第3話 穏やかな日々

 きらきら、ころん。


 硝子瓶に詰め込まれた、色とりどりの小さな星。


 一目見てこれだと思った。


   ◇


「鬼さん、こんにちは」

「……」

「今日のはきっと、鬼さんも気に入ってくれると思います」


 鬼さんに呆れたような目で見られている気がする。


 初めて鬼さんと会ってから三ヶ月。わたしは何度もここを訪ねていた。


「今日は金平糖です!」

「前も言ったが……」

「これはお礼じゃないですよ。とってもきれいだったから、鬼さんに食べてほしいなって思って」

「……そうか」


 鬼さんは溜息をついた後、金平糖の入った瓶を受け取ってくれた。


 わたしは鬼さんの隣に腰を下ろす。座る直前に、目には見えない力を使って葉っぱの絨毯を作ってくれた。ふかふかだ。


 食べ物を持ってくるのは、今回が初めてじゃない。


 最初は鬼さんへのお礼として、毎回持ってきていた。でも、五回目くらいの時にお礼はもう十分だって言われたんだ。


 それからは、わたしが鬼さんに食べてほしい、見てほしいって思ったものを厳選して持ってくるようにしている。


 鬼さんは、瓶から取り出した一粒をしげしげと見つめていた。


「きれいですよね」

「……ああ。お前も食べろ」

「はいっ」


 鬼さんと一緒に美味しいものを食べるこの時間が、わたしは大好きだ。


    ◇


 大木の側は陰が多く、夏でも涼しい。格好の遊び場所だ。


 基本は一人で遊んでいることが多い。気が向いたら鬼さんも付き合ってくれる。


 学校が夏休みに入ってからは、更に訪ねる頻度が増えていた。


「お前、段々遠慮がなくなってきたな」


 今日のおすすめ・もちもち大福を食べながら真上を見上げる。逆さまになった呆れ顔が見えた。


「……まあ、今はいいが。俺が寝ている時は絶対に触れるなよ」

「むぐむぐ……何でですか?」

「お前の身が危うくなるからだ」

「? わかりました」


 きちんと理解できていなかったけれど、駄目だと言われたのはわかった。一先ず鬼さんの言葉に頷く。


 食べ終わった後は、二人でのんびりとする時間。

 

 遠くに列をなして飛ぶ鳥の群れが見えた。鳥たちの行き先を想像していると、背後から鬼さんの声が聞こえてきた。


「最近頻繁にここへ来るが、周囲から何も言われないのか?」

「はい、今のところは。いつもこっそり来ていますから。お父さんとお母さんは、仕事や双子のお世話で忙しいので、気づいていないはずです」


 それに、お爺ちゃんには鬼さんのことを伝えてある。帰りが遅くなった時は、口裏を合わせて誤魔化してくれるんだ。


 鬼さんが身動ぎしたのがわかった。


「双子?」

「弟と妹です。かわいいですよ。わたしもたまにお世話するんです」


 腰に手を当てて胸を張ってみた。わたしにとって自慢の弟妹だ。


 お父さんとお母さんをとられたみたいで寂しい時もある。でも、わたしはお姉ちゃんだから。


 しばらくして、頭に微かな温もりを感じた。


 鬼さんの手だ。わたしの頭がほとんど収まるくらい大きい。


 慣れていないのだろう。ぎこちない触れ方だった。


 思わず笑みがこぼれる。


「ありがとうございます」


 今は、鬼さんがいるから寂しくない。


 鬼さんの側は居心地が良い。ここへ来るたびに、その気持ちが強くなる。


 鬼さんも同じように思ってくれてたら嬉しいな。


    ◇


 駆けていく後ろ姿を見送りながら、鬼は静かに呟いた。


「……お前とは、いつまで相見ることができるかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る