回想




 にこりと。

 隣で寝ている見知らぬ同性(女性/男性)に引き攣った笑みを向けて、顔を真正面に動かせば、見知らぬ天井が目に入った。

 木の升状の格子の合間にそれぞれ異なる雅な花が描かれているらしいが全部を追うことなく、そっと目を閉じて昨日の出来事を思い返してみた。




 昨日は相棒と咲き始めた桜の下にレジャーシートを敷いて、それぞれ買って来た惣菜とおにぎりを食べながら桜見をしていたが、正直桜の美しさも食べ物の美味しさも何も感じなかった。


 大事な話をしよう、しようと緊張していたからだ。


 相棒とは何の衒いなく何でも話ができる信頼できる人物だ。

 私たちが居れば解決できない事はないと豪語できるほどに。


 仕事上では。

 私事はお互いに役立たずと笑い合った事しかなかった。


 仕事が忙しすぎて、仕事に傾倒しすぎていて、私事まで手を回す余力がない所為でもあるし、互いに実家住まい。家事などは家族に甘え切っていたし、仕事が生き甲斐になっていたので、休日は本当に身体を休める為だけに費やしていた。

 少し遅くまで眠って、軽い運動をして、作ってもらったご飯を食べて、家族とテレビを見て、お風呂に入って、眠って。

 もしくは、近くの療養センターで温泉に浸かって、マッサージ器に沈み、そこに内設された食堂で料亭さながらのご飯を堪能して、眠って。


 相棒と会社関連の人間、そして家族以外に会話することはほぼない、仕事漬けの生活を過ごしていたのにそれがどうして。

 結婚するまでに至ったのか。

 考えれば考えるほど未だに謎過ぎてゲシュタルト崩壊を招きそうだから、それはひとまず、置いていくとして。


 問題は結婚報告だった。

 相棒への。


 仕事上ではこんなにも口が回るのに、どうして些細な結婚報告でこんなにも口を重く閉ざしてしまうのか。

 どうしてこんなに緊張してしまうのか。

 腹部が謎の痙攣を引き起こしたかと思えば、謎の大笑いまで勃発する始末。

 互いに桜が綺麗すぎて笑うしかないよねとか言い合いながら、とにかく笑って、笑って、笑って。

 記憶がそこで途切れていて、まったく隣人の事が思い出せない。




 と、それぞれ違う部屋に居た女性と男性は絶望を味わったのでした。









(2022.3.23)



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