侯爵令嬢は息抜きをしたい
その魔性の青年は一人でいることを望んでいる。ずっと昔に別れた恋人の事を引き摺って、けれど忘れる事は出来なくて。彼に言い寄ってくるのは、好きでもない奴らばかりだ。
煩わしい、新しい恋はもういい。
彼は恋愛をするのを諦めていた、お菓子を作っている方がずっといい。手間を掛ければ美味しくなるし、何より食べてる人々を幸せにしてくれる。
そんな鬱屈した気持ちを抱えながら、魔性のパティシエは過ごしていたが……
「……お嬢様、戻って来て下さい」
「…まだ読み始めたところなのに!」
「その本、もう何度も読み返しているものじゃないですか」
そうよ!これは私が目覚めたキッカケの叔母からの贈り物の本だもの。
私、フェリチタが本を渋々閉じると、クールな侍女のヴィスタは、呆れた口調でため息を吐き出していた。
「まったく。その本を持っているのがバレたら、今度こそ奥様に本を捨てられますよ」
「…お母さまったら、BL否定派なのよねぇ」
厳しくも鋭い美人な母親の顔を思い浮かべて、ふうとため息を一つ。
フェリチタの母は王家の遠縁の娘であり、そこで貴族とはこうあるべきと厳しくしつけられて育てられた。
迫力のある美貌とストイックな精神を持つ自分にも他人にも厳しい人で、自分の考えることが全て正しいと思っている所がある。
まあ、苦手な人にわざわざ押し付けをするつもりも、理解してもらおうとも思わないけれど、少々厄介ではある。
……親としては悪い人ではないのだけどもね。
「……本日は、彼女とお出掛けされるのでしょう、支度を」
「そうね。少し待っていて」
私は大事な本を秘密の隠し場所にしまいにいく。それと…大事なあるものを取りにいかなくては。
今日は、ステファニアことスーと初めてお出掛けをする日。
私と彼女は、あれから手紙のやり取りを始めたのだけど…彼女は少しずつ痩せてきたはいいが、どんな服を着たら良いか分からないと相談されたのだ。
こちらに来てからそんなことを言われたのが初めてで、何だか新鮮で…私はつい「良ければ私に選ばせて頂戴な」と返事をしてしまったのだ。
向こうは勿論恐縮していたし、それは畏れ多いです、とかそんなことを返してきたのだけど…
「気にしないで、女の子ときゃっきゃうふふするのも好きなの!」…とスーに本音をぶっちゃけたい気持ちを抑えて、品よく「気にしないで、ほんの気持ちよ!」と押したら、向こうが折れてくれたのね。
「楽しそうですね、フェリチタ様」
「…ヴィスタはどう思う?、彼女は私の友人になってくれるかしら」
「友人……侯爵令嬢の友人にしては、些か釣り合っていないかと」
「もう、周りがそういうことを言うから私に友人が出来なかったんじゃないの!」
「お言葉ですが、お嬢様の変人具合に付いてこれる令嬢がいらっしゃらないのも原因だと思われますよ」
「あらま。……すると、私に長年支えるヴィスタも私と同類ということにならない?」
「侍女と友人はまた別ですよ、お嬢様」
冷静に呟いた私の侍女は、てきぱきと洋服からメイクやらのセットをしてくれた。
正直な話、着替えもメイクも自分で出来るのだけど、外にお出掛けするときはしてもらっている。
私のメイクの腕は、たかが知れている。
まー、元々フェリチタの容姿は美人さんなのよね。そばかす一つない白い肌、目の回りを縁取る長い睫毛に澄んだ青い目、前世ではお目にかかったことがない銀色の髪。ほんと、私には畏れ多いくらいなのよね。
前世の私は、染めた茶髪に茶色い目、パッとしない顔にそばかすと時々出来るにきび。じりじり増える体重と甘いスイーツの誘惑の間で戦っていた底辺アラサー女子ですもの。
それはそれで適度に気を抜いていられたけれど、この世界に転生してから……美しい人は、やっぱり綺麗に見せるために努力してるのねと感心することばかりだ。
所作一つ一つとっても、きちんと覚えて身につけるものだもの。
準備が出来た私は、部屋を出て屋敷の廊下を歩いていた。
すると前方から人が歩いてきた、視線を向けると、その人は背の高い青年だった。
「おや、お前が外出をするとは」
「兄様、ごきげんよう」
キラキラと顔を輝かせて私を見てくる。青年は兄のクリストフォ。私と同じ色彩をした青年は、挨拶がわりのハグをしてきた。
「可愛い我が妹よ…!今日も元気そうで私は嬉しいぞ」
「うふふ。嬉しいのだけど、痛いから離してくださる?」
あ、すまんなとすぐに私を離してくれた。
クリストフォ兄様は、見目麗しいのだけどオープンなシスコンである。性格は意外と明るくざっくばらんで、あまり貴族らしくない人だ。
「兄様も相変わらずね」
「ところで、何処にいくのだ?」
「ええ。街の方まで。ステファニア様を誘って…」
「ああ、クオーレ伯爵家の……そうか」
……あら、何か始まった。
何故訝しげな顔つきをしているの。もしや、私が彼女に騙されたとか思っているのかしら?
