すとれんじラバ~
Rn-Dr
第1話 初キャバ
所々に空いた屋根から零れる日差しが肌をチリチリと焼く喫煙所。
「「あぁぁぁ…………」」
肌にベッタリと付いた粉末状の顔料が汗と共に流れ落ちる。シワというシワには様々な色の顔料が入り込み、水道水で顔を洗ったのにも関わらず、未だ取れないままだった。
その中でタバコの煙を憂いと共に吐き出す二人の男。一人は
その悟と共に煙草の煙をふーっと吐き出しているのは、悟の同期で同い年の
「それにしてもまじありえないって……」
「その歳でお見合いってめっちゃレアだよな~」
仕事中も同じラインで働いていた二人は、仕事に支障が出ない程度にはよく話、よく笑うのだが、今日はその笑いも少なかった。
それは悟の両親からの電話が原因だ。
悟自体は体を動かすのが好きだし、変に頭を使う位なら動いていた方がましだと考えて今の職場に入社した訳だが、実の両親から見たら心配の種だったらしい。
《悟? その歳で彼女の1人も出来ないのはよくないでしょ? 男だらけの職場で結婚相手探すなんて出来ないんだからっ》
久しぶりの母との電話で言われた言葉だ。すぐさま今の仕事が好きな事、体を動かすことが好きな事を伝えた悟だったが、それを聞き終えた母親からは取引を持ち掛けられた。
《今の生活を本当に続けたいなら、せめて一度はお見合いしてくれる?》
そんな取引だ。
悟はまだ22歳。打ち込めることがあるのかと問われれば無いのかもしれないが、それでも日々充実した生活を送り、それなりに楽しい人生を送ってるつもりだ。
「だってお見合いってさ……収入目当てか曲者の集まりだろ? それに俺らまだ22だろ? 貴重な若者の休日を割いてまですることじゃねーって……」
死んだ魚の様な目で屋根の隙間から空を仰ぐ悟。そんな彼にニヤリと笑みを浮かべたのは仲の良い友人だった。
「……つまり、悟に彼女が出来るか好きな人が出来ればいいんじゃん?」
「それが問題だって。マジで恋とか誰かを好きになるって感じが良く分かんねーんだって。それに童貞男児をなめんな?」
男子校にいたとしても、思春期男子パワーで合コンなどを繰り返せば恋愛をすることも可能だ。だがしかし、当時の悟は忙しく、女子との出会いに青春パワーを捧げる事が叶わなかった。結果、生涯童貞、難攻不落の下半身へと進化を遂げるに至った。
だが、この世に絶対はない。
「それじゃ……とりあえず20時に街中集合な?」
「はっ? なんかして遊ぶにしてもちょっと遅くないか?」
「その時間からじゃないと遊べないんだよ……。なんたって夜の遊び……DAZE!!」
「夜の……………遊びっ!!?」
めくるめくる夜の街。着飾った女性の裾から覗く生足。否応なしに近づかれ、触れてしまう息と手。鼻腔をくすぐる女性の香り。
「………軍人は1キロ先の女性の香りさえ嗅ぎ分けると言う。これも修業だな」
「……悟、たまにお前のことが分かんなくなるわ」
恋が何なのか分からない。だからと言って欲情しない訳ではないのだ。
そうと決まれば──と、二人は待ち合わせ場所を決め、一度家に帰ることにする。
コンビニで買ったおにぎりを皿ッと胃の中に納め、体を洗うはずのあかすり用タオルで体全体を丁寧に擦り、体に塵一つ付いていないのを確認し、歯ぐきから血が出るほど歯を磨く。
「剃るべきか……剃らぬべきか……」
全身にシャワーの水を浴びながら、悟は自分の下半身へと視線を向ける。だがそこは禁断の領域。もしも……万が一、見られるようなことがあった時、綺麗好きと思われるのか、はたまた期待してたの? と思われるのか。
「………いや、俺に分かる訳ないだろ」
悟は下半身から目を逸らすと、急いで準備を済ませて戸梶との待ち合わせ場所である駅へと向かうことにした。
街中と言っていた場所は悟たちが住む場所から電車で二駅。街中などとは言うが、元が田舎の為に昼間はそこまでパッとした店も無く、地元住民でさえあまり近付かない街。
ただし夜になると、田舎だからこそ、そこにしかないお店が明かりを灯す。
キャバクラ・バー・クラブ・いけないお店エトセトラ……。
大人の夜にの時間ともなればいくら昼間がパッとしないと言っても、人はそこそこ動き出す。
