信頼の心変わらぬ心
高麗楼*鶏林書笈
第1話
鶏林国の京師近郊の村に貧しい母娘が住んでいた。以前はそれなりの暮らしをしていたが、数年前起きた戦争で父親が召集され亡くなってからは、次第に生活に行き詰まり、娘が乞食をして何とか食い繋いでいた。
だが、昨年の凶作により、それも出来なくなり、遂に娘は村の長者の家の婢(はしため)になって母親を養うようになった。
娘はそのことを母親には黙っていたが、ある日、近所の人々の話から知ってしまった。
母親はひどく悲しみ、娘もどうすることも出来ずただ嘆き悲しんだ。
ちょうどその時、二人の家の前を貴人が通り、女性たちの泣き声を聞き、その理由を臨家の農夫に訊ねた。
話を聞き終えた貴人はたいそう気の毒がった。
翌日、いつものように娘が長者の屋敷に行くと、
「もう来なくていい」
と言われてしまった。生活の術を失ったと思った彼女は悲嘆したが、ある人物が彼女を身請けしその代金を払ったとのことだった。そして、これまでの給金さえもくれたのだった。
取り敢えず、数日間は何とか食べていけると思った娘は大急ぎで帰宅した。
家の近くに来ると出入口で数人の男たちが何かを運び込んでいた。
「や、お帰り」
家に入ろうとする娘に貴人が声を掛けた。娘は驚いて振り向いた。
「御父上を先の戦で失くし苦労されているとのこと。大変だったね。今の私にはこれくらいしか出来ないけれど」
家の中には米俵が積まれていた。
「ありがとうございます」
これで当分は生活出来ると思った娘の口から礼の言葉が出てきた。室内からは母親が男たちに何度も礼を言うのが聞こえた。
こうして母娘は食べることの心配はなくなった。
それから暫くすると、再び貴人がやって来た。
「この家はずいぶん古くて傷んでいるので別のところに越した方がいいだろう」
こう言いながら貴人は母娘に都近くの家と僅かだが田畑を与えた。二人は自立して暮らせるようになったのである。
こうして数年の歳月が流れた。母娘は生活に若干の余裕が生まれたので、その分を恵まれない人々に施した。かつて貴人が自分たちにしてくれたことを今度は自分たちがするのであった。
それから更に数年たったある日、国王が亡くなり新王が即位した。新王が王宮前にお出ましになるというので母娘も見に行くことにした。
臣下を従えて美しい王妃と並んでいたのはあの貴人だった。聞くところによると、新王は先王の庶出の王子の一人で母親が低い身分出身だったため本来だと王位とは無縁だった。だが、激しい権力争いの結果、有力な王子たちが失脚してしまい、彼にお鉢が回って来たのだった。
王になったものの、在位中は多事多難だった。外敵の侵入、天災等々。そのたびに王は精力的に対応したが、朝廷内が協力的でなく、万事うまくいかなかった。
民衆からは不満の声が高まり、結局、その座を追われてしまった。
その間、娘は王を信頼していた。彼は初めてあった頃から変わることなく人々のために尽くしていたのだ。誰が何と言っても自分だけはこれからも王を信頼していくつもりだ。自分を苦境から救ってくれた王は英雄(ヒーロー)なのだから。
信頼の心変わらぬ心 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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