侯爵令嬢は手放しで喜ばない
「ふーむ。気付いてしもうたか……」
「…知ってたのなら教えてくれてもいいじゃない」
ふわふわの白い煙と雲に覆われた天界みたいな空間。
いつもの場所にお呼ばれした私は、おじいちゃん神様に先日のエリーゼの眼鏡を触った時に見えた、謎の映像の事を話した。すると意味ありげな反応である。
ほーん。……何故だか無性に腹が立つわ。
「そう言いなさんな。あの子は確かにエリーゼじゃが、前回の運命と変わっておるのう」
「そうなの?」
〈……ええ。兄弟はいなかったもの〉
光の玉の姿になった本来のフェリチタの魂……フィーが、私達の元に舞い降りてきた。
彼女もエリーゼの事を知っていた、あの映像が見えた時に一緒になって驚いていたからだ。
「現在、彼女の実母は行方不明。お父上が別の方と再婚して、義理の母親と兄が出来たと聞いてるわ」
「ふーむ。わしの知らぬところでイレギュラーが起こっておるのう」
おじいちゃん神様は、真っ白のアゴヒゲを擦っている。イレギュラーねぇ。
「チカ嬢が視た映像は、わしが巻き戻す前に起こった時の映像じゃな」
〈彼女の家、エピィヌ公爵家の夫婦関係は冷えきっていて、父親は家庭を顧みずに働き詰めをしていて、母のメアリー様は愛人の噂が絶えなかったの。
そんな環境で育てられたからか、わたくしの知るエリーゼ様は、メアリー様のような……我が儘な姫だったわ〉
「……わぁお」
絵に描いたようなひどい家庭環境だ。それであのような事を…っても同情は出来ないのよね。まんま悪役令嬢のそれだったし。
でもこれって、言っちゃ悪いけど。
家庭環境がアレだったから…前回は我が儘になってやらかしたけど
「
〈生来は現在の様に大人しい娘だった……と〉
けれど人って、そんなに変わるものなの?
とフィー。
まあ、そうね……。教育と環境の違いで、ここまで人って変われるのだと驚きではある。
「そうだのう。……どちらにせよ、わしらの知らぬところで、何かが……」
うーん、うーんとぶつぶつ呟いている神様。
私はふと、引っ掛かったことを訊ねた。
「待って。すると今の世界は、前回の時と違う流れになっているのかしら?」
〈そこまでは、わからないけれど……〉
フィーは、光を纏って私の近くに飛んできた。優しい暖かくなるような気持ちになる光だ。
〈チカはわたくしと同じではないもの、周りの反応が変わるのは当然、だと思うわ〉
「あら?私の周り…フィーの時と変わってる?」
全然違うわ。とフィーはあっさりと返してきた。……え、そうなの?!
〈年の近い令嬢方とは当たり障りのないお付き合いをしていたし、社交界にもそれなりに出ていたわ〉
「うそっ?!」
そう。フィーって…見た目の儚い感じとは違って、とてもしっかりした子だったのよね。
ここで話を始めてから気付いたことだったけど。
〈ええ。ダニエル様の為になると思ってやっていただけなのだけど〉
「そうだったの……」
光が少しだけ陰る。彼女は…心の美しい人だと思う。
私は好きな人の為に、健気に尽くせるのかしら…寧ろそこまで好きな人が自分に出来るかは、想像がつかない。
…ま、二次元の推しには貢ぎますけれどね。私のそういう気持ちとフィーの想いは違うものなのよ、きっとね。
フィーのいう通り、私と彼女は違うわね。
〈わたくしね、少し安心したのよ〉
「?」
〈お友達を作ったでしょう、確か…ステファニア嬢〉
「そうね、スーは凄く頑張り屋で可愛いわね」
〈彼女と関わるようになってから、あなたもダニエル様も周りも…良い変化が起きてる気がするの〉
ふうん。
フィーにはそう見えているのね。何となく誉められているような、こそばゆいような気持ちになるわ…。
「そりゃあの。わしも周りの変化を期待してチカ嬢に頼んだのじゃ!」
「んもう。おじいちゃんは人材派遣しかしてないでしょ」
「なんでじゃあ!!」
神様がしょぼんの顔文字みたいに眉尻下げていた。…ちょっと可哀想になってきたので、冗談よとフォローしてから口を開いた。
「あとさ、気になる事があるのだけど」
私は、おじいちゃん神様に気になった疑問を調べてもらうように伝えた。
すると神様は、快く頷いた。
「……ふむ、少し調べてみるかのう。仮にそうであるなら、こちらの事情も話しやすいからの」
「あっ!なんか妙な事を考えてない?」
そんなことはない。
ほっほっほっ……では、分かったらまた呼ぶぞ。とか言っておじいちゃんの姿がうっすらとかき消えていく。
何だかいつも楽しそうな神さまよね。
まあ、ガチの「我、神ぞ」みたいな奴だったらこんな軽く会話出来なかっただろうし、おじいちゃん神様には感謝しているわ。
………………。
ここ数日間、私はお茶会の準備の為に忙しく過ごしていた。
……ちまちました事は黙々と出来るからいいのだけれど、地味に手紙を書くことに馴れないのよね。
この世界の連絡手段は、手紙と魔道具の通信機械…いわゆる電話の様なものがある。
それも一般的ではなく、一部のお金持ちや貴族の一部に使われている程度。
なのでひたすら手紙を書いて、お茶会の招待状を送っていましたわ。
同じ文面を書いているうちに、前世の子供の頃に年賀状を必死で書いていた事を思い出したわ。
久しぶりに手と背中が疲れたわ…。