そんな中、駅前で合流した二人はニヤリと笑みを見せあうと、街中の夜闇へと姿を消していった。
◇◆◇◆◇
────結論から言おう。
二人はチキッた。
いけないお店の前に立ち竦む二人。その前を通り過ぎるは百戦錬磨の常連たち。爽やかな笑みの裏にどんな黒い欲情を抱いているのか、迷うことなく店の扉を潜り抜けていく。
近付いて来る看板を持った男性スタッフ。二人の足は震えた。───俺達に入る資格があるのか……と。
そんな資格はないのだが。二人はその場から逃げ去ったのだ。
そして逃げている中、一人の男性が声を掛けてきたのだ。
「あれ? 悟さんじゃないっすか??」
明るい金髪に大きなピアスを付けた中年の男性で、こんな田舎町では昼間に出会う事はない風貌の男だ。
まじまじと金髪の男性を見ながら、悟は記憶の片隅から探し当てる。
「……ん? あっ、隆司さんっすか??」
「おーっ、覚えてくれてたか。あんときは助かったぜっ」
「あー、あれは仕事だったから気にしないでくださいって」
隆司と呼ばれた金髪の男は、悟に頭を下げながらも笑顔を作る。笑顔を作っているはずではあるが、悟の隣にいる戸梶が後ずさりをしている姿を見て、悟はにやつく。
「隆司さん、相変わらず笑顔が怖いっすよ」
「まじか…。だから声かけると客が逃げんのかなぁ?」
「ん? 客って隆司さんもしかして呼び込み?」
「そうそう、最近足を洗ってな。今更昼間の仕事なんてできねーから、ここいらで働かせてもらってんのさ」
「ほほう……」
今度は悟が手で顎を擦り、戸梶へと視線を向けるが軽い涙目になっているのが分かる。だからこそ、悟は一人で頷いた。
「隆司さん、その店って俺らも入れる?」
「おおっ? 悟さんもそんな歳になったんかっ! んじゃ今日は祝いってことで俺のおごりだ」
戸梶が悟の裾を指でツンツンと引っ張てくるが、笑顔を向けてサムズアップをしておく。
「いや、おごられたら隆司さんの給与入んないっすよ。それに今日はそう言う目的で来てるんで」
「ん~、そう言われちゃうとな。──じゃあちょっとくらい割引させてくれ」
そして現在、二人は煌びやかなシャンデリアが照らす店の中、何処までも沈んでしまうのでは? と疑いたくなるソファーに腰を降ろしていた。
「………悟、さっきのいかつい人、知り合いなんだよな? 信じていんだよな?」
「ああ、学生時代にお世話になった人なんだ。ああ見えて気のいい人だから心配すんなって。─────それより、分かってるな?」
「……ああ。キャバクラなら、もちろん”お持ち帰り”だよなっ」
「そうだっ、さっきの店じゃ足がすくんだけど、打倒……お持ち帰りだっ」
「いや、倒してどうすんだよ」
「……冷静につっこむんじゃねーよ」
人一人分の距離を開けながらソファーに座る二人は上半身だけを近づけて小声で話していた。謎の覚悟を決めた二人は、決意表明とばかりに煙草に火を着け、その時を待った。
「失礼しまーすっ、ミミちゃんとゆうかさん、お願いしますっ」
滑るように悟たちの席まで来た隆司が、床に片膝を着きながら悟たちの座る席へとキャストの二人を案内する。
その姿だけで悟の心臓は痛いほど強く跳ね上がる。だが冷静なふりを忘れてはいけない。女性の前でおどける様な男にはなりたくない。そんな一心だったが、「失礼しま~す」と隣に来た女性を見た瞬間、悟は何が何だか良く分からない心境へと突入する。
始めて見る巻き髪。何回脱色すればそこまで鮮やかな色になるのか分からない金髪。つんっと鼻を突く化粧の香りと、それに乗って来る花の様な香水の香り。何故目の周りががラメってるのか。知らない情報が多すぎるのだ。
「───は、はじめましてっ」
まだ開始直後にも関わらずパンクした頭は、両親からの教育の賜物である《挨拶は元気よく》が発動すしてしまう。
「はじめまして~。……その感じ、お兄さんこういうとこ初めてだ?」
「はい、初めてですっ」
「ふふふ、緊張しすぎぃ~。とりあえず何飲む? 焼酎とウィスキーは無料だよ?」
「えっと……焼酎でおねあいします」
「噛んでるって~。水割りでいいかな?」
