くしていた。
そんな私を元に戻してくれたのは、私が前の魔法少女から貰った首飾りだった。
「この首飾りは私の前の魔法少女からずっと受け継がれているものなんだって。言い伝えによると、最初の魔法少女が初めて助けたときに貰ったもののひとつらしいよ。」
前の魔法少女から、その力と知識と役割を受け継いだ際に、一緒に貰ったものだった。
吹き飛ばされた勢いで鎖がちぎれたのか、私の目の前をフワフワと漂っている。その首飾りが今日までの出来事が一気に蘇らせた。
初めて魔法少女を知った日。そして魔法少女になった日。魔法を唱えた日。敵と戦った日。人を助けた日。人から感謝された日。
私がここで何も出来なかったら、また怪獣は現実世界に戻ってしまうかもしれない。そして私が今まで敵と戦い助けた人が、私に感謝してくれた人が亡くなってしまうかもしれない。
今まで私が魔法少女として頑張った日々が、私と仲間が魔法少女として戦ってきた日々が、これまでの魔法少女たちが守り続けた日々が無駄になるかもしれない。
そう思うと、体の震えが止まり、呼吸も落ち着いた。視界が開け目の前の怪獣を捉える。体の底から全身へと力が淀みなく流れていく。
私はステッキを振り回しながら、魔法を詠唱する。観察して立てた作戦どおりに、怪獣の頭上から真下の怪獣に私が得意な土属性と風属性の攻撃魔法を次々と休みなく放った。
しかし怪獣はそれらの攻撃魔法を全く意に介さず、ダメージを負っている様子が全くない。それどころか人間が羽虫を手で払うように、長い尻尾で私を払うような仕草を見せるだけだ。
どのくらいかは分からないが私が一方的に攻撃魔法を放ち、怪獣が邪魔そうに尻尾で応戦する時間が続いた。
私の残りの魔力が半分を切った。私は持久戦へと作戦を変え、攻撃魔法の手を緩める。
すると怪獣の様子が先ほどを変わり、私に向けて角から放電する。咄嗟に私は防御魔法で岩の壁を作って放電を防いだ。
私は怪獣から大きく距離をとった。これほど距離をとってしまうと私の攻撃魔法はもう届かない。一方で怪獣の電撃は私までしっかりと届く。それを飛行魔法で避け、防御魔法で防ぐ。
今度は怪獣が一方的に攻撃を放ち、私が何とか防ぐ時間が続く。
息をするのも忘れるくらいのそんな攻撃の数々が急に止んだ。ここぞとばかりに私の肺は空気を求め息を荒げる。嗚咽をしながら次の攻撃に備える。
怪獣は次の攻撃を放つための溜めの状態に入っていた。角からの放電された電気が体中を包み、純黒だった身体は金色のように輝いている。タラコ唇は火炎がもれ、垂れ下がっていた短い手は私に向かってピンッと伸びている。
必殺技のような強力な攻撃がくるのは明らかだった。怪獣は完全に勝負を決めにきていた。
ただ私には魔力も体力もほとんど残っていない。だが何とか最後の力を振り絞って私はステッキを構えた。
私に向けて怪獣の短かった手が伸びてくる。かわそうとするも上手く体を操れず、怪獣の手がステッキをはじいた。そしてそのまま私を両手で掴む。体を潰すほどの強い握力ではないが、今の私では抜け出せそうにない。
そして怪獣の体中を包んでいた電気は一度角に集約されると、金色の光から青白い光に変わる。そして目一杯に開いたタラコ唇から火炎球かえんだまが放たれた。角に集約されていた青白い電気も火炎玉を包んで私に迫ってくる。
怪獣の両手で掴まれ、身動きのとれない私に逃げる術などない。
「もっとカッコよく死にたかった…」
漫画やアニメみたいに、未知の力に目覚めることもなく、私は赤く青白い光に飲まれた。
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