風にこの由を聞きて 15

「私に聞くな。」

 この近しさは、いい加減不審、そして危険だ。経清は殆ど威嚇のように、目に力を込めて素っ気無く言い返す。

「いや、それは早桜の拒絶に合って、風斗は現在も奥でお一人で執務をされてます。」

 弁護になっているのか微妙な鷹里の台詞だ。即ちあいかわらず賢者は誰か、である。経清はひっそり苦笑したが、

「アレが望むままにできないのは、あいかわらず姫だけか。」

 それは、実に真実味があると守衡は遠慮なく笑った。

「我等にすればなんで今頃、でも、天の国と地上では時の流れは違うようだから、姫にしてみれば可及的速やかに、かも知れぬな。」

「都合よく考えられるものだ。ご心配でとるものもとりあえず駆けつけてこられたのであろう?」

「どうしてオレをそんなにがたきにしたいんだか?」

 面白そうな笑みをはさんで、

「まあ、預名方と夜伽方・・・響きが似てなくもなくない?」

 彼らの常態を知る鷹里ですら絶句するし、神聖視して当然のあたりの一団は棒を飲み込まされたような引きつった空気をかもし出している。経清は一文字違いか、と冷静に眉を寄せたが、収拾しようという労力はでず、

「・・・ま、当人同士の問題だから、」

と、それは投げやりに言い遣った。

「――有夏はそうびの館だろう?」

 いつまでも付き合っていられるか、と確認というよりその場を立ち去る口実に、鷹里へ問う。軽く鷹里が頷いて肯定するのに、守衡が言葉を重ねた。

「では、オレも同行いこう。」

「ひとりで来い。っていうか、あんたは誰に会いにきたんだ?」

 経清は早くそっちに行け、と厭味の棘を立てたが、

「ああ、アレにはもう会って来ている。」

「はあ!?」

 北門から入って、南門に居るということは考えれば御館を突っ切ってきたことにはなるが、詐欺だ、と思わず睨みつけた。

「アレがすっかり信じ切っているのは確かめたから、次は己の目で確かめるべく姫の御座所に向かうところで、有難い通行手形と出くわしたわけだ。」

 確かに、彼らの滞在用として建てられた館に経清の出入りが制限される謂れはないが、

「なにが通行手形だ。預名方あんたなら簡単に取り次いでもらえるだろ。」

 ああ、と得心したような声を上げた鷹里に、わが意を得たりと守衡は軽く肩を竦め返す。

「執務を片さないと動けないというから、じゃあ一足お先に姫のご機嫌伺いを、と言ったら、何てお答え下さったと思う?」

 このもっていきようからすると、容易く肯とは言わなかったのだろう。

「ちなみに言葉を交わせる訳でもない、ましてや絶対に触れられないオレと姫が、やむにやまれず牛車に同乗しただけでへそを曲げたアレが、だ。」

「・・・俺も仕事を片付けて一緒に行くから、そこで待っていろ?」

「甘いな。曰く、俺が早桜と話す時間が短くなるからうろつくな、とな。」

「そりゃ、実に心のこもりまくった台詞で。」

 勿論込められている相手は守衡ではない。

「で、あんたは何とお答えした訳かな?」

「『了解しました。では有夏どのにご挨拶して来ます』。風斗たる尊き方の口が発したにしては、いささか品位に欠けて、しかも落ち着きのない言葉を背で聞いた気もするが、空耳だろう。」

 面従腹背、いや、いっそ敵対関係かとばかりの物言いである。

「――手厳しいな。」

 彼らはこういう間柄だ、と理解を示す関係者だけならともかく、慄きまくる周囲には、讒言か寵を笠に着ていると反感の種にならぬかと、場をいなす様に返したものの、

「遠慮していては身がもたん。」

 きっぱり言い切る守衡の言にこそ身に覚えがある経清である。

「確かに。」

 つい真剣に頷いた経清は、観念したとばかりに行く手の側の肩を軽く揺すった。そちらに守衡が肩を並べる。

「本当のところ、あんたは信じているのか?」

 歩き出すと人垣は自然と割れ、彼らの行く手を開けた。横目に、軽い会釈を寄越した後、鷹里が義務感で錠屋富忠に話しかけるべく動き出すのを映す。

「さてな。こんな夢のような話があっていいのかと思うが・・・存在自体が夢のような方だ。何があって、何がないとは言い切れん。だから、自身の目で確かめる。」

 日高見第二の大族の後継の立場で、貿易船団の頭領を『趣味』(実益もあるが)にしている、決して閑のある男ではない。それでも、彼のために無理を押して駆けつけたのだ。

「確かめて、もし早桜どのでなければどうするんだ?」

 その女を叩き出すのか、彼の目を覚まさせるべく尽力するのか。

「アレにとって正しく風織姫であるのなら、オレはその中身にはこだわらんよ。」

 おい、と経清は思わず目を剥いた。着地点が違う。皆がこだわっているのは、だろう。

「風織姫とはそういうものだろう。言ったろう、誑かされてくれるのなら、オレがとっくにやっていた、と。お前の奥方がお連れになった『風織姫』は、とにかくアレを見事に取り戻してくれた。風織姫の資質は十分だ。・・・現在のところは。」

「・・・成程。」

 守衡にとって確認すべきことは、『風織姫』が、ほんもの桜か偽者か、ではなく、彼女が、風斗にどんな影響を与える存在たるのか、ということらしい。

「まあ、本物ならば後腐れがなくて助かるが。」

「――それでも、早桜どのであって欲しいんだろう?」

 やれやれ、というような口調に、守衡は虚をつかれた顔で隣を歩く経清を見やった。

「わざわざ反感募るような物言いするのは、どうかと思うぞ。それでなくても、敵多そうな立場のくせに。」

 簡単に足元を掬わせてやるヤツではなく、却って掬おうとした輩を、這い登れない位の深い穴へ蹴り落として高笑いしてみせそう、ではあるが。

「・・・何せ、で預名方をやってるものでな。」

 柔らかく何かを滲ませた顔を、一呼吸で守衡は彼らしい人の悪い笑みで塗り替えた。

ろ、観念したらどうだ?」

 む、と露骨にJapanConnected-freeWi-Fiする様子に構わず、ぐいと肩を引き寄せた。

「さだめってのはあるんだと、オレはおまえを見ていると感じるがね。」

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