「…気をつけていっておいで。お兄様はいつでもお前の味方だから」
「変な勘違いなさっているようですが、誘ったのは私ですわよ」
変なところで心配をするのよね。
ま、兄様のこれは今に始まったことではないし、ほっときましょうか。
「行きましょう、ヴィスタ」
「はい。…クリス様、お嬢様の事は私が見ておりますのでご安心を」
「ああ、頼むぞヴィスタ」
では、と軽く会釈をして、兄と別れる。
私とヴィスタは屋敷の前に用意をしていた馬車に乗り、街の方へと向かった。
………………。
待ち合わせ場所に現れたスーは、意外と落ち着いた色合いのワンピースドレスを身につけていた。
「ごきげんよう、フェリチタ様」
「あら、いいのよ。ごきげんよう、ステファニア様。此方こそ来てくれて嬉しいわ」
「いえ、そんな。……ところで…」
赤毛の令嬢が私の後ろに控えている騎士を見て、戸惑っている。
……ごめんなさい、私も戸惑っているのよね。
「ええ。それが。私が市街に出ると言ったら殿下が連れていけと」
あれは半分強制だったわね。
控えている騎士…レオナルド様は、すまなそうにしていた。
銀色の短い髪に鋭い金の目、少し浅黒い肌をした王子の従者の一人で、主に王子の身辺警護をしている。王子と並んでいると私の頭の中の色々な面で捗ります。
「今日の私はフェリチタ様の身を守るように、と命じられておりますので…」
「…!、おにい?」
「こら。フェリチタ様の前では」
「すみませんでした…」
「いえ、いいのよ。二人は親戚なのでしょう?」
あまり気にしないから平気ですわよ。
…まあ同じ護衛騎士でも、知らない人間より見知った人の方が気が楽かと思って、殿下に交渉しましたとも。
「知っていたのですか?彼女は父の弟の娘で」
「ええ、先の件の話を聞いたの。でも不思議ね、親戚相手だと鋭い顔が少し緩むのね」
「幼い頃からの付き合いですから」
いつも割とキリッとしているから、こうしていると新鮮ではあるわね。
スーがいなければ分からなかったわ。
「ええ、お互いの初恋相手のことも知ってるくらいなので」
「……それは…!」
スーはニコニコしながらそう言うと、騎士はぎょっとしている。……ほほう?
「ほう、それは殿方かしら?お嬢様なら何系なのかしら?」
「昔なので記憶が朧気ですが、とても美人の女の子でしたよ。確か金髪で……」
私の脳内フィルターで、すぐに浮かんだのはダニエル様だった。金髪なら似たようなものだし、試しに妄想してみましょうか。
「んー、じゃあ仮でダニエル様だとして…」
「いや、意味がわかりませんが?!」
「だって殿下は金髪で美人よ?」
それに殿下は、中身はともかく外見だけは完璧な私の推しなんだもの。別に減るもんじゃないからいいかなって…
「フェリ様。貴女の趣味に私を巻き込まないで下さいね」
「……冗談よ、うふふ」
冗談はこれくらいにして、歩きましょうか。
私はそう言って、ステファニア様に微笑んでみせた。
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