第3話 勇者と姉妹の再会③
三女の部屋に前に立った僕はドアノブを握り……そこで手を止めた。
「おっと……今度はちゃんとノックしないとな」
先ほどのような失敗もある。
ただでさえ、四姉妹の三女は中学生で多感なお年頃なのだ。着替えを覗いたりしたらエライことになってしまう。
僕はドアノブを握る手をそのままに、反対側の手でドアを叩く。
「風夏―。入っていいかー?」
「……いいわよ。入って」
「よし!」
許可をもらった。僕は改めてドアノブをひねり、部屋の中に足を踏み入れる。
三女の部屋には本やぬいぐるみなど多くの者が置かれており、普通に女の子の部屋である。飛鳥と違ってキチンと整頓されていて服やゴミ散乱しているが様子もない。
「……………………は?」
整頓されていた……はずだったのだが、僕はそこで予想外のものを目の当たりにした。
「ふあ……?」
部屋の窓際に置かれたベッドの上に四姉妹の三女が座っている。
ぼんやりとした、しっとりと潤んだ目を僕に向けてきている……そんな彼女の名前は日下部
風夏はツインテールにした赤っぽい髪、ツリ目がちの怒ったような目つきが特徴的で、四姉妹の中でもっとも性格がきつめだったのだが……今日はいつもと様子が違っている。
ベッドに腰かけた風夏はコクコクと頭が舟を漕いでおり、普段はツリ目の瞳もトロンと垂れていた。
理由はわからないが非常に眠そうな顔をしている……そんな風夏もまた、なぜか下着姿になっていたのである。
「お前もかよ! 君ら姉妹はどんなサービスをしてくれてんだよっ!?」
僕は思わず叫んだ。
風夏は上下ともに下着姿。ピンクの可愛らしいデザインのパンツとブラを身に着けていた。
身体は小柄で、胸のサイズも姉2人とは比べものにならない小さなものだが……ハリのある双丘は「まだまだ大きくなるぞ!」とばかりにハッキリと自己主張をしている。
うん、やっぱり血筋である。
いずれは姉達のような見事なおっぱいさんに育つことだろう。将来が楽しみだ。
「……って、そうじゃない! 今日はいったいどんな日なんだ!? ラッキースケベが起こりまくりじゃないか!?」
異世界から返ってきた矢先に、長女、次女、三女と下着姿を見せつけられている。次女の場合は僕が覗いてしまった形なのだが……それはともかくとして、これは異世界で頑張ってきた僕へのご褒美なのだろうか。
魔王を倒した報酬として、ラッキースケベを具現化する能力を取得したとでも言うのか!?
「ふわあ……何よ、勇治。急に大声を出したりして……」
「あ……」
僕の叫びを聞き……寝ぼけていた風夏が覚醒していく。
眠気のせいでタレていた瞳がいつものツリ目になっていき、徐々に理性の色が宿っていった。
そこまできて、僕は自分がやらかしてしまったことを悟る。
起こすべきではなかった。少なくとも……僕がこの部屋から出て行くまでは。
「あれ、どうして勇治が部屋にいるのよ? 私はたしか………………は?」
風夏は自分の身体を見下ろし、そこでピタリと停止する。
しばしフリーズしていた風夏であったが、やがて自分がピンクの可愛らしいデザインの下着を僕に見せつけていることに気がついた。
「きゃあああああああああああああああ!」
「うわあっ!?」
風夏が手元にあった枕を投げつけてきた。
恐るべき勢いで放たれたそれは、もしも石やレンガだったら頭蓋骨を容易に打ち砕くことができただろう。
僕は反射的に手をかざして、飛んできた枕をガードする。
「何を勝手に部屋に入ってるのよ!? しかも服を脱がせるなんて……! 変態っ、最低っ、この性犯罪者!」
「わわっ!? ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」
わめきながら、風夏が次々と部屋にある物を投げつけてくる。
ぬいぐるみ、筆箱、教科書、コップ、定規……いやいやいや、カッターナイフはやめて欲しい!
刃が出てるし、僕じゃなかったら刺さってるからね!?
