夢一夜 早桜
――透けていた。
なにげに見下ろして気づいた事実に、
腕が、足が、胸元が、色はついているけれど、まるでガラスのように透けて、向こう側が見通せる。
自分で自分の腕は掴めるけれど、辺り一面を埋め尽す薄の柔らかな色に惹かれて伸ばした指の間を、薄のまだ閉じた穂が擦りぬけた。
掌の真ん中を貫くような形になった薄が、風に吹かれてゆらゆらと揺れる。
色はあるが、匂いはなく、足は地面を踏み、風にさやぐ薄の声は聞こえるが、感触はない。もちろん痛みも。
足や腹から、薄が生えるというシュールきわまりない光景からは、とりあえず目を背けて、早桜は水音に引かれるように薄野を歩いていく。
場面の転換は起こらない。
薄野を抜け、木立に覆われたなだらかな斜面をゆっくり登る。木漏れ日が、ふわふわと地面に踊る。振り仰げば、鮮やかな緑が、日差しをはじいている。真昼時だ。
木立が切れ、目の前が開けた。
刹那、早桜の唇から、ほうと感嘆の吐息が洩れる。
空が……青い!
こんな心に染み入る青を知らないと思った。
旧い歌人が詠んだごとき、魂を吸い上げるような透明な青。彼方に連なる山の稜線をなぞるような白い雲。中天にさしかかる陽の粒を受け止めて輝く大河の緩やかな流れ。あの小さな茶色は家だろうか。
ふいに目の際が熱くなる。
薄が腹を刺し貫いていても痛くはないのに、その熱さは意外で、何かひどくほっとして、何かがひどく空ろで寂しかった。
幾筋も幾筋も、頬を伝っていく涙を拭いもせず、瞬きをしたらとたんに失せてしまいそうで瞳を開いたまま、早桜は、『夢』を眺め続けた。
「……なにを泣いているんだ?」
運命が扉を叩いたごとき、その声に貫かれるまで
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