第4話 すれ違い

 担任の先生が台風に備えるよう注意喚起している。


 わたしはその声をぼんやりと聞いていた。


 帰りの会が終わると、途端に周囲がざわざわし始める。みんなに挨拶をしながら、すぐに帰路についた。


 いつもの道を一人で歩く。


 学校に友達がいないわけじゃない。特別親しい人もいないけれど。


 話題についていけないからなあ。


 流行に疎くて、みんなの会話に置いていかれること数知れず。


 思わず溜息が出てしまう。


 不思議なものが見えることは、家族と鬼さんしか知らない。見たものを一緒に楽しめるのは、その中でも二人だけだ。


 みんなと鬼さんの話ができたらいいのに。


 鬼さんのことを考えると自然と口が綻ぶ。


 今日は何をして遊ぼうかな。


 九月も半ば、街路樹が少しずつ葉っぱを落とし始めていた。


    ◇


 時折、遠くで雷の音がする。


 窓ガラスに叩きつける大粒の雨を見て心配になった。


 「……鬼さんは大丈夫かな」


 鬼さんと出会ってから、こんなに天気が悪い日は初めてだ。


 連日の雨で、もう何日も会えていない。


    ◇


 台風が過ぎ去った翌日の午後。


 木の葉から落ちてくる滴が肩を濡らす。拭う時間も惜しい。


 まだ乾ききっていない地面を一歩一歩踏み締めて歩く。


 鬼さんは大木の裏側に座っていた。大雨が降ったのに、鬼さんの周囲だけ濡れた様子がない。


 きっといつもの見えない力を使っていたんだろう。変わりない姿にほっと息をつく。


 目を閉じていて、近づいても反応がない。顔を覗き込むと、静かな息遣いを感じた。


 鬼さんが寝ている!


 わたしは目を丸くした。寝ているところは、今まで一度も見たことがなかった。


 起こすのは悪いよね。……隣に座るくらいならいいかな。


 久しぶりに会えたから、浮かれていたんだろう。わたしは鬼さんの忠告を忘れていた。


 大きな肩に寄りかかる。


 急激に体温が変化するのを感じながら、わたしの意識はなくなった。


    ◇


 隣に小さな温もりを感じ、意識が浮上する。


 ああ、あいつか。


 温もりの正体に思い及ぶと同時に飛び起きた。ぐらりと倒れそうになった少女の身体を支える。


「ちっ……やはり」


 少女は酷く発熱していた。小さな身体では負担も大きいだろう。このまま放置すれば悪化するのは目に見えている。


 こちらを振り返る安心しきった笑顔を思い出す。


「……」


 額に滲む汗を拭ってやる。


 それでも、少女の苦しげな表情は変わらない。


 鬼は腹を決めた。


    ◇


 ゆっくりと重たい瞼を開ける。


 一番最初に目に入ったのは、険しい目つきでこちらを見下ろす鬼さん。


 少しだけ顔を動かして周囲を見回す。


 地面が近い。どうやらリュックを枕にして横になっているようだ。


 大木の間から射し込む日差しによって、葉っぱの上の滴がきらきらと輝いている。


 そうだ……鬼さんを訪ねて……


 ぼんやりと思い出していると、聞いたことがないくらい低い声が上から降ってきた。


「俺は前に言ったな。寝ている時は触れるなと」


 思わず首を竦める。


「……ごめんなさい」

「先程まで、お前は高熱に侵されてた。……歩けるようになったら、今日はもう帰れ」


 よく見たら、鬼さんは肩で息をしていた。


「でも」

「帰れ」

「……はい」


 しばらくして、意識がはっきりしてきたので立ち上がる。これくらいなら歩けそうだ。


 ちらりと鬼さんのほうを見る。


 視線がぶつかり、無言で見つめ合う。しばらくして、鬼さんは顔を背けた。


 諦めて、とぼとぼと歩き出す。


 いつもと同じ道なのに長く感じる。


 せっかく久しぶりに会えたのに。自分のせいで大切な時間を台無しにしてしまった。


 ……鬼さん、少しつらそうだったな。


 あの優しい鬼さんが怒るなんて、よっぽどしてはいけないことだったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る