既に額は冷や汗まみれとなっている悟。どんな感じに受け応えするのが正しいのかさえもう分からない。ただ目の前では慣れた手つきで水割り焼酎を作る着飾った女性にドキドキとするばかりだった。
(……これが吊り橋効果かっ)
そんなくだらないことを考えていると、目の前に並々とお酒の入ったグラスが置かれ、悟はそれを一気に煽る。
「お兄さんお酒強いんだね~」
そんなことはない。
卓のみする際は缶ビール一本で気持ちよくなれる男、それが悟だ。だが、あえて言うのだ。
「ま、まあね?」
下が痺れる様な感覚の中、悟は誤魔化す様に煙草の煙を吸い込んだ。
どこで覚えたのかさえ思い出せない”お酒は魔法”なんて言葉を思い出し、飲み進めていく悟。
お酒が進めば進むほど、悟の緊張は不思議と和らぎ、ボトル半分まで行く頃にはフワフワとした心地で、店に入った時の緊張感もだいぶ和らいでいた。
そこまで来ると、なんとか会話らしい会話ができるようになっていたのだが、そんなふわっふわっな頭の中でも、目の前の女性を尊敬のまなざしを向けていた。
彼女──ミミは笑顔を見せながら今日初めて会ったばかりの興味もな悟の話に耳を傾けてくれるし、聞き流すのではなくしっかりと受け答えをしてくる。
仕事だから当たり前と言えば当たり前なのだが、酔った頭では素直に嬉しくもあり、楽しくもあった。
そんな楽しい時間の中、不意に視線を別の場所へと向けたミミの雰囲気が変わる。悟が首を傾けていると、深刻そうな表情を浮かべたミミが悟の耳元へと唇を寄せる。
「お兄さん、もしよかったら……なんだけど、指名してもらえないかな?」
なぜ急に表情を変えたのかは分からなかったけれど、その深刻そうな表情に悟は理由を聞くのをやめた。
「良く分からないけど、ミミちゃんがその方がいいならそれでいいよ」
意味も若ならないままとりあえず指名をした悟だが、それでもさっきまでの笑顔を見せてくれないミミに疑問を抱き、気付けばミミの視線を悟も追う様になっていた。その視線の先には一人の男性が悟たちと同じようにソファーに腰を卸しているが、どこか落ち着かない様子で、店内をキョロキョロと見渡している。
一度は聞かないでおこうと思ったが、あまりに不可解な雰囲気とお酒の力が混ざり合って口が開いてしまう。
「……言いたくなかったらいいんだけど、あの男がどうかしたの?」
ビクッと跳ねたミミが慌てて悟へと向きなおると、苦笑いを浮かべながら人差し指で頬を掻きだした。
「ん~、今日初めてのお客さんに言うのもなんだけど……、あの人私のストーカーなんだ。一応ボーイさんとかにも言ってあるんだけど、早い時間でお客さん少ないから入れちゃったみたい」
ミミの言葉は続き、指名されておけばしばらくはごまかせると踏んでの相談だったらしい。それを聞いて納得しながらも、その後の会話は弾むものではなく、ミミの視線が会話をしていても滑るのが分かる。
「───いくら使ってると思ってるんだっ!!」
店内中に舌ったらずな罵声が響き渡り、店のスタッフと客の視線が吸いこまれるように集まる。直後に跳ねるミミの肩。よく見れば小刻みに震えているのさえ見て取れた。
(さすがにないわ~。あれは)
そんな心の声と苛立ちが漏れ出る。
ミミを安心させるためにそっと肩を押さえたい衝動に駆られるも、流石に失礼だろうと我慢している悟。するとストーカー男が立ち上がり、制止するボーイを引き摺りながらも憤怒に染め上げた表情で悟たちの席へと向かってドスン、ドスン、と歩き始め、それを見た悟も残っていた酒をグッと煽り、立ち上がる。
「──お、お兄さんっ!?」
ミミの声が聞こえてはいたが、そのまま男の前へと足を進めると、ストーカー男のヘイトは悟へと移ると同時に、懐をまさぐりった男が取り出したのは出刃包丁。
瞬間、店内に悲鳴が響き渡る。
だが、フワッフワの頭に溜まった怒りのせいで悟の足も止まらない。
「僕のミミちゃんを返せっ!!」
ストーカー男が出刃包丁を振り上げようとした瞬間、悟はを走り出し、大きな声を上げながら地面を思いっきり蹴飛ばす。
「お前のせいでミミちゃんの笑顔が見れねーだろうがっ!!」