いかに、千華の世界のメールやLINEがすごく便利なツールだったか、実感させられますよ。送ってすぐに返事が返ってくるし、スタンプ一つで返せるのだもの。
便利なものに慣れすぎてしまうのも、ダメね。
「随分と忙しくしているんだね」
屋敷のお庭の見えるテラスでお茶を飲んでいると、兄のクリストフォが私の向かいの席に座ってきた。
「兄さま。また家にいたのね」
「ああ。仕事が立て込んでいてね」
やっと終わったんだよ、と話し終えてから、軽食を貰ってもいい?と訊ねられたので、快く譲った。
私の側に控えていた侍女の一人が、さっとカップを取り出すと紅茶を注いで兄様の前に置いた。
ありがとうとお礼を述べると、彼女は一礼して下がっていく。
「ふう。これが終わったら、おもいっきり引きこもる日を作ろうかしら」
「お前が楽しそうなら、兄さまは安心だよ」
てっきり王子様の思いつきに巻き込まれているのではないかと心配していたんだ。
と、兄様は溢した後、優雅にお茶を飲んだ。
「ところで、最近ヴィスタが楽しそうなのだが、何を企んでいるんだ?」
それねぇ。
「…ヴィスタが、お茶会の準備に積極的にステファニア様の事を気に入ったそうなのよね」
「うわっ……あれに気に入られたのか?!」
それは気の毒な…、と少し同情的な事をぼやく兄。
「あいつも変な悪癖があるからね、私も昔は、散々手を焼かされた」
「そうなのですか?兄様がヴィスタを困らせたの間違いではなくて?」
「そんな馬鹿な。ははは」
笑う兄様の背後から、見慣れた人の姿が現れる。
「楽しそうですね、お二人とも。飲み物のおかわりはいかがですか?」
「ああ、いただこう……げっ!」
「ヴィスタ、早かったわね」
引きぎみの兄様からカップを回収していた侍女に問いかけると、クールな美貌の顔に柔和な笑みを張り付けて、私に振り向いた。
「お嬢様。お代わりはどうされますか?」
「頂くわ」
どこでも通常運転なのが、彼女の良いところだけれど…もしかして聞いていたのかしら。
流石ヴィスタ、侮れないわ。
「ところでクリス様。奥様からお聞きしましたが…また縁談をお断りされたとか。一体何をしでかしたのですか」
「いや、私はただ趣味の話をしていただけなのだが」
「ああ…魔道具の話……」
クリストフォ兄様は、オタク気質の私も引くくらいの魔道具マニアだ。
魔道具というのは、雑に説明すると魔法の術式や魔法陣を機械に刻みこんで、簡単な魔法を発動出来る機械の事ね。
見た目は、元の世界の家電や一般的な機械と同じだし、扱う感覚も変わらない。
スイッチ一つで使えるし、魔力を使う必要がない。
なので、私のような魔法を使えない人には魔法のように使える便利なアイテムになっているわ。
欠点といえば、組み込んだ魔力以上の威力を出せない事と…特殊な物ほど作成コストが掛かるため、中々市場に出回らない事だ。
そして兄様は、趣味が高じて自分で工房を持ち、制作出来るくらいのガチだった。
「この趣味を理解してくれる方でないと、結婚しても上手くいかないだろう」
まあ、確かに…。
活動するのって、理解をもらわないとやりずらいしね
「それに結婚しなくてもな、我が妹の事が可愛いし、お前が産んだ子供たちを可愛がる人生でも別に構わんさ」
「いや、跡取りか必要なのだから奥様を迎えるのを諦めないで頂戴よ」
「我が妹よりも素敵な令嬢などいるのか?」
ノンブレスで返さないでもらいたいのよね。しかもガチ真顔なんだもの。
ヴィスタは何とも言い難い…絶妙に呆れた様な顔を作って片手で頭を押さえて、小さく息をついた。
「ほんと、クリス様は重度のシスコンですね」
「呆れるほど重症よね…」
全く、呆れ果てるわね。
フィーが言うには、クリストフォ兄さまは前からシスコンだったが、彼女の時はそこまで重症には感じなかったって言ってたのよね。
ま、フィーも少し天然入っているお嬢さんだし、気付いていなかっただけなのかもしれない……と思う。
千華の頃は姉がいたけれど、まあ良い意味でサバサバした姉妹関係だった。
お互いに趣味も違うし、年が離れていたからかもしれないが…。
「ああ、そう言えばこの前城勤めの噂好きな奴に聞いたんだが……静養先から戻ってくるんだって?アベル様」
「…アベル様って、あの?」
そう。と兄さまが頷く。
アベル様は第二王子で、ダニエル殿下の弟に当たる。
殿下とは年子だが、幼い頃から体が弱く、ずっと王都から遠く離れた場所で静養していると聞いている。
「アベル様は、兄君のダニエル様を支えたいと仰ってたと」
「まあ。私は彼をよく知らないのだけど……」
と言うと、兄さまは本当に驚いたように目を丸くさせていた。
「え?…フェリチタ、お前…幼い頃よく一緒に遊んでいただろう」
「そうだった?」
「ええ。アベル様が静養先に旅立たれるまで、よく本を読み聞かせてあげていたりしてましたよ」
えーっと。
んー……覚えていないわね……。
「まあ、幼い頃の話ですもの。向こうもそんなこと忘れておりますわよ」
「…それでいいのか?我が妹…」
だって、覚えていないものは仕方ないじゃないの。
兄さまは珍しく、私の反応に苦笑を浮かべていた。ヴィスタは変わらずクールな顔のまま、私を見ていたけれど。
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