第二十六話 ウソばっかり
ローズは窓辺に寄ると、はーっと息を吐いてガラス面ににっこりマークを描いた。笑顔を透かして、窓の外ではちらちらと雪が降っている。そろそろ今年は本格的に降ってくる頃だろう。
「ローズ、そろそろ出るぞ」
玄関にいる父親に呼ばれ、ローズは窓の縁からぴょんと飛び降りる。父親の下へと駆けていき、その手を握った。玄関を開けると、ぴゅうと冷たい風が吹きこんできてローズは悲鳴を上げ、父親の手に縋りつく。ウィリアムはそんな娘の姿を見て笑うと、手をしっかと握り返して上階へと向かっていった。
今日はイーサン、ギルバート、エリシャの三人ともが家にいるようだった。彼らはウィリアムと朝の挨拶を交わす少しの間だけ、常の態度が嘘のようににこやかに対応する。そして娘にハグして仕事に向かってしまう彼を名残惜しげに見送り、扉が閉まった次の瞬間には、三者の顔に貼りついていた面の皮はごっそりと剥がれ落ちるのだ。エリシャは風を巻き起こす勢いで足早に部屋に戻ってしまったし、ギルバートの顔に笑顔はなく視線も合わせてはくれなかったし、イーサンも何だかいつもよりつんけんしている感じがした。午前中はそんな彼らを観察して過ごし、ランチを食べ、食後のコーヒーの時間にまた、皆が一様にリビングへと集まってくる。それぞれカップを手に各々の時間を過ごしている間も、彼らの様子は今朝と大して変わらなかった。
どうにも機嫌がよろしくない。ローズはずっと見ていたが、ここのところ、彼らはずっとこうだった。隣の席でコーヒーを啜っているイーサンに、こっそりと尋ねてみる。
「なんか、このごろみんなピリピリしてない?」
「そうかい?」
「こないだなんて、エリシャの部屋にだまって入ったらとんでもなく怒られたわ」
「君は人の部屋の物をベタベタと触る癖があるからね」
「さわってないわ! その前にぜんぶ取りあげられたもの。そうじゃなくて、いつもよりずっと怒りっぽいのよ」
「早く私の望むものを持ってこいって、先生に急かされてるからだよ」
イーサンは手元の本から視線も上げずにそう言った。どうやらまた、マーリンから何か我儘を言われているらしい。ローズはふうと息を吐き、テーブルの上に頬杖をついた。
「もうすぐクリスマスだっていうのに。このじきはもっとウキウキワクワクするものじゃない?」
「……クリスマス、って何?」
ローズは驚いてイーサンを見返した。
「イーサンってば、クリスマスをしらないの?」
彼は首を傾げている。ローズはあんぐりと口を開けた。クリスマスを知らない人がいるなんて……。
なので仕方なしにといった体で、しかしその実とても自慢げに、ローズはイーサンにクリスマスについて語って聞かせた。何故ならイーサンから教えられる事は数多くあれど、その逆は滅多になかったからだ。
白い髭のお爺さん、ソリを引くトナカイ、良い子だけが貰えるプレゼントにクリスマスツリー。驚いた事に、本当にイーサンは何一つ知らなかった。
「へぇ、ソリで空を飛ぶ魔法使いがいるのか」
「魔法使いじゃないわ、サンタクロースよ」
「でも魔法使いでもないのに、その老人はどうやって空を飛んでるの?」
「トナカイがソリをひくのよ」
「それは、何か魔法生物的な生き物なのかな?」
ローズは眉を寄せる。イーサンの両親は、一体彼に何を語って聞かせてきたのだろう。それとも魔法使いの家にはサンタはやって来ないのだろうか?
「イーサンってへんなことばかり言うのね」
「そうかな?」
「クリスマスは子どもがよろこぶイベントよ。マーリンはクリスマスを楽しみにしてないの?」
「マーリンはあまり子どもじみてないからね。……実を言ってしまうと、彼女は君が思ってるよりも年上だし」
「そうなの? いくつ?」
イーサンは天井を見上げた。
「さぁ? 本人も歳なんか数えてないんじゃないかな?」
「じゃあ、イーサンはいくつ?」
「五十七」
ローズはぎょっとする。そしてまじまじとイーサンを見つめると、顔を歪めて彼を睨んだ。
「ウソばっかり」
この魔法使いは嘘ばかりつく悪い魔法使いである。ローズが百面相をするのを面白がっている節があって、事あるごとに会話の中に小さな嘘を織り混ぜてくるのだ。しかしローズはそれに気づいていないので、今日も目一杯の不満を顔に出し、イーサンに噛みつく。彼はにやりと口角を上げて笑うと、机の端を指さした。
「あそこの二人は、僕よりもっと年上だよ」
机の端でコーヒーを飲んでいたギルバートとエリシャが、ローズの視線に気づいて顔を向けてくる。そしてイーサン同様、彼らもにやりと笑った。
「ウソばっかり!」
ローズは非難の声を上げたが、三人とも、にやにやと不愉快な笑みを浮かべるだけだった。マーリンの言っていた事に賛同するのは癪だったが、彼女の言っていた事は確かに正しかったかもしれない。ローズは顔を顰めて思う。
この家の魔法使い達は、本当にウソばっかりだ。
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