慌てて振り下ろそうとした出刃包丁よりも早く、ストーカー男の顔面へと突き刺さる悟のドロップキック。べしりっと音を立て、涎を撒き散らしながら倒れるストーカー男。
すぐに悟は態勢を立て直し、包丁を持っている手を足で踏んづけながら見下ろすと、男は白目を剥いてだらりと涎が溢れていた。
息を切らして駆け付けた隆司が男へと飛びかかり、その後に続けとばかりにボーイさんが次々と男を組み伏せる。
それを見て大丈夫だろうと振り返ると、目の前に戸梶とミミが心配そうに悟を見ていた。
「お兄さん大丈夫っ!?」
「悟っ、お前怪我無いのか!?」
そんな心配をよそに、悟の想いはたった一つだけだった。
引き寄せられるように内側に寄る足。意思と関係なく股間へと延びる手。
「……ごめん、動いたら漏れそう。トイレどこ?」
いくら酔っているとはいえ、自分がいかに空気を読まない言葉を発したのかは理解している。だが、生理現象は待ってはくれないのだ。
一瞬呆けた二人だが、戸梶は呆れたように悟の肩を一度叩き、元のソファーに戻っていく。
クスリと笑ったミミに案内さるがままに、無我夢中でトイレと言うの名の天国へと向かう悟。扉の先には極楽浄土が待っていた。
その後は隆司から警察が来るまでは店の中に居てくれとのことで、ミミとの時間も料金に関係なく伸びることになった。
少し落ち着いたのか、さっきよりも笑顔増えているミミを横目に見る。安心した悟は警察が来るまでの間、もう少しばかりとお酒を口に運ぶことにした。
だが楽しい時間とはアッという間に過ぎ去り、すぐに来た警察に店のスタッフが事情を説明すると、男を連れて店を後にして行った。悟たちの事情聴取は後日警察署で行う事になり、戸梶と悟もそれに了承してソファーから立ち上がる。
出入口の所まではキャストが見送ってくれるらしく、悟はミミと隣り合って足を進めていると、扉の前で悟の体がガクッと引っ張られる。
「えっ……と??」
悟の腕をがっしりとミミに掴まれていた悟は、戸惑いながらも首を傾ける。
こちらを見上げてくるミミ。あんなに笑顔で話をしてたいのに、今は何故か言葉が口から出てこない。
そのままミミが悟の腕を離し、持っていた小さなバッグを漁ると一枚の名刺を取り出す。
「これ、私の番号とメアド。絶対連絡してね?」
「えっ、あぁ。うん。分かった」
差し出された名刺を受け取り、見てみるとミミの写真と店の名前が入った名刺で、裏を見ると《愛城 美海 19歳》と手書きで書かれた下には、同じく手書きで書かれた電話番号とメールアドレスが書いてあった。
そして、悟はその名刺をミミの顔の横に持っていく。
「……詐欺写メって聞いたことあったけど………マジで変わるんだな……」
感心した一言のはずだった。
「もぉーっ! 酷くないっ!?」
頬を膨らませたミミに驚き、笑ってしまった悟は「ごめん」と一言だけ伝えて店を後にするのだった。
終電に戸梶と走り込み、無事に乗り込むことに成功した二人は今日の出来事をネタに盛り上がり、各々の駅で別れを告げた。あとは家に帰るだけで、なぜか店を出た後からやたらとふらつく足を引きずりながらも家の前まで辿り着いた悟は、玄関の扉を潜ってすぐ倒れるようにして床に這いつくばると、そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
硬い床に冷たい感触のせいだろうか、悟の見た夢は氷の上に寝そべっている様な夢だった。あちこちと見渡すと悟が「どんな夢だよ……」と、自分の見ている夢にツッコミを入れると、目の前を巨大なペンギンが横切る。スカートをはいたペンギンだ。
そのペンギンは素早い動きで悟を撹乱するようにあちこちに動き回っていた。
(これは……モグラたたきならぬ、ペンギン叩きかっ)
夢の中で手を伸ばした悟は、柔らかい感触を手に感じながら「きゃっ!」と声を上げるペンギンに「してやったぜっ」と声を上げ……そして、捕まえたペンギンを引き寄せると、勝った心地良さと、不思議と温い感触を抱いて意識を手放すのだった。
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