第26話 次女はキュートな魔法少女①


 今日は日下部飛鳥という女性を紹介したいと思う。


 日下部飛鳥。次女で20歳。

 女子大生で水泳の競技選手。全国大会への出場経験もあり、オリンピック候補者に選ばれている天才スイマー。

 最近になってわかったことだけど……たぶん筋肉フェチ。僕が異世界から日本に戻ってきてちょっとマッチョになって以来、「入浴剤いれようかー?」などと口実を作って僕の入浴を覗こうとする困った人。


 僕にとって飛鳥姉とは『悪戯好きのお姉ちゃん』である。

 華音姉さんが優しくて甘ったるい姉であるのに対して、飛鳥姉はイジワルな姉。子供の頃から、しょっちゅう玩具のように扱われていた思い出がある。

 例えば、僕が夏休みの宿題をしていると強引に遊びに誘って邪魔をしてきたり。急にアイスが食べたいと言い出してコンビニまでパシリに走らされたり。買ったばかりのマンガを横取りされて読むのが遅くなってしまったり。

 そんな世間一般の『弟は下!』という思想を体現したかのようなお姉ちゃんだった。


 しかし、僕はそんな飛鳥姉を嫌っているかと訊かれるとそうではない。

 豪快で遠慮のない飛鳥姉に辟易させられることは多かったが、同時に自分が家族の一員として受け入れてもらっていることも感じていた。

 水泳をやっており、大会などで遠征をした際には必ずお土産を買ってきてくれる。

 夕飯の時におかずを横取りしたりするくせに、僕が1番好きなおかずにだけは手を出さない。

 兄が死んで落ち込んでいた時……家に閉じこもりがちになっていた僕を強引に引っ張って、カラオケやゲームセンターに連れて行ってくれた。


 僕はそんな飛鳥姉のことを尊敬……はしていないかもしれないが、心の中ではとても大切に思っているのである。



     〇          〇          〇



 とある日曜日のこと。

 自宅の庭に置かれたプランターの花に水をやっていると、隣家――日下部家の玄関がガチャリと開いた。


「ん……?」


「あ、ユウじゃん。おはよ」


 玄関から出てきたのは日下部家の次女。大学生にして日本を代表する水泳選手でもある日下部飛鳥だった。

 飛鳥はショートズボンにロングパーカー、シルバーのアクセサリーといったオシャレな服に決めており、珍しく化粧までしている。普段から飾り気のないジャージばかり着ている飛鳥姉にしては珍しい格好だ。


「飛鳥姉、どこか行くの?」


「ちょっと友達と遊びにね。ユウは何やってんの?」


「庭の手入れ。最近ほったらかしにしてたから、草むしりとかいろいろやっとかないと」


「枯れた趣味ねー。休みなんだから、女の子と遊びに行ったりしないわけ?」


「ほっといてよ。デートとか興味ないし」


 ムッとして言い返すと、飛鳥姉は「ニヒヒヒッ」と悪戯っぽく笑う。


「暇だったら風夏とか連れて遊びに行けばいいのに。喜ぶと思うけどなー、あの子は」


「風夏は今日もマンガ書いてるんじゃないかな? 最近、いつもそればっかりだし」


「そうねー、あの子はアタシと違って内気だから。ちょっとは運動して筋肉付けたらいいのに」


「うーん……ムキムキになった風夏はちょっと見たくないなあ……」


 似合わないとかじゃなくて……あの出不精の妹が飛鳥姉みたいにアクティブに運動してる場面は想像がつかない。

 本当に……改めて思うけど、似てない姉妹である。華音姉さんと美月ちゃんもだけど。


「そんなこと言って……筋肉ってのは何があっても裏切らないんだからね! ユウもせっかく良いマッスル持ってるんだから、サボって台無しにしちゃダメよ!」


「はいはい……気をつけますよー」


 筋肉フェチの姉に言われて、僕はヒラヒラと手を振って気のない返事をした。


「それじゃ、アタシはもう行くから。休みの日くらいお出かけしなさいよねー」


 一方的に言い残して、飛鳥姉はさっさと駅の方角に歩いていってしまう。

 僕は遠ざかっていく背中を見つめ……わずかに眉をひそめた。


「ふーん……」


 それにしても……飛鳥姉がちゃんとオシャレをしているところを久しぶりに見た気がする。

 女子大生なのだから珍しいというわけでもないのだが……飛鳥姉はスポーツマンだけあって、普段から動きやすい服装をしていることが多い。

 あんなキッチリと化粧までしているなんて……ひょっとしたら、何か特別な用事でもあるのだろうか?


「まさか……男とデートに行くとか違うよね?」


 冗談めかして口に出してみるが……それは的を射ているような気がする。

 飛鳥姉だって大学生。恋人の1人や2人いたっておかしくはない。

 やや乱暴な性格ではあるものの、顔は間違いなく美人。スタイルだって抜群なのだから。


「ひょっとして……僕の知らない場所で、大学のテニスサークルの連中とかに狙われてたりしてないよな?」


 考えれば考えるほどに心配になってきた。

 テニスサークルの奴らと玉を打ったり弾いたり、ラケットで突いたり突かれたりしているのではないだろうか?


「……うん、テニスサークルへの偏見がヒドイな。現実でそんなエッチなマンガみたいなことあるわけないだろうに」


 テニスサークル=エロいサークルだなんてエロ漫画の世界だけである。現実にあるわけがない。


「むう……」


 などと思いながらも……僕はついつい道路に出て、遠ざかっていく飛鳥姉の姿を見つめてしまうのであった。

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