[1-2]おまえはよく食べるな
ほんの三年前までノーザン王国は人
僕たち
創世における歴史を聞いたことがあるだろうか。
僕たちが住むこの世界は一人の創生主によって造られたと言われている。
創生主は地表を覆う海と二つの大きな大陸、無数の島を置いた。そして、世界に散らばるあまたの諸要素をかき集め、幾つもの属性に分けたとされている。
一種族に一つの
炎の民、また剣の民と呼ばれている
風の民、また空の民、弓の民と呼ばれている
水の民、また歌の民と呼ばれている
土の民、また牙の民と呼ばれている
光の民、また森の民と呼ばれている
闇の民、また魔術の民と呼ばれている
各種族には王が立てられ、永遠の命と強大な魔力を与えられ、各々の属する民を導く務めを与えられた。
創世の時代、六人の王たちは互いに盟約を交わした。共に手を取り合い、いつまでも平和を保って生きていくために。
けれど、平穏な時は長続きはしなかった。
今より三百年ほど前、
僕たち
必然、種族間の平和は損なわれ、世界中で惨劇が起こってゆく。
実際、海向こうの東大陸にある強大な国、イージス帝国で皇帝は他種族狩りに積極的で、国民のほとんどが人
今はそういう
例に漏れず、ノーザンの前国王——亡くなった僕の実父も他種族狩りに積極的な姿勢を見せていた。
国内の他種族の村や集落を攻めて焼き落とし、
王子である僕がなんとかできたら良かったんだけど、たくさんの
そんな最悪すぎる圧政からノーザンを救ったのが、カミル=シャドールだった。
もともと城の宮廷魔術師だったカミルは、前国王が子供たちにした仕打ちに我慢ならなかったらしい。得意の魔法で僕の実父を殺害し、政変を起こし、玉座を奪い取った。それだけでなく、前王統である僕たち王子王女らを探し出し、保護してくれた。大人になるまで守り育てると約束し、養子にしてくれたんだ。
もともと実父との関係が悪く、第一王子だったにも関わらず王にもなれないとダメ出しされていたのもあって、当初の僕は素直にカミルの手を取る気にはなれなかった。口論したり、一度は
けれど、あれから三年が経った。
カミルは間違いなく僕の父で、実父以上に大切な存在だ。緩やかに流れる時の中で、その思いはますます強くなっていっている。
「国王陛下が、食堂に……!」
カミルの手を引っ張って食堂に入れば、忙しなく給仕に追われていた使用人たちがピタリと動きを止めた。
僕を、というよりもカミルをみんなが凝視して、口をあんぐり開けている。広い室内が戸惑いの声で満たされてゆき、奥の厨房にいるコックたちまでが目を見開いて固まっている。
なに、この反応。どんだけだよ!
カミルが食堂に顔を見せるのって、彼らにとってめちゃくちゃレアだったりするんだろうか。
ちらっと顔色をうかがえば、カミルは無表情で給仕人の目を見返していた。目が合った途端に「ひぃっ」って怯えられている。
うん、いつもながら
さて、朝食は何にしようか。
偏食家で効率重視な性格のカミルのことだ。品数が多いと食べるのが面倒になって、席を立ってしまうかもしれない。そもそも食が細いからたくさんは食べられないし。
……よし、決めた。ミニトマト入りのスクランブルエッグにこんがりと焼いたトースト一枚、コーヒーにしよう。
僕はもうちょっと食べたいから、サラダとコーンスープを追加しようかな。カミルは甘いのが苦手だからコーヒーはブラックで、僕のはたくさんのミルクが入ったカフェオレだ。
ひとまずカミルを席に座らせてから、給仕の者を一人つかまえて希望のメニューを伝える。
「わざわざこちらに来られずとも、言ってくださればお部屋までお持ちいたしましたのに」
と、なぜか耳打ちされた。彼の目はちらちらと動いていて、白い人影を気にしているのがひと目でわかった。
もう政変からずいぶん経つのに、まだ城のみんなはカミルには慣れないみたい。
「僕がここで食事を
得意の笑顔で伝えれば、彼はそれ以上なにも言わなかった。本音を言えば、引きこもりなカミルを部屋の外に連れ出したかったのもある。
カミルは大人しく席に座っていた。相変わらず無表情だけれど、僕が彼の向かい側に座るとゆるりと顔を上げた。
しばらくして食事が運ばれてきた。僕の希望通りのメニューが用意されている。うん、完璧だ。トーストにはバターが添えられていて、両脇にはナイフとフォークが置かれている。
カミルは王族ではないし、貴族ですらない。食事のマナーは頭に入っていても、それに従いたいと思うかどうかは別問題だ。案の定、眉間に浅く
「カミル、トーストの上に卵をのせると美味しいし、すぐに食べ終えられると思うよ」
何度も言うけれど、カミルは効率を重視する傾向がある。彼にとって食事の時間は必要だから取り分けるのであって、できることなら短く済ませたいのだ。
予想通り、カミルは僕の提案を気に入ったようだった。
「そうだな、食べやすい。おまえはよく食べるな」
「そうかな? 普通だと思うけど」
わずかに薄い唇が持ち上がった。ほんとうにわずか、だけど。
カミルは大人しくもそもそと口を動かして食べている。よかった、とりあえずミッションは達成かな。
おそらく、いや、十中八九カミルの方が早く食べ終わるだろう。
食事は最低限主義、本当は部屋を出たくないくらい仕事に没頭していたい彼のことだ。ぜんぶ平らげたらさっさと部屋に戻ってしまうに違いない。少なくともトーストをかじり始めた時、僕はそう思っていた。
けれど。
意外にも、カミルは自分の分が食べ終わっても席を立とうとしなかった。かと言って、話しかけるわけでもにこりと笑うわけでもなく。もちろん他愛のない会話なんて皆無だった。
ただ黙って、僕が食べる様子を見ていた。
ぜんぶ食べ終わるまで、席に座ったまま、じっとしていた。
監視しているわけじゃない。僕がちゃんとぜんぶ食べているか見届けているだけだ。
ほんとにこういうところは不器用なんだから。でもカミルらしいや。
少しだけ胸の奥がくすぐったくて、あたたかかった。
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