「誤解だ! 入室の許可は貰ったし、服はお前が勝手に脱いだんだろうが!?」
「自分で脱ぐわけないでしょ!? どうせアンタが私が寝てる隙にエッチなイタズラをしようとして……」
――と、そこまで叫んで風夏は動きを止めた。
投擲攻撃をやめて、考え込んだように眉間にシワを寄せる。
「そっか……私、夕べからずっとマンガを描いてて、寝る前に着替えようとして……」
「……よくわからんが、どうやら誤解が解けたようだな。命があってよかったよ」
僕は安堵の溜息をついて、キャッチしたカッターナイフをテーブルの上に置く。
念には念を入れて、風夏の手が届かない位置に。
「マンガ……まだ書いてたんだな。熱心なことじゃないか」
僕は部屋に置かれた勉強机へと目を向けた。
風夏の部屋は全体的に整頓されていたが、勉強机の上だけは無数の紙が乱雑に広がっている。
紙の上では剣を持ったイケメンがモンスターと戦っていた。ファンタジー系のバトルマンガ――奇しくも僕が異世界で体験していたのと同じような物語である。
風夏は小学生の頃から大のマンガ好きで、将来は漫画家になることを目指していた。
子供の頃、飛鳥姉と僕が外で遊んでいたのに対して、風夏は家の中で絵を描いてばかりいた。放っておけば休日でも1歩も家から出てこない風夏を外に連れ出すのに、随分と苦労させられたものである。
そんな生活を送ってきたおかげで風夏の画力はかなり上達していた。
神絵師とまではいかないものの、中学生の女の子が書いたとは思えないような臨場感のあるイラストが紙の上で踊っている。
「別にいいでしょ! 書きかけのマンガを勝手に見ないでよね!?」
風夏はタオルケットで身体を隠しながら、勉強机の前に滑り込んできて書きかけの原稿を隠そうとする。
「いいじゃないか。昔はよく読ませてくれただろ?」
「今はダメなの! 勇治は絶対に見ちゃダメ!」
風夏が噛みつくように言ってきた。
その反応には少しだけ傷つくものがある。
昔は「ゆうにい」と僕のことを呼び、子犬のように後ろをついてきていたというのに……最近ではずっとこの調子。顔を合わせるたびにキーキーとわめくのだ。
「……これが反抗期ってやつなのか。お兄ちゃん、悲しい」
「誰がお兄ちゃんよ! っていうか、勇治だって高校生じゃない!」
「……あ、そういえば僕も思春期の男子だっけ? 忘れてた」
異世界で5年間を過ごしてきたため、精神年齢はとっくにハタチを過ぎているはずなのだが。
いや……でも中学生の風夏の下着姿にちゃんとエロさを感じているし、完全に心が大人になったわけでもないのかもしれない。
それとも、大人になったからこそロリコンに目覚めて中学生女子の裸に興奮しているのだろうか?
「……そうだとしたら由々しき事態だな。キチンと確認する必要がありそうだ。よし、そういうわけでもう1度裸を見せてくれないか?」
「そういうわけってどういうわけなの!? というか、乙女の部屋にいつまで居座ってるのよ! さっさと出ていきなさいよ!」
風夏がタオルケットを胸の前で抱いて、激しく抗議をしてくる。
身の危険を感じているのかしっかりと肌を隠しているが……素足がはみ出ているのが妙にエロかった。
「……露出はミニスカートと変わらないんだけどな。不思議なもんだ」
高校生として年の近い少女に色めき立っているのか、それとも成人男性として中学生女子に興奮しているのか……。
早急に確認するべきことのような気がするが、深く突っ込むのも危ない気がする。これがパンドラの箱という奴なのだろうか。
「それじゃあ出て行くけど……もう夕飯ができるから早く服を着て下りて来いよ。ご飯が冷めるぞ」
「わかったから早くドアを閉めなさいよ! もう、おせっかいなんだから!」
「それと……さっきのマンガだけど」
僕は部屋から出て行く前に、ふと気になっていたことを尋ねることにした。
「主人公の男。ちょっとだけ顔が僕に似てるよな? ひょっとしてモデルにしてくれたのか?」
「…………!」
「ん? そう言えば、ヒロインの女の子は風夏と同じ髪型だったような……?」
「あ、あああああっ……!」
疑問を投げかけると……風夏の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
まるで熟したトマトのような顔になった風夏は、勉強机からハサミを取り出した。
「は、早く出てけ! この変態スケベむっつりっ!」
「わあっ!?」
顔面に向けて投げつけられたハサミを慌てて避けて、僕は逃げるように部屋のドアを閉めたのだった。
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